筋肉ダルマとナイスネイチャ【完結】   作:鍵のすけ

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第9筋肉 回復筋肉とナイスネイチャ

 レースまで後、二日。

 ナイスネイチャは病室のベッドの上で目覚めた。

 

「んっん~……」

 

 全身を覆っていたダルさが消えていた。ナイスネイチャは自分の額に手をあて、熱が引いたことを確認した。

 看護師さんが来たので、改めて熱を測ってもらうことにした。

 

「よっし、回復!」

 

 平熱だったことを確認したナイスネイチャは握りこぶしを作った。

 だが、それでも完全に気分が晴れたわけではない。

 

「アタシ……無理しちゃってたんだなぁ」

 

 ここでようやくナイスネイチャはオーバーワークを実感した。

 ここのところ、練習に熱が入りすぎていたのもあり、まともな生活を送っていた記憶がなかった。

 熱で倒れた日の朝なんて、どうやって身支度をしていたかすら、思い出せないほどだった。

 

「迷惑……かけちゃったな」

 

 ナイスネイチャの脳裏に、トレーナーの顔が思い浮かんだ。

 彼は寄り添おうとしてくれていた。その結果、自分が後悔するかもしれなくても、彼は自分の決断を尊重してくれたのだ。

 

 ――それを前提にして、ナイスネイチャは決断を迫られていた。

 

 彼女が思考の海に入る寸前、ノック音が聞こえた。

 

「はぁ~いネイチャちゃん。元気になったかしら?」

 

「ま、マルゼン先輩!? どうしてここに……!?」

 

「トレセン学園の正門でトレーナーさんと会ったのよ。それであたしがここまで車を出してあげたってわけ」

 

「Thank you……。ありがとうマルゼンスキー。おかげで走らずに済んだ」

 

 トレーナーが病室の出入り口からにゅっと現れた。身体が大きいこともあり、その登場の仕方は一種のホラーかと見間違える。

 

「おはよ~トレーナーさん。なんだか怖いよ、それ」

 

「Sorry……。なるべく静かに入ろうとしたのだがな。中々難しい」

 

「いや~そういうギャグを聞くのも久しぶりですね~」

 

 ナイスネイチャが心底おかしそうに笑う。

 

「Check……。だいぶ回復したみたいだな」

 

「まーね。なんかこうやって休んだのも久々だから、早く練習に復帰しなきゃなー」

 

 トレーナーの隣でそのやり取りを聞いていたマルゼンスキーはふと、こんなことを口にした。

 

「ところでトレーナーさん。確かネイチャちゃんのレースって残り二日よね? “どうするつもり”?」

 

 レースに出るか、出ないか。それはナイスネイチャに迫られていた決断である。

 トレーナーは即答した。

 

「Of course……。二日だけだが練習して、それでレースに出てもらう」

 

「あたしはそれ反対よ」

 

「マルゼン先輩……?」

 

 マルゼンスキーはそこでナイスネイチャに頭を下げた。

 

「ごめんねネイチャちゃん。でもネイチャちゃんは弱っているわ。本当の完璧に体力が戻ったわけじゃないと思うの。……オーバーワークから来る疲れは、そう簡単には癒えない」

 

 ナイスネイチャはドキリとした。

 確かにそうだった。下半身がまだ重りをつけたような感覚だ。以前のような回転率を取り戻すには、もう少しかかる。

 感覚的に、あと五日はかかる。

 そこまで喉元まで上がってきたが、ナイスネイチャは何とか飲み干した。

 

「What……。マルゼンスキー、自分は走ってもらう。そう決めた」

 

「私たちウマ娘は車以上に走れるわ。そんな高速の世界では、僅かな小石に躓くことすら許されないの。もし脚がもつれたら? もしトップスピードに乗った瞬間、ふっと意識がなくなったら? はっきり言って、体力が落ちているネイチャちゃんをレースに出すのは危険よ」

 

 マルゼンスキーの表情は真剣そのものだった。

 ナイスネイチャは、マルゼンスキーの言うことをよく理解していた。彼女が言う“最悪”のシチュエーションは容易に想像がついた。

 

「で、ですよね~……。マルゼン先輩の――」

 

 “言う通り”。ナイスネイチャはこの言葉を口にできなかった。それを言ってしまえば、終わりのような気がしたから。

 

「No……。ナイスネイチャはレースに出す。明日から練習にも復帰してもらう」

 

 トレーナーは一切迷うことなく、マルゼンスキーへそう言い返した。

 

「トレーナーさん……! ネイチャちゃんに何かあってもいいの!?」

 

 マルゼンスキーはこの件に関しては、絶対に退くつもりはなかった。

 意地悪で言っているつもりではない。それで実際に潰れたウマ娘を見てきているからだ。彼女の発言には経験が伴っていた。

 そんなことは百も承知のトレーナーである。

 

「ナイスネイチャ。君はどうしたい?」

 

「アタシは……」

 

 マルゼンスキーは黙っていた。

 トレーナーはここで、口を挟んでくるかと思っていたので、拍子抜けしてしまった。

 誰も促さない。ただ、じっとナイスネイチャの言葉を待っていた。

 

「アタシは……マルゼン先輩や、トレーナーさんと過ごしたあの時間を無駄にしたくない」

 

 ナイスネイチャはトレーナーをしっかりと見据えた。

 

「アタシ、走りたい。走らせてください、トレーナーさん!」

 

「All right……。無論だ」

 

「トレーナーさん。貴方、何かあったら絶対に後悔するわよ」

 

「Yes……。そうだ、だが、それで終わるつもりはない」

 

 トレーナーはナイスネイチャに近づき、彼女の手を握った。

 

「と、トレーナーさん!?」

 

「君の走りの全てに、自分は責任を持とう。レースの最中、もし君の脚が折れたら、自分は同じ脚を折る。君の腕が折れたら、自分は同じ腕を折る。もし君が転んでレース復帰困難になってしまったら、一生をかけて君をサポートする」

 

 トレーナーの口から、英語が消えていた。

 

「わぁお」

 

 マルゼンスキーが途中からニヤニヤし始めていたが、トレーナーは一切気がついていない。

 ナイスネイチャの顔はもう最初から真っ赤だ。茹でダコだ。

 

「て、手ぇ離して!」

 

「? Sorry……」

 

 ナイスネイチャは両手を大事そうに握りしめながら、言った。

 

「……アタシがこうやって言えたのは、全部トレーナーさんのおかげ。多分、トレーナーさんと会う前だったら、すぐマルゼン先輩の言うことを聞いていたかもしれない。けど! トレーナーさんはアタシが“出来る”と思ってくれたから! だから、アタシは頑張りたい。トレーナーさんの期待に……応えたいんだ!」

 

「Great……。その言葉を待っていた」

 

「マルゼン先輩も!」

 

「あら?」

 

「マルゼン先輩にも、練習に付き合ってもらいたいです! 勝手なこと言っているのは分かってます! それに、アタシがあと二日で何が出来るのか、どこまでやれるのか、正直分かりません。けど、アタシはやってみたい。それがどんな結末になろうとも、アタシは走りたいんです! ウマ娘だから!」

 

 マルゼンスキーもナイスネイチャに歩み寄った。そして、ナイスネイチャの手をそっと取った。

 

「ええ……もちのろんよ。あたし、ネイチャちゃんならきっと、そう言ってくれると思ってた。あたしの言葉を跳ね除けられるくらいの力が、ネイチャちゃんにはあるって信じてたから」

 

「それじゃマルゼン先輩、わざと……」

 

「……トレーナーさん、ごめんなさいね。あたし、きっと無意識にトレーナーさんとネイチャちゃんを試しちゃったのかもしれない」

 

「Don't worry……。君のその両手を見て、誰が責められる?」

 

「え……?」

 

 マルゼンスキーは自分の両手を見た。握りすぎて、一部血が滲んでいた。

 トレーナーは二人の前に、手を差し出した。

 

「Victory……。自分たちトレーナーと、ウマ娘たちの合言葉は常に一つだ」

 

「……うん!」

 

「そうね、ネイチャちゃん。明日から厳しいわよ?」

 

 三人の手が重なる。代表して、トレーナーがその言葉を告げた。

 

 

「――勝つぞ」

 

 

 この瞬間、三人の気持ちが一つになった。




第9筋肉でした!

いよいよ、もう少しで最終回です。
最後の最後までお付き合い願います!

さよなら筋肉!(謎挨拶)
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