─────波激衝は、この世にある数多の《物語》を愛している。そしてその物語を
──『喜劇』を求める。誰も笑い、幸せで優しい世界が愉快だ。
───【悲劇】を愛する。救いを求め嘆き、苦しみ、絶望する。そんな世界を愉しむ。
それは彼の起源であり変えようもない本能のようなもの。そしてそれは物事を一つの『シナリオ』とし、人物の観察に長けた【目】を与えてしまう。
人を観察するにあたってその人がひた隠す心にある僅かな傷、膿、醜態、悪、関係なく暴いてしまう。そんな【目】があるからには【語る】しかない。少年に染み付いた『本能』が
【あれは面白い程愚かな男だ。皆に語ってやれ。】
【アイツはいい
だがその声に彼が従ったことはなかった。それは父母の誠実な愛情による『教育』と『鍛練』、それによって鍛えられた彼自身の自制心のおかげであった。しかし、そんな彼がその声に従ったことがあった。
それは彼がまだ小学生の頃、その頃からクラスの皆はヒーローに夢中だった。あのヒーローが凄い、あのヒーローがかっこいい、と皆は口々に話していた。ある日クラスでとあるヒーローとヴィランの話題が上がった。皆は大怪我を負ったがヴィランを取り押さえたヒーローを称えた。だが彼はヴィランを称えた。……端から見たらおかしな奴だ。だが彼は前日にそのことについて報道されたニュースを見た。
─────そして彼の【目】はそこにある【
その情報の真偽は不明だった。ネットではこの情報を発信したテレビ局が批判を受けた。だが彼の見たテレビに一瞬だけ映ったヴィランの顔は、それが真実であることを示すように『後悔』と【憎悪】で塗り固められていた。
…それを知らずしてあのヴィランがただの【
──────すると
【何も知らない奴らが何を言ってる。】
【この悲劇を語らずとしてなんとする?】
【さあ、あの
───────ついぞ悪魔の囁きは、少年の理性を塗り潰した。
そこからは記憶もない。ただひたすらにその目で【見た】物語を語り続ける。黒く、鏡のような目に
クラスメイトの反論には罵倒を、中傷には嘲笑を突きつけて。
………あぁ、どれほど語り続けただろうか。だがその少年の講演会もついには終わりを告げる。一人の少女の泣き声が、彼を正気に戻したときには周りの同級生たち、駆けつけた教師さえも既に─
────────彼を【
そして人間が【異端者】を見つけたときに必ず起こることがある。────それは『
内容は多岐にわたるが、いずれも小学生の範疇を越えないものだ。物を隠す、プリントを破く、故意に体をぶつける、仲間外れにするなど。
…………物を隠される程度なら、母が教えてくれた屈しない強さを見せ、何も言わず探すだろう。体をぶつけられても日頃の父との鍛練を思い出せばどうということはない。
────だが、彼が最も耐えられなかったのがこちらに一斉に向かってくる、剥き出しの【敵意】と【悪意】だった。人の感情も敏感に見通せる【目】があるばかりに、見たくなかろうと迫ってくる
教師も、彼に救いの手を差し伸べることはしなかった。
しかし、この少年少女が行った『迫害』は長くは続かなかった。イジメを知った彼の両親の抗議と、事態を重くみた学校側が生徒達に処置を施し、イジメは次第に収縮していった。イジメを黙認した教師は、後に異動になった。
所詮は小学校低学年で起きたこと。生徒達も一通り謝罪と反省の意思を見せ、この件は確かに終わった。また、イジメのなかったころの日常が戻ってきた。
─────少年が周りには見えない、分厚い【仮面】を被るようになったこと以外は。
彼は、努めて笑顔でいた。偽りで作り上げ、貼り付けるだけの笑顔だが。それでも彼の『完璧』な笑顔は誰からも
彼は、努めて勤勉でいた。勉学、運動共に優秀な成績を修め、他にも生徒会長を務め学校行事に積極的に取り組んだ。
優等生の《レッテル》で、
そんな【仮面】に魅せられて、次第に周りの者達は過去のことなど忘れていった。
生徒からは絶大な人気を受け、教師からは確固たる信頼を得た。
─────もう誰も彼の【異常性】を言及することはなかった。
そんな彼らに目眩がするほどの吐き気がした。
唯一彼がその【仮面】を外せるのは愛する両親と、歳の離れた素晴らしき友人、それと…………
読書は、素晴らしいものだ。読んでいる者を未知なる物語へと連れていってくれる。
映画も良い。役者たちが、自身の持てる技術を使って我々に物語を魅せてくれる。
銃はロマンがある。友人が珍しい
音楽の虜だ。父が三味線職人であり、音楽好きだったことで、和洋様々な楽器に触れた。
そして、その時期一番支えになっていたのは音楽だ。
特に─────────
『盛り上がってるかーーーー!!!!』
『『yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!』』
「ypaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
「なんだその掛け声。」
ファンであるロックバンドのライブが、最高のストレス発散方法だった。
あそこでは、皆が平等だ。何も気取らなくていい、偽らなくていい。誰しもが、ただ一人のファンだからだ。
中学校に入っても、それは変わらなかった。小学校とは離れた地域に移ったので、あの忌々しいクソ共から離れられた。
もちろん、中学校に入ってからも【仮面】は被り続けた。そのおかげで、入学早々ある程度の信頼を生徒、教師陣から得ることができ、中学も順調に過ごせると思った。
しかし少年は、二つの
まずは、一人の少女との出会い。
「これが資料です。確認のため目をお通しください。」
「あぁ、すまないな波激。」
「なあ、波激!頼みごとあんだけど……」
「わかった。内容は?」
「おう波激!丁度よかった!頼まれてくれないか?」
「…すみません、そこに置いといてください。」
次々と送り込まれる雑務と、頼まれごと。得点稼ぎのために自ら進んで引き受けてるとはいえ、流石に鬱陶しさと疲労が溜まる。
『波激は凄いな。』
『頼りになるし!』
『なんでも受け答えてくれるし。』
『いつも余裕そう。』
『よく疲れないよな!』
『誰に対してもいつも笑顔だしな。』
『成績も優秀だし運動神経も良い…そしてイケメン。』
『これが才能マンか……』
聴こえてくる評価は、
のだが、
「あ、あのさ…」
「……ん?君は何の用件だい?」
声をかけてきたのは、さらりとした黒髪のボブカットの
(今日の予定は大幅に変更しなくてはな……。)
と考えていたが
「えっと……
「………………は?」
「いやさ、いつもアンタ頼まれてばかりだし疲れてるでしょ?顔に出てるよ?」
「……………………。」
予想だにしない言葉に、硬直してしまう。そして同時に今までにない程動揺していた。
今まで、誰にも見破られることなどなかった。誰にも気づかれることなどなかった、分厚い【仮面】。初めて見破られた。初めて気づかれた。初めて───
─────『大丈夫?』と心配してくれた。
全てが初めての、圧倒的『
「……おーい。どうした?」
「…いや、問題無いさ。……
やっと気づいてくれた。やっと
(しかし彼女、なぜ俺の演技を見破れた?)
休日、久し振りに近くで推しのロックバンドのライブがあると知り、そのバンドのライブではファン恒例の、黒いパーカーと、逆十字のアクセサリーをつけ、意気揚々とはしゃいで時間より早く駅にいる彼。電車を待っている途中、ふとあの時のことが頭を過った。
(いつだって、家族の前以外では演じ続けてきたはずだ。しかも彼女とは初対面だぞ?そもそも……)
そのとき近くで揉めてるような声が聴こえた。
「ですから、危ないですので線の内側に…」
「うるさい!撮影の邪魔だ!どけ!」
駅員といわゆる撮り鉄が揉めてるようだ。
(別に撮り鉄をするのは個人の自由なんだが、人の迷惑も考えてほしいな……。あんなのばかりではないとわかっているが。)
「規則には従ってください!」
「だから邪魔だって言ってんだろ!規則がなんだ!!」
(まずいな、ヒートアップしてきたな。)
立ち上がり、ゆっくりと近づいていく。
「あぁクソッ!目障りなんだよ!!」
「グッ!?」
激情した男が駅員を殴りつけたとき
「ヤッホー、お兄さん?」
「あ?なんだガキ!」
「イヤ~暴力は良くないぜ?ほら、こうやって……誰かが撮ってるかもしれないかもよ?」
そういって、撮影した男が駅員を殴りつけた様子の動画を見せてやる。
「ッ!?」
「これ、今すぐネットに拡散することもできるんだけど?」
「く、クソ!なに勝手に撮っ「今すぐ立ち去ればやめておいてやるよ。」ッ!……分かったよ!退けばいいんだろどけば!」
男は、そう言って機材を片付け立ち去ろうとする。
「あぁっ、ちょっとまて。」
「はぁ!?もうなんなんだよ!」
「いや実はね、俺昼飯代忘れてきたのよ。だから…ね?」
「は、はぁ!?何言って【あ?】わかった!分かったから!」
言われた通り財布から三千円を出して立ち去っていった。
「毎度あり~。」
(まあ別に昼飯は用意してんだけどな。いや~今日はラッキーだな。)
「……あの、」
すると後ろから女性の声が聴こえた。
「?はい、何でしょう……か……。」
そこにいたのは、自分と同じような黒いパーカーと逆十字のアクセサリーをつけた
「……うっす。」
「あっ、あっ、あ、え、えっと、もしかして…見てました?」
「……うん。」
「……FU○K!!!!くそったれめぇええぇええぇ!!!!!」
「うわっ!?」
「最悪だ…!サイッコーに最悪だ!!くそっ!休日だからって油断したぜクソ野郎!!」
「…えっ、えっと……」
「…は!そうだった!!な、なあ君!頼むからこの件は内密に…!」
「……とりあえず、話聞こっか?」
「待て!?話も何も……」
「ほら、いいから。」
そう言って腕を掴まれ、引っ張られていると、またあのときのことを思い出す。
────────『えっと…………大丈夫?』
─── 『いつもアンタ頼まれてばかりで疲れてるでしょ?顔に出てるよ?』
「……分かったよ。」
「OK、じゃあそこ座ろ。」
そして、近くのベンチに二人で腰をおろす。別に自分が悪いことをしたとは思ってないが、なぜか妙に後ろめたい気持ちだった。
「まだ名前言ってなかったね。ウチ、耳郎響香」
「………まあ、改めて波激衝だ。」
「…………えっと、話すっつっても何を言えばいいんだ?」
「……アンタ。
「……いや、別に、そんな…」
「聞くよ」
「え?」
「よく分かんないけど、学校であんだけ猫かぶってるのもなんか理由があるんでしょ?」
「…………あのときも思ったが、何を思ってそんな…」
「…
「……は?」
予想もしない言葉に、思わず目を見開く。
「だから勘だよ。なんか、無理してそうだなって、そう思っただけ。」
「疲れてそうだなって、少し嫌そうだなって、感じただけ。」
「…ハハッ。俺が辛い中何年も続けて、何人も騙してた
「だから、聞くよ。」
「──────。」
「アンタがなんでそうしてきたのか、話せる範囲で、全部聞く。だから… もう我慢しなくていいんだよ。」
「………。」
心で思う。
(……一体、何を考えてるんだ。たった数回話した程度の男が、正直に話すと思ってるのか?アホか…。)
心では、そう思っているのに、
(どれだけお節介なんだ。こいつは……)
なのに、なのに──────
「………俺だって本当は、最初からこんなのじゃあなかったさ」
───────なぜ自分の口は、バカ正直に動いているのか。
「まあ、きっかけは小学校の時だよ。」
そこからは、ツラツラと昔話を《語った》。なんでもない、愚かな少年が起こした、思いもしなかった小さな叛逆とそのときに負った、少し大きめな自業自得な古傷の話だ。
誰かに語るなど、微塵も思ってなかった。誰が聞いてくれるなど、毛程も思ってなかった。だが、今この時誰にも語れなかった感情が吐き出されていった。
「本当はっ、!分かってるんだよ…!当然だ!
いつぶりかも分からない涙が、止めどなく流れてくる。端から見ればひどい醜態だ。だが彼女は、何も言わずにただ彼の言葉に耳を傾けている。
「俺は…
「…………。」
確かに演じてきた優等生は、最高の演技だった。誰からも好かれ、頼られ、褒められ、期待される理想的な姿。
──しかし、最高だっただからこそ、彼は『孤独』になった。あいつなら、大丈夫だろう。あいつだけで十分だ。あいつに頼めば良い。
…結局のところ、彼が目指した姿に自分を偽り続けても、誰も隣には居てくれなかった。
素晴らしい子だ。と手を挙げ称賛してくれた教師も。
良い奴だ。と手放しに褒めてくれた同級生も。
皆が皆、『
本当は、優等生なんかじゃない。誠実さを持った優しい男ではない。頼まれごとを笑顔で引き受ける頼れる奴でもない。
そして、そんな
彼が本当に求めた物は、ただ、気ぶらずに笑ってくれて、怒ってくれて、心配してくれて、
「ただ、隣に居てくれる、友達だったのに。」
「……そっか。」
全て話した。過去のことを、誰にも吐けなかった感情を吐露したおかげか、気持ちばかり心が軽くなったようだ。
───だが、ふと我に帰った。そういえば自分は、弱みを握られてたのではないか。そして、何をペラペラと昔話に耽っているのかと。
「……な、なぁやっぱりこの件は無かったことに「やだ。」ヴヴヴヴん!!」
「大丈夫。別に誰かに話したりなんかしない。」
そう言って彼女は笑う。
「ここまで通してきたことを急に変えろなんてウチは言えないよ。」
「頑張って、辛いなか我慢してきたんだし。ただ……」
「…ウチの前ではもう『優等生』じゃなくていいから。ね?」
────あぁ、これこそが彼が本当に待ち望んでた言葉だろう。いつしか諦めてた、【仮面】を脱いでいることを許してくれる肯定の言葉。
「欲しかったんでしょ?
どれだけ恵まれているのだろうか。彼が望んだ物を、彼女は全て与えてくれた。しかし……
「……なぁ、おまえは、なんでこんなにしてくれるんだ?」
なぜ彼女は、ここまで尽くしてくれるのだろうか?はっきり言って今回の遭遇の仕方など、最悪だ。目の前で年上から金をたかったところを目撃しているのに、何をそんなに親切にできるのか?
「……ウチ、さっき男が駅員さんと揉めてるところ、見てたんだよ。」
「声を掛けようって思ってたのに、どこか怖くて行けなかったんだ。だけどアンタは
「…………。」
「やり方はどうであれ、困ってる人のためにすぐに動けるのは凄いし、ズルい奴じゃできない。だから、アンタは悪い奴じゃないって思ったから。」
「……全く、おまえはもうちょっと人を疑う「それに!」」
話を遮り立ち上がり、彼の目の前に立って胸元の
「ロックファンに、悪い奴はいないしね!」
「…………あぁ、そうだな「ただし!」?」
「
「……………………テヘッ☆」
「テヘッ☆じゃない!!!」
「ヒィィィィ!?!??」
「だってそうでしょうが!男を退かせるだけならまだ美談ですんだのにそいつに金銭せびるとかあり得ないだろうが普通!そもそもあんなの半ば脅し……」
改めて自分が恵まれていることに実感する。真の意味で初めてできた友人が、心配してくれて、笑ってくれて、許してくれて、怒ってくれる。求めていたこと全てを満たしてくれるなど、余りにも出来すぎている。
…………しかし、彼にとって親以外からの説教がこんなに怖いものだとは、予想外だったが。
そして、そこから説教が続くかと思われたがちょうど電車が来たことで、なんとか事なきを得た。
彼は、初めてできた友人とライブを楽しみ、趣味が音楽という一致から仲を深めるのに、時間はそう掛からなかった。彼女に両親を紹介したときの反応は、それはまぁ愉快なものだった。
そして、その年の夏。
「ショー、夏休み予定ある?」
彼女とは、もう渾名で呼ばれるほどに絆を深めていた。
「……あぁ、悪いが実は一週間ちょいほど海外に行くんだ。」
「へぇー。旅行?」
「いや、修行。」
「…あ、そういえばお父さんに武術習ってるんだって?」
「まあな。しかし海外に修行とはな……何処に行くかも知らされてないし。」
「そうなんだ。といってもどうして海外まで……」
「なんか現地につてがあるとかなんとか。」
「海外につてって……まあ、頑張って!」
「あぁ、ありがとう。」
「衝!準備はできたか!」
大きなキャリケースとリュックを背負い彼の父が言う。
「あぁ、出来てるよ。しかし父さん、一体何処に行くってんだ。」
「まだ言ってなかったな、今回行くのはズバリ…………
メキシコだ。」
悪夢は、すぐそこだ。