多趣味な男がヒーロー目指す話   作:使命

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第十四話 【アステカの悪夢】

少年が、一人の友を手にいれることができたあと。再び彼の人生が動くのはその年の夏であった。

 

 

学校が夏休みに入り、父が前から計画していた修行に出ることになる。彼の父はある業界では高名な武術家であり少年の師でもあった。そんな父と飛行機で向かったのはなんと海外であった。

 

 

舞台はメキシコ。首都、メキシコシティから少し離れた町に父の知り合いが住んでおり、その人物を通じてこの町に滞在することになった。

 

 

「ということで、今日から一週間俺達親子をホームステイさせてくれるルイスさんだ。」

 

よろしくお願いします(Mucho gusto )。この発音で大丈夫ですか?』

 

 

メキシコ人ということで、一通り覚えてきたスペイン語で挨拶する。

 

 

「ハハハハッ、『こちらこそ(Encantado! )!』よく喋れるじゃないか!だが私は日本語を話せるから日本語で大丈夫だよ。」

 

 

そう言って流暢な日本語を話す目の前の男性。彼は父の友人であり、この家の家主であるルイス氏だ。それを聞いた彼は少しばかり驚く。

 

 

「ずいぶん日本語が語堪能なようですが、留学のご経験が?」

 

「あぁ、若い頃にね。それについては君だってスペイン語がとても上手じゃないか!いつ覚えたんだい?」

 

「飛行機で時間があったので、その間に基本的な言葉は覚えました。」

 

「ほお!フライト時間でかい?撃也!聞いてる以上に優秀な子じゃあないか!」

 

「飛行機の中で熱心に見てたのはそれだったか……全く、相変わらずだな。」

 

「暇だったからな、どうせならと思って。」

 

「ハハハハッ!本当に愉快な子だな!」

 

 

ルイス氏は、よく笑う人だった。気軽に話し、いつも笑顔を絶やさなかった。その笑顔は()()()()偽物などではなく、心の底からの笑顔だった。

 

 

料理も上手く、地元のメキシコ料理も大変美味だった。修行で疲れた身体を癒してくれるものの一つであった。

 

 

そして、修行の内容は多岐にわたるがどれもが厳しいものだった。近くの山で行う体力訓練、ナイフ一本で獣が潜む山奥で肉(匂い付き)を持って過ごすサバイバル訓練、さらには、地元の半グレやヤンキー、マフィア一歩手前の小さな組織の組員との戦闘を行う実戦訓練など。

 

 

だが、それも苦ではなかった。彼はいつだってこの町の()()()を味わったからだ。

 

 

向かいに小さなタコス屋を営んでいるマリー氏という女性がいた。初めて会ったときから彼女は彼に

 

『マリーおばさんと呼んでおくれ!』

 

と言っていつもタコスをサービスしてくれた。修行で疲れたときは、具を少しだけ多めにいれて、

 

『ほかのお客さんには内緒だよ?』

 

と言っておまけしてくれた。

 

 

近所に仲の良い新婚夫婦がいた。彼らはそれはそれは愛し合っていて、いつも周りに無意識に見せつけていた。彼らが出す甘い雰囲気に、周りも辟易しながらも優しく見守っていた。

 

 

『やあショウ君。今日も精が出るね。』

 

『あらショウ君。いつも頑張ってるわね。』

 

『おはようございます。アンさん、ジョニーさん。』

 

『しかしショウ君は凄いな。礼儀正しくて、日本人なのにスペイン語が上手でいつも訓練に勤しんでるし。』

 

『本当に。いつもお疲れ様!』

 

『なぁ、アン。僕らに子供ができたら彼みたいに何か武術でも習わせてみようか♡』

 

『まあ、ジョニーったら気が早いわよ♡』

 

 

『なあマダム!このタコスちゃんとタバスコ入れたか?なんか甘いんだけど。』

 

『ちゃんと入れてるわよ。いつもより三割増しで』

 

 

そして、現地にて彼と絆を育んだ少年がいた。

 

 

『やあショウ!元気?』

 

『あぁ今日も絶好調さ。』

 

 

少年の名はジョージ。彼よりも年下で褐色の肌と快活そうな短髪。綺麗な透き通るような黒色な目をしていた。

 

 

『今日も訓練かい?』

 

『まあな。今日は学校は?』

 

『休み!僕もショウと一緒に訓練するんだ!』

 

『………やめとけよ?』

 

 

彼らは修行の間や、終わった後に様々なことを語り合った。自分たちの国の文化、風習、宗教など話す話題は尽きなかった。純粋無垢な少年と、友情を知った彼の仲はどんどん深まっていった。そんなある日、ジョージがとある興味深い話を持ってきた。

 

 

『ねぇショウ、今日お婆ちゃんから聞いたんだ。この辺にはキリスト様の教えが広まる前から神様がいたんだって。』

 

『…ほう、そうか。どんな神様だ?』

 

『えっとね、確か               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ()()()()()()()様だって。』

 

『…ほぉ、テスカトリポカか。これは意外な名前が…いや、この辺りだと当然か。』

 

『ショウ知ってるの?』

 

『あぁ、知ってるとも。その神は今のメキシコシティの場所にあったとされる昔の国、【アステカ王国】で信仰されてたとされる神だ。今ではほとんど聞かなくなったけどな。だけどここらの地元民の先祖様は、みんなテスカトリポカを信仰してただろうな。』

 

『でもなんでそんな神様がいたのに皆その神様のことを覚えてないの?』

 

『……あー、まあ色々と理由があってな。結構難しい話になるから簡単に言うと、キリスト教を信じる国と戦って、負けてしまったんだ。戦う理由は自分たちの国の土地を広げるためだったり様々だけど、そのときに自分たちの国の宗教をここの人々に信仰するようにしたんだ。そしてそれまでのアステカの教えは忘れられていってしまったんだ。』

 

『……難しいよ!ショウ!』

 

『だろうな。まあいずれ分かるようになるさ。』

 

『でもショウ。』

 

『ん?』

 

『お婆ちゃんが言ってたよ。【この神様の名前が、忘れ去られることはない。皆の心の奥底で生き続けてる】って。』

 

『…まあ、よほど信仰深い家だったんだろ。流石にあんまり覚えてる人いなんじゃないか?…それより、そろそろ行くか!帰りにマリーおばさんのタコスを買って帰ろうぜ。』

 

『いいの!?やった!僕タバスコマシマシね!』

 

『えぇ…おまえいつも真っ赤になるまでかけるじゃん。』

 

『それがいいの!』

 

 

夕暮れの町で二人の少年は、兄弟のように足を揃えて歩き始める。沈みゆく太陽に照らされる笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その裏で不気味に蠢く悪意にも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■■■

 

予定された帰国日前日。最後の修行を終え、帰路につく彼に顔馴染み達が声をかける。

 

 

『よく頑張ったねショウ君。また来るといい。美味しい料理をご馳走してあげよう。ハハハ!』

 

『はい。一週間、本当にお世話になりました。ルイスさん。』

 

 

 

 

 

 

 

『もう明日で帰っちゃうのかい?折角若い子がきてくれたのに、寂しくなっちゃうねぇ。』

 

『そうですね、おばさん。今度はぜひ日本にいらしてください。』

 

『えぇ、そうしようかね。日本のタコスの味を確かめにいってやろう。』

 

『日本酒とやらを飲みにいこうぜ!』

 

『兄弟、俺は焼酎とやらを飲んでみたい。』

 

『はい、皆さんも是非。』

 

 

 

 

 

 

 

『明日で帰国かい?ショウ君。』

 

『寂しいけど、明日もあるし別れの言葉はとっておきましょう。』

 

『そうだねアン。そうだ、ショウ君。もし機会があれば将来子供に君のお父さんのところで武術を習わせてもらおうと思ってるんだけど、いいかい?』

 

『絶対やめておいたほうがいいですよ(真顔)。』

 

『そ、そうかい……。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ついに明日帰っちゃうのか……』

 

『そうだな。……寂しくなるな。』

 

『ねぇショウ、僕格闘技を習うことにしたんだ。』

 

『…ほお、なんでだ?』

 

『僕もショウみたいに強くなりたいんだ。僕、ヒーローを目指してるんだ。』

 

『ショウみたいに悪い奴らをやっつける、正義のヒーローにはるんだ!』

 

 

拳を空に掲げながらそう高らかに宣言する。夕陽に照らされる彼の瞳は、夢を見つめ輝いていた。

 

 

『……別にあのチンピラたちは修行なだけだが…きっとなれるさ。おまえなら絶対。』

 

『本当!?…ねぇショウ。ショウはどんなヒーローになりたい?』

 

『…ヒーロー、か。さぁどうだろうな。別になりたいと思ったことはないな。』

 

『えぇ!?ショウはヒーローにならないの!?』

 

『そうだなぁ……。』

 

『…じゃあショウは、何になりたいの?』

 

『そうだな、俺は……俺は…』

 

 

いったい何になりたいんだ?

 

 

 そんな疑問が浮かんでくる。自他共に認める多趣味である彼は、これまで様々なことをしてきた。

 

 

読書を愛し、映画を楽しみ、音楽に魅了され、本来ならば触れることがないような銃器などにも、知り合いのおかげで知ることができている。

 

 

だが、彼は別に作家になりたいわけではない。映画に携わろうとも思わないし、音楽家を志しているわけでもなく、銃器に関しての資格は取ろうとは思うが、職業にしたいわけではない。そのどれもを、一つの《作品》として愛していながらも、それそのものに関わろうという気にはならない。

 

 

しかし、ふと思い至る。そういえばあったではないか。自分が何よりも愛し、また求めているものが。

 

 

この世界には、古今東西にあらゆる『物語』が存在する。神々に、英雄に、名君に、暴君に、聖人に、愚者に、人々にそれぞれの物語があり、今なお『誰かの物語』は無限に増え続けている。そんな物語に、ずっと思いを馳せてきた。過去の人の記録に残る物語と、今の人が創り続ける現在の物語。そして想い続けていた。

 

 

─────()()()()と。

 

 

自分が知った物語を、真実を。その勇気を、その素晴らしさを、その悪辣さを、その愚かさを。己が知らない物語を知り、そんな誰かの物語を、自分の口で他の誰かに伝えたい。確かにその願望によって、【痛い思い】もした。ずっと()()()()()()()()()に、嫌悪すら感じている。…だが、それでもなお、語りたいのだ。今存在する人々と、悪党(ヴィラン)英雄(ヒーロー)たちの十人十色、色彩溢れる《物語》を。

 

 

自らの願望を再確認したことで、答えを得た。

 

 

幼少時代、父親に連れていかれた小さな舞台。そこにあるのは座布団一枚と小さな机、マイクのみ。そこに現れる着物を着た初老の男。扇片手に座布団に座り深くお辞儀をした後口を開く。観客席の人々はその小さな劇場に誰しも目を奪われ、耳を傾ける。語られた内容は憶えてない。だが確かに彼は、一人の男の語る姿に心躍り、深く魅了された。今でも目に焼きついて離れないあの光景。あの姿。

 

 

(こいつはいつもそうだ。自分すら気づかなかったことを教えてくれる。)

 

 

思えば初めて語る彼自身についてのこと。いままでたくさん自分のことを話してくれた少年に、周りのことしか話していなかったではないか。やっと告げることができる。少年が気づかせてくれた答え。

 

 

『…決まったわ俺、自分が何になりたいのか。』

 

『本当?』

 

『あぁ、おまえのおかげだ。ありがとう。』

 

『それでそれで?何になりたいの?』

 

『俺がなりたいのは─────』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の句を告げようとした瞬間、爆風と光が襲いかかってきた。

 

 

「─────ッッ!!??」

 

『うわぁぁぁぁ!!?』

 

 

近くの建物で黒煙と炎が上がっていて、周りを見れば辺りで同じことが起きていた。それは紛れもなく兵器による爆撃だ。

 

 

「クソッ!いったいなにが……!?」

 

『ギャアァァァァ!!!』

 

『アァァァァァァァ!!!』

 

 

そして煙と爆音に紛れて、悲鳴と凄まじい()()と、男達の怒声が聴こえてくる。ある者は爆破で吹き飛ばされ焦げた肉塊になっており、ある者は火に焼かれて苦痛の声を響かせている。運良く爆破に巻き込まれなかった者たちも、男達の凶弾に貫かれる。チラリと見えた先には()()()()が撃ち抜かれる瞬間が見えた。近くには、()()()()()()()さんの遺体があった。

 

 

「なっ……!?…チッ!『ジョージ!こっちに来い!』

 

 

だが今はそれに構ってる時間はない。逃げることを優先するため、まだパニックになっている彼に手を伸ばす。それを見て、こちらに走ってくる。

 

 

『ショウ!』

 

 

そして手を伸ばし掴もうとするが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び襲ってきた爆発に遮られ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたのは、廃墟だった。攻撃を受け炎が上がっている建物には、至るところに死体が転がっている。その多くが首を落とされ、胸に空いた穴から【心臓を抉りとられていた】。

 

 

「……ッ!」

 

 

思わず吐き気がするが、なんとか抑え辺りを見渡す。自分の手首は縄で縛られている。先程までいっしょだった彼の姿が見当たらない。近くにはマスクを被った男達の姿。

 

 

(どうする…?ジョージを探すにしても脱出しないと。縛られているが…最悪個性を使うか…)

 

 

そう思考していたら、奥から同じ格好の男達が現れ手首を縛った状態の男を連れてきた。

 

 

『頼む!助けて、助けてくれ!!俺たちが何をしたっていうんだ!!』

 

『いや駄目だ。これは儀式だ、貴様達はこの戦いにて勝利するために【あの御方】に捧げる()()()となるのだ。これは()()である。異教に堕ちた貴様らが救われるための唯一のな。』

 

 

そう話す男の右手には、黒くガラス質の…おそらく黒曜石のナイフがある。

 

 

(戦い、儀式、生け贄…そして黒曜石のナイフ……まさか、こいつら…!?)

 

 

そしてマスクを脱ぎ払った男の顔には、特徴的なカラフルな化粧が施されていた。右手のナイフを掲げ高らかと謳う。

 

 

『さあ、あの忌まわしき【エル・ピラミデ】との戦いに勝利を!そして、我等が主……

 

 

()()()()()()()様に我が信仰を!

 

がぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっっ!!?

 

 

振り下ろされたナイフは男の胸に突き刺さり、鮮血が噴き出す。さらに何かを探しだすようにかき混ぜる。肉の潰れる嫌な音と、肋骨が削られ砕け、ゴリゴリと音がする。そうして胸に空けられた穴に躊躇なく手を突っ込み

 

 

『はぁっ!』

 

 

【心臓】を取り出し、見せつけるように天に掲げる。そして乱雑に投げ捨てられた死体は、他の男達が群がり首を切り落としている。

 

 

(…チッ!やっぱりそういうことか狂信者どもが…!こいつらにとってのこの行為は()()()()()。おそらくいるであろう敵対組織との戦いもその一環だ。)

 

 

こうなっては時間の問題だ。隙を突いて逃げるか?辺りを見渡すと自動小銃で武装した兵士が二人、筋骨隆々の異形系であろう個性持ちが一人、武器を所持していない戦闘向け個性であろう兵士が二人。儀式に集中している今ならと考え、行動を起こそうとする───

 

 

『やめろ!離せこの野郎!』

 

『うるさいぞ!ガキっ!』

 

(……は?)

 

 

───が、しかし現実は悉く非情である。

 

 

そこには、手首を縛られ、連れてこられる()()()()の姿があった。

 

 

『おまえらなんか!今にヒーローと…ショウがやっつけにくるぞ!』

 

『そのヒーローなら既に近辺にいた者から殺してある。その…ショウとやらも生きてるかどうかすら分からんな。……さて、無駄話は終わりだ。おまえも贄となれ。』

 

 

そう言い放ち、右手のナイフをゆっくりと上げる。漆黒のナイフに付着した血液が炎に照らされ輝いている。

 

──やめろ。

 

『さぁ、我等が主の慈悲の元死ね。』

 

──やめろ。

 

『やめろぉぉぉぉぉ!!!!』

 

『ッ!!ショウ!!』

 

『…む、贄が暴れだした。止めろ。』

 

『御意。』

 

『があっ!?』

 

 

無我夢中に立ち上がり、個性を使おうとするが、無防備な腹部に兵士の膝蹴りを受け阻まれる。抵抗を試みるが羽交い締めにされ殴られ動けない。

 

 

『…少々邪魔が入ったが再開する。』

 

『がはっ!は、離せ……!』

 

『~!!ショウ逃げて!』

 

『やめろ…!やめろ……!!』

 

 

口内に血の味が広がり、肺から強引に酸素が吐き出され呼吸ができない。今こうしている間にも刃は、少年に向けられている。

 

 

『離せ…やめろ!がっ!?』

 

『ショウ!君は!』

 

『今、我が信仰のために死ね!』

 

離せぇ゛ええ゛ぇぇ゛ぇ゛ぇ!!!

 

『生き───』

 

 

叫びは届かず、少年の言葉は最後の句まで許されず、ナイフは

 

 

 

 

 

 

 

心臓に深々と突き刺さった。

 

 

「──────────────あ。」

 

死んだ

 

死んだ

 

死んだ

 

目の前で

 

抵抗できずに

 

()()()()の答えも返せずに

 

 

受け入れ難き現実が嫌がおうにも認識させられ、身体から力が抜け落ち、膝から崩れ墜ちる。目の前で少年の心臓がくり貫かれ、首を切り取り、その顔を剥ぎ取られ、それを被った男が踊り狂っている。

 

 

己の無力さに自嘲する。彼は言っていた、『ショウが助けてくれる』と。だが実際はどうだ?この様だ。何も出来ずにただ見ていることしか出来なかった無様だ。あまつさえ彼は『逃げろ』とすら訴えた。自らが死ぬというときに。そんな彼は心臓をくり貫かれ、顔を剥ぎ取られ、尊厳という尊厳を破壊尽くされ殺された。

 

 

『こいつで最後か。』

 

『ったく、骨が折れる野郎だ。』

 

『まあいい。状態のいい良質な魂ほどあの御方もお喜びになる。』

 

 

奴らが歩いてくる。狂気と血の匂いを振り撒きながら。小学生の頃、嫌になるほど受けた【敵意】の比にならないほどの濃密な《殺意》と【狂気】が視覚化され、蠢き、這い寄りながら襲いかかってくる。

 

 

恐怖で身体が震えて動かない。あの化物共が来たら待つのは【死】のみ。

 

 

(────死?死ぬのか、俺は。)

 

 

彼は最後なんと言おうとしたのか。

 

 

─────()()()

 

 

それすら最後まで言い切れず死んだ、彼の後を追うのか。

 

 

それだけは

 

それだけは、

 

 

『さらばだ。勇敢なり少年……ッッ!?』

 

【唖鐚…ァァァ■■■■■■ーーー!!!!

 

 

───それだけは駄目だ。

 

 

個性を発動し縄を吹き飛ばしながら男の顔を全力で蹴り上げる。さらに蹴った足から衝撃波を出し、確実に()()()()

 

 

『ぐがぁッ!?』

 

 

そのまま真横に飛んでいく男を尻目に二人の武装兵に突撃する。

 

 

『なっ!げはっ!?』

 

『ごばぁっ!!』

 

 

突然の奇襲に反応が遅れ、銃を構える前に拳と膝蹴りを食らう。その一撃のどちらにも衝撃波が付加されており、殴られた頭は果実のごとき柔らかさで潰れ、蹴られた男は背中から贓物と砕けた骨が飛び散る。

 

 

『くそっ!このガキどこにこんな力が!?』

 

『焦るな!陣形をとれ!』

 

『敵は一人だ!』

 

 

異形系の個性持ちがその異常発達した肉体をさらに盛り上がらせ、二人の個性持ちが炎と光弾を放ち攻撃するが

 

 

「邪魔だっ!!」

 

 

両手を突き合わし人間に向けてはならない出力で個性を発動する。

 

 

砲撃(ブラスト)ッ!!』

 

 

瞬間、凄まじい衝撃波が眼前を襲い、その線上にいた三名は声を上げる暇もなく半身を、或いは全身を吹き飛ばされ絶命する。

 

 

そして外に脱出すると

 

 

『ッ!敵襲だ!中の仲間がやられたぞ!』

 

『贄のふりをしたエル・ピラミデの突兵か!!』

 

『殺せぇ!!』

 

「チッ!」

 

『いたぞ!イン・ヨリョトルどもだ!』

 

『奴らの《島》の住民ごと皆殺しだ!!』

 

 

周りはたくさんの武装兵が取り囲み、その敵対組織まで向かってきた。最早死は直ぐそばまで歩んできている。無数の《殺意》が飛び回り、全てを肌で感じるが今はそんなことに怯えている場合ではない。

 

 

「上等だ…!絶対に死ぬものか!!」

 

 

彼との約束を果たすため。

 

彼の最後の願いを叶えるため。

 

 

「この地獄を生き延びる…!!」

 

 

決意を胸に己を奮い立たせる。

 

 

Vamos(かかって来い!)!この■■■どもめ!』

 

 

乱暴に侮辱の言葉を言い放ち、次々と敵を殺し続ける。拳で、蹴りで、技術で、個性で、傷を負い出血すらも省みず、己が積んできた武を振るい続ける。全ては『生きる』ため。丁度二十を越えようかというとき、一人の兵士が叫んだ。

 

 

()()()()()()()()!!』

 

 

「……は?」

 

 

聞き間違えかと耳を疑うが、兵士の眼はしっかりとこちらを向いている。そして他の兵士たちも同調し始める。

 

 

『ついに舞い降りた!』

 

『我等の前に化身を寄越した!』

 

『万歳!万歳!』

 

『我等が主に、我が信仰を!』

 

 

俺が?神?

 

ふざけるな。

 

俺が貴様らに皆を殺させた神だと?

 

 

信仰の言葉を吐き散らしながら、狂ったように突撃してくる。それは、自らの命を捧げる【生け贄】のようだった。

 

 

『テスカトリポカ万歳!』

 

夜と風(ヨワリ・エエカトル)万歳!』

 

「…ふざけるな……!ふざけるなぁ!!!

 

「俺を…その名で呼ぶなぁ!!!!

 

 

そんなものは断じて認められない。それは、俺ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いったいどれだけ経ったか。どれだけ()()()か。数えることすらままならないほど殺した。まだ手に残る血と贓物の感触に、吐き気がする。死ぬ瞬間の奴らの顔を思い出し、身体が震える。

 

 

町は見るも無惨な姿に成り果てた。家は崩れ火が立ち上ぼり、そこらに死体が転がっている。何処かで悲鳴と呻き声が上がり、遠くから、到着したであろうどこぞの軍隊と奴らの戦闘する音が聴こえる。

 

 

なんて惨劇だ。なんて【()()】だ。

 

 

ふと、奥底から【声】がする。それは嫌悪し抑えこんできた、あの時と同じ声。

 

 

【なんて悲劇だ!】

 

黙れ

 

【これこそ我らが語るに相応しい!!】

 

黙れ

 

【これこそが求めていたもの!!我らの欲望!】

 

うるさい

 

「…求めていた?相応しい?……そんな訳がないだろ!!」

 

 

町を指差す。

 

 

「こんなものを語れる訳がないだろ!!求める訳がないだろ!この地獄を!!」

 

「皆死んだ!ルイスさんも!夫妻も!おばさんも!おっさんたちも!ジョージも!!父さんだって生きてるか分からない!こんなことが…!こんなことが……!!」

 

内側から聴こえてくる声に捲し立てる。この耳障りな声を消してしまいたくて。

 

 

【…何を言っている?】

 

【私はおまえだ。】

 

【欲そのものだ。】

 

【まだ分からないのか?】

 

【自分の顔を触ってみろ。】

 

 

意に反して自然と手が口元に当たる。

 

 

「………………あぁ…。うわぁ、……あ゛ぁ!あ゛ぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そんなにも、()()()()じゃないか。】

 

 

その表情は、どうしようもなく、嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もせず、立っている。もう何かしたいとも思わなくて。もう戦闘音はほとんど聴こえない。彼自身の欲望を目の当たりにし、自身への失望と嫌悪で無気力になる。それでも彼の顔は()みを浮かべている。

 

 

(生き残ったのがこれか……)

 

 

【■■■】

 

 

声はまだ何か語りかけてきているが、最早まともに聞き取る気力も残っていない。耳障りな声を止めさせようと声を上げようとするが

 

 

「…aa…aaa■■」

 

 

どうやら喋る体力すら残っていなかったようだ。ただ呻き声にも似た何かが上がるだけ。思わず失笑したそのとき、何人かの足音と喋り声が聴こえてきた。

 

 

(…また敵か?なら…殺すだけ)

 

 

もううんざりするほどやって来たこと。気だるげに立ち上がろうとしとき

 

 

「大丈夫かっ!」

 

 

久しぶりに聴こえてきたのは父親とルイス氏以外の日本語だった。見ると日本人の集団ようだ。彼らのほうを見ると一瞬動揺したように見えたが、すぐに立ち直り話しかけてきた。

 

 

「おい君、何があった。」

 

 

今更この地獄に何しにきたのか。もう何も残っていないというのに。

 

 

「■■…あ?なんだあんたら?」

 

 

なんとか声を絞りだす。

 

 

「俺達はヒーローだ。」

 

「…ヒーロー……ヒーローねぇ…‥。」

 

 

どうやらこの集団は、日本のヒーローだったようだ。国から要請でも出たのだろうか。ここに来て、何を救うのか。

 

 

(…いや、それも仕方ないか……。)

 

「あぁ、こんな状況で悪いが他の生存者がいないか情報を……」

 

「んなもんいるわけねぇだろ。この役立たず共。」

 

「な、なんだ君は!」

 

 

つい恨み言が口走ってしまう。彼らに何も非はないのに、この感情を、誰かにぶつけたくて。案の定激昂してきたが、すぐに隣の男が訪ねてくる。

 

 

「家族は?知り合いはどこだ。」

 

「……たぶん父さんは生きてるだろうなぁ………」

 

「…ところでなぜそんなに血まみれなんだ?」

 

 

そう言われてやっと気づく。自分の身体中に大量の血がこびりついていることに。自分と、奴らの血が混ざり、不快な匂いがする。……そして、その質問はあまりにも見当違いだった。

 

 

「……あぁ?んなの自己防衛しかねぇだろ。てめぇらみてぇな何もかも手遅れな役立たず共が来るまでどう生き残れと?」

 

(違う…。この人たちにこんなこと言って何になる…。)

 

 

だが嘲る口調は強くなっていき、止まらない。

 

 

「……()()()()?」

 

「イレイザー!?なんてことい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………錏亜ァ?

 

 

その言葉に、思わず殺意を込めて睨み付けてしまう。今どんな表情をしているのかわからない。憤怒か、あるいは嘲笑か。

 

 

「ッ!」

 

「ヒッ、……!」

 

 

何人かの顔が青ざめて、腰を抜かしている者もいた。

 

 

「殺したか、だと……?…ふざけるのも大概にしろよゴミ共。あのイカれた狂信者共に話が通じるとでも?ショットガンと、個性と、マクアウィトルぶら下げて襲いかかって来る奴らを殺さず、話し合いをしろとでも……?」

 

 

「き、君は……」

 

 

近くの男が狼狽えながら喋るが、聴こえない。

 

 

「全部てめぇらのせいだろうが!!」

 

(…そんな訳がない。)

 

「ッ!!」

 

「てめぇらが来たからなんだ?誰か救えるのか?向かいのおばさんは生き返るか?近所の親子は?仲の良い夫婦は?あいつは?温かったこの街は?戻るのか?なにもできねぇ癖にごちゃごちゃ言うじゃねえよ!!」

 

 

一番近くにいた男の胸ぐらを掴み怒鳴る。こんなことを彼に言ってもしょうがないのに。

 

 

「あのクソ共から生き残るため、俺は全てをした!おまえらが来てたら、俺はこんなことになってなかった!!」

 

 

(いや…俺は誰が来てもこうなっていた。)

 

「ッぐっ、!」

 

「おまえらにはなにもできない。なにも、取り戻せない。おまえらは……」

 

 

何も救えはしない。

 

 

男の目を覗き込み、そう言い放つ。こんなもの、憂さ晴らしだ。しかも戦地にまで国を越え駆けつけたヒーローたちにだ。自身を心の中で冷笑する。こんな男だったのかと。

 

 

「わかったらとっとと消えろ。俺は……あいつを、せめて遺体だけでも、探しださなきゃならない。」

 

 

見つかるかも分からないのに、だが探すしかなくて。荒廃した町に歩き出す。その背中を止める者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

町を彷徨っていると、国連の軍隊に保護され、父親と合流することができた。怪我を負っているが、大したことはないようだ。彼を見つけると、全速力で走ってくる。

 

 

「……衝っ!!」

 

 

血まみれの彼を胸に抱きしめる。その目には、息子が生きていたことへの安堵と、経験したであろうことを想って、大粒の涙を流している。それに今まで張りつめていた精神が楽になる。

 

 

「衝…!大丈夫か!怪我は……」

 

「…父さん。」

 

「なんだ!?」

 

「俺…見せなきゃ、ジョージに…()()を。見つけた答えを…!じゃなきゃ俺……」

 

「───っ!わかった!わかったから!今は…ゆっくり休め。」

 

 

──────こうして、彼の戦争は、悪夢は幕を閉じた。帰国した彼は、すぐに父親の紹介で、三日月亭円弧という落語家に弟子入りし、それから半年後、天才少年落語家、三日月亭妖狐として鮮烈なデビューを果たすことになる。

 

 

無論、彼はこの戦争を最愛の友には語っていない。つい最近断片を語った程度だ。語りたくないのか……否、語る覚悟が出来ていないのか。

 

 

彼は語り続ける。誰かの物語を、『喜劇』を、【悲劇】を。

しかし、これから起こる彼の物語はどうなり、誰が語るのか。

……それこそ、『神のみぞ知…』

 

 

「長話どうもクソッタレが。」

 

 

…おっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人が気持ちよく寝ていたら、思い出したくもないこと思い出させ、しまいには知らないどこの誰かに語りやがった男を睨む。

 

 

【やぁ、久しぶりだね。()。】

 

 

俺と瓜二つの顔に、赤と白と緑のメッシュが所々入った毛髪。腰から背中にかけて十三本の節足動物の足のような触覚が生えていて、そのほとんどが石のように色を失っている。

 

 

「何が久しぶりだ。あれからだんまりだったのに急に起きてきやがって。なあ…テスカトリポカ。」

 

 

奴の名を吐き捨て、不機嫌さを隠さず視線を向ける。

 

 

【正確にはそれは君がそう自分から名付けたんだ。何度も言ってるだろ?()()だ。…まあ、なぜ今になって起きたか、だったか。それには答えよう。】

 

 

まるで舞台役者のように大げさな手振りと口調で答える。

 

 

【もうすぐ()()()()()()()()()。それを伝えたかったのさ。私も、寝てばかりでは退屈だからね。】

 

「……その面白いことってのは?」

 

【それはまだ、お楽しみさ。ネタバレは無粋極まるだろ?それに……】

 

 

唇に人差し指を立てて妖しげに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【健全なる学生は、そろそろ起きる時間だ。】

 

 

目覚まし時計の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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