聖癖戦争 Fate/my Favorite Things 作:井ノ下功
館内放送が藤丸立香とマシュ・キリエライトの名前を呼んだ。以前よりも幼くなった――しかし美しいことは変わらない――ダ・ヴィンチの声。立香はひどく傷んだオレンジ色の毛先を気にするのを止めて、天井を振り仰いだ。
「え、なんだろう。次のロストベルトに行くのはまだ先のことだったはず……予定が変わったのかな」
「変わった、と言うよりは、新しく付け足された、と言うべきだろうね、この場合」
立香の隣に座っていた長身のサーヴァント――シャーロック・ホームズが、薄い微笑みを浮かべてカクテルグラスを置く。
「まず、ロストベルト関係のことだったら、私がここにいられるわけがない。よって、これが突発的な事態であることが分かる。が、ダ・ヴィンチの声には切迫感がなかった。つまり大したことではない。せいぜい、放っておいても問題ない微小特異点が観測された、といったところかな。――まぁ、ここにいる悪党が関わっていないことは確かだから、安心して行ってくるといい」
「お褒めいただきドーモォー」
「まったく、こんなことになるなら奢ってやろうとか言うんじゃなかったヨ……」
「ハハハ、私だって君が出す酒など飲みたくはなかったんだがね」
「じゃあなんで来たのかネっ? 意味分からないんだが!」
楽しげに言い争う二人を横目に、立香は背の高いスツールから飛び降りた。
「私、行くね。ホームズ、昔の話をしてくれてありがとう。それじゃ、ごゆっくり!」
「ああ、マスター。私の頭脳が必要になった頃に、また会おう」
「うん、その時にはよろしく」
「悪知恵が欲しくなったらいつでも呼んでくれたまえ、マスター君」
「オーケー、教授、それまで腰を休めてて! じゃあ!」
ぱしゅん、と扉を開けて、立香は即席のバーを飛び出した。その背中に、探偵と教授がひらひらと手を振る。
☆
管制室にはすでに、ダ・ヴィンチ、シオン、マシュが揃っていて、「ごめん、遅かった?」と眉尻を下げた立香に対して首を横に振った。
ダ・ヴィンチがにっこりと笑う。
「大丈夫だよ、マスターくん。呼びつけておいてこんなことを言うのはあれなんだが、大したことじゃないんだ」
「放っておいても問題ない微小特異点?」
「ご明察だ。いつの間にホームズのような特技を身に付けたんだい?」
「そのホームズから聞いただけだよ」
「なるほど、そういうことか」
納得したように二、三頷いて、ダ・ヴィンチはモニターを操作した。
地図が映し出される。立香にとっては馴染み深い形の島国――日本。その右下のあたりにピンが刺さっている。
「観測点は二〇一二年の日本。南東に位置する人口二百人ちょいの小さな島、沙更島だ」
「さざらじま……」
「知っているかい?」
立香はふるふると首を振った。
「まぁ島自体には特異な点はない。問題は、そこで行なわれていることだ――」
「いやぁ、驚きましたよね! まさかこんなことが起きうるなんて!」
シオンがひょいと会話に顔を突っ込んできた。
「何が起きていたと思います?」
「さぁ……何があったの?」
「な・な・なんと! 同じ聖杯戦争が三年以上も継続しているのです!」
ぱっぱぱーん! というSEが付きそうな勢いでそう言って両手を広げたシオンは、思ったリアクションが得られなかったことに首を傾げた。
「――え、あれ? 無反応? 無反応ですか?」
「えーっと……聖杯戦争って、そんなに長引くのが珍しいの?」
「そうですよ! 大抵の聖杯戦争が一週間から一ヶ月程度で決着するものです。まぁ試行回数もそんなに多くはないんですが……それにしたって、三年、しかも脱落したのは一騎だけ、というのは、非常にひじょーに稀なんです!」
「だからこそ、こうして特異点になってしまった、というわけさ」
ダ・ヴィンチが説明を締めくくった。
「確かに、放っておいても問題はない。脅威度は低い。けれど、この先どうなるかは分からないし、聖杯戦争が起きているということは“聖杯がある”ということだ。上手く回収できれば、魔力リソースの足しになる。――よって、マスター・立香。レイシフトの準備を!」
「了解!」
立香はぴしりと敬礼の真似事をした。
マシュがその横で、少しだけ落ち込んだように言う。
「私は今回も、先輩のナビゲーションを担当します。……その、先輩と一緒に戦えないのは残念ですが――」
「ううん、マシュ。ナビゲート、よろしくね! 頼りにしてる!」
「――はい! マシュ・キリエライト、全力で先輩のサポートに当たります!」
こうして、レイシフトは敢行された。
その場で繰り広げられている聖杯戦争の苛烈さも知らずに。