聖癖戦争 Fate/my Favorite Things 作:井ノ下功
「よっ、と。レイシフト完了!」
『先輩、こちらの声は聞こえていますでしょうか』
「うん、ばっちり!」
これまでの大方の場合と違い、カルデア管制室との通信は断絶していなかった。それだけで随分と気が緩む。
そんな立香の頭を、杖の先で軽く小突くものがいた。
「こらこら、気ぃ緩めんなよ」
「あ、分かった?」
「分からいでか。ったく」
キャスターのクー・フーリンが苦笑した。それから、森になっている周囲をぐるりと見回す。
「周辺に敵はいなさそうだが、一応敵地なんだぜ。警戒はいくらしてもしたりねぇくらいだ」
「うん、分かってるよ。それで、ええと、どこに行けばいい?」
『周辺のスキャン、終了しました。ええと――現在地から北西へ約三キロ行った地点に、サーヴァントの反応が、一つ、二つ……――』
えっ、と、マシュの困惑した声。
「どうかした?」
『いえ、その……当該地点に、サーヴァント反応が六つ集まっています。島内全域をスキャンしましたが、他にサーヴァントの反応はありません。つまり――聖杯戦争に参加しているすべてのサーヴァントが、一ヶ所に集まっている、ということです。なのに……なのに、戦闘行為は起きていません』
「ん?」
「そりゃどういうことだ、嬢ちゃん」
『分かりません……。六騎は、聖杯を奪い合うライバルのはずなのに……』
『まぁ、三年もやってる聖杯戦争だからねー』
あ、ダ・ヴィンチちゃんだよー、と明るい声が割り込んできた。
『もしかしたら、彼らは聖杯を
「あぁ? そんなことあり得るのかよ」
『ともあれ、どんな状況になっているのか、見てみないことには分からないなぁ。こっそり近づける?』
「了解。やってみるね。よろしく、キャスニキ!」
「はいよ、マスター」
クー・フーリンが杖を振り、隠蔽の術式を展開する。アサシンには遠く及ばないが、大方の目は欺けるものだ。
二人が示された地点へ行く間に、日はすっかり落ち切っていた。辺りは完全な暗闇に閉ざされる。クー・フーリンの暗視魔術が無ければ歩くこともできなかっただろう。
「さて、そろそろ――」
と、クー・フーリンが言いかけた、その時だった。
『っ、気を付けてください!』
ギリギリまで絞った、けれど緊迫したマシュの声。
『二騎が戦闘行為を始めました! すぐ近くです――』
「っぶねっ!」
間一髪のところで、クー・フーリンが立香を抱きかかえて飛び退いた。
着弾。爆発。
炎が木々をなめ、熱風が髪を乱した。つい一瞬前までいた場所に、大きなクレーターが出来ている。立香はクー・フーリンに抱えられたまま、冷や汗を流した。
ひゅう、とご機嫌な口笛。
「おいおい、派手におっぱじめたもんだな」
指し示された先には、真正面からぶつかり合う二騎のサーヴァントの姿が。
纏うは白銀の鎧。
構えるは流麗なる大剣。
呼気、鋭く、踏み込み斬りかかり一歩も引かず。
「あれは――」
――湖の騎士、ランスロット。
「おおおおおおおっ!」
裂帛の気合が乗った声は、この距離でも立香の鼓膜を打ち据えた。
しかして、彼と対峙するその男は。
ひらりと外套を翻し。
踊るように歌うように引き鉄を絞り。
飄々と荒波を乗りこなしては僅かな隙間に短剣をねじ込む。
「バーソロミュー……?」
――海賊一の伊達男、バーソロミュー・ロバーツ。
「あっははははははっ!」
その狂ったような笑い声が
クー・フーリンが鼻で笑った。
「なぁんだ、三年間もぐだぐだやってたんだ、どうしようもねぇ仲良しこよしでも集まったのかと思ってたんだが……――立派な聖杯戦争じゃねぇか」
「すご……」
立香はすっかり目を奪われた。
サーヴァント同士の本気のぶつかり合い。それは普段の姿を知っているからこそ、余計に鬼気迫るものがあるのだった。
『へぇ、これはすごいや……』
ダ・ヴィンチちゃんの感心した声が通信機から漏れ聞こえる。
『単純な性能差で言えば、ランスロットのほうが格段に上だ。なのにバーソロミューは上手くさばいて、戦局を拮抗させている。マスターとの相性がいいのかな。……でも、うん、そうだよね』
ランスロットの雄叫びが響き、ついにその剣先がバーソロミューを掠めた。
「くっ!」
そこからずるずると戦局はランスロットに傾いた。みるみるうちに、バーソロミューの体に傷が増えていく。足元が揺らぎ、軸がぶれ、進退窮まる。
そこに、
「バーソロミュー!」
若い男の声。
見れば、木々の隙間に青年が立ち、右手を高く掲げている。
『あれがマスターのようだね。令呪を切るのかな?』
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を肯定するように、青年の声は朗々と――
「このメカクレっ子秘蔵ブロマイドが欲しくないのかっ!」
「欲しいに決まっているともマスター!!」
――バーソロミューに、最強のバフをかけた。
瞬間、爆発的な反撃。致命傷に至るはずだったランスロットの一太刀を躱し、逆にその鎧の隙間へ弾丸をねじ込む。今度呻き声を上げて後退るのはランスロットのほうだった。しかしバーソロミューは止まらない。止まるはずもない。
「メカクレ、ヤッホーーーーーぅっ!」
影から出現した大砲が一斉に火を噴き、ランスロットの長身を吹き飛ばした。
『……えーと、言葉を失っているようだけど、聴覚は死んでいないと信じて言っておくね。今のあのマスターの言葉で、バーソロミューのステータスがすべて急上昇した。分かりやすく言っておくと、カリスマA+並みの攻撃力アップに、防御力アップ、ダメージカット、ついでにクリティカル率と威力も上昇しているね』
「そ、それほどまでに……メカクレを……」
立香はようやく言葉を絞り出した。
戦局は一変。ランスロットが劣勢。直撃した大砲のダメージを引きずっているのか、剣先は重たげに、なおかつ苦しげに空を斬る。
「何をしている、ランスロット!」
その鋭い言葉は英語だった。外国人。夜闇にも鮮やかな金色の髪が見える。
「あれが、ランスロットのマスター?」
『そのようだね。劣勢になったんだ、こちらも何かするつもりだろう。魔術か、それともやっぱり令呪か……』
金髪の男性は、高く振りかざした手を、闇を切り払うように振り下ろし――
「貴様が勝手に取り寄せた人妻物のAV、すべて女児アニメで上書きするぞ!」
「いかなマスターといえども看過できることではありませんな!」
――弾幕を貫いて、ランスロットの背を押した。
刹那、四方から押し寄せていた大砲の連撃に、臆することなく大剣を一閃。どころか、爆風を上回る速度でその下をかいくぐり、バーソロミューに肉薄する。愚直なほどの振り下ろしを、しかしバーソロミューは避けられない。かろうじて短剣で受け止めたが、それもいつまでもつか。
「人妻こそ、至高であるっ!」
一段強い踏み込みが地を揺らし、ガードごとバーソロミューを吹き飛ばした。
『……以下略』
「……うん」
その後、「メカクレ!」「人妻!」と言い合いながらの殺し合いは、夜明けまで続き――
――最初の光が射し込んだ。
途端、二人はぴたりと動きを止めた。