ひぐらしのなく頃に・短~中編集   作:フィリング【ハーメルン Ver.】

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―――やっぱり、こうやって嬉しそうに、それでも恥ずかしそうにはにかむ笑顔が圭一は一番大好きだったし、その表情を見たかったのだ。レナの、彼女のはにかむ笑顔が圭一の中では常に向日葵のごとく咲いていたのだから。―――

圭一ががんばってレナに想いを伝えるお話。
前編「星に手向けられた恋心」の一年後のお話となっているので、先にそちらを読んで頂ければ!なお、前編は基本的に旧作に準拠しており、幾つかの差異がありながらも祭囃し編から地続きの世界観でしたが、こちらは一部の要素を「ひぐらし業」の郷壊し編から拝借(具体的には「昭和59年の翌年に行われた綿流し祭における御三家によるダム戦争の終結宣言」の箇所)しています。
ただし、(台詞はありませんが)羽入は存在していますし、魅音が不在の理由もここでの独自設定なので、そこはご留意ください。


星今宵に咲いた向日葵

 

 ──―レナにとっての彦星は目の前にいるよ──―

 そんな言葉を彼に投げ掛けたのはそういえばちょうど一年前だったな、と竜宮レナはぼんやり思い出していた。そんなレナの手を引いていたのは、いつもの服装に身を包みがらも、どこか気合いが入った様子の前原圭一だった。

 昭和59年7月7日の夜、レナは圭一に誘われ、彼曰く「とっておきの場所」に一緒に向かっている最中だった。元々人口が多いとは言えない雛見沢だが、圭一が連れていこうとしている場所はその中でも明らかに人気がなく、連れ立っている人物が彼でなければさすがに警戒しただろうな、とレナは心の中でひそかに思う。

 もっとも、一年以上の付き合いで圭一がそんな類の人物ではないことを彼女はよく知っていたし、──―これを言うと圭一が落ち込むだろうから口にはしなかったが──―「何か」あろうとレナは圭一に腕力で勝てる自信があった。なんなら、そのまま圭一を竜宮家に「持ち帰り」することだって可能だろう。

 だが、そんな前提であっても、圭一の胸中を解き明かす材料にはならなかった。

(……圭一くん、何を話すつもりなんだろ……?)

 レナは圭一に誘われた一昨日のことを思い返す──―

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「なぁ、レナ」

「うん? どうしたのかな、圭一くん?」

「七夕の夜、俺のとっておきの場所……ってとこでお前に話したいことがあるんだ。それでさ……レナは、その日……なにか先約とかあったりするか?」

 半ば唐突ともいえる形で、圭一からそんなことを告げられたのは7月5日の木曜日のことであった。授業も全て終わった放課後、知恵に頼まれた雑務の処理を二人が終えたタイミングだった。

 その年の3月に魅音が分校を卒業すると、圭一は彼女が務めていた部活の部長と分校の委員長の座、二つを引き継いだ。魅音の仕事ぶりを間近で見ていただけに、新たにやることになった仕事も圭一はそつなくこなしていたものの、それでも慣れないこともあるようでレナはそんな圭一をしばしば手伝っていた。

 先の問いが圭一からレナに発せられたのは、そうした風景の一コマでのことだった。

「え……? う、うん、レナはその日特に何も用事はないかな……。それに圭一くんのお誘いだし……」

 レナがそう返答すると、圭一は心底安堵したような表情を浮かべて言った。

「そうか……! 良かった……! 今回はタイミングをしっかり合わせたかったからな……」

「タイミングってなんのことかな、かな?」

 圭一が漏らした言葉にレナが首をかしげながら反応すると、圭一は慌てて取り繕い始め、

「ああ、いや、こっちの話だ! と、とにかく大事な話だから楽しみにしててくれよな! 夕方にはレナの家に迎えに行くからさ!」

 と、一方的に話を打ち切ってしまった。その後の彼はいつもの調子にすっかり戻ってしまい、この件をそれ以上詳しく知ることはレナにはかなわなかった。

 昨日の金曜日の間も圭一に変わった様子はなく、気付けば彼がレナを迎えにくると約束した日の夕方になっていた。

 結局、最後まで今一つ要領を得ないまま家の前で待っていると、約束の時間帯には圭一がやって来て、そのままレナの手を引いて歩き始めた。

 最初こそ、いつものようにお互い話していたものの、途中からは自然と口数が少なくなり、山道に差し掛かった頃には沈黙が場を支配していた。

 

 もっとも、それは決して居心地の悪さを感じさせるものではなかった。

 慣れない道にレナが躓かないよう圭一は終始気遣ってくれたし、握っていた手も強引なものではなく力加減を考えた優しいものだった。

 ただ、その分だけ彼の緊張が伝わってくるのであり、色々と思考を巡らしているであろう圭一の邪魔をレナはしないことにした。

 

(……圭一くんは、本当にいっぱい変わったね……)

 レナが知る前原圭一という人物は、良くも悪くも真っ直ぐな人間だった。

 いつかの大騒動のときみたいに周りを巻き込む「赤い炎」として、どんな逆境だろうと彼がそれを打ち破れることをレナはよく知っていたし、圭一のそんな部分にレナが惹かれたのは事実だった。

 一方で、圭一のがさつさをちょっと頂けないとレナが感じたことも決して一度や二度のことではなかった。

 一人の中学生男子にあまり多くを求めても酷だとはレナも自覚しつつ、そのどうしようもなく鈍感なところにレナが頭を抱えたことがなかったかと言えば嘘になる。

(でも……圭一くんのそういうところはいつの間にか……)

 そう。いつの頃からか、圭一は周りを「真の意味で」よく見るようになった。もちろん、がさつなところや鈍感なところが完全になくなった訳ではないものの、それらは以前と比べてずっと気にならない程度になった。

 それどころか、圭一は現在の雛見沢になくてはならない人物にまだ成長しつつある。

 魅音が務めていた部長や委員長の座を引き継いだのはもちろんだが、今年の綿流し祭では雛見沢中から集まった中古品の叩き売りやエンジェルモートが初めて試みた出店のサポートなど、祭りが盛り上がる為に圭一が八面六臂の活躍をしていたことをレナは知っている。

 当然、その為の準備が一朝一夕で済むはずもなく、学年が上がってから本当に忙しそうにしていた圭一の姿はレナの脳裏にしっかりと刻まれていた。

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(それに……おそらくは「あの件」も……)

 

 昭和59年の綿流し祭は毎年恒例の村祭り以上の「意味」を持っていた。

 古手梨花の奉納演舞の後、梨花と村長である公由喜一郎、そして、園崎家当主であり魅音と詩音の祖母である園崎お(りょう)が一堂に会し、ダム戦争の終結、そして、“オヤシロ様の祟り”の否定が宣言された。

 それはこの数年、いや、あるいは「もっと長い」間に渡って村を蝕んでいた空気を根本から打破しようという御三家なりの決意表明に違いなかった。

 梨花はもちろんのこと、園崎家の一員として複雑な思いを抱え続けていた魅音や詩音が一枚(ふりか)んでいたことは想像に難くないが、レナはきっとそこに圭一も関わっていたと強く確信していた。

 

 自分を温かく受け入れてくれた雛見沢の中で、仲間である北条沙都子が未だに村八分の扱いを受けていることを知ったときの圭一の憤りは並々ならないものがあった。それこそ──―「比喩」でもなんでもなく──―お(りょう)を殴りに園崎家の屋敷へと突撃しに行くのではないかとレナが心配したほどであった。

 もっとも、それは杞憂だった。部活メンバー総出で村中を駆けまわった大騒動の日から時が経ち、木々の葉が紅く色づき始めた頃から、放課後に圭一が魅音や梨花と話し込む光景を見かけることが幾度かあった。それを見かけなくなると、今度はまるで鬼上司にこってり絞られてきた後のような彼の姿を見かけるようになった。何回かそれが続いたが、春の訪れが感じられるようになった頃に、

「これで……ようやく変えられるな……」

 と、ボソッと呟きながら心の底から満足そうにしていた圭一の顔をレナは忘れることがなかった。

 もっとも、こう呟いた直後に沙都子のトラップを食らったにもかかわらず、圭一が仏のような顔でそれを笑って許し、沙都子が逆にドン引きしていたエピソードが付いてきたせいで忘れられなくなっているだけかもしれないが……

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(……なんだか、圭一くんが遠くなっちゃった気がする……)

 綿流し祭の後、未だ実感が伴いきらない沙都子の手を梨花が引き、それを羽入が優しく見守っていたあの光景を思い出しながら、レナは複雑な思いを抱える自分に苦笑する。

 彼女にとって圭一が遠い存在になったように感じたのは、綿流し祭のサポートやエンジェルモートの手伝い、そして(おそらく関わっているのであろう)御三家との折衝に彼が携わっていることだけが理由ではなく、一緒に宝探しに行く頻度がめっきり少なくなったことにも原因があった。

 今思い返すと、かなり多忙なはずの圭一が時々であったとしても宝探しに付き合ってくれただけでも喜ぶべきなのだろう。しかしながら、圭一が雛見沢分校に転入して以来、彼と一緒に宝探しをすることに楽しみを見出していたレナにとっては、その機会が減少したことへの寂しさの方がやはり勝っていた。

 

(……だけど……なんでだろう……)

 こうして振り返りつつ、寂しさの度合いが思ったほどではなかったことにレナは自分でも驚きを隠せなかった。少し考えてみれば、部長や委員長の業務を行う圭一を頻繫に手伝っていたのだから、そこまでの寂しさを感じないのも自然なことであった。

 だが、自分の中の感情は、その理由だけでも上手く説明し切れなくて──―

 

(……そっか……考えてみれば、一年前からとっくにそうだったんだ)

 そう。レナは分かっていた。圭一が自分のことを本当に大切にしてくれていることを。

 今日一日を振り返ってみても、圭一は考え事をしながらも、それにかまけてレナへの気遣いを忘れることはなかった。

 それ以前だって、宝探しの誘いに応じられなかった際にはいつだって真剣に応じ、軽い調子で断ることは一度たりともなかったのだ。

 

(それなのに……ふふ、圭一くんのせいでレナはすっかり欲張りになっちゃったな……)

 圭一の真摯さを知りながらも、レナの中の不安がなくなることがなかった。

 それは、魅音と詩音の存在に因るものだった。

 魅音が卒業する間近、レナは興宮で仲良さそうに一緒に歩く魅音と圭一の姿を見かけたことがあった。

 幾度か興宮に出掛けた中で一緒の二人を発見したのは一度きりであった為、レナも深く考え過ぎないようにしていたものの、当時の彼女には十分に動揺する出来事であった。

 また、それと同様に、というほどではなかったものの、圭一が詩音と一緒にいる場面を最近まで頻繫に見かけることが多かったことについても、全く気にならないと言えば噓であった。

 圭一が自分のことをとても大切にしてくれていることを知りつつも、それがどのような「意味合い」によるものなのか──―そんな疑問が最近のレナに付きまとっていた。

 魅音も詩音も美人で魅力的な人物であることを知っていただけに、その疑念はますます募っていた。

 

 結局、普段からあれだけ誠実に接している圭一と一緒に過ごしながらも、その誠実さは「友人」か、あるいは「仲間」に対して向けられたものなのではないか、との不安は消えなかった。

 

 ──―もっと“先の”──―

 

 彼の口から、その言葉が欲しい。

 思考がそこに触れかけた瞬間、彼の穏やかな声が彼女の心に染み渡った。

「レナ、着いたぜ! ここだ!」

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「わぁ……!!」

 思わず息を吞む。

 なるほど、確かに圭一がもったいぶる訳だ、とレナは内心納得する。

 裏山の奥にあった「とっておきの場所」は、言葉だけでは表現し切れないような星飛ぶ光景が広がっていた。

 都市部に比べると、元々雛見沢は星が見えやすい土地ではある。だが、道路の脇に建ててある蛍光灯だったり、隣接している興宮の街明かりがあったりすると、意外に見えなかったりするのが実態だ。その為、茨城に比べて見えやすいとはいえ、レナも普段から雛見沢で星を見ようとは思わないのが常だった。

 目の前に広がる星躔(せいてん)は、そんな思いを吹き飛ばすには十分過ぎるほどであった。

「な? 凄いだろ? ……実はここ、沙都子に教えてもらったんだ」

「沙都子ちゃんが?」

「ああ。レナの手をずっと引いていたのも、トラップに引っ掛からないコースをしっかり歩く為だったんだ。……悪かったな、レナ。ずっと握っちまって」

「ううん! レナにとっては悪くなかったかな……かな」

 そう言いつつ、レナは色々と腑に落ちる思いだった。

 確かに、空に夜色が広がるこんな時間帯にトラップに引っ掛かっては星を眺めるどころではないだろう。

 いや、逆に星を見ていることしかできない状態になってもおかしくはない……

 そんなことを彼女が心の中で考えていると、横に立っていた圭一が向き合う形でレナに対して口を開く。

「レナ。今日はお前に話があって、ここまで一緒に来てもらったんだ。……聞いてくれるか?」

「……うん。圭一くんのお話、レナも聞きたいかな」

「ヘヘッ、ありがとな。それじゃ……」

 圭一は言葉を一旦切ると、そのまま続けた。

 

「この景色はさ、今日、この日にレナに見せたかったものなんだ」

「今日……?」

「ああ。……レナはさ、一年前に魅音が企画したイベントを覚えてるか?」

「……うん」

 そう答えつつ、レナの脳裏には圭一の言葉が蘇っていた。

 ──―俺は……俺はどんなときにでもレナの味方だから──―

 そして、

 ──―優しすぎて頑張りすぎちゃうレナをいつでも助けたいと思っているからな──―

(……忘れるなんて……レナは絶対にしないよ)

 そんな誓いを彼女が抱く横で、彼は言葉を紡ぎ続ける。

「あの時からさ……レナにこの思いを伝えるなら、この日しかないと思っていたんだ」

 レナは軽く頷く。その言葉の続きをなによりも欲する気持ちと、今この瞬間に留まりたい気持ちが、彼女の中で激しく渦巻き、それが言葉を出すことを許さなかった。

「俺は……レナのことが本当に大切だ。レナが笑ってくれるだけで、どんな時でも心からあったかくなれるんだ。だからさ……」

 そこまで言って、圭一が次に声を発しようとした瞬間だった。

「レナ、俺とつき、あっ、ったた!」

「え!? え、圭一くん、大丈夫!?」

「づぁ、だいじょ、ぶ!」

「いや、それ大丈夫じゃないときの発音だよね!?」

 ……圭一は舌を噛んだ。

 さすがに心配の方が勝ったものの、思わずレナは脱力する思いだった。

「……」

「……」

 おそらく次の台詞で決めるつもりだったのであろう。圭一の表情からは痛恨のミスを悔やむ気持ちがありありと伝わったほか、このタイミングでしくじったことへの羞恥心も湧いたようで、顔は少し赤くなり始めていた。

 

(……ふふっ、申し訳ないけど、圭一くんらしいな……)

 ここまでずっと緊張があった為、良くも悪くも彼らしいところを見たことでどこか落ち着く思いがあった。だが、穏やかな心境になれたのも束の間だった。

 場違いな状況ながらも、レナのかぁいいモードが発動するかと思われた瞬間──―

「……す、好きだ!」

「え」

「俺はレナのことが好きだ! だから、俺と付き合って欲しい!」

「え、えぇ!? ちょっ」

「レナの親切で優しいところも、弁当が最高に旨いところも、ここぞというときは負けず嫌いなところも、いつも見せてくれる笑顔も、全て好きだ!! だから、俺と──―」

「ちょ、ちょっと、待って!」

 あまりの急展開にレナは思わずストップをかけた。

 数刻前まではなによりも欲した言葉のはずだったのに、脱力していたタイミングに機関銃の如く打ち込まれたせいで、完全に無防備に受け止めざるを得なかった。その全ての言の葉が圭一の本心であろうことが理解できただけに、それらは彼女が処理できる容量をとっくのとうに超えていた。

「嬉しい、嬉しいけど、圭一くん、ちょっと待って……! 急にそんなに言われたら……私……」

「あ、別に表面上のことだけを言っているんじゃないぞ! 言うことはしっかり言ってくれるところも、部活メンバーの中で一番しっかりしているところも、そこからは想像できないけど、意外とどこか抜けているところも、それ以外にも……」

「ほ、ほんとうにもう十分だから大丈夫! とっても嬉しい、嬉しいけど、ちょっと待って!!!」

「……あ! ……あぁ、悪ぃ……」

 テンパったことで、「口先の魔術師」が思わず発動してしまったらしい。レナが二回目の呼び掛けをしたことでようやく冷静になったようだった。

 ハッとした様子の圭一は、そのままバツの悪そうな顔で詫び始めた。

「すまん。急にたくさん言われたら困るよな……こうならない為に、色々と台詞を考えてきてたのにな……」

「……そうだったのかな、かな?」

「ああ。レナの好きなところはいくらでも言えるけど、そうなると俺ってさっきみたいに止まらなくなるからさ……固有結界に頼るんじゃなくて、もっとスマートかつクールに言いたかったんだよ……」

「……も、もうやめて……」

 後半はよく分からないことを言いつつ真剣に反省している圭一を横目に、レナは頭から火が出る思いだった。ずっと欲していた言葉をこんな風に浴びせかけられるとは思っておらず、もういっぱいいっぱいだった。

 だが、圭一の気持ちを十分に理解したところで、レナには聞かなければならないことがあった。

「け、圭一くん……圭一くんの気持ちはとーっても伝わったよ? レナはすっごく嬉しい、かな。

 ……ただね? 先に圭一くんに聞きたいことがあるの。……良いかな?」

「あ、あぁ……もちろんだ! 聞きたいことってなんだ?」

「え、えっとね、魅ぃちゃんや詩ぃちゃんのことなんだけどね……? 圭一くんは──―」

 と、レナがそれ以上を聞こうとすると、

「あ、いや、そうだよな。レナが気にするのも当然だよな。悪かったな、テンパって。ちゃんと一から説明するよ」

 そうして、圭一は口を開いた──―

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 圭一が最初に触れたのは、一年前のあのイベントのことについてであった。

「あのときさ、レナの言葉でようやく自分の気持ちにちゃんと気付いてさ……たださ、それからすぐにはどう行動するべきなのかを決め切れなかったんだよな」

 

 圭一曰く、その際に発破をかけてくれたのが詩音と梨花だったという。またもや悩んでいる状態の圭一に半ば呆れながらも、詩音は、

「そこまで素直になったのなら、もう一歩だけ踏み出せばいいだけな気もしますけどねぇ……まあ、圭ちゃんがそこで悩むのなら、先に自信をつけるのもアリだと私は思いますよ」

「自信?」

「そうなのです」

 と梨花も応える。

「もし圭一がレナに気後れしてしまっている部分があるなら、それはレナのがんばりに対して自分の行動が見合っていないと思っているからに違いないのです。圭一もレナに負けないくらいがんばったら、きっと自然に自信がつくと思うのですよ」

 と圭一にアドバイスする。

 

「梨花ちゃんがそんなことを……」

「ああ、ホント、梨花ちゃんって歳不相応なところが多いよな……」

 そう苦笑しつつも、圭一は続ける。

「それでさ、梨花ちゃんに頼まれたんだ。雛見沢を一緒に変える手伝いをしてほしいってな」

「……もしかして、この前の綿流し祭のあの宣言のこと……?」

「ありゃ、レナはさすがに気付いていたか。まあ、肝心の沙都子には隠し通せていたようだからヨシとするかな」

 圭一はそうやって悪戯っぽく笑うと、そのまま説明を続ける。

 

 なんでも、ダム戦争の正式な終結を綿流し祭で宣言するというのは、梨花の発案だったらしい。魅音や詩音も既に知っており、圭一はそれに助力する形で色々と動き回った。

「ただ、園崎の婆さんがなかなかに頑固でな……」

 圭一が言うところによると、お(りょう)も村八分が続いてしまっている現状を憂いており、それを終わらせることには異論はなかったらしい。

 だが、わざわざ自分が綿流し祭で関わらなくても、他の人間が触れ回れば十分だと言って譲らなかった。そこを梨花や魅音、詩音、そして、なによりも圭一が綿流し祭で宣言することに意味があると説得したのだと言う。

「去年の綿流し祭では“オヤシロ様の祟り”による犠牲者は出なかった。そこに続く形で宣言を出すことで、雛見沢の悪習を完全に断ち切れる! ってな。まあ、一筋縄ではいかなかったんだけどな……」

 

 お(りょう)の迫力に戦々恐々しながら園崎家で交渉すること幾度、来年の綿流し祭の内容で合意がまとまった頃には、圭一の存在はすっかり知れ渡っていた。

「顔がだいぶきくようになったと思ったら、今度は叩き売りオークションの方に引っ張り出されてな……それを知ってか知らずか、エンジェルモートの出店を成功させる為のアイディアマンになってください、って詩音からも頼まれてさ……」

 そして、そうやって忙しくしている中で、魅音の気持ちにも気付いたのだと言う。

「詩音や梨花ちゃんの言ったように他人をしっかり見るように気を付け始めたんだ……そうしたら、園崎家に何度か行くうちにアイツの気持ちに気付いてさ……さすがに自分の鈍感さが嫌になったよ」

 ただ、園崎家での合意がまとまった頃には魅音の受験も近づいており、「その時期」ではないことで互いに暗黙の了解ができていた。そして──―

「魅音の受験がひと段落したタイミングでさ、アイツから告白されたんだ。……辛くなかったと言えば嘘になる。でも、ちゃんと向き合わないと魅音の方がもっと辛いって分かってたから、俺はレナのことが好きだからと言って断ったんだ」

 そして、

「そのときに謝ったよ。魅音の気持ちにずっと気付けなかったせいで、思わせぶりなことをして傷付けちゃったんじゃないかってさ。魅音はさ──―おじさんも、素直になるのが遅かったんだね、きっと……──―って言って許してくれたよ。そんでもって、アイツの気持ちにケリを付ける為に、魅音の卒業直前に最初で最後のデートをしたんだ」

「そうだったんだね……」

 魅音とレナは親友だ。その上で、圭一に対する恋心について魅音から相談されたこともあった。だが、この一連の経緯がレナの全く(あずか)り知らぬところで進行したということが意味するところは──―

(魅ぃちゃんは、やっぱり強いね……もしもレナだったら……)

 おそらくだが、圭一のレナに対する思いに薄々気付きつつ、魅音は一人できっぱりと決着を付けたのだろう。今は遠くにいる大切な親友に対し、改めて尊敬の念を覚えた。

「あぁ……アイツの気持ちにも、もっと早くから向き合うべきだったって思ってる」

 また、──―圭ちゃんのせいじゃないから気にしないでよ──―と本人は強調していたものの、綿流し祭にも来づらかったのではないかと圭一は話した。

 綿流し祭の段取りは既に付いていた為、必ずしも来る必要がなかったというのもあったとのことだが。

「もっとも、俺があまり言えたクチではないのは承知で、魅音なら大丈夫だ。アイツはいつまでもクヨクヨするタマじゃねえよ!」

「ふふっ、そうだね。来年には圭一くんよりも素敵な彼氏さんをちゃっかり見つけているかもだね!」

「う……その言い方は心に刺さるものがあるな……ともかく、魅音についてはこれで全部だ。詩音の方はもっと単純だ。エンジェルモートの手伝いで話し合うことが多かっただけで、お互いにそんな柄じゃねえよ。それにアイツには……」

「……そうだったね」

 

 そうレナが返答したのを確認すると、圭一はあらかた説明し終えたようで、

「一年前から今日までのことはこれで全部のはずだぜ。……悪かったな、ずっと言えてなくて」

「ううん。レナに限らず、他の人に広めてはいけないこともあったもんね」

「そうだな、それもあるんだけどさ……」

 圭一はそこで言葉を一度短く切ると、

「……これは俺のエゴでもあったんだよな」

「圭一くんの……エゴ?」

「ああ。レナはさ、ただでさえ家のことをしっかりやっているし、分校でも俺の仕事をサポートしてくれている。レナは優しいし、責任感もある。俺がやっていること知ったら、きっと献身的に手伝ってくれるって分かってただけにさ、これ以上は背負わせたくなかったんだ」

「それは……」

 確かに圭一が言った内容は否定しづらかった。

 そもそも、分校での部長や委員長の業務自体、レナが圭一と一緒に過ごしたいという邪な思いを抱きながら手伝っているのである。圭一を助けられるなら、それ以上の役務を引き受けていた可能性は否めなかった。

「……どうやら、図星みたいだな?」

「うぅ……」

「そんな顔するなよ。レナのそういうところが俺は好きなんだし、実際に学年が上がってから何度も助けられた。レナには感謝しているんだぜ? ただ──―」

 そこで圭一はレナの頭に手を置くと、

「俺はもう、レナが無理する姿を見たくねえんだよな……」

 と、レナの頭を優しく撫で始めた。

 それは妙に重い感触をもった言葉だった。そして、レナには一年前に圭一がかけてくれた言葉を思い出させるものでもあった。

「他の理由もいっぱいあるけど、俺がこの一年間で色々と頑張ったのは、レナが普段からどれだけ努力しているかを知りたかったからなんだよ。梨花ちゃん、魅音、詩音、大勢の村の人たち、あとは今日の場所を教えてくれた沙都子まで、俺は人の助けがなきゃ、ロクに何も出来なかったと思う。でもさ」

 そこで圭一は撫でるのをやめると、

「レナは最初から一人で色々と頑張ったんだよな。家のことも、沙都子と悟史のことも、それ以外のいろんなことも。それがどれだけすごかったか、この一年間でよく分かったよ……もちろん、今のレナは俺や部活メンバーを頼ってくれているから大丈夫だと思うけどな!」

 と、ニカッと笑う。それは、レナを安心させるいつもの圭一の笑顔だった。

 

 だが、ここまでの話を聞いた上でレナには言いたいことがあった。

「圭一くん。圭一くんのお話はよく分かったし、全部話してくれてレナは嬉しいな。でもね、レナにはここまでの圭一くんに許せないところがすこーしだけあるかな……かな」

 そうやって告げると、話し終えてすっかり安心した様子だった圭一は慌て始め、

「え……え、なんだ!? 俺の許せないところって!?」

「今から言うから、黙って聞いてほしいかな」

「は、はい……」

 そうして圭一を黙らせると、レナは軽く咳払いすると、

「まず、圭一くんはレナに無理をするなって言っておきながら、自分も無理をしたこと。レナ、人に言ったことを自分で守れないのはどうかと思うかな、かな」

「う、うぅ……」

 すぐに反論できない様子の圭一をうかがいつつ、レナは続ける。

「次。理由が分かったとしても、一緒に宝探しできなくてレナはとっても寂しかったかな。レナ、その埋め合わせはまだしてもらってないかな」

 こちらも圭一はすぐには反論できないようで、押し黙ってしまう。

「最後に。レナ、人に告白しようとする場面で他の女の子の名前をホイホイ口にする男の子はどうかと思う」

「いや、だって、それはレナが……」

「まだ喋っていいって言ってないよ!!!!」

「は、はいぃ……」

 さすがに最後の指摘には思うところがあったのか、反論を口にした圭一だったものの、すぐにレナに封じ込められる。

「という訳で、これから圭一くんには罰を執行します」

「え、罰!?」

「うん。さ、圭一くん目をつぶって」

 どうしてこうなった、とでも言いたげな表情をしつつも圭一が目をつぶったことを確認すると、レナは顔を近づけ──―

 

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(うぅ、レナに告白する場面だったはずなのに、一体どうしてレナパンを食らう羽目に……)

 圭一が自分の唇に柔らかい感触を覚えたのは、運が無い己の運命を嘆くあまりにオヤシロ様を(一年越しで)再び呪おうとした瞬間だった。

「え……?」

 圭一が気付いた瞬間には、レナの顔は既に離れており、彼女はそのまま彼の身体をギュッと抱き締めていた。

「レ、レナさん……?」

「これは罰なんだからね」

「は、はい……?」

「魅ぃちゃんの話はまだいいの。宝探しのこともちょっと寂しかったけど、いいの。でもね、圭一くんがレナに無理して欲しくないって思ってくれているように、レナだって圭一くんの無理している姿は見たくないの。圭一くんががんばっていることがあれば、レナはその隣に立って一緒に立ち向かっていきたいの……だって──―」

 そして、彼女は思いっきり息を吸うと、

「レナだって、圭一くんのことが大好きなんだから!!」

 と全力で告げ、彼女は圭一をますますかたく抱き締めた。

 

 レナの真意に気付いた瞬間、圭一もまた彼女を抱き締めたい欲求に駆られた。だが、彼には最後にやるべきことがあった。

「……レナ」

「……なにかな?」

「ごめんな。……最後に、もう一個だけ言いたいことがあるんだ。いいか……?」

 そうして、レナの身体が少し離れると、圭一は彼女に再度向き直る。

「さっきまでの話さ、一個だけレナに言ってないことがあったんだ」

「え……?」

「実は、俺が忙しかった原因には、詩音の紹介で始めたバイトも忙しかったからだったんだ」

「バイト……?」

「そう。これをレナに贈ろうと思ったんだけど、お袋からのお小遣いじゃとてもじゃないが手が出なくてな……詩音にツテを紹介してもらってたんだ」

 そう言いながら、圭一はポケットから小箱を取り出す。その中には──―

 

「わぁ……!!!」

 箱の中にあったのは、向日葵(ひまわり)のネックレスだった。ささやかながらも宝石も付けられた、立派なものであった。

「レナ」

 今一度、圭一は真剣な表情でレナに向き合う。

「……この一年間で多少変わったっていってもさ、結局、俺はお調子者で、鈍感で、家事もダメダメな男だ。委員長や部長、園崎家との交渉、それに叩き売りのオークションだって、周りが助けてくれていなければ、おそらくはやり切れることなく挫折してたと思うぜ」

 そして、

「それでも、そんな俺でも、レナの隣を、レナの笑顔を一番近くで見守ることだけは、絶対に自分の力で勝ち取りたいんだ」

 圭一はこれまでの、そして、おそらくはこれからの人生の中で最も本気になって、自分の決意を告げた。

「レナ、俺はお前が好きだ。俺と付き合ってくれ。そして、お前の一番隣でこれからも歩ませてくれ。……そして、返事がイエスなら、このネックレスをもらってくれないか」

 そこには、普段は口先の魔術師と呼ばれる男の姿はなく、惚れた少女に一世一代の告白をする少年がいるだけであった。

「レ、レナには……そこまでの資格はないよ……一年前にあんなことを言っておきながら、圭一くんの事情も全く知らずに不安がって、勝手に魅ぃちゃんを羨んで……」

「それはレナのせいじゃない。この日にこだわったことで、一年も待たせてしまった俺のせいだ。それに」

 そこで圭一は少し表情を崩し

「一人でいると、大好きな子に自分の気持ちをありのままに伝えるだけでも一年掛かっちまう俺だ。やっぱり、こんな俺にはしっかり者のレナが隣に居てくれないとダメだな!」

 そうして、ニッコリと笑い掛けると、

「本当に……本当にずるいや、圭一くん……レナの気持ちなんて、もうとっくに知ってる癖に……」

「おっと! 一年前に加えて、さっきの意趣返しってことで、それはノーカンだ。さっきはレナパンが飛んでくると思ってビクビクしたんだぞ?」

「もう……そんなことしないのに……」

「ヘヘッ……もらってくれるか?」

「……うん!」

 レナはやや遠慮しながらも受け取ると、じっくり眺めた末に、最後にクシャッと笑った。

 その笑顔を見ながら圭一はここまでの努力が一気に報われる思いだった。

 ──―そう、そうやって恥ずかしそうにはにかみながら笑う彼女の笑顔こそ、圭一がなによりも見たい彼女の表情であった。

 魅音や圭一のデリカシーのない発言に対してぷりぷりと怒った顔も、部活で最下位が決まった際のオロオロした顔も、朝の待ち合わせのときに見せる元気いっぱいの顔も、彼女が見せる表情は豊かで、飽きさせなくて、好きだった。

 だけど、やっぱり、こうやって嬉しそうに、それでも恥ずかしそうにはにかむ笑顔が圭一は一番大好きだったし、その表情を見たかったのだ。

 レナの、彼女のはにかむ笑顔が圭一の中では常に向日葵(ひまわり)のごとく咲いていたのだから。

 そんな向日葵(ひまわり)を圭一は今度こそ遠慮なく抱き締める。

「……一年前のあのときからこうしたかったんだぜ?」

 星影の下で咲いた彼女も、同様に抱き締め返す。

「ふふっ、レナだってそうだよ。圭一くんは本当に『私』にとっての彦星さんだね! 一年間も待ったんだから!」

「大丈夫だよ。これからは絶対に離れないからさ」

 大切な、大切な言の葉を互いに紡ぎつつ、時も、遥か上に広がる星躔(せいてん)も忘れて、少年少女は成就した恋にしばし浸るのであった──―

 

 かつて月の下での決闘をした記憶は遥か遠く、微かにその残滓(ざんし)が残るのみであった。

 だが、そのときの誓いは、月ではなく星今宵(ほしこよい)の下でゆっくりと、だが着実に果たされようとしていた。

 

 ──―かつて惨劇の海と時間の河に阻まれた二つの星は、今度こそゆっくりと寄り添うのであった。




「掛け違えた「憧れ」」でも少しだけ触れましたが、レナの笑顔って向日葵みたいだなぁと思ったのがきっかけです。

なお、こちらのお話の執筆にあたっては、繭様の小説( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15068478 )に着想を得ています。
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