目を開くとそこはおなじみのマインドパレス、精神の宮殿の図書館だった。ここにはまだ本が全く並んでいない。だからこんなところにいても何も変わらないというのに!
そこには相変わらず、元の世界で目にした物理学、数学、経済学といった教科書が10冊ずつ並び、トータスで目にした30冊ほどの歴史や魔法、神学についての文献しかなかった。
そんな浅はかな記憶の宮殿なんか使えない、なんとかして恵理を助ける手を見つけなくては。貶めたやつに罰を与えなくては。怒りが泉の如く湧き上がり、激しい復讐心に駆られたその時だった。
以前マインドパレスに赴いたとき何重もの鎖が巻かれ、古びた大きな南京錠のかかったドアがメインの図書館を中心として四方に4ほど存在していたのだが、今、そのすべての鍵が空いていた。
何事かと思い部屋の中に入る。
上部にトータスという文字が書かれているドアを開ける。
そこには下に続く階段があった。、深淵へと続く先の見えない階段。この先には僕に必要なものが眠っている。何故かそんな気がした。
意を決して階段を下っていく。
10分ほど降りた先には先程よりもさらに古びた本棚が壁に沿って四方に、そして部屋の真ん中に並んでいた。よく見てみるとそこには神代魔法学、魔力流体学、魔法陣解析学といった、トータスでも全く聞いたことがない題名の本が並び、本棚いっぱいにならんでいる。
更にその先にまたドアがある。そのドアを開けると、どこかの工房のようだった。そこには誰かがついさっきまでそこにいたように、机の上に仰々しいハードカバーの本が積み重なっていた。机の真ん中には328ページを開いた本があり、それはまだ書き途中のようだ。
ページをよく見ると、アルファベットやギリシャ文字で構成された複雑な数式が何行にも渡って構成されていた。
僕は大学の数学物理学をある程度触れていたから、その理解を試みる。
+,×,−,÷などの四則、微分や積分の演算子、そして複素数の概念まで全く同じだったため、読むのは比較的簡単であった。
この本、魔素学にはこう書いてあった。
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【第5章】魔素とエネルギー
魔力は魔素量に比例し、前述したように魔素にもあらゆる種類があるため、魔素の組み合わせによって魔力の強さ、属性が変化する。また、魔力媒体によって魔力変換効率が異なる ため、
魔力変換定数kとすると、
魔力によって引き出されるエネルギーUは
(dU/dr)=kM/(4πκr^2) (86)
魔力をM, 魔素のをEa, Eb, とすると、
式(82)より
M={∇×(Ea・Eb)}
だから
U=∫[∞→0](dU/dr)dr
=k{∇×(Ea・Eb)}/(4πκr) (87)
つまり魔力とは、2体問題において、相互作用を及ぼす魔素の内積が同心円状に回転することでエネルギーを引き出すことが可能となる。
実際には2体の魔素が、他の粒子同様に波動性を持つためにその合成波によりエネルギー波と共鳴を起こすことで周期的にエネルギーが発生するのだが、詳細は量子力学的魔導論で説明する。また、それによって発生した魔力が放射状に広がり、いわば電子における静電ポテンシャルと極めて類似していることがわかる。
更に、魔法を出力すると、神代魔法の一つである重力魔法も同時に発生するため、魔素は反重力性となり釣り合いになり魔素は浮遊する。したがって、魔素の質量をmとすると、ニュートン方程式により
mg=Fm+N (88)
∵Fm=魔素の反重力による抗力
電子と魔素の明確に異なる点は、エネルギー保存則が成り立たない点にある。(これは私の実験によって自明の理となった)このことから、魔素とは、別の世界、もしくは異次元からエネルギーを引き出すための媒介物であることが考えられる。
また、生物の魂魄に直接作用し、呼応するよう自在に流れを操ることができる
これについては次の章【魂魄の存在と魔力伝達】にて説明する。
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これは一体…
自分も書いた記憶がないし、何よりもこの内容…あまりにも作り込みが凄い。大学のテキストでも読んでいるようだった。
魔法のある世界というのは陳腐な夢物語だと、今までは軽くあしらっていたが、ここトータスには魔法が存在する。それにも関わらず、少なくとも解放者のいた約3000年間魔法を理論的に考察する研究者はどこにもおらず、この世界の魔法の研究者といったら新しい魔法を編み出したり、魔法具を作ったり割と実用的な方向でしか研究なされなかった。それに彼らに話を聞いても、魔法とは神が自らの力の一部を分け与えたものという一点張りであった。
しかし、なるほど。魔法とはエネルギー保存則の破れ…か。
少なくとも地球ではエネルギー保存則が破れるとは宇宙の崩壊を意味するからどこからかエネルギーを引き出していないと説明がつかない、と繋がるというわけか。実によくできた考察だ。
こんなものを何百冊と書いているなんて…一体この著者は何者なんだ…?
ふと机の上を見ると本の下に薄い大きな黒い板が置かれているのに気づく。黒板か?ここまで似ているなんて…いや、似ているというレベルではない…これはまるで…
「まるで…まるで地球から研究者が転移してきたかの…な!?」
突如として本の下の黒板にチョークの文字が書かれていた。
しかしそこに書かれていたのはなんと草書だった。
なぜこの世界に存在しない文字が…しかも草書という、誰も読めない字体で書く意味がわからない。僕は色々先祖について調べるためにいくつもの古文書を読んできたから、草書は普通に読める。もしかしたらそれを知っている人が書いた…?
まさか…僕の知り合いの誰か…恵理…なのか…?
「時短し。今より言ひし事、すべからく行ふべし。」
「…うん。」
すらすらと草書が流れるように書かれていく。
「此処に在りし本の数々。皆読むべし。」
「…は?」
「此処に在りし本の数々。皆読むべし。」
2回も言わんでいい。わかってるわ!
「さすらば汝の欲する力、必ずや得む。」
これを全て、読むのか?部屋の四方に囲まれた本棚にぎっしり収納された分厚い本の数々。ざっと数えても五千冊ほどはあるぞ…しかし、これをすべて読めば奴らをぶっ潰す力が手に入る。恵理をあんな目にさせた奴らを…。
「俺は…絶対に潰す」
「…」
そうして僕は力を得るためにここの五千冊の本を読破することを決意した。
それ以降黒板は何も文字が書かれることはなかったが、まるで僕の様子を見ているような、不敵な笑みを浮かべているような、なぜかそんな気がした。
数式はある程度意味をなしたものを書きましたが、間違っている点も多いです。
魔法を数式化するとこんな感じになるんだろうなと興奮しながら書きました。これからもちょくちょく入れていきます。
物理学専攻の方がいましたら、こんな数式使えば?ていうのをジャンジャン送ってくれると嬉しいです。