少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第11話

 春に出会って夏に鍛え、秋に芽を出し冬になる。

 冷たい中空を吐息で白く彩りつつ、トレーナーはシンザンと出会ってからこれまでの事を思い返した。

 授業は手を抜き選抜レースですら抑え、契約を結んだ後のトレーニングもまあ真面目とは言い難い。

 そのくせ本番のレースでは他を圧倒する走りをするときている。

 

 あれからシンザンは2度のレースを制した。

 11月末のオープン戦を2と2/1バ身、12月中旬のジュニア級中距離特別をまたも4バ身。

 3日後に控えているオープン戦も問題はないだろう。ここまでの経過と結果を鑑みてトレーナーはそう確信している。

 

 ケチの付けようもない3連勝。

 担当したウマ娘に対するトレーナーの理解と試行錯誤の1年間、戦績を含めれば自分は上々と言っていい結果を出せたと思う。

 試行錯誤については長引きそうだが、今のところは順調だ。

 

 「トレーナーさん。なに物思いに耽ってるんだい」

 

 遠くを見つめているようなトレーナーの背中に声が投げかけられる。

 一緒に初詣にやってきたシンザンだ。

 厚手の上着を着込み、中身の暖かさを感じるように両手で紙コップを握って甘酒を啜っている。

 

 「ん。去年は色々あったなと」

 

 「ちょっと、あのくらいでボンヤリしてどうするんだい。今年は去年なんか比べ物にならないくらい色々と起こるんだから」

 

 「分かってるさ、いよいよお前も『クラシック級』だ。密度の高い1年になるぞ」

 

 「いいね。とうとう本格的に始まるって訳だ」

 

 言ってシンザンはちびちび味わってきた甘酒を一気に飲み干し、唇についた液体を舐め取りながら空の紙コップを握り潰す。

 ウマ娘の力で小さなボールになった容器をゴミ箱に放り投げる可能の目は、冬の寒気を押し退けるような熱に燃えていた。

 

 「しっかり神様に言っとかないとね。あたしの走りを見逃すな、ってさ」

 

 神に必勝を願うのではなく、己を見ていろと宣う。

 ここまで傲慢な態度で神前に立とうとする者はこの場では彼女をおいて他にないだろう。

 色々と爪痕を残したウイニングライブ後、現地に1泊してから学園に凱旋した日。ミーティングでレース内容の振り返りを終わらせた後に、いつかの夏の日のようにトレーナーは切り出した。

 

 『メイクデビューは果たした。これから挑戦する進路を決めよう』。

 

 クラシック級に上がり、なおかつ優れた結果を出したウマ娘の前に提示される二通りの道。

 重大な選択だが、シンザンは前々から自分の進む道を決めていたのだろう。

 彼女は、迷う事なく『クラシック路線』に進むことを宣言した。

 

 

 『桜花賞』。

 『皐月賞』。

 『オークス』。

 『日本ダービー』。

 『菊花賞』。

 『天皇賞(春)』に『天皇賞(秋)』、そして最後に『有記念』。

 特に結果が重要視される重賞レースの中でも別格の、出走の権利を得るだけでも栄誉とされるそれら8つのレースを合わせて『八大競走』と呼ぶ。

 中でもクラシック級のウマ娘のみが挑む事を許される5つのレース、その内の3つのレースから構成される2つの進路を彼女たちは選択することになる。

 

 皐月賞と日本ダービー、菊花賞で構成され、王道と呼ばれる『クラシック路線』。

 

 桜花賞とオークス、そして同じく菊花賞からなる『ティアラ路線』。

 

 全てに出走する事は出来ない。

 皐月賞と桜花賞、日本ダービーとオークスがそれぞれほぼ同時期に開催されるためだ。

 そしてシンザンが選んだクラシック路線は、王道と呼ばれるだけあってそれぞれのレースにこんな格言がある。

 『最も速いウマ娘が勝つ』皐月賞。

 『最も運のいいウマ娘が勝つ』日本ダービー。

 『最も強いウマ娘が勝つ』菊花賞。

 この全てを制した者は即ち、『最も速くて強くて運がいいウマ娘』と言えるだろう。

 その称号は自分にこそ相応しい、とシンザンは堂々と言ってのけた。

 

 ────『三冠ウマ娘』。

 日本のレースの歴史において過去に1人しか存在せず、コダマでも手が届かなかった、『最強』に最も近い称号。

 多くのウマ娘が夢に見て、そして挑戦の権利すら与えられず終わる至高の玉座を、シンザンは己の手の内にあってしかるべきものとしている。

 

 (・・・・・・シンザンが大きな怪我をしませんように)

 

 鈴と小銭の音を鳴らしてトレーナーは祈る。

 賽銭箱の前の長蛇の列。

 言動の割には意外にもトレーナーの横で小銭を投げてニ礼ニ拍手一礼をしたシンザンに少しだけ可愛げを感じたトレーナーは、軽い調子で彼女に聞いた。

 

 「何を祈ったんだ?」

 

 「トレーナーさんが日和りませんように」

 

 「・・・・・・・・・まだ根に持ってるのか。あの決定は日和った訳じゃないし、お前もそれに頷いただろ」

 

 「従うのと納得する事は別だね。喜ぶがいいよ、あんたの目論みは成功してるんだからさ」

 

 

     ◆

 

 

 事の発端は去年、2週間と少し前まで遡る。

 『朝日杯ジュニア級(ステークス)』。

 後に朝日杯フューチュリティステークスという名前で国際格付けの最上級に分類される、ジュニア級ウマ娘のチャンピオンを決める重賞レース。

 そこにウメノチカラとカネケヤキが出走したのだ。

 

 『らぁぁあああああッッッ!!』

 

 『やぁぁぁあああッッ!!!』

 

 ゴール板へと駆け抜ける彼女ら2人の雄叫びは、今も鮮明に思い出せる。

 ジュニア級ながら素晴らしい熱戦だった。

 14人立ての8枠14番、最も外枠という不利を背負ったウメノチカラが凄まじい負けん気を発揮。

 最終直線でカネケヤキと熾烈なデッドヒートを繰り広げ───ウメノチカラがアタマ差で勝利した。

 そしてこのレースを含め年に3勝をあげたウメノチカラはこの年の『最優秀ジュニア級ウマ娘』に選出され、先だって3勝していたカネケヤキにも惜しみない賞賛が注がれた。

 『彼女らはこの世代の両翼になるだろう』。

 そんな評価と期待は、彼女らの才能と実力に(たが)わぬものであるはずだ。

 

 問題は、トレーナーが出走資格を得ていたシンザンをこのレースに出走させなかった事。

 シンザンに出走させたジュニア級中距離特別は、その前日に開催されたレースなのである。

 

 『どういう事だい?』

 

 その決定を下されたシンザンは低い声で問うた。

 耳を後ろに絞って足で床を掻くように蹴るという、ウマ娘の()()の中でも最上級に不機嫌であることを示す危険信号を前にしてもトレーナーは怯まない。

 彼女がこのレベルで怒る事を覚悟していたからだ。

 

 『聞いたままだ、お前を朝日杯には出さない。それにこのレースは重賞でこそないがオープン戦よりも注目度は高いんだ、それで納得しろ』

 

 『目の前にある頂点から手を引けって? ()()()()? よりによってあんたが??』

 

 『ああ。これで話は終わりだ。また明日』

 

 蹴りすら飛んできそうな怒気を一身に受け、トレーナーはシンザンに背を向けてトレーナー室のドアノブに手を掛ける。

 ──────()()()()()

 クラシック路線に進むと聞いた彼がシンザンに対して思ったことはそれだった。

 確かに彼女には未だ計り知れない才能がある。

 しかしそれだけでは勝てない。

 時に執念は才能を刺し貫くということをトレーナーは知っている。

 まして野望に燃える者達が集う八大競走、生半(なまなか)な心構えでは到底──────

 

 『()()()ってんだろ』

 

 振り向いた。

 獲れて当然のトロフィーを見逃さねばならないという傲慢な憤りを勝利への執念に変換・代替させようという目論見をその場で看破されたトレーナーの顔が少しだけ引き攣る。

 いや、駄目だ。顔には出すな。

 見抜かれたことがバレたら、この作戦は台無しだ。

 

 『何のことだ?』

 

 『1年近く一緒にやってきてんだ、あんたの考えは大体分かる。まあ正直反抗はしにくいね。もしあたしが真剣にトレーニングやってたら、あんたもこういう判断はしなかっただろうし。

 分かったよ、あんたの決定に従う。この鬱憤は来年に叩き付ける事にするよ』

 

 決め打ちだ。もう誤魔化す余地もない。

 最早多くを語る必要すらないという確信でシンザンは自分の魂胆を見抜いてきた。

 この手のやり方は失敗すると信頼関係に響く可能性があるが、果たして彼女の心中は如何許(いかばか)りか。

 ぴしっとトレーナーを指差しながら、シンザンは突き付けるように念を押した。

 

 『ただしこれだけは覚えときな。あんたは自分の経歴に飾るトロフィーを、一個ふいにしたんだよ』

 

 

     ◆

 

 

 「あんなに強かった力道山も()()()の刃物に刺されて死んだ。トレーナーさんが言いたかったのってそういう事だろ?」

 

 「そのニュースを絡めるのはやめてくれ、結構ショックなんだよ・・・・・・。けどまあ、そういう事だ」

 

 代金を払って巫女さんからおみくじを貰いながら会話は続く。

 

 「実力者揃いのレースで物を言うのはここぞという所の勝負根性だ、ウメノチカラがいい見本だろう。

 刃物を振り回せとは言わないが、走りで殺すくらいの気迫がないと大事な所で圧し負ける。

 目論見通りになってるならいいけど、そういう渇望は普段から感じてないと結果には出にくいからな」

 

 「穏やかじゃないね。確かにあたしはウメやケヤキみたいな顔で走った事はないけど、結局は脚が速い方が勝つんじゃないのかい? ・・・・・・なに出た?」

 

 「凶」

 

 「何やってんだい縁起の悪い。あたしのあげるから上書きしなよ。ホラ、どうせ大吉だから」

 

 「どうせ、ってまだ開封前じゃないか。まず大吉とは限らな・・・・・・」

 

 大吉だった。

 うお、と目を丸くして自分を見るトレーナーに、シンザンはにやりとしたり顔をしてみせる。

 

 「凄いだろ。あたし生まれてこのかた大吉しか引いた事ないんだよ」

 

 「マジか、それは本当に凄いな。そういう話を聞くと本当にお前は何かを持ってるって感じるよ」

 

 「持ってるんだよ。おみくじの事が無くたって、あたしは自分の天運ってやつを信じてる」

 

 トレーナーが持っている凶と大吉2つのおみくじをひょいと取り上げ、重ねて折り畳んでおみくじ掛に結び付ける。

 絡まった2つの運勢を見てこれでよしと頷き、シンザンは戸惑っているトレーナーの背中を叩いて鷹揚に笑ってみせた。

 

 「だから多少の不運はあたしが吸い取ってやる。あんたはどっしり構えてな。あたしからの()()()だ」

 

 ・・・・・・・・・少しだけ自分を恥じた。

 自分はかつての至らなさを、自身の成長ではなく都合の良い曖昧な何かに求めようとした。

 しかし彼女は違う。

 都合の良い何かなんて必要ない。

 自分ならやれる、求めたものを必ず獲れると心の底から信じている。

 ならば、自分もそれに(なら)おう。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 身が引き締まるのは寒さの所為にしておこう。

 彼女を教え導くというのなら、堂々と胸を張って立つのは最低条件だと思うから。

 

 

 「お前が自分の天運を信じるなら、実力は俺が担当しよう。・・・・・・今年は厳しく行くぞ。シンザン」

 

 

 半目になった2人の口角が上へと曲がる。

 まるで出会った時の再現。相手を測るような沈黙をお互いにしばし楽しんでいた時、シンザンがふと思い当たったように大きく(まばた)きをした。

 頭上に「!」のマークを弾けさせながら顔を上げた彼女が、神社の一角にあるコーナーを目指してくるりと踵を返す。

 

 「あ、ちょっと待ってて。絵書いてくから」

 

 「なんだ、やっぱり願い事があるのか?」

 

 「覗いちゃ駄目だよ」

 

 簡単に釘を刺してからシンザンはぽてぽてと絵のコーナーへと走っていった。

 小銭を渡して五角形の木の板を受け取り、ペンで何事かの願い事を背中を丸めて書き込んでいる。

 大きくない体格でそんな姿勢をするものだから、上着のせいでよりずんぐりむっくりになっている背中が可愛らしく揺れていた。

 その様子を見ているトレーナーの心に小さな悪戯心が芽生える。

 ────こっそり背後から近付いて、シンザンの絵を覗いてやろう。

 例によって人間よりも鋭いウマ娘の感覚器官だが、神社に溢れる人々の喧騒や焚火の匂いは自分の接近を隠してくれるはずだ。

 ()()掛所(かけどころ)に願い事を書いた木の板をかけたシンザンの背中にそっと近付いて、頭越しに彼女の書いた絵を覗き込んでみる。

 

 

 

 『トレーニングが厳しくなりませんように』。

 

 

 

 「何卒(なにとぞ)・・・・・・!!」

 

 「おい。俺の目を見て言ってみろ」

 

 真剣な顔で手を合わせるシンザンの背後で、トレーナーのドスの効いた低音が響いた。

 『気質を鑑みて抑え目に組んでいた追い切りメニューをガッツリやらせる事に決めたトレーナー』vs『何としても正月は休みたいシンザン』。

 元旦から始まった小競り合いの結末は、その後トレセン学園のグラウンドに響いた汚い鳴き声から推して知るべしだろう。

 

 そして迎えた1月4日のオープン戦。

 特筆するような事は何もない。

 2着のハナビシに2バ身離して、息も乱さずにシンザンは勝った。

 ただそれだけの話だった。


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