少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第19話

 「1人だけ! 結局1人だけだったねえ! あたしを可愛いとか綺麗とか言ってくれたのはねえ!!」

 

 「しかもかなりの誘導尋問を駆使してな」

 

 『月刊綺羅星(きらぼし)』を始めとした記者達による桜花賞・皐月賞の出走者に対するインタビューや勝負服を着ての集合写真、トレーニングの様子の写真撮影など全てのスケジュールを終えた帰り道。鼻息荒く憤慨しているシンザンにウメノチカラが軽く笑った。

 「貫禄」「迫力」「威風堂々」。

 勝負服を纏った彼女ら全体を称した褒め言葉を除けば、それらが最も多くシンザンを表現するために使われた言葉である。

 女の子として言われて嬉しい褒め言葉は貰えなかった上に、和服という方向性は同じなはずのウメノチカラが「綺麗」「格好良い」と言われていたのだから堪らない。

 もちろん褒め言葉は褒め言葉として遠慮なく頂戴したが、何というかどこか繊細なところが満たされていないのである。

 

 「ま、まあまあ。『背中から撮らせてくれ』って頼まれてたのもシンちゃんだけだったじゃないですか。シンちゃんだけの魅力だと思いますよ」

 

 「でも可愛いポーズをしたら『あ、そういうのじゃなくて』と断られてましたね。沢樫さんと言いましたか、人間のあんな真顔初めて見ました」

 

 「うるさいねえ思い出させるんじゃないよ! あと前から言いたかったけどケヤキ、あたしの事シンちゃんて呼ぶのお婆ちゃん以外だとあんただけだからね!」

 

 「そもそも服の方向性が可愛いや綺麗とは違うだろうお前のは・・・・・・」

 

 「きーっ!!」

 

 騒々しい声を夕暮れの空に響かせて4人は歩く。

 最初に気付いたのはシンザンだった。

 怒り疲れてふと視線を上げると、見えるはずの景色が違う。

 そこにあるのは栗東と美浦の2つの寮に挟まれたいつもの道ではない。

 いま自分達がいるのは、トレセン学園を象徴する三女神像が鎮座する中央広場だった。

 

 「・・・・・・あれ。あたし達何でここに来たの?」

 

 「ん? ・・・・・・本当だ。確かに寮に帰ろうとしていた筈なんだが」

 

 「不思議です。足が勝手にここに向いたような」

 

 「あら、あそこにいるのって・・・・・・」

 

 カネケヤキが示す先は三女神像の前。

 栗毛のロングヘアを背中で緩い三つ編みで束ねた眼鏡のウマ娘が、静かに目を閉じて手を合わせている。

 彼女は三女神像の前で何かを祈っていた。

 やがて目を開けた彼女はそこにいた4人を見つけて柔らかく口角を上げる。

 

 「生徒会長?」

 

 「シンザンさん。それにウメノチカラさんにカネケヤキさん、バリモスニセイさんも。取材や撮影お疲れ様でした」

 

 「当然の勤めです。会長はどうしてここに?」

 

 「そうですね。私は習慣というか・・・・・・年ごとの儀礼、のようなものでしょうか」

 

 そう言ってコダマは水瓶を担いで背中合わせに立つ3人の女神の像を見上げる。

 ─────『三女神像』。

 ウマ娘を常に見守り、導くと言われる三柱の神々。

 あるいは全てのウマ娘の始祖であるとも。

 学園創立からそこに立っているらしい石造りの偶像は、今も変わらない姿で生徒達を見守っていた。

 

 「トゥインクル・シリーズを走り抜けたウマ娘がこの像の前で想いを託し、これから走り始めるウマ娘がそれを受け取り力に変える。

 私もこの時期に想いを受け取り、前線を退いてからは毎年こうして想いを託し続けているんです」

 

 「想いを受け取る、ねえ。つまり気の持ちようじゃないのかい? 拝んで強くなるならトレーナーさんあたしにずっとここで座禅組ませてると思うし」

 

 「ふふ、有り得ますね。しかしただの気の持ちようでしかないのなら、この伝統はここまで続いてはいないと思いますよ?どうでしょう皆さん、ついでにここで祈っていかれては。もしかしたら知っている誰かの想いが届くかもしれませんよ」

 

 「新鮮なの頂戴(ちょうだい)よ。祈りたてホヤホヤの奴」

 

 魚を買いに来たような台詞を吐いたシンザンの後頭部をウメノチカラ達が一斉に(はた)いた。

 叩かれた場所を(さす)るシンザンの文句をスルーして、3人はさっさと目を閉じて手を合わせてしまった。

 ぞんざいな扱いに唇を尖らせたシンザンも、3人に倣って目を瞑って手を合わせる。

 くれるなら頂戴。あたしの(みち)に足りる程。

 図々しさを隠さずに彼女は心で両手を伸ばす。

 

 「続くものには意味がある。私も初めて想いを受け取ったのは皆さんと同じ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 すぐそばにいるはずのコダマの声が、随分と遠くから聞こえた気がした。

 

 

 

 何も無い場所にいた。

 天地も左右もない暗闇の中、自分の前方に眩い光がある。

 あれは何か。出口だろうか。

 そう思ったその時、背後から駆けて来た2人のウマ娘が流星のような光の線と共に自分を追い抜いていく。

 あれは誰なんだろう。どこかで見たような。

 走り抜けていった2人が光の中に消える寸前、片方がこちらを振り向いた。

 よく知っている顔だった。

 よく知っている微笑みだった。

 そうだ。あれは。

 

 『───コダマさん──────?』

 

 知らない内に自分も走り出していた。

 自分もあそこへ、光の先へ。

 2人に導かれるように、自分も暗闇の中の輝きに向かって走り出していった。

 

 

 

 「──────・・・・・・、」

 

 目を開いた。

 狐につままれたような顔でシンザンはぱちくりと目を(しばたた)かせる。

 他の3人も同じような顔をしていた。

 無言のまましばし互いの顔を見つめ合っていた4人は、誰ともなく口を開いて問いかけた。

 

 「見た?」

 

 「見た」

 

 「見ました」

 

 「え、夢? いまの夢??」

 

 夢なのだろう。きっと夢だったのだろう。

 しかし夢だというのなら、今この胸を満たす暖かさは何なのか。四肢の先まで溢れるこの力は何なのか。

 想いを託し、想いを受け取る。

 身に受けた今でも信じ難いが、話半分でしか受け取っていなかった儀礼は確かな真実だった。

 もはや不思議だ何だはどうでもいい。

 先人から更なる力を得た手応えに、ウメノチカラはぐっと拳を握る。

 

 「・・・・・・帰るのは後だ。受け取ったこの力がどれ程のものか、すぐにでも確かめたい!」

 

 「私も少しだけ走ります! こんなのを貰ってしまってはじっとなんてしてられません!」

 

 「自分もそうします。ここ最近勝ちきれないレースが続いているので、打開の契機になるかも。シンザンさんはどうしますか?」

 

 「あたしかい?」

 

 話を振ってみたバリモスニセイだが、シンザンも参加するだろう事はもう全員が察していた。

 何故なら彼女もまた、自分が受け取った想いと力に震えながら目を輝かせているからだ。

 あるいは今から見れるのかも知れない。練習だとトコトン走らない彼女が、心のまま全力で走る姿が。

 昂る心を拳に握り、シンザンは友人達と優しく見守るコダマに対して力強く宣言した。

 

 「みんな頑張れ・・・・・・! あたしは帰るよ・・・・・・!」

 

 全員がその場でズッコケた。

 マジかよコイツという4人分の視線を背中に突き刺されつつ、トレーナーさんに見つかったらアレ履かされるからね、と素知らぬ顔のシンザンは弾むような足取りで家路へと駆けていく。

 『人生で1番の快眠だった』。

 翌朝起床したベッドで朗らかにそう言い放った彼女を、ウメノチカラは言葉もなく眺めていた。

 

 

 

 

 「お疲れ様。今日はここまでにしましょう」

 

 「はぁ、ハァ、分かりました・・・・・・。タイムはどうでしたか?」

 

 「上出来ね。最後の追い切りでこの仕上がりならベストの状態で臨めるでしょう」

 

 日の暮れたグラウンド。

 荒い息で汗を拭うカネケヤキの問いかけに、桐生院翠は満足げにそう答えた。

 一先(ひとま)ずはコンディションが好調。無論ほかの出走者たちも仕上げてくるだろうが、少なくとも自分は万全の状態でレースに臨むことが出来る。

 ならば懸念するべきは─────

 カネケヤキは片足の爪先を地面に立ててぐりぐりと確かめるように足首を回す。それを見た桐生院は途端に不安そうな顔をしてカネケヤキに駆け寄った。

 

 「どうしたの? 足首が痛むかしら?」

 

 「いえ、大丈夫です。少しだけ調子を確かめただけなので」

 

 「そう、ならよかった。違和感を感じたらすぐに報告してちょうだい」

 

 分かりましたと頷いてカネケヤキはクールダウンのストレッチを始めた。

 身体を伸ばして脚を(ほぐ)す。疲労に硬直した部位を念入りに、念入りに。固く割れやすい乾いた粘土を柔らかく伸ばしていくように。

 今のところ問題は無い。

 大切なクラシックの冠をまず1つ、全身全霊で獲りに行ける。

 いつもの4人、先駆けは自分。

 温い夜風に鹿毛を揺らして、彼女は強い決意を拳の中に握り込んだ。

 

 

 季節は春。舞台は阪神。

 

 入学式を終えた4月の5日。

 

 『桜花賞』が、始まる。

 

 

     ◆

 

 

 芝状態は稍重。

 あまり天気に恵まれなかった阪神レース場のパドックに、大勢の観客が詰めかけている。

 八大競走が1つ『桜花賞』、走行距離は1,600。

 クラシック最前線を飾る最初のレースの盛り上がりは平時のオープン戦の比ではない。記者や元々のレースファンはもちろん高まる話題に興味を持って初めて見に来たご新規さんまで、様々な種類の熱い注目が出走者たちに注がれていた。

 

 「にしても23人立てかあ。聞いた時も驚いたけど、こうして見るとほんとうに多いね。下手なオープン戦の3倍は出走してるよ」

 

 「バ群に呑まれるとかなり辛いでしょうね。位置取り争いが熾烈になりそうです。『皐月賞』も24人立てになるので、自分達も他人事ではありませんが」

 

 「そう考えると私達クラシック路線は幸運だな。この人数のレースがどんな風に流れるかを事前に見ておける」

 

 パドックの観客席の最前列、これまで経験した事のない数の出走者に驚くシンザンと冷静な分析を加えるバリモスニセイ。

 この『桜花賞』は彼女ら3人が出走登録している王道路線の『皐月賞』よりも先に行われるため、ウメノチカラはそれを利用して自分のレースに役立てようと目論んでいた。

 友達が出走する一大レース。

 彼女らが応援しているのは勿論カネケヤキだが、無論勝利への道は高く険しい。

 その最大の障壁が今、紫と臙脂色の勝負服をひらめかせてパドックに上がってきた。

 

 『4枠10番、プリマドンナ。1番人気です』

 

 「強敵だな。下手をすればこのレース、彼女の独壇場にもなりかねんぞ」

 

 「え。あの子そんな強いの」

 

 「あの、シンザンさん。いい加減余計なお世話とは思いますが、有力な選手のデータは把握しておいた方がいいかと・・・・・・」

 

 そんなのトレーナーさんがやってくれるし、と膨れっ面のシンザン。

 クラシック期突入から4ヶ月、今更にも程がある指摘をする事になったバリモスニセイは深刻そうな声を出しているが、ウメノチカラは同室故にこういった事が多いのか慣れた様子で解説する。

 

 「『阪神ジュニア級ステークス』の優勝者だよ。去年の12月に私とケヤキが戦った朝日盃があるだろう、あれと(つい)になるレースだ。

 それにここまでの戦績は9戦7勝と凄まじい。

 連勝記録こそ途中で途切れているが、彼女の勝ち星の数はお前よりも上なんだ。

 これだけでも彼女の強さは分かると思うが、このレースにおける恐ろしさはもっと深い所にある」

 

 「深いところ??」

 

 「シンザンさん。阪神ジュニア級(ステークス)のレース条件は分かりますか?」

 

 「んええ、あたしあんたらが出たレースしかチェックしてないんだけど・・・・・・えーと、確か朝日杯とそう変わらなかったよね?

 1,600の右回りで、違うのは中山じゃなくて阪神レース場って位で・・・・・・あー・・・・・・」

 

 シンザンが気付いた。

 ウメノチカラから説明を引き継いだバリモスニセイが、硬い声でその解説の続きを述べる。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さらに彼女は優勝したその阪神ジュニア級ステークスでレコードタイムを叩き出している。

 つまりこのレース、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかも前走の同条件のオープン戦で不良バ場にも慣れたとすれば・・・・・・」

 

 「いや、大丈夫だと思うけどね」

 

 もはや彼女に死角はない。

 そう言おうとしたバリモスニセイを遮るようにシンザンはプリマドンナの有利を否定した。

 自信を漲らせてパドックから退くプリマドンナと入れ替わって現れたのは、紫のドレスに身を包んだ鹿毛のウマ娘。

 指先にまで気品を漂わせるその立ち姿に一瞬、その場の全員が目を奪われた。

 

 「あの目を見なよ。ヤマニンスーパーと同じ色だ」

 

 『4枠11番、カネケヤキ。4番人気です』

 

 6着、4着、2着。

 あれがここ最近勝利から遠ざかり、4番人気まで身を落としたウマ娘と言われて誰が信じようか。

 まるでそこがレースのパドックではなく、パリ・コレクションのランウェイと錯覚するような。

 言葉無くして己の力を雄弁に語り、鮮烈な印象を残して彼女は毅然と舞台を退いていった。

 

 

 

 

 「ご機嫌よう、カネケヤキさん」

 

 プリマドンナの枠番は10でカネケヤキは11、ゲートに入ると隣同士になる。

 いち早くゲートインしてその時を待っていたカネケヤキは、隣に収まった彼女にそう話しかけられた。

 

 「どうしましたか? プリマドンナさん」

 

 「遅ればせながらご挨拶をと。(わたくし)、前々からこのレースにおける1番の強敵は貴女であると確信しておりましたのよ。人気の優劣ではない、パドックで見せた貴女の気位に敬意を表して・・・・・・良いレースにしましょう」

 

 「・・・・・・残念ですが、そのお願いは聞けません」

 

 予想外の返答に目を丸くするプリマドンナ。

 カネケヤキの視線は真っ直ぐ前に向けられている。

 見据えるはゴール。トロフィーを掲げる己の姿。

 なりたい自分に成るために、勝利を誓った者の目だった。

 

 「良いレースとは勝つ側の言葉。そして私はこのレースで、その言葉を私以外が使う事を許す気は全くありませんから」

 

 『クラシック戦線の幕開け「桜花賞」、 咲き誇る桜が女王の誕生を待ち望む! 勝利を祝う花吹雪は誰の頭上に舞い踊るのか!?

 各ウマ娘ゲートイン完了、体勢整いました────

 ───────スタートです!!』


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