少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第23話

 

 「うあぁぁぁああ!! 負けたぁぁぁああ!!!」

 

 「頑張った頑張った! 次だ次!!」

 

 「分かってるようるさいなあ! 次こそ見てろ!!」

 

 観客の激励にヤマニンスーパーが叫び返す。

 しかしそのレースを見ていたカネケヤキと隣に立つ桐生院(トレーナー)には彼らのように歓声を送る余裕は無かった。

 それだけシンザンの勝ち方が圧倒的だったのだ。

 何バ身と離すのではない、余力を残してゴール板を越えるという底の見えない勝ち姿。

 彼女を相手取る者にとってこれだけ見たくもなかった光景もないだろう。相手の全容が見えなければ効果的な対策も何も考えられないのだから。

 

 「頭の痛いライバルね。スタートからゴールまでこれといった弱みが見当たらないわ」

 

 「本当にそう思います。スプリングステークスの時よりもさらに大きくなっている。きっと全力を尽くした程度では、私は彼女には勝てないでしょう」

 

 頭痛のような呻きをカネケヤキは肯定する。

 発言としては弱気だが彼女の佇まいに弱さは無い。

 勝てないと口にしたのはただの現状の認識でしかなく、続く言葉はここから更に跳ね上がるぞという決意の表明なのだから。

 

 「死力を尽くします。どうか応えて下さい、トレーナーさん」

 

 「・・・・・・当然よ」

 

 迷いのない言葉、その要求。

 まるで刃の如く真っ直ぐに自分を貫いてくる眼差しに、桐生院は強く頷いた。

 胸に燃やす決意と覚悟、その重さと代償。

 全てを背負う彼女の強さに、決して自分が負けてしまわないように。

 

 

 

 「ガチガチの結果になったな」

 

 腕組みをした古賀が難しい顔で唸る。

 

 「1着に1番人気(シンザン)、2着は2番人気(アスカ)。そして3着には4番人気のウメか。スプリングSとは真逆だ。距離が伸びたぶん紛れが無くなったか?」

 

 「それはあるだろうな。加えて23人立ての大人数で走っての結果だ、強いと言われるウマ娘達がキッチリと実力を示したレースだったと思う。

 しかしバリモスニセイは大多数にとって思わぬ伏兵だっただろうな」

 

 「伏兵じゃない。強いウマ娘が実力を示したレースだって自分で言ってたでしょ。そんでニセイはまだまだここから強くなる」

 

 「おーい。見てたかいトレーナーさん」

 

 冷静に分析しながらも悔しさに顔を歪ませる古賀に観客席の策を強く握りしめる佐竹。その2人に挟まれているトレーナーの元に、ウイニングランもそこそこにシンザンが戻ってきた。

 相変わらず引き上げてくるのが誰よりも早い。

 柵に肘を乗せてもたれかかり、口笛を吹くような調子で彼女はトレーナーに絡んできた。

 

 「今日も今日とて勝った訳だけど? これであたし何連勝目だっけ? 数えてないからよく分かんなくてね」

 

 「・・・・・・6連勝だよ。大記録だ」

 

 「つまりあたしは強いよね?」

 

 「ああ! ケチの付けようもない」

 

 「じゃあラップ走と蹄鉄」

 

 「続行」

 

 頭突きされた。

 胸の中央に額をぶつけられて()せるトレーナーに尚も食い下がる姿を2着以下の出走者達が遠巻きに見つめている。

 観客達の拍手も届かない、三冠の夢破れた者やリベンジが叶わなかった者たちの無念と歯軋り。4分の3バ身で振り切られたアスカが低い声で絞り出した。

 

 「確かにリベンジには成功したけれど。1着じゃなくてもいいとは言ってないのよ、アタシは」

 

 「・・・・・・至言だな。私の胸にも刻んでおこう」

 

 三冠はもう叶わない。

 平静を装ってそう返したウメノチカラだが、その胸の内には激情が渦を巻いていた。

 冷静に、努めて冷静に。

 何度自分に言い聞かせても自分の意思と関係無しに握り拳が震えてしまう。

 『悔しさを外に発散したらモチベーションが逃げる』。それがウメノチカラのスタンスだ。

 だけど悔しいと叫びたい。拳を地面に叩き付けたい。競技者としての理性の声をウマ娘の闘争心が振り切ろうとしていた。

 ─────畜生(ちくしょう)。そんな悪態が喉から飛び出ようとしたその時。

 

 「お疲れ様です、チカラさん。残念ですが負けてしまいました」

 

 バリモスニセイがそう話しかけてきた。

 彼女の順位は4着。ウメノチカラとはアタマ差。

 ギリギリの所で入線を逃してしまった彼女は、晴れやかな表情で額の汗を拭っていた。

 

 「最善は尽くしたと断言できますが、正直満足のいく結果ではありません。次は更に強くなった自分で相手をさせてもらいます」

 

 「悔しくないのか、お前は」

 

 口が滑ったと気付いた時にはもう遅い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少なくとも自分と同等の力を持っている者が負けて平気そうにしている姿に、ウメノチカラは最も忌避する自分の姿を鏡のように重ねてしまった。

 

 「悔しいですよ。まして自分は『桜花賞』の後でシンザンさんに噛み付いた身ですから。それでも」

 

 しかしバリモスニセイにそれを不快に感じる様子はない。それどころか彼女は爽やかな顔で松が描かれた紋付羽織の背中を見ていた。

 

 「それでも滾るじゃないですか。勝ちたい相手の背中が高ければ。それを超える自分を思えば」

 

 彼女は溌剌とそう言い切った。

 心に爪を立てていた赫怒の腕がゆっくりと離れていくのを感じる。

 視界が広くなった気がした。

 腹の底に残った溶岩を冷ますように大きく息を吐き、芝を睨む視線を持ち上げるように背筋を伸ばす。

 彼女が普段の調子に戻ったのを確認したバリモスニセイが薄く微笑んだ。

 

 「すまん。冷静さを欠いてしまったな」

 

 「いえ、私も気持ちは分かりますから」

 

 2人は首を回して観客席の最前列を見た。

 そこではシンザンが柵越しにトレーナーの肩を掴んで何事かを訴えている。

 その両隣には自分達のトレーナーが立っていた。

 己に怒り、己を悔やみ、敵に対して復讐を誓う顔。

 今の自分と、同じ顔。

 

 「より励もう。私達はまだ強くなれる」

 

 クラシック最初の冠はシンザンの頭上に輝いた。三冠の夢はここに潰えた。

 だけど自分の隣には同じものを見据える人がいる。

 同じものに勝ちたいと願う相棒がいる。

 交わる視線で互いの決意を確認し合う彼女らの間で、トレーナーはシンザンに肩ごと頭をシェイクされていた。

 

 そして表彰式。

 若緑に銅色(あかがねいろ)で『皐月賞』と刺繍された優勝レイを肩に掛け、黄金色に輝くトロフィーを抱えてニッコリ笑顔でピースサインをするシンザンを無数のシャッター音が取り囲んだ。

 無敗の6連勝、皐月賞ウマ娘。

 熱闘の最前線に立つ彼女に、記者達は様々な質問を投げかけた。

 

 ─────今の気持ちは?

 

 「楽しかったねえ」

 

 ────最大のライバルは誰でしたか?

 

 「んー・・・・・・ウメとかニセイとか? 分かんない」

 

 ────この勝利でファンの期待もさらに高まった事と思いますが、そんな中掴み取った優勝レイとトロフィーの重みはどれ程でしょうか?

 

 「嬉しいねえ」

 

 ────え、ええと・・・・・・

 

 「シンザン、大事なインタビューなんだから一言で終わらせるな。記者が困ってる」

 

 「ええー」

 

 横で同じくインタビューを受けていたトレーナーが見かねてシンザンの肩を小突く。

 この問答を『無駄』と断じているのかそれとも本当にそうとしか考えていないのか、まあリップサービスの「り」の字もなかった。

 ともかく担当ウマ娘に広い範囲で責任を持つ役職としてこれ以上鸚鵡(おうむ)レベルの受け答えを放置する訳にはいかない。トレーニング緩和の交渉ではあれだけ饒舌なのになあと遠くを見るような目をしつつトレーナーはシンザンのフォローに入ろうとした時、中年太りの記者が発言するために手を上げた。

 沢樫静夫。

 見知った顔だった。

 見た目に似合わぬ鋭い眼差しでシンザンを測りつつ、沢樫は斬り込むように口を開く。

 

 「先立って『桜花賞』を獲ったカネケヤキさんは、実力者としてあなた方の名前を挙げた上で『トリプルティアラ』の達成を宣言しましたがね。

 どうでしょう、そんな彼女に対してあなたから何かアンサーはありますか」

 

 「んん? それこそ答える必要もない気がするけど」

 

 片眉を上げて首を傾げるシンザン。

 挑発的とすら受け取れる質問に対してどう答えるかで彼女の器を測ろうというのが沢樫の狙いだったのだが、その釣果はきっと大満足であったに違いない。

 力みも気負いも何も無い。

 彼の質問に答えた彼女は、なぜ態々(わざわざ)そんな事をと本当に不思議そうな顔をしていた。

 

 「『()()()()()()()』。言うまでもない事だろ?」

 

 おおおおおっ! と記者達から興奮の声が上がる。

 強い眼差しで宣言したカネケヤキとは真逆の自然な言い草。毅然と泰然、真逆のキャラクター性が正面から対立するという構図に会見は大きな盛り上がりを見せた。

 彼女の対応に納得したように沢樫も頷くが、しかし彼はこの場の盛り上がりに飲まれてはいなかった。

 シンザンを見ていた視線がトレーナーに向く。

 熱された空気に水が差されても関係ない、明らかにすべきものを明らかにしてこそ記者であると言わんばかりに、彼は更に奥へと踏み込んでいった。

 

 「分かりました。しかし彼女が三冠ウマ娘を目指すにあたって、あんた・・・・・・いや、シンザンさんのトレーナーにお聞きしたい事があるんですが────」

 

 

 

 『2週間後の今日には主役のあたしを拝めるよ』。

 桜花賞の後、トレーナーはシンザンからそう言われていた。

 楽しみにしてなと旅行にでも誘うようなその宣言は、言葉通りに実現する事となった。

 淡々と証明されていく彼女の有言実行主義に、トレーナーは自分の中の認識が書き換えられ続けていくのを実感していた。

 最初はただならぬウマ娘だと直感した。

 それは時代を創ったウマ娘すら超えるのではという予感に変わった。

 そして予感は今、確信へと─────

 

 「・・・・・・三冠、獲れるぞ。お前なら」

 

 『─────────♪♪♪!!!!!』

 

 シンザンが強く望んだ、自分の衣装で上る舞台。

 全ての『トレーナー』の悲願である、八大競走のウイニングで中央に立つ自分の担当ウマ娘。

 アスカとウメノチカラに挟まれ勝負服を纏いセンターで高らかに歌い上げる彼女は、スポットライトよりも眩しく輝いて見えた。

 

 

     ◆

 

 

 

 『あんた、いや、シンザンさんのトレーナーにお聞きしたい事があるんですが─────』

 

 三冠獲得の宣言に沸く中で放たれた沢樫の質問。

 それはトレーナーにとっては答え方によっては今後に響く詰問で、そしてシンザンにとっては吉祥の予感を期待させるものだった。

 

 『何でもあなた、普段シンザンさんに異常に重い蹄鉄を履かせているそうですな? それを使って普通ありえないレベルの負荷をかけてトレーニングをさせているんだとか 』

 

 シンザンは思わず沢樫を見た。

 

 『皐月賞での勝利がその厳しいトレーニングの賜物であったとしても、そのやり方は本当にシンザンさんの未来も考えての事ですかい?

 その蹄鉄についても調べましたが、アレは常用させていい代物じゃあない。正直、目の前の勝利を掴ませるために未来を犠牲にさせているのではと考えてしまいますな』

 

 良い流れだ。よく突っ込んでくれた。

 シンザンは心の中で拳を掲げた。

 ここで自分が辛いと言えばトレーナーもあの蹄鉄は履かせられなくなるだろう。いくら効率重視とはいえマスコミから責められては体裁を守らなければならないはずだ。

 さあ口籠れ、返答に困れ。

 今度は自分から反撃してやる。

 

 『ええ。()()()あんなものは使わせません』

 

 しかしトレーナーの返答は実に滑らかだった。

 

 『調べてあるならご存じでしょうがあの蹄鉄は自分の手作りでして、使用にあたりどんな弊害が発生するかは把握しています。故障のリスクについても最大限の注意と対策を張ってありますので、程度を誤らなければ常用しても問題ありません』

 

 『普通は使わせないと今言っていましたが?』

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こんなに不利な状況なのに。

 トレーナーは胸を張ってきっぱりとそう言った。

 

 『シンザンにはものの2ヶ月で大量のシューズと蹄鉄を駄目にしてしまう程の足腰がある。そんな特異な素質を持つ彼女に対して通常のトレーニングを行っては逆に才能が根腐れする可能性すらあります。

 彼女の抱えるその問題を解決しつつ効果的に才能を伸ばす、その最適解があの蹄鉄なのです』

 

 『ちょ、トレーナーさん・・・・・・』

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女の力に耐え、同時に彼女を鍛えられるように造った、真の意味で()()()()()()()()()

 つまりこれはもうただの蹄鉄ではなく、

 ─────「()()()()()」と呼ぶべきものです』

 

 おお、と記者達がどよめく。

 コダマと二人三脚だった時代に彼女の故障に向き合い続けたトレーナーが、故障のリスクを完全にケアして打ち出した奇策に驚愕したのだ。

 ちらり、と沢樫がシンザンを見る。

 

 『なるほど。・・・・・・シンザンさん、これについて何かありますか?』

 

 彼はこう言っているがお前はどうなんだ、明らかにオーバーワークではないのか、と。

 まさに願ってもないパス回しだが、シンザンの耳は別の言葉を重点的に捉えていた。

 「自分にしか扱えない」。

 「自分以外には意味がない」。

 「自分の為だけの一品」。

 シンザンはわざとらしく髪を掻き上げ靡かせながら、澄ました顔で嘯いた。

 

 

 『(なに)って・・・・・・? 専用の蹄鉄でトレーニングしてるだけだけど?』

 

 

 

 

 「お前は莫迦(ばか)なのか?」

 

 「口を(つぐ)め・・・・・・・・・!!!」

 

 その答えに興奮した沢樫が書き上げた『月刊綺羅星(きらぼし)』の特集記事。

 『強豪シンザン、若年の名伯楽への絶対の信頼』という盛りまくった見出しと内容が踊るページを開いているウメノチカラは、部屋の壁に額を預けているシンザンに非常にシンプルな質問をしていた。

 

 

     ◆

 

 

 「いやしかし凄かったな今年の『皐月賞』!」

 

 「ああ、まさかシンザンがここまで強いなんて考えてもいなかった」

 

 「全くだ。あの末脚を見たか? 死ぬ気で追ってくるアスカやウメノチカラにもまるで動じなかったぞ。まさに剃刀(かみそり)、まるでコダマの再来じゃないか」

 

 「いいや違う、確かに髭だって剃れる切れ味だ。しかしあれは、あの分厚さは剃刀(かみそり)ではなく────」

 

 

 

 

 「(なた)だ。あの脚は(なた)と呼ぶべきだ!」


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