少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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24話 : かん呼にうもれ曵く手綱

 

 無敗のままに6連勝。

 押しも押されもせぬ『皐月賞ウマ娘』。

 自分を狙う強豪達を相手に堂々たる先行策で勝ち切ったシンザンは、さらにその名前を学園の内外に響かせる事となった。

 レースの翌日以降も続いた取材や写真撮影、オープン戦の中でも最大級の注目度を誇るスプリングステークスを優に超える注目を浴びてホクホクのシンザンは、トレーニング場で周囲の目線を感じつつ肩を(そび)やかしていた。

 

 「んー? 視線を感じるね? 何だろう、あたしまた何かやっちゃった? ちょっと『皐月賞』を獲っただけなんだけど?」

 

 「おいニセイそいつを押さえろ。今からそいつの腹を殴る」

 

 「任せて下さい」

 

 「落ち着いて下さい」

 

 いい加減イラッときたらしい。バリモスニセイに羽交締めにされたシンザンの前で慣らすように腕を回すウメノチカラの肩にカネケヤキが手を置いた。

 まあ前回から反省の色が見当たらない。

 殴るのではなく締めてみては、というカネケヤキの助言に従い2人からツープラトンの締め技を喰らう事となったシンザンが青空に汚い悲鳴を響かせた。

 

 「分かりましたか? 勝ち誇り鼻に掛けるのはあなたの特権。しかし敗北の悔しさを叫ぶのも私達の特権なんです」

 

 「叫ばされたのあたしなんだけど」

 

 「とはいえ、お2人に組み付かれて倒れないのは凄まじいですね。ましてそれを履いた状態で・・・・・・」

 

 「んー、そりゃあたしは強いからね・・・・・・」

 

 『シンザン鉄』という名称は一気に広まった。

 皐月賞を獲ったウマ娘が行なっている特別なトレーニングは大きな話題を呼んでシンザンの元には多くの見物人が訪れ、今日一日履いてみるかい?とさりげなく脱いで押し付けようとしたのがトレーナーにバレて今に至る。

 忌々しくてしょうがない足枷が自分をさらに有名にしたという割り切れない事実に、彼女は複雑そうな顔をして膝から下を覆う革靴(ていてつ)をがちゃんと鳴らした。

 

 「でもやっぱりコレで有名になった部分もあるからね。勝った今ならこの重さも辛うじて許せる気が16ハロンくらい先に見えてるよ」

 

 「小さな光が天皇賞レベルに遠いな」

 

 「どうしてそれだけ嫌がってるのにインタビューであんな事を言ったんですか。あそこでトレーナーさんの言葉を否定していればよかったのに」

 

 「そりゃ貰えるものは貰うさ! 褒め言葉を謙遜する事ほどしょうもない無意味はそうそう無いよ」

 

 「それって乗せられたって事じゃあ・・・・・・?」

 

 「・・・・・・いいだろ別に。あの人がああやって大勢に向けてコイツは凄いって言ったのあれが初めてだったんだよ」

 

 「おう、集まってるな」

 

 向こうの方からそう声が掛けられた。

 歩いてくるのは男3人に女1人、合計4人のトレーナー。言うまでもなく彼女らのトレーナーである。

 彼女らに向けて手を振っていた古賀が、クリップボードで肩を叩きながら朗らかに笑う。

 

 「さーて今日は先に言ってた通りの合同トレーニングだ。楽しくやれば身も入る。頑張っていこうか!」

 

 「環境が変われば違った視点の学びもあるはずよ。仲の良いメンバーだけど気を抜かないように」

 

 対照的に桐生院は冷静だった。

 具体的な狙いのある2人の企画かと思いきや今回の合同トレーニング、発案者はバリモスニセイのトレーナーである佐竹らしい。

 チームの設立を許されたとはいえ1番の若年、経験値の不足は否めない。それを補う為にあらゆる所から学びを得ようとしているとの事だ。見た目に反して生真面目な人とは彼女の評である。

 今回の合同トレーニングの企画も先のレースなどで自分より優秀な成績を残した先輩達からあわよくばノウハウを吸収しようとしてのものだろう。

 そして古賀と桐生院も敵情視察の為それに乗っかったという所か?

 地頭の良さで大凡(おおよそ)を察したシンザンは、『じゃあ何でトレーナーさんはこの提案に乗ったんだろう』と首を傾げていた。

 それぞれに思惑があるようだが今最も警戒されているのは自分達だ。具体的な方法は上手く考えつかないが、自分達の情報を得る為に他が結託して行動するというのも無い話ではあるまい。

 勿論こちらにも向こうの情報が得られるメリットはあるが、向こうがこちらを共通の敵としている以上情報の流出はトレーナーにとってかなりの痛手になるのではないか?

 

 (まあそもそもあたしは負けないから、関係無いと言えばそうなんだけどさ・・・・・・)

 

 「今日は自分の頼みを聞いてもらってありがとうございます。自分もニセイもまだまだ未熟ッスけど、全力で食らい付くんでよろしくお願いします」

 

 そう言って佐竹は頭を下げた。

 探りを入れる目的を隠すための方便だった。担当ウマ娘とも口裏を合わせているのか、バリモスニセイも宜しくお願いしますとスムーズに頭を下げる。

 そして古賀と桐生院も佐竹に続いた。

 頭を下げる訳ではない。2人が担当(?)しているのは、静かな圧力を掛ける役割だった。

 

 「という訳だ。後輩がここまで真摯に頼んでるんだ、()()()()()()()()()()()()()()()()? チカミチ」

 

 「そうね。まして彼女らの友人の前だもの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やはりそういう事か。

 シンザンは自分の予想が正しかった事を確信した。

 自分に真面目に走らせろと暗にトレーナーに要求しているのだ。

 相手の正確な情報など本気で走っている所を見てみなければ分からない。スプリング(ステークス)や皐月賞での走りだけで判断しない辺り流石の観察眼だろう。

 ────さてどうするんだい、トレーナーさん。

 彼のリアクションを見守るシンザンの視線の先で、トレーナーは彼らに向けて口元に不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 「知ってるだろ? うちのシンザンはトレーニングじゃさっぱり走らないぞ」

 

 「「「嘘だろ(でしょ)・・・・・・」」」

 

 全員が唖然とした。

 互いに協力し合うべき合同トレーニングにおいてまさかの独立(どくりつ)不羈(ふき)宣言にシンザンはからからと笑う。

 あるいはトレーナーも向こうの魂胆を読んでいたのだろうか。それは分からないが、少なくとも彼がシンザンに合わないトレーニングをやる気は一切無いのは明らかな事だった。

 

 

     ◆

 

 

 「本当に・・・・・・本当に走らないなお前は・・・・・・」

 

 「しょうがないねえ。トレーナーさんがあたしは走らないって断言しちゃったからねえ」

 

 流石に少しは力を入れると思っていたらしい。

 栗東寮の憩いの場、一階にある広々とした談話室に置かれたソファの上。ある意味においてシンザンの底知れなさを更に思い知った様子のウメノチカラに、シンザンは得意げなドヤ顔を披露していた。

 ウメノチカラにカネケヤキにバリモスニセイが訓練だろうとライバル達に劣るまいと先を争って走り・跳び・()く中で、シンザンだけが1番後ろをマイペースにのっそり動いていた。

 もちろん装着している『シンザン鉄』がとんでもない重量なのは知っているが、それを差し引いても追い込もうという気概がない。

 この機会にシンザンや他のライバルの偵察をしようとトレーナーに言われていたウメノチカラ達だが、見事に自分達のトレーニングの進み具合だけをスッパ抜かれてしまった。

 

 「でもいいだろ? あたしのトレーナーさんだって教え方に手は抜いてなかったんだ。そっちにだって得はあったはずだよ」

 

 「まあな。正に基礎トレーニングの鬼だった。()()というか、本当に1から丁寧に積み上げていく人らしい。・・・・・・しかしいつもやっていたあのリボンのトレーニング、考えたのがシンザンのトレーナーだとは驚いたぞ」

 

 「あたしもだよ。みんなやってるから普通のやり方だと思ってたらまさか爆心地があったなんてね」

 

 ウマ娘のトレーニングで特にトレーナーが苦労するのが『姿勢(フォーム)の矯正』だ。

 腕や脚の振り幅、振り上げる高さに体幹の傾き。

 時速60キロオーバーで駆け抜けるウマ娘のそれらの要素の誤りを見抜いて是正するには並々ならぬ眼力を求められる。

 『トレーナーになりたくば常にウマ娘を見続けろ』という格言の成り立ちがこれだ。フォームという基本中の基本を指導できないようではトレーナーとして立ち行かない。

 新米からベテランまで頭を悩ませるそれを()()()()改善するアイデアがその『リボン』なのである。

 

 「とはいえトレーナーさん今もずっと愚痴みたいに言ってるけどね。『手軽に映像を記録してその場で見たり戻したりできる機械が発明されてほしい』って」

 

 「私のトレーナーも常々『頼むから全ての記録を手軽に持ち運べてかつ欲しいものを簡単に見れる何かが生み出されてくれ』と言っているな。整理整頓が苦手で何かを探す度あちこちを引っ繰り返してるんだよあの人は・・・・・・」

 

 「それは片付ける癖をつける方が早いんじゃないかねえ」

 

 「やあ。トレーニング終わりかな? お疲れ様」

 

 頭上から声が降ってきた。

 静かな、しかし張りのある響き。聞いた事はないがこの声で歌う彼女のウイニングライブはさぞや聞き応えがあったろうとそんな事を考える。

 首を上に向けてみれば、そこにいるのはやはりよく見知った顔をしたショートヘアの黒鹿毛だった。

 

 「お。ハクさん」

 

 「ハク寮長?」

 

 「2人とも私の部屋に来ないかい? 色々と話してみたいんだ。美味しい紅茶もご馳走するからさ」

 

 

 

 寮長室は個室だ。そして他の生徒の部屋より広い。

 自分の寮に住む生徒達を監督する立場の特権だ。

 テーブルに出されたお茶請けを囲んでティーカップ2つと湯呑みが1つ。

 白磁の器に満たされた肉桂色を舌に乗せ、栗東寮の寮長『ハクショウ』は懐かしむように視線を宙に投げかけた。

 

 「そうそう、あのトレーニングね。身体のあちこちに目印のリボンを巻いて走るやつ。手脚の振り幅や身体の傾きが目視でずっと分かりやすくなるから皆がこぞって真似してたよ」

 

 「やってる事は単純極まるのにね。みんな思いつかないもんなんだね」

 

 「コロンブスの卵だろう。先輩達から眼を鍛えろと教えられてきたのなら発想に至るのは難しかったんじゃないか?」

 

 感心したように湯呑みの中身を啜るシンザン。紅茶で呼ばれたのに『あたし昆布茶がいい』と臆面もなく要求した太々しさの成果である。

 胡座をかいて背中を丸め胃袋を温める熱に気の抜けた息を吐く彼女は、向かいに座っているハクショウにこてんと首を傾げた。

 

 「けど何だって急にお招き頂けたんだい? 何かあたしらに頼み事とか?」

 

 「そういう訳じゃないよ。この栗東寮におけるクラシック最強格と言っていい君達が、いま何を思っているのかを聞いてみたくてね。片や皐月賞入線のジュニア級チャンピオン、片や無敗の『皐月賞ウマ娘』だ。個人的に興味が尽きないんだよ。

 ほら、私は『朝日盃』は獲ったけど『皐月賞』で大敗してるからさ」

 

 「だとしてもデビュー戦からの6連勝は誇るべき大記録でしょう。ましてあなたは」

 

 「確信してた通りに勝った、次も同じように勝つ。それで同じようにあの舞台で最高のあたしを見せてやる。特に何も変わらない、考えてる事なんてそれだけだよ」

 

 「・・・・・・・・・。こいつがこの調子なので、今はただこいつの横っ面を走りで殴ることだけを考えています。今回も黒星が重なりましたが、今度こそはセンターから押し退けてやろうと」

 

 「あははっ、いいね! とてもいい答えを聞けたよ。追い落とそうとするプレッシャーは追う側も追われる側も高めてくれる。

 私もそうだったよ。君達と同じ頃の私も、負けてたまるかって気持ちで走り続けてた」

 

 「あたしみたいなのがいたのかい?」

 

 「いや、『誰かに』じゃなくて『世代に』だね。私の世代は()()()()がえげつなかったんだ。

 

 筆頭はもちろん現生徒会長・剃刀のような末脚でブームを(おこ)した二冠ウマ娘『コダマ』先輩。

 

 獲得重賞多数、関西出身で初めて宝塚記念を制覇した『シーザー』先輩。

 

 安田記念と有記念、距離が大きく違うレースを2つともレコード記録で勝利した『ホマレボシ』先輩。

 

 大井で27戦17勝、中央に来てからは14戦9勝で天皇賞・春と有記念を制覇。地方と中央を名前の通りに虐殺した現生徒会副会長『オンスロート』先輩。

 

 そのオンスロート先輩と同郷で地方と中央でも鎬を削り、ついに彼女を刺し返して天皇賞・秋を獲った『タカマガハラ』先輩。

 

 コダマ先輩と『四強』と謳われた彼女達がシニアを席巻していた時代だったんだ、生半可な走りじゃこっちを見ても貰えない。

 本当に死に物狂いだったよ、1度でも負けたら私が芝の上から消されてしまうような気がしてね」

 

 ─────コダマさん以外にもレースを盛り上げたウマ娘がこんなにいたのか。

 どこか遠くを見つめているようなハクショウの話に、シンザンは素直な感嘆を覚えていた。

 コダマという憧れだけを握り締めてトレセン学園に入学した。それになる以外の好奇心は無かった。

 しかしここには、他にも沢山の勇者がいるのだ。

 思わず横にいたウメノチカラに話しかけようとしたシンザンだがハクショウの話に対する彼女の神妙な表情を見て、

 

 (あ。これ知らなかった方がおかしいやつだ)

 

 凄いウマ娘がいるんだねえ、という共有しようとしていた感想を引っ込めた。

 実に賢明な判断だった。


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