「生徒会長と『四強』。彼女達こそ最強世代だと断言する声も多く聞きます」
「あの時は必死に考えたものさ。彼女達に夢中な人達の目をどうしたら私に向けさせる事が出来るのか。
そうして出した結論が─────
そこでそのレースの名前が出てきた。
シンザンとウメノチカラが次に挑まんとする大レース、そして恐らくはハクショウが2人との会話を欲した理由。
会話が本題に入ったのを理解したウメノチカラにやや力が入り、ハクショウは瞼を閉じて記憶を辿る。
「一生に一度の栄光。全てのトレーナーとウマ娘の憧れ。『八大競走』の中でも特に特別なこのレースに勝てばみんな私を見ざるを得なくなる。
勿論ダービーで勝つことを目標にするウマ娘なんて珍しくもないけれど、その中でも私の熱意は抜きん出てたと今も思ってるよ」
「そうそれ。あたし前から思ってたんだけどさ」
話の腰を折るようにシンザンが緩く手を挙げた。
「一生に一度の栄光って言うけど、
『皐月賞』や『桜花賞』、『オークス』や『菊花賞』も走れるのはクラシック期に1度だけだろ。
別にそれに不満がある訳じゃないけどさ、『日本ダービー』だけえらく特別扱いされてるのって何で?」
「・・・・・・先生が話していただろうが」
「テストに出ない話の時は寝てたよ」
「いい質問をしてくれたね。それじゃあハク寮長のダービーこぼれ話といこう。テストに出ないけどよく聞いてね。きっと君達にも思うところのある話になると思うから」
「日本ダービーっていうのはね。目黒記念と並んで
紅茶の湯気が中空に消えていく。
その大レースにまつわる背景を、ハクショウは
「日露戦争後、ウマ娘のレースが軍事訓練の一環として行われていた時代のことだ。
当時のレースはギャンブルの性質を持っていてね、治安の悪化を懸念した国から胴元として収益を得る事を禁止されたのさ。
それを補填する補助金も支払われたけど、それっぽっちじゃトレセン学園は火の車。いくつかの学園の経営が破綻した大不況を抜け出すべく
「賞金の額もそれまでの最高額の4倍という破格ぶりだったと聞きました。そのタイミングでちょうど景気が回復し始めたとも」
「そう。それによって無事にレースの需要は回復、業界を立て直す狙いは大成功に終わった。まあそもそもの収益を取り戻した方法はあまり褒められたやり方じゃなかったんだけど・・・・・・」
「あ、分かった。ギャンブルとしての仕組みはそのままで、お金じゃなくて商品券か何かで払い戻したんじゃないかい?
『払い戻したのはお金じゃないから賭博罪にはあたらない』みたいな建前でさ。
その時の国が軍事訓練の名目に
「・・・・・・せ、正解」
若干声が引き気味だった。
嫌な要領の良さを発揮したシンザンにウメノチカラも思わず傾くように距離をとる。
1の示唆から10までを組み上げるその
心の死角に不意打ちを食らったハクショウが咳払いで場の流れをリセットして折れかけた話の腰を元に戻した。
「もう1つ言うのなら、だ。2人が走った『皐月賞』は今年、予定が変更されて別のレース場での開催になっただろう?
日本ダービーにはそれが無いんだ。
第3回から東京レース場に移転してから一貫して同地で開催され、レース場の改修工事が被っても日程を変更して対応される。
開催場所も走る距離も、昔から今まで変わらないままずっと受け継がれているんだよ」
「ふうん。じゃあダービーが特別なのって昔からの慣例というか、そういう伝統的な理由なのかい?」
「いいや。
熱い。そう思った。
口の端から溢れた蛇の舌のような炎に首筋を舐められたような感覚。
外面を作る皮が
皆を見守り監督する寮長としての顔ではない。己の脚で己を証明せんとする、ヒリつくような『現役』の片鱗だった。
「『ダービーは大晦日でその翌日が元日』という言葉が象徴するように、クラシック前の1年間はダービーを制する為にあると言っても過言じゃない。
優秀な兵士になれるウマ娘を育てる名目で開催され、明確な『強いウマ娘を育てて選抜する』というサイクルを日本のレース界に示したこのレースは、自然と全てのレース関係者の目標になった。
だから全員が死に物狂いでその頂点を獲りにくる。・・・・・・それこそ、全てを
「! ハク寮長は・・・・・・」
思わず目を見開いたウメノチカラ。
全てを擲つ覚悟というハクショウの言葉に込められた意味を理解していたからだ。
彼女が日本ダービーを語るという事は即ち、ハクショウというウマ娘のレース人生を語るという事に等しいのだから。
「そう。
特別な事情などではない。栗東寮では有名な話。
とうに冷めた紅茶を啜り、ハクショウは静かに目を閉じる。
「オークスを獲ってから連闘で殴り込んできた型破りを交わして、確実に勝ったと思った時に大外から1人が吹っ飛んで来てね。
長い長い写真判定だったよ。あの時間を思い出すと今も胸が詰まりそうになる。
下された決着は─────
ハナ差という表現ですら足りない、髪の毛一本の差とすら言われた薄氷の1着だったんだ。
そこで私は全ての熱を出し切ってトゥインクル・シリーズを引退した。
だけど何の未練も後悔も無い。
上の世代に対する対抗心や彼女らを倒す為に積んで来たトレーニングも、勝ち星を重ねていくはずだった未来も、きっと全てはこの髪の毛一本の差に先んじるためにあったんだ」
「・・・・・・それ程ですか」
思わず唾を飲むウメノチカラ。
「あなた程のウマ娘が全てを出し尽くす程に、このレースは心を狂わせるというのですか」
「私だけじゃない。関わる全ての人達もだ。
そのレースに勝った事で燃え尽きてしまうウマ娘がいる。そのレースに勝たせられれば辞めてもいいとすら言うトレーナーもいる。
『日本一』という称号を求めて、あらゆる全てを出し尽くし死に物狂いで手を伸ばすのさ」
トゥインクル・シリーズ9戦7勝。
『
走り続けていれば間違いなく世代を象徴しただろう彼女は、
「強く愛しき後輩よ、熱く熱く狂ってほしい。勝負と誇りのその世界では、必要なものは
一生の栄光が
────────ようこそ。日本ダービーへ」
その時の彼女がとうの昔に一線を退いた身と言われて誰が信じるだろう。
栄光の記憶、思い出の輝き。
それらを紐解くだけで放たれた心を炙るような熱は、そのまま日本ダービーというレースの異質さを象徴しているようで。
あたしの先輩には怖い女しか居ないのかい、とシンザンは湯呑みの中身を喉に傾けた。
◆
聞き覚えのあるアナウンス。
かつて自分も聞いた歓声。
トレセン学園に入学し、トレーナーを見つけてメイクデビューを飾る。そして訓練を積んで勝ち星を重ね、激動のクラシック戦線へと歩みを進める生徒達のサイクルは、こうしてまた始まりの地点に戻るのだ。
『桜花賞』前に行われた入学式。
ここまで行ってきた特訓よりも遥かにレベルの高いトレーニング。
そして─────夢への第一歩。
今年第1回目の『選抜レース』が今日開催される。
ここから駆け上らんと鼻息荒く瞳を燃やす者達を期待を込めて見据えるトレーナー達と、これから未来のスターウマ娘に夢を見んとする観客達で今回もグラウンドは大きく賑わっていた。
そんな観客達の中により深いレースファンがいれば、ずらりと並んだ金色バッヂの中に今もっとも勢いに乗っている者がいるのが分かるかもしれない。
チーム《スピカ》
チーム《リギル》
そしてチーム《カノープス》
新たに発足する事になった自らのチームに有力なウマ娘を引き入れるべく目を光らせている彼らとは少し離れた場所に、どうしてだか彼の姿もあった。
まず見付けたのは彼の担当ウマ娘。
そして彼も自分の担当ウマ娘の存在に気付いた。
眉を上げて驚く彼に、鹿毛の彼女は怪訝な顔で首を傾げる。
「シンザン。どうしたんだ」
「そっちこそ何でこんな所にいるんだい。選抜レースだろ今日。え、組むの? チーム」
「違う違う何で耳を絞るんだ。これからお前のライバルになるウマ娘だっているはずなんだから、トレーナーとしてチェックしておくのは当然だろ」
「ふうん。まあ確かに」
「というか俺としてはお前がここにいる方に驚いてるよ。今日は一応休日だろ」
「ちょっと気になってね。心境の変化って程でもないけど」
へえ、とそこそこ驚いた顔のトレーナー。
彼女を基本的に他人に関心を示さないタイプと考えていただけにここに来たのが意外だったらしい。
トレセン学園は生徒数2,000を超えるマンモス校。
単純にその内の3分の1が新入生と考えると、600人を超えるウマ娘達全員が走るレースを開催するのは相当な大仕事だ。
故に選抜レースは学園内の休日を丸々使用して開催され、本来は休日であるため他の生徒達に出席・見学の義務はない。
そんな条件下でシンザンが見知らぬ他人を見に来るというのは彼女を良く知る者としてはかなりの衝撃なのである。
「このレースで手抜きしたのがバレてウメに詰められたんだよね。ケヤキとニセイともそこで知り合ったし、こうして見ると何か感慨深いや。それで、あたしの
「前評判だと『ハツユキ』や『キーストン』かな。中でも新入生筆頭って言われてるのは『コレヒデ』だけど、個人的には『エイトクラウン』に注目したい」
「あの子は何だい。さっきまで乗り気そうだったのにゲートインを粘り倒してる黒鹿毛の子」
「『カブトシロー』だな。かなりの気性難と聞いてるよ。トレーニングの時計も
「ウメのトレーナーってああいう子が好きなのかい? 熱心にスカウトしてたウメとはかなり真逆のような気がするけど」
「負けん気の強いウメノチカラ然り、あいつは頑固な子や手のかかる子を気に入るんだよ。本人も自由に走らせるのがモットーだと言っていたし、古賀のチームでならあるいは驚くような成績を残すかもな」
「そっか。色んな気質の子がいるんだね。・・・・・・そんな子たちも、やっぱり同じ場所を目指すのかね」
「?」
「トレーナーさん。『日本ダービー』って本当にレース関係者の最終目標なのかい?」
火の着いた顔でハクショウの部屋を出たウメノチカラ程ではない。しかしどんな波風も我関せずなシンザンとはいえ、ハクショウのあの熱を真正面から喰らって何も思わないほど鈍感ではない。
トレーナーに会ったのは偶然だが、皆が血相を変えて挑むという大レースの背景を知り、彼女が最初からダービーを目指していたなら同じ者が他にもいるんだろうかと新入生の存在が頭を
事情を知らなければやはり意外に感じる彼女の質問に、ふむ、とトレーナーは頭の中に自分の記憶や経験を巡らせる。
「そうだな。最終目標とまで言い切るのは本当にダービーに対する想いが強い奴だけだが、そうでなくても凄く重要なレースだと思う。
俺だって担当を持つ度に勝たせたいと思うレースだし、それにダービーには華々しい記録も多いからウマ娘の憧れも強いんだ。
今は更新されたけどレースレコードを叩き出して勝ったコダマに、日本初の三冠ウマ娘が記録した8バ身という最大着差。そういったものも日本ダービーというレースが特別視されている理由だろうな」
「あ、そっか。コダマさんダービーレコード持ってたんだ・・・・・・」
自分の憧れも輝かしい結果を残したレース。
難しい顔で腕組みをするシンザンは、出走するレースに対して初めて頭を悩ませていた。
しかもそれは自分自身についてではなく、他者から見た自分の姿についてという彼女にしてはツチノコレベルに希少な悩みである。
芽生えた考えと自分の主義とをしばし戦わせるシンザンだが、結局結論が出なかったのでトレーナーに判断を委ねる事にした。
「トレーナーさん、そこまで日本ダービーが大切なレースならさ。何バ身差とかレースレコードとか、
「突っ込みどころが大き過ぎるのはともかくとして、そうだな・・・・・・。俺個人の意見を言うなら、
流石に想定すらしていない答えだった。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔のシンザンに見上げられながら、聞く人によれば邪道とすら言うであろう考えをトレーナーは何の臆面もなく言ってのける。
「勿論それを目標にするというならトレーナーとして喜んでサポートする。だけど根本的に大切なのはまずそのレースに勝つ事であって、それさえ達成できれば他はもう何でもいいと俺は思う。
着差もタイムも関係ない。
どれだけギリギリの競り合いになっても─────、
清々しい程の合理主義。
ダービーの大切さを語った直後にこれを言う、身も蓋もない率直さ。
この男、もしかして自分以上に周囲の目を考えていないのではないか?
普段とは逆に自分が呆れる側になったシンザンだったが、その後に湧き上がってきたのは『同類がいる』という
「ふふっ、そうだね。あたしもそっちの方がしっくり来る。じゃああたしも勝てるだけの力で走ろうか。ダービーはダービー、あたしはあたしって事でさ」
「手を抜いていい訳じゃないぞ。俺は全力で走る事を前提にこう言ったのであって、力をセーブして勝つなんてライバル達から頭5つは抜けてないと不可能なんだからな」
「? だからそう言ったんだけど?」
「完成予定のホテルニューオータニより高いぞお前の自己肯定感」
「あっ、見てほら、あそこ! シンザン先輩!」
「すごい、本物よ本物・・・・・・!」
遠くから静かに興奮する声が聞こえてきた。
新入生のウマ娘達だ。入学式でクラシック代表として壇上に上がったからか更に顔が広まったらしい。
軽く手を振り返すと弾けるようにはしゃぎ始めた彼女らを見て、シンザンは得意そうな顔でトレーナーを見上げる。
pixivにて『愛が重馬場』始めました。
リンク貼っていいのかわからないのでタイトルだけ置いておきます。
タイトル : 『人間様を無礼るなよ』
肩の力を抜いて書いてます。
もし気が向きましたら脳味噌を空にしてお読みください。