「いよいよ今日からあの3チームが稼働するね。あのトレーナー達ならきっと彼女らを良く導いてくれるはずだ」
「不安材料としては古賀トレーナーが1人かなりの気性難をスカウトしていたところでしょうか」
「元より彼はそういうウマ娘に好かれがちだし、そういう子の扱いも心得ているだろう。彼には頑張ってもらいたいね。結果が残せないと肩身の狭い世界だ、叶うならどんなウマ娘にもよりよい青春を送ってほしいものだよ」
「・・・・・・青春、ですか」
「どうかしたのかい?」
「いえ。・・・・・・ただ貴女も、本来ならば彼女達と同じように学園に通い、青春を送っているはずの年齢であるな、と」
「ふふ、確かに僕は一般的な青春とは程遠い。だけど虚しさを感じた事は1度も無いよ。そんなものを感じる余裕のない使命もそれを背負うだけの教育も、同じ視座に立つ右腕も僕は持っているからね」
◆
それぞれの前哨戦が終わり、本番を目前に控えるウマ娘たち。コンディションを盤石に仕上げる追い切りのこの時期に、もう1つ新たな始まりを迎えるところがいくつかあった。
理事長の命令によってトレーナーが発足する運びとなったチーム。1番最初に担当されたウメノチカラの前には新たに加わる仲間がいる。
最初こそ第二候補のような選ばれ方に不服を感じていたようだが、いざ始まってみれば随分楽しそうだなと隣の横顔を見ながら彼女は思う。
ウメノチカラと並んで立ち、横一列に並んだ彼女らを前に古賀は元気よく腹から声を出した。
「よーし、今日からチーム《スピカ》始動だ! それじゃ皆、改めて自己紹介してくれ!!」
「うーい。カブトシローちゃんだぜー」
「キーストン! です! よろしく!」
「ハクズイコウですっ! やっとデビューが見えてきたぁぁ・・・・・・!!」
「全員揃ってるね? はい復唱。『蹄鉄はやっぱりヒンドスタン重工』!」
所変わってミーティングルーム。
チーム《リギル》の方針の説明と今後のトレーニングの組み立て方を説明した桐生院が、オリエンテーション用の書類を片付けながらカネケヤキと共に新たなチームメンバーに促した。
「ではコレヒデにダイコーター、それにハツユキ。これから頑張っていきましょう。不調や違和感を感じたら即報告。自主トレをする際は必ず申し出る事。いいわね?」
「ふふふ、あまり
「そうだよ、怪我したら大変だよ。ヒンドスタン重工の蹄鉄を使えば安心だよ」
そしてまた所変わってグラウンド。
同様に新たにチーム《カノープス》を発足させた佐竹はさっそくチームで初めてのトレーニングに打ち込んでいた。
科目はラップ走。ストップウォッチとクリップボードを手にタイムを記録する佐竹は、真剣な眼差しでコースを走る担当ウマ娘たちに声を張り上げる。
「ニセイ少し掛かってるぞ! ハツライオー!ゴールデンパス!タイムが遅くなってきてる! キクノスズランはそのペースをしっかり覚えろ!」
「ヒンドスタン重工製の蹄鉄を使えば走りやすいよ! あたしのトレーナーさんもイチオシだよ! 恋人が出来て宝くじが当たるよ!」
「うちのシンザンがすいませんでした」
「「「 塩を
直角に頭を下げるトレーナー。
頭を掴んで下げさせようとしてくるトレーナーの手に抗うシンザン。
トレーニングに茶々を入れられてキレる自分達のチームトレーナーの背中の後ろで事の成り行きを見ている彼女らのシンザンに対するイメージが、『凄く強いけどなんか変な先輩』で確定した。
「思ってた以上に怒られたねえ・・・・・・」
「いま割と俺達の心証悪いからなあ・・・・・・」
夕暮れの河川敷。いつかシンザンがトレーナーを転がした坂道。自主トレでランニングしているウマ娘を背景に2人並んだシンザンとトレーナーが体育座りをしていた。
あのインタビューの内容がレース新聞で出回った結果トレーナーが少々の白眼視に晒されているのだ。『他のトレーナーも次の方針を決める為にレースを選んだりするでしょう。それと同じです』とも答えたのだが、やはり言い訳だの連勝記録が止まった負け惜しみだのといった声は少なくない。
トレーナーはそれ自体は気にしないが、自分のやり方を理解している友人達にもガチ目に叱られたのはややショックだったらしい。どこか遠い目をしている彼の横顔をシンザンは珍しい顔だなと眺めていた。
「でもお前があっちこっちで新入生に宗教勧誘みたいな蹄鉄のプッシュをしなければ俺が頭を下げる回数はかなり減ったと思うんだ・・・・・・。何なんだお前のヒンドスタン重工に懸ける熱は・・・・・・」
「新入生の為を思ってやったんじゃないか! 質の良いものを薦めて感謝されこそすれ怒られる筋合いはないねえ!」
「『あなたの為を思って』って言う奴が本当に相手を思い遣ってるところを見たことがないぞ」
「じゃあよかったね。あたしが1人目だよ」
「お前のその性格はいつか大きな敵を作ると思う」
そこに惚れ込んだ俺が言うのもなんだけどさ、とため息を吐くトレーナー。
自分の優位を確認した笑みを浮かべるシンザンに、そういえばとふと思い出したように彼は聞く。
「新入生筆頭のコレヒデを捕まえた桐生院さんも流石だったけど、古賀がハクズイコウをスカウトしてたな。確かお前の同級生だろう」
「うん。選抜戦から指の骨を痛めて走れなかったせいでトレーナーが見つからなくて、治ったと思ったらどこも募集が締め切られてたらしくてね。チームが増えたお陰だって言ってたよ」
「そうだったのか・・・・・・」
コダマの活躍からレースに対する関心が高まっている近年トレセン学園の門を叩くウマ娘が増えてトレーナーが不足してきているのは理解していたが、ハクズイコウはその被害を食らったらしい。
大元の原因は故障のせいとはいえ、トレーナーというブレインが側にいれば患部に負担の掛からないトレーニングの立案などまだ良質な休養期間を送れただろう。シンザンとの一対一を貫いた事に若干の罪悪感が出てきた。
しかし新入生主体のチームを組めと言われて即彼女を勧誘したという事は、彼はウメノチカラの他にも彼女を見出していたのか。
(となると彼女も間違いなく『走る』。シンザンと激突するのはシニア期になるな。今から注意して見ておかないと)
「さて、と。傷心のトレーナーさんに付き合ってあげたところでお願いがあるよ。24日にお休みちょうだい」
「ああ、俺もその日は休みにしようと思ってた。たぶん目的は一緒だと思う」
「おっいいね。じゃあ車出してよ」
立ち上がって尻をはたく。
今ごろ彼女は学園で予定されていたインタビューを受けている頃だろうか。
1週間後、シンザンの友達が一足先に大舞台へと駒を進める。果たして彼女は己の宣誓を叶えるための2歩目を踏み出す事が出来るのか。食堂で彼女が自分達に布告した宣戦を思いつつシンザンはトレーナーを伴って帰路に着いた。
「お疲れ様です、カネケヤキさん」
インタビューを終えて一息ついているカネケヤキに床を叩く硬質な音が近付いてくる。
艶やかな金髪を巻き、松葉杖をついたウマ娘。
包帯の巻かれた
「インタビューお疲れ様でした。堂々たる佇まい、流石でしたわ」
「プリマドンナさん。脚の調子はいかがですか」
「思わしくはありませんわね」
やれやれと肩を竦めるプリマドンナ。
生身の脚と木製の足、合わせて3本足になっている彼女は残念そうに眉を寄せて固定されている足を揺らす。
「レースへの復帰は1年近くかかるとの事ですわ。乙女として1番脂の乗った時期ですのに」
「思いのほか優雅ではない表現が出てきましたね」
「いいえ。私は変わらず優雅でしてよ」
カネケヤキの
彼女の瞳がカネケヤキの瞳と直線で繋がる。
プリマドンナの目からカネケヤキに届いたものは、割れてなお輝く金剛の光だった。
「1年間の休養明け、復帰が叶っても今までのような走りは叶わないでしょう。もしかしたら入着すら出来ないレースが続くかもしれませんわね。
しかし私は諦める気などありません。塗炭の苦しみを味わおうとも私は走り続けます。
振るわぬ結果を笑われようと何度泥濘に塗れようと、─────私は誰恥じる事なく
「つ──────」
次の《オークス》でも負けません、とカネケヤキは喉まで出かかった。
この大レースで彼女がリベンジしに来るという実現し得ないビジョンがありありと浮かんできたからだ。
脚に重度の故障を負ったとは思えない程に、それ程までに力強い姿だったのだ。
停滞と苦難の未来を前に些かも怯まないその様に、カネケヤキは彼女の心に立つ柱を見た。
「─────・・・・・・流石です。私も絶対に負けません。必ずや世代の女王と呼ばれてみせましょう」
「その意気ですわ。
貴女の勝利を心から信じていますわ」
「ありがとうございます。必ずや勝ちましょう」
そんな激励を送ってプリマドンナは踵を返す。松葉杖の先端が地面を捉えるリズミカルな音が遠ざかっていく。段々と小さくなっていく3本脚の足音に耳を震わせながらカネケヤキは少しだけ俯いた。
聞こえていたからだ。
恐らくは聞かせるつもりなどなかったであろう、プリマドンナの悲しく転がる呟き。
────叶うなら貴女と鎬を削りたかった、と。
「遺憾ながらその未来は訪れませんでしたが」
胸の前で拳を握る。
この脚には自分の夢だけではない。トレーナーの想い、皆の声援、そして友の無念が乗っている。
叶えたい夢、叶わなかった夢。レースの因果全てを背負い、カネケヤキは心に炎を燃やす。
「必ずや成ってみせましょう。あなたが自分の好敵手だったと胸を張って話せるような、誰もが見上げる華やかな私に─────」
桜の玉座は樫へと続く。
3つに連なる花冠、眩く輝く2つ目の栄冠。
斯くあるべきと記した御旗を頂点の場所で掲げる日まで、女王の歩みは止まらない。
来たる5月24日。
《オークス》が始まる。
◆
ざわめく東京レース場。
出走する側のウマ娘にとっても馴染み深くなってきたここで、シンザンとトレーナーは並んで観客席に座っていた。
自分とは関わりのないレースなので関係者枠の最前列は取れなかったが、全体がよく見える席を先んじて取るのは『トレーナー』として当然。
売店でトレーナーに奢らせた軽食を口に運びつつ、シンザンは出走者たちの本バ場入場を待つ芝のコースを見下ろす。
「出走者は20人、また多いけど桜花賞よりか走るのは楽そうだね。3人程度少ないだけでどれだけ違うかは知らないけど」
「雨も無いしバ場状態も良と出てるから環境的な不確定要素は排していいな。しっかり見ておけよ、このレース展開の分析はお前にも大いに活かせるはずだ」
「はーい」
日本ダービーの参考にしろという事だ。
返事をした後でそういえば今日はみんなこのレースを見に行くと言っていたしこの辺りにいるんだろうかとシンザンはふと周囲を見回してみた。
最前列には新たに勧誘したチームメンバーを伴った桐生院がいる。
また少し向こうには古賀とウメノチカラ、佐竹とバリモスニセイがやはりチーム単位で観客席にいた。
一緒に見るという話になっていない辺りやはり今回は敵情視察の色が強いらしい。あまり意見交換などで自分の考えなどを悟られたくないといったところか。
「トレーナーさん」
「うん?」
「ケヤキ1番人気だっただろ。けどほら、1番人気だからって勝つとは限らないじゃないか。あたしはケヤキに勝ってほしいけどさ、トレーナーさんから見て勝ちそうなのって誰なんだい?」
「1番強いのは、か。それはまあ・・・・・・」
ファンファーレが鳴った。
《オークス》の開催、本バ場入場を告げる金管楽器の音色に
これから樫の女王の座を争う彼女らに、または自分が応援しているウマ娘に向けて観客達から一斉に歓声が飛ぶ。
「オーヒメーーー! 次はいけるぞーーーー!!」
「リベンジだヤマニンルビーーーーー!!」
「カネケヤキ先輩頑張って下さーーーーい!!」
「勝てますよケヤキ先ぱーーーい!!」
「が、がんばれー・・・・・・!」
負けじと声を張り上げるのはコレヒデにダイコーター、ハツユキのチーム《リギル》。
チームの先輩のダブルティアラが懸かっているのだ、応援にも熱が入るだろう。静かにしているが桐生院も気が気ではないはずだ。
自分の頬を叩くもの、ガッツポーズで己を鼓舞する者、銘々が様々な方法で気合を入れている中、紫のドレスを纏うカネケヤキは静かに瞑目していた。
チームメイトの声に気付いたのか目を開けて彼女らに微笑みながら手を振ると、再び彼女は目を瞑ってしまう。
彼女の中で既に勝負は始まっているのだ。
万一にも仕損じる事のない自分を仕上げにかかっている。