少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第3話

 

 「!? おい何だあのスタートダッシュ!」

 

 「開幕で2バ身は離したぞ! あんなスタートが巧いウマ娘いたか!?」

 

 どよめく観衆。

 1番人気のウマ娘を尻目に先頭に立って走るシンザンの姿にあちこちから驚愕の声が上がるが、何より気が動転しているのは他の出走者だ。

 こうなると事前に立てていた作戦は総崩れになる。

 普段から優れた結果を出しているウメノチカラを警戒していたのに、警戒の端にも入れていなかった()()()()()のデータなど把握している訳がない。

 あくまでも対ウメノチカラの策を立てていた彼女らは、ここに来て想定外の対応を強いられた。

 

 「このっ・・・・・・!」

 

 「行かせない!!」

 

 前を走るシンザンに何人かが並びかけてきた。

 レースはまだ序盤も序盤。本来ならまだ展開を窺うべき場面なのだが授業外での初めての実戦、それも今後が懸かった選抜レースだ。

 『こいつには負けられない』という焦りに押された者は早くもペースを上げてシンザンを追い抜かす。

 ここで落ち着いて様子を見ることを選んだウマ娘はなかなか冷静だろう。最初こそ動揺を見せていたが、ウメノチカラもまたその中の1人だった。

 

 (脚を溜めておかなきゃならん)

 

 先行策のベストポジションはシンザンに奪われた。

 距離が伸びる外を回るにも、バ群をくぐって内に潜るにも────勝負所でより多くの体力を消費する。

 ならば少し後ろで全体が見えるポジションに付け、最良の仕掛け時とルート選択を見極めるが最良。

 幸い負けん気が強い者が早い段階でシンザンに仕掛けにいった。これで仕掛けた側もシンザンも互いに削り合うだろう。

 後は脚を消耗した彼女らを最終直線で抜けばいい。

 自分ならそれが出来る。

 その為にこの中の誰よりも努力してきた。

 たとえスタートで遅れを取ろうとも・・・・・・

 

 (・・・・・・怠けた奴に、負けはしない)

 

 第1・第2コーナーを回って向こう正面の直線、レースは淀み無く進んでいく。

 現在ウメノチカラは5番手でシンザンは4番手。

 勝ちに(はや)って飛ばし過ぎた者は辛そうな顔をして徐々に速度を落としつつある。

 そろそろ(しお)だ、とウメノチカラは判断した。

 こうなるともう彼女らにルートを変更するだけの力はない。そのまま沈んで終わりだろう。

 その予想通り、第3コーナーに差し掛かったあたりで先頭から3人が後ろに下がり始めた。

 そうなるとシンザンとウメノチカラの順位は自動的に繰り上がり・・・・・・そして、彼女らが走っていたスペースが空く。

 

 「ここだっ!!」

 

 第4コーナー手前、彼女は速度を上げた。

 沈んでいく者と入れ違うように空いた内側のスペースに潜り込み、最も走行距離の短い内ラチ沿いにコースを取る。

 前にいたシンザンを内側から抜き去り、ウメノチカラは一気に先頭に躍り出る。

 

 「おお、ウメノチカラが出たぞ!」

 

 「仕掛けるのが早い! 大丈夫か!?」

 

 (問題ない! ()()()ように鍛えてきた!)

 

 歓声に紛れて聞こえた懸念に心の中で叫び返す。

 コーナーは重心の制御が必要なため体力の消費が大きい・・・・・・そこで加速するとなれば尚更だ。

 しかし、レースの序盤で焦らずに残した脚がここで活きていた。

 消耗の具合は想定内。

 ここからは選抜レースと同じコースで、何度も走った練習通りのペースでいける。

 

 つまり。ここからスパートが掛けれる。

 

 「絶対に──────勝つ!!」

 

 最終直線、ウメノチカラが一気に加速する。

 体力が削れた者はもちろん後方で四苦八苦していた者は追いかける事すら出来ず、そうでない者も追い付かない。

 単純に努力の差。あるいは才能の違い。

 重ねたものと立つ場所の差は、そのまま彼女と後続との差になった。

 

 「「「むっ、無理ぃぃいいい〜!!」」」

 

 後ろを走る者たちから弱音が漏れる。

 彼女らが追い縋ることを諦める程にウメノチカラの走りは強かった。

 ─────いける。

 そう確信したウメノチカラはさらに強く踏み込んでいく。

 ここで大きく差をつけて1着になれば、それだけ実力のあるトレーナーの目に留まる。

 そうなれば自分はより高い所へ行ける。

 デビュー前から受けてきた期待を肩透かしなどで終わらせる気は毛頭ない。

 まずはこの一戦、必ず勝利を─────

 

 「ッッッ!!??」

 

 振り向いた。

 振り落としたと思っていたはずの足音が1つ、すぐ後ろから聞こえる。

 その鹿毛のウマ娘は後ろに下がる事もなくウメノチカラのすぐ後ろを追随している。

 何故? ウメノチカラの頭に疑問符が浮かぶ。

 食らいついてくる奴はいるにせよ、どうしてお前が食らいついてくる?

 

 なあ、シンザン。

 どうしてお前がそこにいる?

 

 「見ろ、1人競りかけてきてるぞ! スタートがめちゃくちゃ巧かった娘だ!」

 

 「けどウメノチカラもまた加速した、先頭は譲らない!!」

 

 間もなく残り600メートル、レースは2人の一騎打ちの様相を呈していた。

 逃げるウメノチカラと追うシンザン。鎬を削る彼女らに沸き立つ周囲に反して、ウメノチカラの表情に余裕はない。

 スパートをかけた終盤でさらに加速できたのは脚を残す彼女の作戦が上手く機能したからで、他の相手ならこのダメ押しで押し切れただろう。

 

 しかしシンザンは離れない。

 ウメノチカラのすぐ後ろを、付かず離れず一定の距離を保って追いかけてくる。

 

 「く・・・・・・ッッ!?」

 

 加速してもまだ離れない、それはつまり向こうも加速を残していたということ。

 こうなると小細工なし、ゴール板を越えるまでトップスピードを維持できるかという勝負になる。

 レースの中でも最も辛い、ウマ娘自身のメンタル・・・・・・勝負根性が問われる時間。

 歯を食い縛ったウメノチカラが、必死の形相で芝を蹴る。

 残り400メートル。

 後ろのシンザンはまだ並んでこない。

 いま彼女がどこにいるか確かめる余裕はない。

 呼吸が動きに追いつかなくなってきた。

 

 残り200メートル。

 呼吸ができない。身体が重い。

 エネルギーは底を突き、精神が肉体を駆っている。

 

 残り100メートル。

 苦しい! 苦しい!

 アイツはどこだ!!

 早く、早く早く早く!!

 アイツに追い抜かされる前に!!

 私にゴール板を越えさせてくれ!!!

 

 「あああああぁぁぁぁああぁああッッ!!!」

 

 叫び、そして走り抜ける。

 どちらが先頭かはもう考えていられなかった。

 ゴール板を越えた瞬間に限界を迎え、息も絶え絶えに速度を落とすウメノチカラ。

 力尽きて転ばないようにするので精一杯。出し尽くして空っぽになった彼女の中に、スピーカーから響いたその声は何よりも強く響き渡った。

 

 『ゴーーールイン! ウメノチカラ1着! ウメノチカラ1着であります!!

 およそ1バ身離れて、2着はシンザン!!』

 

 わああああああああっっ!!と歓声が上がる。

 ─────勝った。自分が勝ったのだ。

 快哉を上げたいが呼吸が保たない。拳を掲げたいが腕すら上がらない。まったく警戒していなかった相手に精魂尽き果てるまで走らされてしまった。

 熱の灯らない昼行灯(ひるあんどん)とばかり思っていた者がよもやここまでの力を秘めていようとは・・・・・・。

 喜びの表現すらままならない彼女の元に、感極まった顔をしたトレーナーたちが休ませる間もなく押し寄せる。

 

 「流石だウメノチカラ! その素晴らしい才能をぜひ僕に磨かせてほしい!!」

 

 「実はあなたに最適のトレーニングメニューをもう考えてあるの! これを見れば私が相応しいと分かるはずよ!」

 

 「いいや、俺の所に来い! あの勝負根性は間違いなく俺と気が合うぜ!?」

 

 「ぜぇ、ヒュぅ、ちょ、ちょっと、待、」

 

 勝利の後に思い描いた通りの構図だが、いかんせん物を考える余裕がなかった。

 頼むからまともに頭が回る時に話をさせて欲しい。いま何より自分が欲しいものは秋波(しゅうは)ではなく酸素だ。

 若干掛かり気味のトレーナーたちに囲まれつつ肩で息をするウメノチカラは、彼らの身体の隙間から最後まで自分に食らいついてきた鹿毛のウマ娘がどこかに走っていくのを見た。

 ・・・・・・奴については、評価を変えねばならないな。

 酸素が足りない頭でそんな事を考えたウメノチカラが無意識のうちに抱いた違和感の正体に気付くのは、もう少し後のことだ。

 

 

 

 「あの、ケヤキさん。チカラさん勝ちましたよね」

 

 「ええ、リセイちゃん。鬼気迫る走りでした」

 

 「その走りにシンザンは着いていったんですよね」

 

 「はい。全く予想外でした。追い抜かすことは叶いませんでしたが、彼女の走りも素晴らしかったです」

 

 「ですよね」

 

 その光景を見下ろしていたバリモスニセイは鋭い眼を丸く見開き、カネケヤキは背筋に冷たい汗を伝わせる。

 2人は静かに息を呑んでいた。

 それだけ彼女らが見たものは信じ難いものだった。

 実力と前評判、共に1番人気のウメノチカラが見せた死力の激走。抜かせないにせよそれに着いていったのなら同じくらい消耗してしかるべきなのだ。

 そうでなければ、おかしいのに。

 

 「・・・・・・なら、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 「素晴らしいスタートだった。勝利に必要だった最後の一押しを発揮できるだけの力、私なら君に与えられるだろう。どうかな?」

 

 そして1着のウメノチカラ程ではないにせよシンザンも注目を集めていた。

 大方の予想を裏切るスタートダッシュからウメノチカラの走りに着いていった走力。自分の全てを出し切った勝負で『もしも』は無粋ではあるが、『もしも』彼女のタイムがあと1秒速ければを考える者もいる。

 そもそもタイムを1秒縮めること自体にまず大変な努力を必要とするのだが、自分ならそれを実現させられるという自信を持つベテランが彼女に声をかける訳だ。

 いつぞや彼女がウメノチカラに言った『目処は立った』というセリフが実現した形になっているが、しかし彼女が言った()()はいま自分を囲んでいるトレーナーたちではない。

 シンザンは耳と顔で周囲をくるくると見回し、そして見付けた。

 ちょ、ちょっと、と呼び止めようとするトレーナーたちに目線すらくれずシンザンは一直線に『彼』の元へと向かい、呆れたような彼の前でにたりと笑ってみせる。

 

 「どうよトレーナーさん。あたしの走りは?」

 

 「不完全燃焼だよ。そこまで体力残ってるならもっと早くスパートするとか出来たんじゃないか?」

 

 「()()()()()()()()()()()()()()、わざわざ1着を獲る必要は無いだろ。体裁としてとりあえず悪くない結果も出したしね」

 

 「呆れたね。俺が君を選ぶと確信してるのか?」

 

 「何だ白々しい。あたしが自分から来ると分かってたからあんたは遠巻きに眺めてたんだろうよ」

 

 そう言ってニタニタと笑い合う。

 もうお互いがどんな(はら)をしているか理解している以上、()()はこれで充分だった。

 ポカンと口を開けてこちらを見ている者たちの視線の先で、2人はどちらからともなく手を差し出した。

 

 

 「()()()()()()()()、トレーナーさん」

 

 「ああ。()()を後悔はさせないさ」

 

 

 人間とウマ娘。似て非なる種族。

 彼らが1つになる時は慕情で心を重ねた時か────あるいは、同じ野望を抱いた時か。

 どちらにせよ2人が同じ方向を向いているのは確かな事だ。

 『近道』と呼ばれたトレーナーと、シンザンという(いま)だ未知数のウマ娘。

 

 2人の3年間が、始まる。

 

 

 

 

 

 

     ◆

 

 

 「そういえば、少し気になってたんだけど」

 

 「んん?」

 

 その日の内に担当契約を結び、トレーナー室でこれからのトレーニング方針についてミーティングをしていた時、トレーナーはふと思い出したようにシンザンに問うた。

 

 「選抜レースの後でさ、『わざわざ目立つ事はない』とか言ってただろ?

 それが()()()()()()()()()()みたいに聞こえてね。

 ウメノチカラとは同室らしいけど、彼女も素晴らしい才能に努力を重ねてる娘だ。大抵のウマ娘には負けないと思う。

 そんな彼女にそこまで勝つ自信があったのか?」

 

 「うーん、自信っていうかね。何でだろうね」

 

 自信は強さに繋がるが、行き過ぎた自信は傲慢に変わる。それはともすれば向上心を停滞させ、己を殺す毒になり得るだろう。

 トレーナーがそう尋ねたのは、彼女が自滅に陥らないために戒める意図があってのものだったのだが。

 

 「そりゃウメノチカラだって強いし。そういう肩肘張ってるようなのじゃなくて、自然にそう思ってるっていうかさ。根拠なんて無いもんだから、あんまり良くない事かもしれないとは思ってるんだけどね」

 

 ────トレーナーのその忠告は、どれほど過去に与えられれば彼女に影響を与えただろう。

 自分が1番だ、という自信。

 誰も自分に勝てはしない、という傲慢。

 彼女が抱いていたのはそういう所を通り過ぎた、『そういうもの』であるという『認識』だった。

 

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 てへへ、と恥ずかしそうにはにかんで頭を掻くシンザンに、トレーナーは初めて彼女に会った時と同じものを感じた。

 新人の(いき)がりと一笑に付すのは簡単だ。

 だが全力を出さないまま名実併せ持つ1番人気を気力の底まで追い詰めた事実が、彼女の言葉に不気味な説得力を持たせている。

 ・・・・・・彼女の『これ』は劇薬だ。

 己を錆びつかせる猛毒にも、己を強く育てる妙薬にもなる。

 それがどちらに変わるかは自分にかかっている。

 

 ─────腕が鳴るじゃないか。

 

 一瞬呑まれそうになった自分に喝を入れ、トレーナーは腹の内に対抗心にも似た炎を燃やしていた。


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