少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第32話

 「んん? 何だい、ナタの末脚って」

 

 「あなたの事を言っているみたいですね」

 

 実況が叫んだ内容に軽く走ってウォーミングアップしていたシンザンが足を止める。

 首を傾げた彼女の疑問に答えたのは、同じく出走権を獲得していたバリモスニセイだった。

 

 「それだけ皐月賞での勝ち方が強く見えたんでしょう。かつて異名が付いたウマ娘は何人かいたようですが、末脚そのものに名前を付けられたのは・・・・・・」

 

 「『カミソリ』以来かい」

 

 粋な名前付けてくれるじゃないかと満足そうにしているシンザンを横目に、ウメノチカラは入念にウォームアップを行う。

 筋肉は温まっているか? 関節の動きに違和感は?

 緊張で固くなっていないか?

 今の自分は、力の全てを出し切れるか?

 軽く走って身体を温める中で脳内のチェックリストに印を付けていき、その全てにウメノチカラは最高のクオリティを確信する。

 トレーナーは確かに最高の状態に仕上げてくれた。

 これならば万に一つも仕損じる事はない。

 

 『さあ各ウマ娘続々とゲートに収まっていきます。最も「運の良い」ウマ娘が勝つと言われるこのレース、果たして勝利は誰の手に舞い降りるのか!』

 

 とうとうその時が来た。

 ウマ娘達が気合の入った面持ちで銀色の箱に収まっていく中、シンザンは観客席を見上げる。

 記録的な数字で押し寄せた人々。そこから放たれる歓声。期待、熱気。それらのエネルギー。今にもこちら側に雪崩れかかってくるのではないかという物理的な気配すら感じる透明な圧。

 皐月賞すら上回る熱狂。

 これがダービー。

 シンザンは目を瞑り、会場に満ちる熱で体内を満たすように深呼吸をして大きく髪を掻き上げた。

 

 「ふぅ──────・・・・・・」

 

 レース前のパドックで毎度のんびりしているシンザンの呑気さについて記者から質問を受けた彼女のトレーナーはこう語る。

 『シンザンは()()()()や興奮といった感情を知らない。しかしシンザンには明確なスイッチがある』

 『どこで気合を入れればいいか、どこで力を入れればいいか。勝負するべき所を本能で理解している』

 『彼女が戦う顔になるのは本バ場に出た時でなく、ゲートに入るその時です』

 

 

 「──────・・・・・・良し」

 

 

 ぞわっっっ!!!と。

 開かれた瞳が爛々とした光を放ち、五体に殺気と思い違うような気迫が漲る。

 まるで突風が吹いたようだった。

 呑気そうな外面を内側から吹き飛ばすようなプレッシャーに周囲のウマ娘が怯む。ゲートに収まったシンザンの両隣の枠番のウマ娘が、彼女の隣に入るのを躊躇うように立ち竦んだ。

 離れていても肌を刺してくる威圧感にウメノチカラは皐月賞の日を思い出した。

 勝負服を纏ったシンザンが途方もなく(おお)きく見えたあの時。その時よりも彼女はさらに大きくなった。

 だけど自分はもう萎縮していない。

 それだけ自分も強くなった。

 

 (後は・・・・・・あいつらのお陰かな)

 

 適度に心を(ほぐ)せたのは彼女らの力だ。「勝てぇぇえええ」と念を送ってきていた後輩たちを思い浮かべて、ウメノチカラはくすりと笑った。

 そして。

 

 

 『27人立てのフルゲート、各ウマ娘体勢整いまして──────スタートです!!』

 

 

 歓声が上がった。

 高めたコンセントレーションを解放。ゲートから撃発されたウマ娘達が一斉に走り出し、スタートに秀でるシンザンが普段通りに一歩先を行く。

 だからそれを1番に味わったのはシンザンだった。

 今まで出走してきたレースの中でもとびきり強烈な、津波に追われているかのような背後からの圧。

 ・・・・・・レースには正念場というものがある。

 例年通りの皐月賞ならば急坂と小回りなコーナーでテクニカルな立ち回りを要求されただろう。

 何よりタフさが要求される菊花賞や天皇賞ならウマ娘の勝負根性が問われる。

 それぞれのコースや距離によってレースの難所は変わるものだが、()()()()()()()()()()()()()()()

 『運の良いウマ娘が勝つ』と言われる最大の所以。

 雪崩れるように走り出したウマ娘達に、彼女らのトレーナーは拳を握ってただ祈る。

 

 「頼む。少しでもいい位置に着いてくれ・・・・・・!」

 

 土石流が起きたかと思った。

 走り出した27人が我先にとポジションを奪い合い熾烈な火花を散らす。

 背後から覆い被さってくるような猛烈な足音の塊に蹴立てられるようにシンザンの脚の回転も早くなる。

 いきり立つ敵にも無関心じみた平常心を崩さない彼女も、何としてもと鬼気迫る彼女らの執念の波には冷や汗を流した。

 

 (話にゃ聞いたけどこいつは凄いね。これがダービーのポジション争いかい!)

 

 ────超大人数で行われるこのレースの特性上、大外枠からのスタートや道中で後方に位置してしまったウマ娘には勝つチャンスが殆ど無い。

 故に「ダービーを勝つには10番手以内に付けなければいけない」と言われるようになり、こうした位置取りを『ダービーポジション』と呼ぶ。

 だから運が要求されるのだ。

 良い枠番を引き当て良い展開を呼び込み、かつ他者のそれを上回るだけの『強運』が!

 

 『おっと1人飛び出して参りました! ダイトウリョウ、ダイトウリョウであります! 思い切った走りでシンザンを交わしダイトウリョウが先頭に立った!』

 

 「うおっしゃーーーーーーーー!!!」

 

 叫んだのは26番人気のダイトウリョウ。

 気炎を上げて飛び出した彼女がシンザンを交わし、スタンド前でハナを切っていく。

 最初から飛ばして先頭に立てばポジション争いも何もない。勢いで突っ走っているだけに見えても、運という要素を排除する立派な作戦だ。

 シンザンは追わずに2番手につけていつも通りの先行策、その後ろにウメノチカラ。

 おおよそこの辺りで各ウマ娘のポジションが決まり始め、第1コーナーにかかってくるともう変更はきかない。カーブを曲がっている最中、まして20何人という規格外のバ群の中で速度の変更や左右移動など不可能だからだ。

 

 (・・・・・・なに、これ)

 

 ポジションが取れずバ群の中に潜ってしまったウマ娘達は、まだ千メートルも進んでいない段階で絶望を味わう事になる。

 四方を何重にも囲む出走者たち。

 横にも動けず抜け出す隙間もなく、ただ周りのペースに合わせて進むしかできない閉塞感。

 レースなのか? これが?

 足並みばかりを揃えたこの行進が日本ダービー!?

 

 (こんなの、鳥籠と変わらない・・・・・・!!)

 

 『さあ第2コーナーに差し掛かりまして先頭で後続を引っ張るのはダイトウリョウ! ガルカオンワードとホマレライサンが前に出て参りました! シンザン落ち着いてポジションを保っておりますが他のウマ娘の位置取りはどうか!?』

 

 逃げるダイトウリョウがペースを作り、その後ろにいるウマ娘達が冷静に流れを見極める。第2コーナーを回り正面に入ってからも単独で逃げる彼女がペースメーカーを務めるかと思われたが、そこに進出していくウマ娘たちがいた。

 実況に名前を挙げられたガルカオンワードとホマレライサン、そしてマルトキオーの3人だ。

 

 (そろそろ好きに走らせたくはないよね!)

 

 (潰して塞ぐ。このペースで逃げるならダイトウリョウは勝手に潰れてくれそうだけど)

 

 (本当に警戒すべきは・・・・・・!!)

 

 ちらりと後ろを見るマルトキオー達。

 彼女らが位置を上げてきたのは逃げるダイトウリョウに圧力をかけて体力を消耗させて潰す為だが────、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シンザンは今インコースの5番手。文句無しの好位置、『ダービーポジション』を走っている。

 勝利を狙う彼女らとしては頭抜けた実力者であるシンザンを好きに走らせる訳にはいかない。

 故に前に出て逃げウマ娘を追い立てつつ彼女の進路を塞いで今後のコース選択やスパートを邪魔しようというのだ。

 そしてその意図はシンザンにも伝わっていた。

 

 「やれやれ。大人気だね」

 

 力を示せば警戒は増える。

 しかしそれでいい。そうでなくてはつまらない。

 自分の威名を知らしめるにも、山場がなくては盛り上がりに欠ける。

 とはいえ彼女が『山場』と認識しているのは自分の前を塞ぐ3人ではない。

 自分の背後の内と外、ギラつく視線を突き刺してくるヤマニンスーパーとウメノチカラだった。

 

 

     ◆

 

 

 「流石に警戒されてるか。前の4人は問題なく交わせるけど、ウメノチカラとヤマニンスーパーのマークは怖いな」

 

 「直線でシンザンと競り合うなら今度は面白い事になるぞ。俺達の意地を甘く見るなよ?」

 

 同じように腕組みをしても表情は対照的。

 担当ウマ娘の勝利を信じているという根底は同じくしつつもトレーナーはレース展開に気を揉み、古賀はやれる事は全てやったという自負を全面に押し出している。

 

 「随分と気を揉んでるな。出来る事を全てやったなら後はドンと構えて信じりゃいいんだ。仕上げに自信がないからそう不安になるんじゃないか?」

 

 「彼女らはこれから先も走り続けるんだ、レースの展開と傾向の分析は次の結果に直結する。お前のそれは自信じゃなくて能天気と言うんじゃないか?」

 

 「お????」

 

 「んん???」

 

 「よく見なさい。あれが大人気(おとなげ)なさというものよ」

 

 「なるほどっスね」

 

 大体お互いに承知している事をネタに煽り合っているのだから始末が悪い。火花を散らし始めたトレーナーと古賀を桐生院が指差して佐竹が頷いた。

 担当ウマ娘のカネケヤキがティアラ路線で出走していない為この中で最も冷静な桐生院がレースの状況を俯瞰する。

 

 「人気のウマ娘は全員いい位置に付けたわね。今回ウメノチカラがシンザンの後ろに付いたのは、前回先に仕掛けて負けた反省かしら」

 

 「うむ。シンザンに勝つには最高のタイミングで最高速度をぶつけねばならんからな。ウメの末脚もよくキレるが、前回はシンザンの力と脚の使いどころを見誤った」

 

 「ヤマニンスーパーも同じ考えらしい。やっぱり実力のある人気所に戦略的なミスは望めないか・・・・・・。バリモスニセイはどうなんだ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「やっぱ気付いてたんスか・・・・・・。問題ありませんよ、ここまで作戦通りなんで。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 食えない人だと気に食わなさを隠そうともせず、しかし佐竹は堂々と言い放つ。

 自分の担当ウマ娘はシンザンやウメノチカラと張り合う世代の最前線を走る器であると彼はトレーナーからの揺さぶりを真っ向から跳ね除けた。

 バリモスニセイは現在中団前目の9番手。

 佐竹の自信を裏打ちするかのように、彼女の顔に焦りの類は見られなかった。

 

 (2,400という距離は・・・・・・私にとっては長い)

 

 最初から分かっていた事だ。

 トレーナーとの訓練の日々で明らかになった自分の弱点。それは─────()()()()

 日本ダービーは自分にとっての適正距離ではない。恐らくはここを得意距離とする者達と勝負が成立するのかどうかという際どいラインだ。

 だが、だからといって退くものか。

 この大舞台に立たない選択などあるものか。

 勝つ気で挑まない勝負などあるものか!

 だから今は脚を溜める。

 残りの距離と体力の折り合いがつき、かつ好位置の範囲に収まるこのギリギリの位置を保つ!

 

 (仕掛けるタイミングも位置取りも何一つ間違えられない。だけど掴み取ってみせる!!)

 

 『向こう正面第3コーナーの坂に差し掛かって中団のウマ娘達が一斉に襲いかからんとしております! 先頭ダイトウリョウからサンダイアルに変わって集団を引っ張る、サンダイアルが仕掛けた仕掛けた!

 早くも坂を登って快調に飛ばしております!!』

 

 「お先に失礼っ!!」

 

 「うああーーーっ・・・・・・無理ぃ〜〜〜っ・・・・・・」

 

 序盤に掛けられた圧力もあってか登り坂で脚が尽きたダイトウリョウがずるずると後ろに下がっていく。

 入れ替わるように先頭に立ったのはサンダイヤル。

 それに引っ張られるようにして外から一団のバ群が好位置に付いていた人気の高いウマ娘達を包み隠すように覆い被さってきた。

 シンザンはじっと展開を見極めていた。

 先頭サンダイアルは第4コーナーに差し掛かっている。しかしあまり好位置ではないやや外側から攻めて来たからか体力にそう余裕はなさそうだ。

 中団のウマ娘達が外から仕掛けてきた。第4コーナーを過ぎて横に広がられると非常に邪魔になる。

 

 (で、トレーナーさんが絶対に突っ込むなって言ってたのが・・・・・・あそこだね)

 

 悪くなっている道を確認。

 そこを踏まずに走る理想的なルートを定め、他のウマ娘達の動きと照らし合わせてタイミングを測る。

 ちらりと後ろを見た。『山場』もそろそろ動く頃。

 そこから導き出される答えとは。

 ─────動くべきは、今。

 

 

 「良し。行くよ」

 

 シンザンが姿勢を落とす。

 外からペースを上げてきたウマ娘達が被さってくるより前にポジションを外側に持ち出して、一気に脚を解き放った。

 見る見るうちに位置を上げていくシンザン。

 まるで大地の代わりに自分が踏みつけられたような─────他のウマ娘が味わったプレッシャーは、ほとんど重力に等しい重さを誇っていた。

 

 『シンザンが仕掛けた! シンザンがここで仕掛けてまいりました!! 先頭目掛けてグングンと位置を上げていく!! さあサンダイアル粘れるか、ウマ娘達の最後の力走が始まらんとしております!!』

 

 (きた・・・・・・ッッ!!!)

 

 先頭で粘るサンダイアルと前の位置で同時にスパートしたオンワードセカンドとナスノカゼが戦慄する。

 背後から響く二十数人もの足音の中からでも彼女の足音は一際大きく響いてきた。

 尋常ならざる足腰。死神の足音と呼ぶには余りにも猛々しい轟音が迫ってくる。

 速度を上げていくシンザンは前を走る彼女達が既に脚を全力で使っているのを察知していた。

 どうやらここが限界らしい。

 じゃあ、もう、『勝ち』だ。

 自分はまだまだ脚が残っている。

 約束された栄光を前に、シンザンは早くも目尻と口角に余裕を見せた。

 

 「うん。こいつは貰ったねえ」

 

 

 

 

 

 「()()()()()()

 

 

 

 するり、と。

 シンザンが避けたインコースから、強い確信を秘めたウメノチカラの声が聞こえてきた。

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