少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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35話 : 天に嘶け 汝も菊にいざ酌まん

 

 『そうか。行くんだな。トレセン学園に』

 

 『はい。先生からも学力の方は問題無いと評価されました。走力についても見込みは充分との事です』

 

 『まあ、まあまあまあ!! 凄い、凄いわ! あのトレセン学園に入学できるだなんて! 早速腕のいい教官をお呼びしなくちゃ!』

 

 きゃあきゃあと少女のように喜ぶ母と静かに自分の言葉を繰り返す父。いつものように対照的な両親。はしゃぐ母に肩を叩かれまくっている父はしばし考え込むように目を伏せ、そして自分を見る。瞳を通して自分の奥底にあるものを見据えてくるような真っ直ぐな眼差しだった。

 

 『聞かせてほしい。トレセン学園に進むのは本当にお前のやりたい事なのか?』

 

 『ちょっとお父さん・・・・・・!?』

 

 ここに来て激励とは真逆の言葉が出るとは思わなかったのだろう。目を丸くして言い募ろうとする母を手で遮るように落ち着かせ、父は静かに口を開いた。

 

 『お前は昔から利発だった。大抵の事は周りに一歩先んじて出来るようになるし、その為の努力を進んでやる子だった。そんなお前に私達は、親戚達もずっと色めき立っていたな。末は学者かスターかと』

 

 『はい。私は─────』

 

 『その期待が知らない内にお前の道を奪っていたんじゃないかと、私はそう考えてしまうんだ』

 

 重たい声だった。

 今ここに至るまで父が抱えてきた苦悩や後悔が丸ごとのしかかってくるような感覚に、私は胸を殴られたように言葉を詰まらせた。

 

 『私達が喜べばお前は喜んだ。そんなお前に私達はあれもこれもと求めて、お前は全てに応えてくれた。・・・・・・そしてお前はこう言ったな。「次は何をすればいいですか?」と』

 

 『──────、』

 

 『本当にやりたい事があるのなら聞かせてくれないか。私達の望みではなく、お前の望む未来を私達は尊重したい。今更な話かもしれないが、親のエゴに付き合う道理なんて無いんだ』

 

 気付けば母も黙っていた。

 我が子が自分の希望を口にした時のことを思い出そうとしているのかもしれないが、しかしどうにも記憶に引っかからないようだ。思えば自分だって「これがやりたい」と最後に口にしたのがいつだったかが分からない。

 父の言葉に裏表は無く、私を試すような意図は全く無かっただろう。しかしその時の私は自分の覚悟を示さなければならないと思った。

 そこで表明した決意は今も変わっていない。

 

 『・・・・・・父さん。確かに私がトレセン学園への進学を決めたのは、将来はきっと大物になるという皆様の期待に応えるためです』 

 

 『それなら』

 

 『でも、レースの世界を選んだのは私の意思です』

 

 父は僅かに目を見開いて言葉を止めた。

 

 『歌手でも女優でも作家でも、一角(ひとかど)の人物になる道はいくつもあります。その中で私はレースを選んだ。あの世界で大物になろうと、なりたいと思った。

 これは父さんや母さんのエゴではなく─────、紛れもない私自身のエゴです!』

 

 ハッと口元を覆った母が震えながら感涙を目に溜める。思えば自分の自己肯定はこの人に育まれてきたなとふと考えた。

 さっきとは打って変わって静かになってしまった母の横で父はじっと自分を見つめていた。

 さっきと変わらず静かなまま、しかし口元は溢れそうな何かを堪えるように引き結ばれている。

 それから何十秒かの沈黙が流れた。反らした胸から力が抜け、反応がない事に不安を感じ始めた頃にようやく父が口を開いた。

 それは溢れた想いの一欠片。

 それだけで自分は、他の何よりも強く背中を押して貰えたのだ。

 

 『ウメ。立派になったな』

 

 

     ◆

 

 

 シンザンの凱旋は大いに盛り上がった。

 皐月賞に続いて日本ダービーの勝利、即ち二冠ウマ娘の誕生。着差以上の強さを遺憾無く見せつけた彼女の『世代の象徴』としての地位は確立されたと言っていい。

 そして校内の、世間の注目は彼女が宣言したクラシック三冠が達成できるかどうかに向いていた。

 4年前のコダマ、去年の彼女、そして今年のシンザンと立て続けに現れた二冠ウマ娘。今年こそ歴史的瞬間が見れるのではと早くも鼻息を荒げている者も多い。レースから暫く経っても校内でその話題が尽きなかったのを見れば期待の大きさも推し量れるだろう。

 そして彼女にはそれに応えねばならない。

 レースに勝つだけではない。声援に対して手を振り返すのは、皆に支えられて成り立つアイドル的な側面も持つ競走ウマ娘の果たすべき役割だ。

 つまりそれが何を意味するかと言うと・・・・・・

 

 「ん゛え゛ぇ゛・・・・・・・・・・・・」

 

 「ほら頑張れ頑張れ」

 

 シンザンの限界である。 

 

 

 

 トレーナーの仕事はウマ娘を鍛えるだけではない。

 報道陣や雑誌記者によるインタビューのスケジュール管理、メディアからの出演依頼の交渉、グッズ開発の打ち合わせ等その業務内容は多岐に渡り、そしてその量と密度は担当ウマ娘が活躍すればする程に激しさを増していく。場合によっては自分にまで注目がフォーカスされる事もあるため、そうなれば自分用の応対まで考えなければならない。

 まして二冠達成という偉業を成し遂げたウマ娘を担当している彼は輪をかけて多忙極まっているが、トレーナーとしては嬉しい悲鳴と言えるだろう。

 しかしシンザンが上げている悲鳴はシンプルに悲鳴である。

 

 「何だい? 何なんだい? 雑誌のインタビューが終わったら別の雑誌のインタビューが始まってグッズの打ち合わせが終わったと思えば番組出演の話が追加されて。それでその次はイベントの出演依頼ときた! 競走ウマ娘は走りが本懐じゃないのかい!? あたしはいつになったらこの輪廻から解脱できるんだい!?」

 

 「最初は凄い乗り気だったじゃないか。『どいつもこいつも欲しがりだねえ』って」

 

 「限度ってもんがあるねえ!!」

 

 トレーナー室のソファに突っ伏して叫ぶシンザンにトレーナーが雑な調子で口を挟む。

 疲労に対する気遣いの気配が薄いのは首を縦に振った仕事は完遂させるという厳しさもあるが、単純にトレーナーも疲労が溜まっているのである。似たような繁忙期はコダマを担当していた時に経験したが、喜ばしかろうが激務は激務だ。

 

 「今後お前が活躍するほどこういう引っ張りだこが増えてくる。休む訳にはいかないぞ。これは俺達の義務だからな」

 

 「いやいやいや休みは要るだろバカ野郎。大体なんだいこのスケジュールの過密さは? コダマさんもこんな感じだったのかい」

 

 「そうだな、まあこんな感じだったけど・・・・・・正直コダマの時より忙しい」

 

 「あたしがコダマさんより注目されてるから?」

 

 「あー・・・・・・」

 

 うつ伏せのまま首を回してトレーナーに顔を向けるシンザン。

 小さな期待に彼女の目の光が若干戻りつつあるためトレーナーは本当の事を言うべきかどうか少しだけ迷ったが、後で判明してしまった時が面倒なので結局本当の事を言う事にした。

 

 「・・・・・・理事長があっちこっちからメチャクチャ仕事引っ張ってきてるから」

 

 「期待して損したねえ!! あの女スプリングステークスから邪魔しかしないじゃないか!! 金の卵を産むガチョウを初手で殺そうとするとは何事だい!! 」

 

 引っ繰り返って喚き始めた。

 俺シンザンに理事長との賭けの話はしてないよな?と戸惑う裏側で、やはり彼女のストレスが看過できないレベルで溜まっていることを確信する。

 ───彼女は『仕事』をサボらない。

 怠惰に見える部分も多々あるがそれは性に合わない事をやっている時であり、必要な事はちゃんとやる。

 ただそれが状況と噛み合っていない。

 彼女の『やる』は『必要な事は手短に終わらせる』であり、『終わらせた(そば)から追加される』現状が決定的に相容れないのだ。

 シンザンは自分だけの時間を・・・・・・、例えば休み時間には芝生で転寝(うたたね)するように、外界から切り離された時間を好む事をトレーナーは理解していた。

 この遊んで満たされるのとは別種の欲求は独立独歩の気質故か、こればかりはスケジュールを握っている彼が時間を作って解消する他ない。

 

 「大丈夫だ。お前は死なない。何故なら今日は?」

 

 「完全オフ!」

 

 「取材や打ち合わせは?」

 

 「無し!」

 

 「トレーニングも?」

 

 「休み!!」

 

 「俺に『ありがとう』は?」

 

 「それはあんたの義務」

 

 「それはそうだ」

 

 まあウマ娘のコンディションに合わせた予定の組み立ては実際にトレーナーの仕事である。

 とりあえず今日が完全オフの日である事を再認識して気分が持ち直したシンザンは寝返りを打って仰向けになったままペシペシと机を叩く。

 

 「ハイそうと決まればお茶とお煎餅を用意しな。そこの戸棚に常備してるの知ってんだからね。あたしは今日何もしないからねえ」

 

 「冠を獲る度に太々しくなるなお前は。そのくらい自分でやりなさい、俺はこれから理事長室に行かなきゃならないんだから」

 

 「・・・・・・何で?」

 

 「分からない。相談というか意見を聞きたい事があるんだとか。何ならお前もだらけるなら自室の方がいいんじゃないか? 仕事中の人間が側にいたら落ち着かないだろ」

 

 「ここでいいよ。部屋戻ってもつまんないし」

 

 しょうがなしに身体を起こして自分で戸棚を漁り始めたシンザンがゲンナリしたようにぼやく。

 トレーナーが思わず部屋を出ようとする足を止めたのは彼女が煎餅ではなく来客用の茶菓子に手をつけようとしていたからではない。戻ってもつまらないと言った理由に一抹の不安を感じたからだ。

 

 「ウメの奴がこの所ずっと辛気臭い面しててねえ。別に空気悪いのは気になんないけど、延々続くとそろそろ面倒なんだよ」

 

 

 

 ウメノチカラがシンザンを特別ライバル視しているのは知っている。その相手に舞台の皐月賞と日本ダービーで連敗を喫しては精神的にも(こた)えるだろう。

 『トレーナー』としては気掛かりだがウメノチカラのメンタルケアは自分の領分ではない。古賀も彼女の不安に気付いているはずである。

 彼が不安に思ったのはシンザンの考え方だ。

 友人とはいえ敵同士。下手な慰めなど要らないだろうし、彼女らにしか分からない想いもあろう。

 しかし彼女は「面倒だ」と言った。

 他者の心の機微の一切を切り捨てた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』なのだとしたら、それは彼女の学園生活にも影響が出てくる。

 そしてそれはもうすぐにでも・・・・・・

 

 「気掛かりな事でもあるのかな?」

 

 「あ、いえ。シンザンが忙し過ぎる仕事量に憤慨していまして」

 

 「なら特に問題は無さそうだね」

 

 いい思い出が浮かんでこない理事長室。

 信頼なのかどうなのか、生徒のケアは担当トレーナーの仕事とバッサリ割り切る方針らしいトレセン学園理事長・秋川さつきが緩やかに扇で顔を煽ぐ。

 その斜め後ろには静かに秘書の日聖ミツヱが(はべ)っており、これが話し合いの場なら既に不公平だと感じるような無自覚の圧が二人から放たれていた。

 

 「シンザンがまたレースの世界に火を着けた。僕はそれを徹底的に燃え広がらせたいんだ。だからまだまだ働いてもらうよ。彼女を見誤った責任も取らねばならないしね」

 

 「取ってつけたようなフォローですね」

 

 「そんな事より本題に入ろうじゃないか。話というのはね、()()()()()宿()()()()()なんだ」

 

 雑談を打ち切るように秋川さつきが扇を閉じる。

 

 「ここ最近のシンザンや他の生徒達の活躍と僕の東奔西走でスポンサーが増えてね。ミツヱと話し合って、夏合宿の規模を一気に拡大する事にしたんだ。

 候補としては海辺の宿泊施設を丸ごと貸し切ってしまうか、あるいは北海道まで足を伸ばすかの2つなんだけど、キミならどちらを選ぶかな?」

 

 随分と豪快な二択だった。

 捨てるにせよ掴むにせよその判断の果断さには舌を巻くばかりだが、何故わざわざ呼び出してまで・・・・・・と考えた辺りでトレーナーは気を引き締めた。

 大切な用事だから呼び出されたのだ。

 下手をすれば自分の答えが生徒の進路に直結する。

 海と北海道。真逆の環境。

 渡された候補地の資料に目を通ししばし顎に指で触れて黙考した後、顔を上げたトレーナーは確信を得た語気で答えた。

 

 「海にするべきかと」

 

 『よく言った!!!!』

 

 非常に聞き覚えのある声の、選挙演説を聞いたシンパみたいな叫びがドアの向こうから聞こえてきた。

 立ち上がってドアを開けてみたが誰もいない。

 とうに逃げ去った後らしい。

 

 「・・・・・・お茶と煎餅を与えておいた(はず)なんですが」

 

 「彼女は何か僕を警戒しているのかな・・・・・・? まあいい、理由を聞こうかな」

 

 「まず環境が良い。砂浜は脚への負担が少なく、波のある水で泳げば心肺機能や全身をバランス良く鍛えられる。さらに周辺には整備された山道もあるためハードメニューも容易に組めます。それに海辺という季節らしい環境は生徒達のいい刺激になる。オフの日は遊べばストレスの発散もしやすいでしょう。

 もちろん北海道も悪くありません。広い大地で走る開放感はウマ娘の精神にも良く、涼しい気候で避暑にもなりますが・・・・・・」

 

 「が?」

 

 「帰ってきた時の寒暖差による体調への悪影響が懸念点として残りますので。全体的に強度を高めたトレーニングを効果的に行うには、やはり海で夏合宿を行うのがいいと考えます」

 

 「成る程、よく分かったよ。どうかな? 彼も海を選んだだろう」

 

 秋川さつきがどこか得意げに日聖ミツヱに言う。

 言っている意味がよく分からず首を傾げるトレーナーに、日聖ミツヱが補足するように事のあらましを説明した。

 

 「合宿地の候補として北海道を挙げたのは私で、海を挙げたのは理事長です。そして私達の知識だけでは判断材料として心許ないため現場の意見を参照する事になりました。

 そうして貴方を含めた複数のトレーナーを呼び出し、根拠と合わせて選択させた次第です」

 

 「結果、8割程度のトレーナーが海を選んだという事さ。北海道を選んだトレーナーはやはり気候を判断材料にしていたね。無論どちらが間違いだという話ではないが、ここまで答えが偏る事実を踏まえれば夏合宿は海で決まりかな」

 

 「そういう事でしたか。・・・・・・ちなみに桐生院さんはどちらを?」

 

 「彼女も海だね。それがどうかしたかい?」

 

 いえ特には、と短く否定するトレーナー。

 彼女がそちらを選んだ事に何か思う事があるのを察した秋川さつきだが、そこには触れないことにした。

 その代わり彼に踏み込んだ。

 何やら思案顔のトレーナーに彼女は揶揄うように小さく笑いかける。

 

 「実を言うとね。私達はキミは北海道を選ぶと思っていたんだ」

 

 「自分が北海道をですか?」

 

 「ああ。コダマの屈腱炎からキミは慎重に偏っていたきらいがあったから、ウマ娘のコンディション優先で気温の高い海は避けるんじゃないかとね。だからキミが海を選んだ時は少しだけ驚いた。まして目的をトレーニング強度の上昇に据えていたからさ」

 

 「──────、」

 

 「どうやらキミにも変化が現れているみたいだ。シンザンというウマ娘を通して、ね」

 

 在るがままで評価を変えた。

 在るがままで環境を変えた。

 そして今、人の価値観を変えつつある。

 どこまでも『自分』な彼女の特異性が、少しずつ明らかにされていくようにトレーナーは感じていた。

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