少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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 『うん、そうだね。楽しかった。やっぱ大舞台で上げる勝ち名乗りが一番爽快だね。こうさ、みんな気合入ってる風だったから気持ちよかったよ。それ全部抜いていくのが』

 『え? うーん、誰かって言うならウメかな。アレは最後伸びてったからねえ。これ抜いて勝つのカッコいいなって思ったよ。トレーナーさんもウメを一番警戒してたし、じゃあやっぱウメが一番強かったんじゃない?』

 『あーそうそうそれよく言われるんだけどね、オープン使って調整すんのはトレーナーさんの方針だからね。ていうかそもそも本番前に一回叩くって皆やってる事じゃないかい。なんでここまで怒られるのさ』

 『ファンや評論家の立場としては腹が立ちます? 誰が言ってんだいそれ』

 『小山(こやま)?評論家の? へえ、聞いた事ないね。まあどうでもいいさ。今の方針を変える気は・・・・・・口を閉じろとは何だいトレーナーさん、あんたが一言で終わらすなって言うから長々話してるんだよこっちは』

 ─────月刊綺羅星(きらぼし)
 シンザン特集記事のインタビューより


第37話

 

 「よしじゃあ取材班と撮影班は準備進めて! 明後日には現地入りするよ!」

 

 「向こうのスケジュール押さえとけ!トレーニング合間のオフショットは鉄板だぞ!」

 

 「Tスポとダブルブッキングしただぁ!? 大手に負けんな!! ブン殴ってでもこっち優先にしてもらえ!!」

 

 (にわ)かに騒がしさを増していく月刊綺羅星(きらぼし)の編集部。殺気立った怒号すら飛び始めるような緊張感が社内に満ちていく中で、沢樫静夫は壁に(もた)れつつ静かに煙草の煙を(くゆ)らせていた。

 手元に開かれた手帳のページは大量の書き込みで真っ暗に染められており、かつその文字は凄まじい乱筆で判読不能ときている。恐らくは書いた沢樫本人にしか分からないだろうそれと睨めっこしている彼のデスクに若い男が近付いてきた。

 

 「難しい顔でなに考えてるんすか?」

 

 「取材するトレーナーやウマ娘達への質問内容の兼ね合いをな。俺のやり方だとそういうのを考えなきゃならんのよ」

 

 「あー、センパイって結構トレーナーと揉めますもんね。課題はバシバシ指摘するわ下手なトレーニング内容にはケチ付けるわで・・・・・・、褒めるとこは褒めるとこで誇張しまくるし」

 

 「それもだがそうじゃなくて、掘り下げて取材すると載せる情報にも気を遣うのよ。前に有望株のウマ娘の俺から見た強みと弱点を載せたらそのトレーナーに怒鳴り込まれた事があってな・・・・・・」

 

 「そりゃ情報漏洩もいいとこですしねえ・・・・・・、ライバル達にはありがたい話だったでしょうけども」

 

 まだ未熟だった頃のミスだと沢樫は言うが、ウマ娘のレースに限らずスポーツ誌には取材した注目選手の傾向やそれこそ弱点が掲載されるのは当然の事で、筋違いなのはそのトレーナーの方だ。にも関わらず怒鳴り込むに至ったという事は彼の考察が他のライバルに見られたら致命的なまでに的を得ていたからで、その事件はそのまま沢樫の知識の深さを示している。

 彼がしばしばトレーナー達と揉め事を起こしながらも会社の第一線に立っているのは、その専門性の高い記事に根強い支持層が付いているためだ。

 

 「せっかく今回から取材に着いて来れるようになったんだから、お前はついでにそういう立ち回りも覚えときなさいよ。活躍しそうなペアを見つけても向こうに嫌われたらどうにも出来ないんだから」

 

 「そりゃ頑張りますよ! 新入りの下っ端卒業のチャンスなんすから。自分達はやっぱりあのトレーナーに突撃ですか?」

 

 「勿論。クラシック三冠に王手を掛けたコンビに密着しないなんて有り得ない。お相手さんとの信頼の積み重ねがこういう場面で活きるんだよ。誰もがこぞって話を聞きたがる人に最優先で密着できるんだから」

 

 そう講釈した沢樫だが若者の返答がない。見てみれば彼は何か納得していなさそうな、どこか釈然としていないような顔をしている。

 何かを言おうかどうか考えているらしいのを察した沢樫が黙ってその様子を見ていると、それを促されていると理解した若者が思い切ったように口を開いた。

 

 「あの。密着するのシンザン以外にしませんか」

 

 「そりゃまたどうして?」

 

 「他にも注目するべきウマ娘がいると思うんすよ」

 

 そう言って彼は自分の考えを主張する。

 

 「何ていうかシンザンって強いですけど、言ってみれば強い()()じゃないすか。

 レースに対するモチベーションも薄いし強い目的意識も無いし、正直彼女を追っても良い記事になるとは思えない。ファンの間でもそこが物足りないって空気があるみたいだし、それこそウメノチカラとかカネケヤキとかを取材した方が面白くなりますよ。

 どうせ彼女は他所もこぞって取材するだろうし、それならウチは物語性から独自性を────」

 

 「成る程、言いたい事は分かる。お前さんはレースのドラマに魅せられて入社したクチだったな」

 

 得心したように手を打った沢樫だがその目に感心や納得といった色は無い。手の中で弄ぶようにペンを回しながら、彼は生徒の質問に答える教師のような声で若者に問いかける。

 

 「じゃあ聞こうか。数十年前のウマ娘『セントライト』が今まで語り継がれてる理由は何だ?」

 

 「? そりゃ日本初の三冠ウマ娘だからっすよ。戦時の暗い空気に息詰まる人たちを勇気づけた大偉業! 『彼女の走った後には聖なる光が差す』と言われたその走り、叶うならこの目で見てみたかった・・・・・・!」

 

 「そうだな。『クリフジ』は?」

 

 「セントライトから僅か二年後に現れた第二のレジェンド! オークスからダービー、菊花賞を制した変則三冠にして全戦全勝! ほぼ全てのレースを大差で引き千切ったその脚は・・・・・・、歴史に残り続ける強さで・・・・・・、」

 

 「最近のもいこうか。コダマは」

 

 「・・・・・・無敗の二冠ウマ娘・・・・・・、その末脚は剃刀の切れ味と呼ばれ、『幻のウマ娘』の再来と・・・・・・」

 

 途中から若者の言葉の歯切れが一気に悪くなった。

 これが正しいと信じた主張が初手から矛盾している事に気付いたからだ。

 自分の言わんとする事を若者が察したのを認めた沢樫が木槌(ガベル)を鳴らすように手帳をペンで叩く。

 

 「お前さんが求める物語(ドラマ)はな。強ければこそ生まれるものなんだ」

 

 ハッキリと、切り捨てるように沢樫は言った。

 

 「モチベーションの高いウマ娘はざらにいる。目的意識の強いウマ娘もごまんといる。その中から『強いウマ娘』だけが名前を刻む。

 お前さんはウメノチカラとカネケヤキの物語性を推してるみたいだが、彼女らが結果を出していなかったらお前さんはその二人に注目したか?」

 

 「ぐっ、」

 

 「シンザンの周囲に対する『無関心さ』は確かにレースそのもののファンに受けが悪かったが、しかし彼女自身のファンにはその『超然的な孤高さ』が覿面に効いてるのよ。そして二冠達成という偉業を前に悪印象を抱いていた層も(なび)きつつある。

 上昇志向が薄くとも強ければその在り方は物語として時代に名を連ねるんだ。いま最も注目すべきは間違いなくシンザンだろう。

 そのついでにお前さんに大切な事を教えとこうか」

 

 沢樫が何も言えなくなった若者の肩に手を置く。

 しかし肩を掴む力は強く、発せられる声は低い。

 それは忠告ではなく警告。この業界に居る者として決してズレてはならない芯を覚え込む、新米にとって大切な始めの一歩だからだ。

 

 「賞賛にせよ批判にせよ客観的な事実のみに基づけ。書きたいものに引き摺られて本質を見失うのは記者の重大疾病だ。そこを蔑ろにして書き上がるものは感想文以下の落書きだぞ」

 

 分かりました、と若者は言うがどこか不承不承(ふしょうぶしょう)といった様子で、正しいのは分かるがどこか納得し切れていないらしいのが見て取れた。

 素直な性格だ。それでいいと沢樫は思う。

 未熟は若者の特権、反骨は若者の華。今の言葉が胸に残ったなら、悩みや過ちを通してこれから腑に落とせばいい。

 ───『本物』を前に彼はどんな顔をするだろう。

 少しだけ肩を落とす若者を眺めながら、沢樫は自分が新米だった頃を思い出していた。

 

 

     ◆

 

 

 青い空。青い海。空と砂浜から包み込む熱気。

 大人達と少女達の声と混ざり合った潮騒は、東京の府中にいる時と比べてより一層鮮烈に夏の躍動を心に伝播させてくる。

 バスから降りて合宿所に到着、トレーニングは荷物の整理を済ませての午後から始まった。

 学校指定の水着を纏い砂浜でストレッチをするウマ娘達。修学旅行の自由時間のような絵図だが彼女らの表情は真剣そのもので、その側に控えるトレーナー達も表情を引き締めた。

 当然だろう、この合宿の後に大舞台が待っている。

 《菊花賞》。

 『最も()()ウマ娘が勝つ』と言われるレース。

 皐月賞と日本ダービーに続くクラシックの最後の冠を必ずや手に入れんと、あるいは出走は叶わずともここで力を着け次の第一線に戦うために全員が闘志を燃やしている。

 学園にいた時より更に厳しく強度を増す二ヶ月間の始まりの日に、一組だけ異質なペアがいた。

 頭を下げるウマ娘と厳しい顔の男。

 ────シンザンとそのトレーナーだった。

 

 

 「蹄鉄を忘れた?」

 

 のしかかるようにトレーナーは復唱する。

 トレーニングの内容と使う道具は早い内に共有した方がいいだろうというシンザンの提案に彼は同意し、合宿の準備は共同で行った。

 事あるごとにメニューの緩和を提案してくるだろうというトレーナーの予想に反してシンザンは素直(当社比)に彼の組んだメニューを受け入れたのでトントン拍子でスケジュールの詰めは進み、その流れで量が嵩んでしまった器具の一部の持ち込みをシンザンに任せたのだ。

 そして、『漏れ』が起こった。

 彼女に任せた最重量のシンザン鉄を忘れたのだ。

 

 「うん、本当にうっかりしてた。あれやこれやと手に持って、気付いた時にはバスの中・・・・・・なんて言い訳にもなんないね。完全にあたしのポカだ。あんたの組んだメニューをいきなり狂わせちまった」

 

 申し訳ない、と彼女は深く頭を下げた。

 

 「だけどその分の埋め合わせはする。アレが無くても充分な仕上げにしてみせる。だからトレーナーさん、無茶を言ってるのは承知だけど今からでもメニューを組み直して─────」

 

 「大丈夫だ。シンザン」

 

 ぽん、と彼がシンザンの肩に手を置いた。

 顔を上げた彼女の目に優しく笑う彼が映る。

 優しさだろうか。いいや違う。

 これは余裕と言うものだ。

 

 「こんな事もあろうかと・・・・・・俺の方で持って来てるからな・・・・・・・・・・・・!!

 

 「んえぇええぇぇええええ!!!」

 

 ウマ娘のサル知恵は通じなかった。

 策を潰されたシンザンが深く重く崩れ落ちる。

 クラシック三冠に向けた大切な強化期間、彼女達のその一日目はひどくダメそうな感じで幕を開けた。

 

 

 

 走る。走る。走る。

 蹴立てるのは芝や土ではなく砂浜だ。

 いまウマ娘達が行っているのは3ハロンダッシュ。走り切った者は列の最後尾に並び直して順番が来たら再び走る、複数人での併走形式だ。

 力が分散して走りにくい砂上で行うことにより大きく強度が増したこのトレーニングは何よりタフさが要求される長距離レースの終盤、その勝負所で必要とされる体力と勝負根性、そして二の脚を鍛えることを狙いとしている。

 無論、キツい。繰り返す内に夏の日差しに炙られて体力を削られ、次第に顎と上体が上がり走る姿勢を保てなくなっていく者が現れ始める。

 シンザンもそうなりつつある一人だった。

 

 「どうしたシンザン! 遅れてるぞ!」

 

 歯を食い縛って脚を回すも他の者の背中はどんどん遠ざかっていく。シンザンが併走で周囲に(おく)れを取るのはいつもの事だが、しかし今の彼女は本気で走っている。

 そうでなければ走りの体裁も保てないのだ。

 だがそれでも彼女は最後尾のまま─────

 

 「ゴール! 一着ミスホクオー、二着ダイイチヒカリ! 三着────」

 

 走り終わった彼女らが肩で息をしながら最後尾に戻る。間髪入れずに下されたスタートの号令を聞きながら戻って来た担当ウマ娘に、トレーナーは彼女の疲労を承知の上で厳しく改善点を指摘する。

 

 「フォームが崩れてる。あの形じゃ満足に力が伝わらない。もっと脇を締めて腕を振れ、脚も高く上げて真下に接地するように。上半身の傾きは」

 

 「できるかあっっっ!!!」

 

 聞いた事がないほどドスの効いた低音の叫び。

 サイドスローでシンザンにブン投げられたトレーナーが、水切り石のように海面を滑って水柱を上げた。

 

 「ゲェッホ、げほっ、何するんだお前!! メチャクチャ海水飲んだだろうが!!」

 

 「本気で言ってんのかいこのおたんこにんじん!フォームなんて気にしてる余裕ある訳ないねえ!! だってあたしだけ 輓曳(ばんえい)やってるからねえ!!!」

 

 濡れ鼠になって海から帰還したトレーナーにシンザンが手足の重りを鳴らしながら猛抗議する。

 言うまでもないだろう。シンザン鉄である。

 平地であってもしんどい代物を砂浜で装着させるというとんでもないスパルタだが、ここまで削られてなお怒鳴る力があるのは恐るべきタフさだと言える。並のウマ娘ならとっくのとうに立ち上がれなくなっている負荷なのだ。

 

 「『必要な事』だ。生半可な負荷じゃお前の才能は腐る。同じトレーニングでもお前はより多くを背負わなくちゃならない」

 

 「重量オーバーだっつってんだろ!! あたしが策を練ってまでこいつを持ち込ませまいとした理由を考えてほしいねえ!!」

 

 「そら、まだ休んでる暇はないぞ。トレーニングとはいえお前に先着できそうだと聞きつけた子たちが集まってきてるんだから」

 

 「シンザンに勝てるって聞きました」

 

 「シンザンに勝てるって聞きました」

 

 「かき氷奢ってもらえるって聞きました」

 

 「伝言ゲーム失敗してる奴がいるねえ!!!」

 

 「よし残り十本いこう! それが終わったら一旦休憩! その間はシンザン鉄は外してよし!!」

 

 トレーナーに対する憤怒をヤケクソのエネルギーに変えて十本ダッシュを終えた休憩時間。呼吸を整えて充分な水分補給と入念なマッサージの後にさあ次のトレーニングだというところでシンザンの物言いが入った。

 髪に砂が着くのも構わず砂浜に大の字になる姿は意地でもここから動きませんという意気込みを感じさせる。耳を絞って尻尾で地面をベシベシと叩くシンザンは心と腹の底から声を張り上げた。

 

 「もーーーーーやだ!! 今月のトレーニング用の体力ぜんぶ使った!! あたしは何しにここに来たんだい!? 青い海と白い砂浜に立ってあたしは何をやってるんだい!?」

 

 「夏合宿のはずなんだけどな」

 

 しんどいしんどいヤダヤダと全てを放り出して駄々を捏ね始めたシンザンを逆に感心したように眺めるトレーナーだが、このまま砂に転がしておいても何も話が進まない。しかし引き摺っていっても本人にやる気が無ければどうにもならないのも事実。

 恐らくシンザンはこの夏合宿にレジャー要素を強く求めていたのだろう。生まれ育った故郷が気候的に海水浴が一般的ではないため夏の日差しの中で海で遊ぶのを楽しみにしていたのにいきなり泳ぐ体力も残らなさそうなトレーニングにご立腹といったところか。

 ふむ、としばしトレーナーは脳内で諸々を組み直し、そして現状の最適解を導き出した。

 

 「よし分かった。スケジュールは前後するが泳ごうか。その為のエリアがあるからそこに行こう」

 

 即起き上がったシンザンがトレーナーに案内されたビーチの一角には多くのウマ娘達が集まっていた。

 しかしこれから遊ぶという割には全員が真剣な眼差しをしており、引率と(おぼ)しきトレーナー達はどうしてだか数隻の小船に分かれて乗り込んでいる。

 その表情を写真で切り取ってタイトルを付けるとしたら『裏切り』が最も相応しいだろう。

 表情が抜け落ちたシンザンがほとんど口を動かさずに平坦な声で問いかけた。

 

 「トレーナーさん。何だいこれ」

 

 「遠泳」

 

 「(声にならない憤激の叫び)」

 

 

 夏合宿初日、終了。

 キレさせつつもトレーニングを完遂させた辺りはトレーナーの方もシンザンの扱い方を心得ているという事かもしれない。

 なお遠泳の後にまた海にブン投げられた事については考えないものとする。

 





 あの

 仕事が 残業が

 忙しゅうて忙しゅうて

 その ね
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