少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第41話

 

 トレーナーがそこそこ本気で信頼関係の危機を感じたトレーニングの翌日、シンザンの三日間に渡る完全オフが始まった。

 一日目、疲れていたシンザンはスイカ割りの刑を取りやめて部屋でゴロゴロする事にしたようだ。

 担当のオフが長く続くため、ここでトレーナーも一日休みを取ることにした。

 やる事がない訳ではないのだが、真面目にやればやるほど休みどころが見つからないのが『トレーナー』という稼業。時に思い切って休むのも効率的に仕事をするコツだろうと彼は宿に置いてあった漫画のページをめくっていた。

 ちょっとした待ち時間を潰すためのものだろうか、エントランスの片隅に置いてある本棚の横にある小さな椅子に腰掛けて読みふける彼の姿に担当ウマ娘が気付いた。

 

 「ありゃ、トレーナーさん。こんなところに」

 

 「なんだシンザン。外に出るのか」

 

 「外で頑張ってる奴らを煽りに行こうと思ってね。なに読んでるの」

 

 「『鉄腕アトム』」

 

 「ああ、手塚治虫の。『リボンの騎士』はウメに借りて少し読んだよ。そういう漫画ってあんま大人が読んでるイメージなかったけどファンなのかい?」

 

 「ファンというか好きな物語の一つだな。アトムの他にも『鉄人28号』とか、特に『ゴジラ』なんか何回観に行ったかも覚えてない。最近のキングコングと戦うやつももちろん観た」

 

 「男の子の感性だねえ」

 

 「そうだぞ。俺がトレーナーになった原動力だ」

 

 思いもよらない動機だった。

 創作物の嗜好とトレーナーを目指す動機がいまいち繋がらず首を傾げるシンザンに、トレーナーはページを捲りながら懐かしむように語る。

 

 「強いものに憧れがあってな。そういう物語がまだ無かった子供時代は自然とそれがウマ娘に向いたんだ。近所に住んでたウマ娘の子と競走して、何回やっても勝てなくて泣いた記憶がある」

 

 「そりゃそうだ」

 

 「そう、勝てる訳ないんだよ。けど諦められなくてな。どうしたら勝てるかをずっと考えてたら、段々と『なんでウマ娘は強いんだ』って疑問に思うようになった」

 

 「それでトレーナーを目指した訳だ。でもその疑問って医者とか研究者とかの領分じゃないかね? なんで解明するんじゃなくて付き合う側になったんだい」

 

 「そうだな。結局俺の原点は強さへの『憧れ』だ。『何で』『どうして』なんて理屈はその枝葉。興味はあっても突き詰めたい事じゃない」

 

 相変わらずシンザンの言葉に遠回りはない。必要のないものを省いた問いは相手の核心を引き出す。

 彼もまた似通った率直さを持つ故か、あるいはシンザンが本音を言っても問題ない相手だからか。彼の口から出てきた答えは彼女をして一歩退かせるようなものだった。

 

 

 「俺は"怪獣"を生み出したいんだよ。俺が育てた怪獣が憧れたままの強さで何もかもを薙ぎ払うところを、一番前で見たいんだ」

 

 

 言葉の咀嚼に一秒。

 意味の理解に一秒。

 自分の立ち位置を考えて一秒。

 シンザンは合計三秒かけてうへえ、と悪趣味なものを見る目で表情を歪めつつ顔を引いた。

 

 「なんだその顔は。要は自分の担当を最強にしたいって話だ。何もおかしい事はないはずだぞ」

 

 「湿度が違うだろバカ野郎なんだい怪獣って。それであんなバカみたいな強度のトレーニングやらされてんのかいあたし」

 

 「ああ。もちろん身体の無事を最優先だけどな」

 

 「なーんか空々しいねえ。その動機ならそれこそ漫画家とか映画監督にでもなった方が手っ取り早かったんじゃない?」

 

 「俺は何を詰められてるんだ・・・・・・まあでも確かに、最初に触れたものがそういう作品だったならそういう道もあったのかもしれない。けどそうはならなかった」

 

 パタン、と本を閉じて彼はシンザンを見た。

 

 「俺はウマ娘に出会って、ウマ娘に憧れた。そして今はお前に夢を見てる。それが今の俺の全てだ」

 

 

 ものすごい渋面をされた。聞き出した側にあるまじき顔である。

 ───まあそれだけ自分に大きな可能性があると理解してるって事だし言ってる事もロマンチックだけどつまり今後トレーニングが軽くなる可能性はゼロに近いって話じゃないの?

 言葉にせずともここまで伝わるものなのかと感心しきりのトレーナーに、シンザンは半ば諦めたように肩を落とす。

 

 「・・・・・・ま、ここまでやってきて今更過ぎるね。皆があたしを担ぐなら、担ぎ甲斐のある神輿を拵えるのがあんたの仕事だし」

 

 「分かってるじゃないか」

 

 「ただね、あたしは水爆に切れた怪獣じゃあないんだ。十万力に優しい心を持ったウマ娘な訳だ。傷には優しーいケアが必要なんだよ。というワケで」

 

 言うべき事はこれで終わりだとばかりにトレーナーから離れて宿の出入口へと向かうシンザンは背中越しに言った。

 

 「明日のメンテナンスは抜かりなくやりなよ。()()()()()()

 

 分かってるよ、と言葉を返す。

 ぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞きながらトレーナーは少しだけ目を伏せた。

 ───俺は怪獣を育てたい。

 かつてその夢を託したウマ娘がもう一人いた。

 彼女もまた凄まじい強さを誇っていたが、その快進撃は環境と故障に阻まれた。肥大化する期待と再発する病、彼女を押し潰したそれらの中には少なからず自分も関わっている。

 あまりにも気が()いた。

 きっとあまりにも不注意だった。

 どうやったって巻き戻らない時間に立ち尽くしている後悔は今も時折耳元で囁いてくる。

 ───お前はやり直しが効くのにな、と。

 

 「・・・・・・・・・・・・、」

 

 本を閉じる。

 これは『トレーナー』の業だ。

 此処に居るほど背中に積み上がっていく罪。

 それでもやるべき事をやる。やらねばならない。

 そうしなければ、『トレーナー』がここにいる意味がないのだから。

 明日はシンザンの三連休の中日(なかび)

 彼女がトレーナーの財布で遊び尽くす日である。

 

 二日目、トレーナーを引き摺り日帰りで東京に帰ったシンザンはトレーナーの財布で豪遊した。

 お高めな場所でのショッピングや食事は勿論のこと、落語や歌舞伎といったものまで東京の娯楽をおおよそ網羅したと言えるだろう。

 もっと時代が進めば送迎係(アッシー)だの飯代係(メッシー)だの財布(ミツグくん)だのと呼ばれるようになる都合のいい役回りを一手に引き受けたトレーナーの印象に強く残ったのは、シンザンの所作であった。

 箸の持ち方使い方、椅子に座る姿勢。さらに言えば歩き方など。

 それらが注視せずとも分かるほど整っていたのだ。

 そういう細々としたマナーの美しさは育った環境が強く出る。もしかしたらシンザンは結構いいとこの育ちなのかも知れないな、と肩が外れそうな程の荷物を両手にトレーナーは思った。

 

 

 

 そして三日目。

 

 事件が起きた。

 

 

     ◆

 

 その日はまず荷物の梱包から始まった。

 具体的には前日に買いまくったあれこれである。

 まだまだ合宿は続くのだ、トレーニングに関係のない個人の大荷物を置いておくのは他のウマ娘の迷惑になる。それらをトレセン学生寮のシンザン(とウメノチカラ)の部屋に送る手配を済ませ、そしてシンザンは水着に着替えた。

 浮き輪を装備して準備は万端、砂浜を踏み締めてシンザンはトレーナーに宣言する。

 

 「あたしはこれから海で遊ぶよ」

 

 「うん」

 

 「蹄鉄(あれ)は着けないからね」

 

 「うん」

 

 「頼まれたって疲れる事はやんないからね」

 

 「うん」

 

 しつこ過ぎて無感情になったトレーナーが機械的に返事をし、シンザンが不信感に満ち満ちた目でこれでもかとを押す。そしてようやく納得した彼女が一つ頷いて踵を返し海へと向かう。

 その途中でもう一度トレーナーの方に振り向いた。

 

 「蹄鉄(あれ)は着けないからねえ!!」

 

 「早よ行け」

 

 捨て台詞みたいな勢いで叫んだ彼女をぞんざいに送り出すトレーナー。

 非常に余分なタスクを経てようやく波打ち際を蹴って浮き輪ごと海へダイブしたシンザンを見送りトレーナーはようやく自分の案件に取り掛かる。

 

 「すまない。遅れた」

 

 「遊んでるんじゃないわよ」

 

 「遊んではいないんだよ」

 

 「まあまあ、いいではないですか。こうして丸一日私達に協力して頂けるだけ僥倖ですから」

 

 険のある声と穏やかな声。夏合宿前から向こうからの提案で話をつけていたコンビだ。

 夏合宿においても個人間での合同トレーニングは珍しくないが、片方が休養中に一方的に肩入れするような形で行われることはほぼないだろう。

 それも相手が担当と鎬を削る有力なライバルなら、なおさら。

 

 「では。本日はよろしくお願いしますね」

 

 トレーナーの名は桐生院翠。

 その担当であるダブルティアラのカネケヤキが、穏やかな所作で頭を下げた。

 

 

 

 念願の海と砂浜だった。

 海辺でプカプカ浮かんで見つけたグループに混じってビーチバレーに興じた後に遠泳を先導する小船に乗り込んで必死の表情で波を掻き分けるウマ娘達を野次り(怒られた)、時に砂浜で行われている走力トレーニングに気まぐれに混じってみたりした。

 そうして一通り興味が出た事に手を出したシンザンは再び浮き輪に仰向けになるように嵌ってプカプカと浮かんでいる。

 

 「夏だねえ・・・・・・」

 

 しみじみと呟くシンザン。

 身体を揺らす波。ギラつく日差しを反射する砂浜。鼓膜を撫でる波の音、人々とウマ娘達の声。あるがままの全てに自分を浸す、シンザンが最も好む時間であった。

 削れていた全てが修復されていくのを感じながら取り留めもなく思考を遊ばせるシンザンはふと適当に混ざった走力トレーニングの事を考える。

 複数のトレーナー主導で行われていたそれに本格的に加わった訳ではない。適当に数セットやって輪から抜けたが、それでも自分の変化は明確に感じ取れた。

 ────力が乗るのだ。

 得意ではない不安定な地面でも足の裏が地面をしっかりと捕らえ、爪先から力が流れない。余分な力が入って脚がバタつく感覚が無くなっている。

 脚に着けられた蹄鉄には脚力だけでなく、バランスを保つための体幹まで鍛えられていたらしい。

 拘束から解放された脚で感じるその実感はある種のカタルシスですらあった。

 

 (合宿が始まって一月(ひとつき)程度なのにねえ・・・・・・。あたしが天下の器とはいえ結構な成果じゃないかい?)

 

 本当に考えた上でのアレなんだねえ・・・・・・、と若干(ほだ)されそうになった考えを頭を振って否定する。

 そうだとしたって滅茶苦茶しんどいのに変わりはないのだ。これからもシンザン鉄の使用には断固反対の立場を取っていくことを改めて決意してシンザンは頭を浮き輪に預けた。

 ・・・・・・それにしても疲れた。普段なら何でもない運動量なのに体力の消費が随分と早いように感じる。

 だらっと四肢を浮き輪に預けて彼女は光を遮るように手をかざした。

 

 「日差しのせいかね・・・・・・」

 

 そう呟いて瞼を閉じる。

 疲労に突き飛ばされ坂道を転がるように彼女はそのまま眠りに落ちた。

 

 不快指数80という数字が連日のように続く、実に四十年ぶりという記録的な猛暑を見舞う日差しの下で。

 

 

 

 離岸流(りがんりゅう)

 海浜流系の一種で、海岸の波打ち際から沖合に向かってできる流れのこと。幅10メートルから30メートル前後、長さ数十メートルから数百メートル前後で生じる、局所的に強い沖方向の波。主に、海岸に打ち寄せた波が沖に戻ろうとする時に発生する強い流れ。

 

 ─────Wikipediaより抜粋。

 

 

 

 シンザンが戻らない。

 最後に海で見たという情報も元に救助隊に通報、いくつもの救助艇が海へと出動した。

 広大な海で捜索は難航すると思われたが、幸いにして日が沈む前に彼女は発見された。

 救助隊員に抱えられて合宿所に帰還したシンザン。遠眼鏡の向こうに認められた彼女の姿は、浮き輪にぐったりと(もた)れるようにしがみついていたという。

 

 重度の脱水症状。診断名『夏負け』。

 シンザンの夏合宿はここで終わった。

 

     ◆

 

 『夏負け』。人間でいう熱中症。

 脱水により汗が出なくなって体温調節が効かなくなり、重度の場合には意識混濁や痙攣などの症状が起きる。発汗作用が鈍れば心臓にも負担がかかるために激しい運動は禁物となる。

 

 症状そのものはどちらも大して変わらない。

 しかし競走ウマ娘の場合は深刻さが異なる。

 

 規格外の運動能力を少女の体格で全開にする競走ウマ娘達の身体はスポーツカーのように繊細だ。

 人間など相手にならない桁外れのスペックを持つ一方、()()()際に負う症状も人間よりずっと重くなる場合がある。

 例えば夏負け。

 重くとも適切な処置を行えば人間なら三日程度の入院で回復する熱中症で、競走ウマ娘は数週間は総崩れになる。

 

 「ぁ゛ーーー・・・・・・」

 

 「・・・・・・シンザン」

 

 リンゲル注射を受け、病院のベッドで血色の悪い顔で気怠げに呻くシンザン。その傍でトレーナーは祈るように組んだ両手を強く握って俯いていた。

 

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