少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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第5話

 そしてトレーニング終わり、内容のフィードバックの時間。

 トレーナーに走るのが気乗りしない理由を問われたシンザンは、うーん、と腕組みをして天井を仰ぐ。

 叱責と捉えられ萎縮されるのは好ましくなかったが幸いにして(?)彼女にその様子はない。反省してんのかと思わなくもなかったが、こういう質問にも率直に答えてくれる彼女の図太さはトレーナーとしては有り難いものであった。

 

 「自分でもよく分かんないんだけどね。なんかね。なーんか気持ちが乗らないんだよ」

 

 「うん。それは見てて分かる」

 

 「なんかこう、真面目にやらなきゃとは思うんだけど、『真面目にやってもなあ』って気持ちが出てくるっていうかさ。

 やる意味あるのかなって考えちゃって、そんでダレちゃうんだ。

 お前ここに何しに来てるんだ、って言われると返す言葉がないんだけどねえ。どうにもなんなくて」

 

 流石にまずい事を言っている自覚はあるのか、シンザンはどこかバツが悪そうにしていた。

 その言葉だけ聞けばただの不真面目だが・・・・・・

 トレーナーはしばし思考の海に沈む。

 ─────これが字面通り『しなくても勝てるから訓練など無駄だ』という意味なら、そもそもトレーニングに来ることすらしないだろう。

 そしてあの選抜レースでも自分がセッティングした併走でも手を抜かず勝ちに行ったはずだ。相手に勝たねば『訓練は無駄』という主張は通らないのだから。

 シンザンの答えをそのまま捉えたら、彼女の行動にはいくつか矛盾が生じる。

 仮説を組み上げたトレーナーは意識を浮上させ、いくつかの不明点をシンザンに投げかけた。

 

 「・・・・・・ウォームアップじゃ普通に走るし、他のメニューは別に怠けないよな?」

 

 「あれはただの準備運動だし、トレーニングそのものが面倒な訳じゃないんだよ」

 

 「選抜レースもそこそこ真面目だったよな」

 

 「流石に自分をスカウトする男の前で不真面目な走りをするのはね。あんたと知り合ってなきゃ目立つために1着を獲りに行ってたけど」

 

 「併走は気乗りしなかった、と」

 

 「そこで本気を出したところでねぇ・・・・・・」

 

 

 理解(わか)った気がする。

 これが正解かは確認してみなければ分からないが、少なくともこの仮説なら彼女の答えの全てに矛盾なく説明がつく。

 彼が何かの答えに行き着いたのを察して姿勢を正したシンザンに、トレーナーは下から窺うように自分の中で組み上げた彼女の核心を口にした。

 

 「・・・・・・・・・もしかしてさ。『明確な利益や名誉がないと走る気が起きない』って話なのか?」

 

 

 

 

 「それ聞いて『それだーーー!!』って叫んじゃって。トレーナーさん引っくり返っちゃってね」

 

 「それだじゃない。実績も態度も何もかもがそのモチベーションに噛み合ってないんだよ」

 

 「早いうちに明らかになってよかった、と前向きに捉えるべきなのでしょうか・・・・・・」

 

 宿舎への帰り道、シンザンの話に聞いていた全員がこめかみに指を添えた。

 栗東のシンザンとウメノチカラに、美浦のカネケヤキとバリモスニセイ。それぞれクラスや宿舎が違う彼女らは誰が言い出すでもなく集まって帰り、ひととき今日一日のあれこれを語り合う。

 専らの話題はトレーニングのあれこれだが、周囲と比べて色々とズレているシンザンも割と話題の槍玉に上がる。

 主に3人からの総ツッコミという形で、だが。

 

 「だけどシンちゃんは自分を分かってくれる人に出会えたんですねぇ。私のトレーナーさんもよくシンちゃんのトレーナーさんの話をしてるんですよ」

 

 「私のトレーナーもです。事あるごとにあいつに対する警戒は解くなと」

 

 「私もだ。他に警戒すべき奴は勿論いるが、特別お前を・・・・・・、というかお前のトレーナーを睨んでるように思う」

 

 「へえ。トレーナーさん凄い人なのかね」

 

 「「「 えっ? 」」」

 

 3人が口を揃えて音を発した。

 知らないんですか?と驚いているカネケヤキに呆気に取られたバリモスニセイ、何言ってんだこいつと引いてすらいるウメノチカラ。

 なぜそんな顔をされるのか分からないシンザンはただ首を傾げるばかりだった。

 そんな彼女を見て真実を教えようと口を開こうとしたバリモスニセイだが、その言葉はウメノチカラに口を塞がれて止められた。

 

 「(チカラさん?)」

 

 「(放っておけ、どうせそう遠くない内に知るだろう。せいぜい驚かされればいい)」

 

 「ちぇっ、何だい何だい。あたしだけ除け者かい」

 

 「これについてはその、知らなかったシンちゃんがびっくりというか・・・・・・」

 

 緩やかに3対1の構図だった。

 自分としては正直『誰がトレーナーになっても自分は勝つ』くらいの心構えでいたのだが、しかしこのまま3人から気の毒な子みたいな扱いをされるのも癪なので明日トレーナーに直接聞こうとシンザンは決意した。

 

 「まああたしのトレーナーさんがどんな人であれ、だよ。選抜レースから2ヶ月経ったけど皆どうだい。自分のトレーナーさんとは上手くやれてるのかい」

 

 「そうですね。要求したトレーニング強度が無茶だと言われますが、私の意思を最大限に尊重して下さっています。本当に駄目な時は止めて下さいますし」

 

 「同じく、です。あの人の知識の深さに驚かされるばかりで」

 

 「負けん気が強い人だからな。トレーナーとしてだけでなく、そういう所も個人として気が合うと思っている。・・・・・・そういうお前はどうなんだ、シンザン」

 

 「うん?」

 

 「お前の()()()()()はもう有名な話だ。選抜レースでこそ悪くない結果は残したが、なぜあんな不真面目な奴がスカウトされて自分は声を掛けられなかったのかという奴もいる。

 正直私はトレーナーのお前に対する警戒すら疑問に感じ始めてるぞ。

 悪評を伝える伝書鳩になぞなりたくは無いが・・・・・・今のお前を担当したいというトレーナーなどいるまい。今のトレーナーに愛想を尽かされたら、その時点でお前は()()()だ」

 

 「優しいんですねぇ」

 

 「誰が!!」

 

 くすくす笑うカネケヤキに噛み付くウメノチカラ。

 よほど指摘されたくなかった所だったのか切れ長の瞳をかっ(ぴら)いて歯を剥いている彼女に、何だかんだ良い奴なんだよね、とシンザンは少しだけ笑った。

 

 「ありがとうね、ウメ」

 

 「やかましい。気を遣った訳じゃない」

 

 「知ってる。それについては大丈夫だよ。もしそういう事を言われたら、あたしはトレーナーさんの言葉をそのまま伝えるからさ」

 

 「トレーナーの言葉? 何だそれは─────」

 

 

 

 「言わせておけ。結果を見れば全員黙る」

 

 

 

 「・・・・・・・・・、」

 

 「ってな具合にね。結果を出す前から封殺できるから便利なもんだよ」

 

 からからと笑うシンザンに息を呑む3人。

 ただの引用では到底発し得ない言葉の重さ。

 つまり彼女のトレーナーは確信しているのだ。

 シンザンというウマ娘はそれが出来るだけの力を秘めていると。

 また彼女自身も、黙らせられるだけの結果を自分は出せると────揺るぎなく信じている。

 言葉で語る意味はない。

 脚で語ればそれでいい。

 ・・・・・・実に気が合うコンビと言える。

 綺麗に黙らされた3人を見て、シンザンはまた面白そうに笑っていた。

 

 

     ◆

 

 

 「ん・・・・・・、んぅ・・・・・・」

 

 トレーナー室に少女の呻き声が小さく響く。

 微かに布の擦れる音。衣擦れに混ざる少しだけ質感の異なる柔らかな音は、押し付けられた肌と肌が擦れる音に相違ない。

 ごつごつと骨張った男の指がその柔肌に埋もれる度に少女は小さく息を漏らした。

 頭頂部から伸びた耳をぱたぱたと振りながら、ズレた眼鏡を戻しつつ少女は男に問いかける。

 

 「・・・・・・彼女の様子はどうですか?」

 

 「相変わらず良し悪しの所感は率直に答えてくれるからやりやすいよ。性格に沿ってトレーニングメニューは暫定的に組み直したから、後は調整かな」

 

 「ふふ。やりやすい娘は、ふっ、走りを怠けることなんて、ないでしょうに・・・・・・ん・・・・・・」

 

 「まあ色んな性格の娘がいるからな。手のかかる子ほど何とやらだ」

 

 「あら? それでは私は、可愛くは、はぁっ・・・・・・、無かったですか?」

 

 「いやそういう意味じゃないよ」

 

 知ってますよ、と。

 自分の上に被さる男を困らせてやった事に、赤らんだ顔の少女は悪戯な顔で微笑んだ。

 ・・・・・・ウマ娘は耳がいい。

 この時彼女は1つの足音がこちらに近付いてくることに気付いていたし、この時間にここを訪ねる人物にも見当がついていた。

 だからその事を男に教えなかったのは、()()に対する小さな悪戯心である。

 

 その日、シンザンは朝練が始まるいつもの時間より早めにトレーナー室を訪れていた。

 たまたま朝早くに起きただけなので別に早く向かう必要もないのだが、丁度いいから昨日ウメノチカラたちに呆れられた事についてトレーナーと話そうと思ったからである。

 彼女らの雰囲気からするに何やら凄い人物らしい。

 お互い完全にフィーリングで選んだものと思っていたが、もしかすると向こうは何かしらを見出した上で自分を選んだのだろうか?

 だとすると自分の()()()()()()()にもある程度の説得力が付いてくれるのだが。

 そんな事を考えながらトレーナー室のドアノブに手をかけようとした時、ドア越しに音をキャッチしたシンザンの耳がピクリと震えた。

 

 トレーナー室から艶っぽい声が聞こえる。

 しかも自分と歳が近そうな女の子の声で。

 

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ドアに頬をくっつけ、ピトッと耳をドアに当てる。

 聞き間違いではなかった。

 音を立てないようにノブを回して少しだけドアを開け、細い隙間からそっと中の様子を窺う。

 

 

 自分のトレーナーがソファの上で、自分と同じ制服を着たウマ娘の下半身に乗っかっていた。

 

 

 「あれ? シンz」

 

 「どっせいっっっ!!!!!!」

 

 ドアを開けて突入、掛け声1発。

 栗毛の少女が声を発する間もトレーナーが何か弁解できる程の間もなく、シンザンの剛腕にトレーナーが()()()()()()()

 初夏の朝、爽やかな空気の中。トレセン学園の片隅に、悲鳴と愉快な破壊音が響き渡ったのであった。

 

 

 「マッサージぃ?」

 

 「うん、マッサージ。ただマッサージしてただけだから。(やま)しい事じゃないから本当に」

 

 満身創痍である。

 ちゃぶ台返しのようにブン投げられ天井に激突したトレーナーは蛍光灯の破片と共に床に落下。

 悶絶しているところに『ウメ達が言ってたのはこれかぁぁああ!!』と追い討ちをかけようとしたところで栗毛のウマ娘に羽交い締めにされて止められた。

 違う違うそうじゃないと荒ぶるシンザンを宥めたところで、大惨事の室内でようやっと誤解を解く事が出来たらしい。

 とはいえ怒りは鎮まっていないようで、男と栗毛の前で鹿毛は未だ憮然として腕を組んでいる。

 

 「だとしてもあたしが途中で割り込んでなかったらどうなってたのかね。都会の男はいつだってあわよくばを狙ってるってお母ちゃんが言ってたからね」

 

 「お母ちゃんの格言もいいけど少しは俺の倫理観も信じてくれ・・・・・・。ウマ娘相手にあわよくばを狙うトレーナーはヤバいだろ・・・・・・」

 

 「言い訳したところで事実は変わらないね。

 しかも相手がよりによって()()()ときた!

 良くないと思うねえ! 神聖な学び舎でねえ!

 ああいうねえ!! エッチな事はねえ!!!」

 

 「思いの外初心(うぶ)なんですね」

 

 「きーっ!!」

 

 栗毛からの想定外の奇襲だった。

 まさかの2対1である。昨日から自分の味方が1人もいない哀しい事実にキレかかるシンザンだが、対照的に栗毛の方は穏やかなものだった。

 眼鏡の向こうの目を細め、初々しい反応を楽しむようにくすくすと笑う。

 事実として歳下ではあるのだが、普段どちらかと言えば周りをたじろがせる側のシンザンが彼女の前では随分と幼く見えた。

 

 「諸々事情がありまして、彼には時折こうして脚を(ほぐ)してもらっているんです。心配しなくても大丈夫ですよ? 貴女が想像しているような事は何も起きていませんから」

 

 「・・・・・・まあ、本人がそう言うのなら。それにしてもねえ・・・・・・」

 

 こう穏やかに諭されるとこれ以上騒ぎようがない。

 ホッとした様子のトレーナーをジトッと睨みつつシンザンは改めて目の前に座るウマ娘を見る。

 栗毛だ。そして自分よりも体格が小さい。

 見間違えようもなかった。

 まさか早起きがこんな展開を招こうとは────何とも形容し難い顔でシンザンは頭を掻いた。

 

 「まさかこんな所で話す機会ができるとは思ってなかったよ。・・・・・・・・・生徒会長の剃刀(かみそり)さん」

 

 もちろん名前は知っている。

 成し遂げたものに敬意を込めて、シンザンは最初に彼女を肩書きと渾名(あだな)を合わせて呼んだのだ。

 それが伝わってか伝わらずか─────

 小さな身体の栗毛の彼女は、嬉しそうに胸の前で手を合わせる。

 

 

 

 「はいはい、そうです。私は剃刀(かみそり)

 ─────生徒会長のコダマです♪」

 

 

 

 引き継ぐように彼女はそう名乗る。

 時代を(おこ)した英雄は綻ぶように笑い、遊ぶようにシンザンの言葉を繰り返した。


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