少女が神に至るまで ─ウマ娘プリティーダービー─   作:嵐牛

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 コダマ「トレーナーは傲慢なものです」

 コダマ「特にお前」





第7話

 さて、トレーニングのメニューを変更したからには『これからはこれで頑張ろう』で終わらせる訳にはいかない。肝心なのはそこからのフィードバックを通してさらに最適な形を探っていくことだ。

 ウマ娘の気性と才能を繋ぐためには実際にトレーニングを行うウマ娘の詳細な所感が不可欠。

 このトレーナーには何でも意見した方がいいことを理解したシンザンもより忌憚のない意見を言うようになった。

 そのせいで

 『やっぱ目的が無いとどうも気分が締まらないね』

 『 "速く走るため "じゃ駄目なのか?』

 『それは "サボらないため " の目的だから』

 というトレーナーが頭を抱えた会話が発生したりもしたが、良くも悪くも遠慮が無くなった証拠だろう。

 とはいえ正確なフォームは身体的な素質ではなく努力のみによって身につくものであり、それを言われるでもなく理解していたシンザンの態度は今までに比べればずっと真剣だった。

 暫定的に変更されたメニューは、総合的には概ね良好な改善だったと言える。

 

 そこから更に3ヶ月ほど経ち、季節は夏。

 基本的に暑さが苦手なウマ娘のために屋内でのトレーニングが増える時期の、ある日のミーティングの終わり際。

 晩御飯なに食べようと考え始めていたシンザンに、トレーナーは一段と真剣な声でこう言った。

 

 

 「────メイクデビューの話をしよう」

 

 

 晩飯のことなど吹っ飛んだ。

 いよいよ来た。

 競走バとして芝を駆ける初めての舞台。

 時期的にそろそろ話に上るかと思っていたがやはり具体的な話が始まると実感が湧くようで、シンザンは見るからにワクワクし始めていた。

 トレーナーはシンザンの前に様々なメモが書かれたレースのスケジュール表を出し、その中のひとつをペンで指し示した。

 

 「11月の10日に行われる『デビュー戦』。そこをお前のレースの始まりにしたいと思ってる」

 

 「分かった。ただの興味で聞くけど、その時期にした理由は?」

 

 「訓練の進行具合と、単純に気候が良いからだよ。身体を動かすには丁度いい気温だし、ある程度力はついたはずの時期だからな」

 

 「ついた()()? なんでそんな自信無さげなのさ」

 

 「今の実力すら不透明だからだよ。お前ちっとも走らないから正確な指標が分からないんだ・・・・・・」

 

 目線を逸らして口笛を吹くシンザン。

 改める気がなさそうというか、やはり『自分はこう』という柱を傾ける気はないらしい。

 しかし最近では『あのコダマのトレーナーなら大丈夫でしょ』みたいな呑気さも目立つようになってきた気がしなくもないので、もうコダマを通じて叱ってもらおうかなどとトレーナーが考えている事をシンザンは知らない。

 ともあれそれは最終手段として温存しておくことを決めながら、トレーナーはやや厳しい口調でシンザンに警告する。

 

 「・・・・・・だが、同じ理由でこの時期にデビュー戦を定めるウマ娘は多い。それに11月というのはデビューには比較的早い時期でな。つまり実力に自信があるウマ娘たちが出走してくるんだ。

 舐めてかかると痛い目を見るぞ」

 

 「それはあたしよりも周りの娘に言うべきだね。宣言しとくよ。あたしはそのメイクデビューで、4バ身は離して勝つ」

 

 油断させないために言ったのだが、その忠告は届いているのかいないのか。

 結果で語ってみせるというトレーナーの方針通りに皮肉にも従う形だ。

 何でもなさそうな顔でさらりと放たれた言葉に、いい加減慣れたつもりでいたトレーナーも少しだけ彼女を自信過剰であると感じた。

 1バ身がおよそウマ娘1人分の距離。

 言葉にすると大したものではないように感じるかもしれないが、追い抜かす側の脚の具合によっては絶望の距離になり得る長さだ。

 それを4つ分。もう圧勝と言っていい差である。

 

 「異存が無いならその日に合わせてスケジュールを組もう。トレーニングもその日に狙いを定めて行っていくぞ」

 

 ん、お願いね、と。

 首を縦に振った彼女には気負いも不安な様子もなく、ただ自分の初陣が決まった高揚のみがある。

 自分が負ける可能性を露ほども考えていない。

 しかしその自信に結果を伴わせるのが自分の仕事。

 そのためにはある程度()()()()()必要が出てくる。

 ─────どのみち気乗りしないからといって、避けて通らせる訳にはいかないのだ。

 

 

 『ラップ走』というトレーニングがある。

 ラップタイムを一定に保ちつつコースを何周も走るという、レースを走る上で欠かせない訓練だ。

 マラソンと何が違うのかといえば、これは体力よりも()()()()を鍛えるトレーニングだという点だ。

 『このペースで走るとタイムはこのくらい』。

 『今の速度は普段よりも速い・遅い』。

 この感覚はレースでの駆け引きに非常に重要で、これを疎かにすると容易に()()()か術中に嵌まる。

 他人のペースや策略に振り回されて自分の走りが出来なくなると言えば分かりやすいだろう。

 それを防ぐため・あるいはフェイントなどの小技の精度を上げるために、ウマ娘たちは長く何周も走り続けて自分のペースを固めていくのだ。

 

 ここまで説明すれば大体察しはつくだろうが、シンザンはこのトレーニングが大嫌いである。

 

 『この回数までやる』というハッキリした目標がある筋トレなどとは違う、曖昧で長丁場なランニング。

 息切れ知らずのスタミナを持ちながらマラソンで最後方をぽてぽて走っている事から推して知るべし。

 ペースを保つくらいはやるが、速度を上げて速いラップを刻み続けるとなると途端に「んぇぇぇえええ」と鳴き声を上げる。

 しかし実感できる名誉や実利がゴールにないとやる気にならないというニュービーにあるまじきモチベーションも、この時ばかりは優先してはもらえない。

 周回を繰り返し蓄積していく疲労の中においても正確に時計を刻む脚と感覚を手に入れることは競技者として必須なのだ。

 ・・・・・・とはいえ「いいからやれ」と締め付けたとて、本人にやる気がなければ身に付こうはずもなし。

 いかにして彼女にやる気を出させるかは、トレーナーの目下の悩みどころだった。

 

 『まずは1ハロン13秒、その次は12〜12.9。

 そこからハイペースの11.9〜11.5秒を正確に。

 11.4秒あたりがラストスパート手前くらいだ。

 遅いペースから身体に覚えさせよう。

 いくら嫌いで好みじゃなくとも、これを蔑ろにしてレースの勝利はあり得ない』

 

 『うへえ・・・・・・』

 

 いつも通りの指示に拒否は示さないものの、いつも通りに肩を落とすシンザン。

 そしてこの時、トレーナーはふと考えた。

 

 ─────このトレーニングも目に見える実利があれば真面目にやるのか?

 

 試してみる価値は大いにある。

 実行するなら早い程いい。

 だから彼はこう言った。

 

 

 『このペースを覚えて1週間維持できたら、街に出かけて色々と奢ってやろう』

 

 

 そんな会話をしたのが少し前の話で。

 

 「ほい、約束通りだ。(たが)えはナシだよ」

 

 「お前さあ!!!!」

 

 指定したラップタイムの記憶と継続。

 ご褒美のにんじんを目の前に垂らされたシンザンは、今までのグダグダは何だったんだと言いたくなるような真剣さで課題をクリアしてしまった。

 したり顔で腕組みをするシンザンに、目論みが成功したはずのトレーナーはひどく腑に落ちない顔でやり切れない思いの丈を叫ぶのだった。

 

 

     ◆

 

 

 そして休日。

 オフの日が重なる日に予定を合わせた2人は、トレーナー寮の駐車場の前で待ち合わせていた。

 言質を取って調子こいているシンザンが人の財布でいろいろ買い込む事が予想されたため、荷物を乗せるために車での行脚である。

 すっかり暑くなったなぁ、と手で顔を仰ぎつつ春風に眠気を感じていた頃を懐かしんでいた時、予定の時間通りに彼女はやってきた。

 

 「やあやあ、お待たせ。約束より早く到着してるとは殊勝だね」

 

 「暑いけど足が相手を待たせる訳にもいかないしな。とはいえもう少し待たされると思ってたけど」

 

 「化粧する身だから準備は早めにしとかないとね。別にスッピンでもよかったんだけど、ウメに『鹿か!!』って怒られちゃって」

 

 「まあ男で言えば『髭を整えずに遊びに行きます』みたいな話ではあるからな・・・・・・」

 

 幼い頃は家族で出かける前に延々とドレッサーの前で格闘する母親に地団駄を踏んだものだが、あんな大変な作業が身嗜みのマナーになっている女性は大変なのだなと他人事ながら今になって思う。

 とはいえ、たとえ薄化粧でもバッチリメイクした人間の女性に劣らない辺り彼女たちは相当恵まれているのだろう。

 例外なく見目麗しい容姿である事もウマ娘の特徴である。

 果たしてそのせいなのか分からないが、そもそも化粧品そのものを大して持ってないからね、と宣っている辺り、シンザンはかなり見た目に無頓着らしい。

 

 「それじゃ行こうか。欲しい物を揃える日だと思ってたから特にプランは立ててないけど、まずは何から揃えたい?」

 

 「蹄鉄!」

 

 「了解」

 

 元気よく色気の無い返事をしたシンザンを助手席に乗せ、彼はエンジンを始動させる。

 中央のトレーナーになったばかりの頃に景気付けに奮発した、今となってはやや型落ちの愛車(クラウン)

 鮮やかな水色に塗装された4輪の箱が、己と同等の速度で駆ける生物を乗せて府中の街へと繰り出していった。

 

 「ありゃ、こっち行くの? 用品店なら別の方向にあるけど」

 

 「そこじゃなくてもっと大きい所に行く。少し距離はあるけど品揃えは一気に良くなるぞ」

 

 「へえ。じゃあ次からそこまで行ってみようかな」

 

 「ウマ娘でもこの距離を走るのは骨じゃないか?」

 

 「じゃあまたラップ走やって連れて来てもらおう」

 

 「奢りもセットで考えてないだろうな」

 

 よくない条件付けが発生したかもしれない。

 今後も嫌いな訓練に対してご褒美を用意させようとするシンザンをトレーナーは早めに牽制しておいた。

 いいじゃんケチ、と酷く肝の太い反抗をしてきたシンザンを軽く車体を蛇行させて黙らせつつ、トレーナーは横目で彼女を見た。

 

 (しかしなあ・・・・・・)

 

 シンザンを物で釣ろうとしたのがおよそ2週間前。

 今に至るまでの約14日間、シンザンは最初の1週間で速度と時間の感覚を掴み、残りの1週間でそれを維持し続けた。

 要するに─────真面目にやれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 トレーナーとしてトレセン学園の門を叩いてそれなりに経つが、見たことも聞いたこともない飲み込みの早さだ。

 自信過剰とすら言えるような自負と自意識を、まるで裏付けるように明らかになっていく走りのセンス。

 氷山の一角の才能でこの輝き、果たしてそれが全て表に出てきたのなら、その走りはいったいどんなものになってしまうのだろうか─────

 

 (・・・・・・末恐ろしいな、まったく)

 

 「あ、そうだ。特にプランは無いって言ってたけどそんなんじゃ困るよ。買い物以外にもあちこち遊びに連れてってくれなきゃ承知しないからね」

 

 「どうした。『奢る』の拡大解釈が過ぎるぞ」

 

 「土産話求められたら困るからだよ。あたしウメたちに『トレーナーさんが本気で計画したデートに連れてってもらう』って吹いて来てるんだから」

 

 「なんて事してんだよお前」

 

 

 

 

 そして到着したスポーツ用品店。

 レースを走るウマ娘の為のあれこれを取り揃えたコーナーの入り口で、シンザンは「ふへえ」と声とも吐息ともつかない音を発した。

 普段から自分が使っていた店とは段違いの広さだ。

 そしてトレーナーの言う通り、インナーやシューズ、果てはその中敷きに至るまで選り取り見取り。

 この中からさらに自分に合うものを選ぶのだろうが、果たしてどれがどれなのやら。思考が『なんだかすごい』で止まったまま勝手知ったるトレーナーに蹄鉄が陳列されたコーナーに連れられ、ずらりと並ぶ『Ω』の形の前で彼に問いかけられた。

 

 「とりあえず蹄鉄だったな。訓練用とかレース用とか種類は色々とあるけど、どんなのが欲しいんだ?」

 

 「あ。えーと、頑丈なやつ。重くてもいいからとにかく頑丈なやつ」

 

 「頑丈なやつか。じゃあ・・・・・・これかな」

 

 シンザンのリクエストにトレーナーはさして悩む様子もなく歩き始め、そして1つの蹄鉄を手に取った。

 それを手渡されたシンザンはパッケージに記された会社のロゴを見て、僅かに目を丸くした。

 

 「あれ。これって」

 

 「見たことあるマークだろ? この会社がレースの業界に参入してきた時は驚いたけど、信頼できるものを作ってくれてるよ」

 

 そんなことを言いながらトレーナーは用途に合わせてあれもこれもと見繕う。

 無作為に商品に手を伸ばしているように見えるが、そこに記されているロゴはどれも同じものだった。

 

 「蹄鉄ならどこのメーカーも作ってるけどな。他のと比べて割高ではあるけど・・・・・・品質も含めるなら、ヒンドスタン重工製のが1番だ」

 

 後はこれかな、と再び蹄鉄に手を伸ばすトレーナー。シンザンを差し置いて1番買い物を楽しんでいそうな風情だが、これもまたトレーナーの(さが)なのかもしれない。

 そんな時、どむん、と身体の横から衝撃。

 慌ててたたらを踏んで転倒を免れたトレーナーは、一体なんだと衝撃のあった方向を見る。

 シンザンだ。

 何故かシンザンが横から身体をぶつけてきたのだ。

 

 「・・・・・・し、シンザン? どうした?」

 

 「ん?」

 

 どむん。

 

 「シンザン? シンザン??」

 

 「んん?」

 

 どむん。

 どむん。

 

 「シンザンさーん?? シンザン様ー???」

 

 「んー? ふふふ」

 

 どむん、どむん、と。

 トレーナーに聞かれても理由を明かさないまま、シンザンは何かの気が収まるまでトレーナーに身体ごとぶつかり続けた。

 トレーナーは持っていた蹄鉄ごと転んだ。


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