「(ん⋯⋯あれ、ここは──?)」
周囲に目を向けると、火の着いた暖炉の傍に鎖帷子姿の妙にガタイの良い身体付きの男がこちらに背を向け座っていた。
「(えっ、誰⋯⋯。それにここ、どこかの小屋?? 僕、ベッドに寝てるし⋯⋯あっ)」
身体を起こそうとしたジュイネは、自分が何一つ着ておらず裸体でベッドに寝かされた上に毛布だけかけられているのに気付く。
「(ど、どういう状況⋯⋯?? えっと、何があったんだっけ)」
「起きたか⋯⋯悪魔の子よ」
「(ひぇっ!? 暖炉の前に居る人、グレイグ将軍だったんだ⋯⋯)」
反射的に身体を起こすも、毛布はぴったりと身体に当てておくジュイネ。
「(ぇ⋯⋯待って、グレイグ将軍に脱がされた⋯⋯?? 全部、見られたってこと⋯⋯?! 何で、そんなっ)」
「随分混乱しているようだが、覚えていないのか⋯⋯?」
「な、何を」
「ユグノア城跡の崖に追い詰められたお前の足場が崩れ、そのお前を引き上げようとした俺の足場も崩れてしまい崖下に二人共々落下したのだ。⋯⋯運良く、使われていない小屋の近くの川岸に流れ着いたのだがな」
「そ、それで僕が服を着ていないのと、どういう⋯⋯」
「全身服が濡れたままベッドに寝かす訳にもいかんだろう。⋯⋯だから意識の無いお前を脱がせた上でベッドに寝かせたのだ。身に着けていた物なら、暖炉の近くに干してある」
「な、なんだ⋯⋯そういうことか。僕はてっきり」
「てっきり⋯⋯何だと言うのだ?」
「いや、その⋯⋯(全身見られたことに、変わりないや⋯⋯)」
恥ずかしげに毛布を引き上げて顔を覆ったジュイネに何かを察し、グレイグはひと言付け加えておく。
「⋯⋯なるべく地肌は見ないように脱がせたから問題はないぞ」
「(そういう、問題かな⋯⋯??)」
「外はまだ大粒の雨が降り続いている⋯⋯。晴れ間を見て他の兵士達と合流し、お前をデルカダール城に連れ戻す。⋯⋯それまで寝ていればいい」
「⋯⋯⋯っ」
グレイグは暖炉の方に目を戻し、ジュイネに再び背を向ける。
「(こ、このままデルカダール城に連れ戻されてたまるかっ。何か⋯⋯グレイグ将軍を欺く手はないかな)」
「俺から逃げようなどと考えない事だな。⋯⋯今度こそ、逃がさんぞ」
「⋯⋯⋯!」
ジュイネに背を向けたままとはいえ、まるで思考を読んだかの如くその声には脅しが含んでいた。
「(助けを、待つのもありかもしれないけど、みんなもどうなったか分からないし⋯⋯捕まってないといいけど)」
「⋯⋯⋯⋯」
「(───そうだ、眠りを誘う状態異常の呪文、ラリホーをグレイグ将軍に使えば⋯⋯!)」
「⋯⋯⋯⋯」
「(背を向けたままでいる今がチャンスだ⋯⋯だけど一発で成功するとは限らないし、一回失敗しただけでグレイグ将軍に何をされるか───いや、考えてる場合じゃない。みんなに助けられてばかりじゃいけないんだ、自分の身は自分で何とかしないとっ)」
「⋯⋯⋯?!」
何かぶつぶつ唱えているのを察しジュイネに振り向くグレイグ。
「お願いグレイグ将軍、ねんねして!《ラリホー》!!」
「なッ、睡眠系の呪文、だと⋯⋯??」
グレイグは身体をふらつかせ、意識が朦朧とした様子で半目になり、仕舞いには目を完全に閉じて小屋の床に横向きに倒れ寝息を立て始めた。
「⋯⋯やった、一発で効いた!! この隙に暖炉近くに干されてる服に着替えて───生乾きのせいか、着づらいっ! あ、あんまり時間をかけてると呪文が解けて起きちゃうかも⋯⋯早くしなきゃ」
ジュイネは何とか生乾きの服に着替え終えた。
「⋯⋯よし、まだ外は雨が降ってるみたいだけどそんなこと気にしてる場合じゃない。一刻も早くグレイグ将軍から離れて仲間と合流しないと───」
小屋の扉を開け雨の降りしきる外へ飛び出そうとするジュイネだが。
「逃がさん、と⋯⋯言ったはずだぞ、悪魔の子よ⋯⋯ッ!」
「しまっ⋯⋯?!」
眠りから覚めたグレイグ将軍の逞しい片腕に背後から首を絞められるジュイネ。
「(ぐ⋯⋯っ、何とか、もう一度ラリホーを)」
「また睡眠系の呪文を唱えるつもりなら、そうはいかんぞッ」
もう一方の大きな手でグレイグ将軍はジュイネの口元を背後から塞ぎ、ついでに鼻も塞ぐ。
「んっ、く⋯⋯!(息が、出来ない)」
「さぁ、観念するのだな⋯⋯俺は呪文を使わずとも、お前の意識を奪うくらい容易なのだぞ⋯⋯?」
「────」
耳元で囁かれた言葉を聞き届けたかのように、力を失ってずり落ちるジュイネを背後から抱き支えるグレイグ。
「全く⋯⋯世話の焼ける悪魔の子だな。──む、息をしていないッ? しまった、首を腕で押さえた上に手で口元と鼻を長く塞ぎ過ぎたか⋯⋯!?」
仰向けに意識無くぐったりしているジュイネにグレイグ将軍は慌てふためく。
「し、死なれては困る⋯⋯! 捕らえるのに多少傷付けてもいいと王に言われているが、生かして連れて来いとの仰せだ⋯⋯。ここは、人工呼吸を───」
「───くふっ、けふっ、はぁ⋯⋯はぁ」
「⋯⋯ふう、息を吹き返したか。意識を戻してまた睡眠系の呪文を唱えられては困るからな、猿轡をしておくか⋯⋯後ろ手にも縛っておこう」
「⋯⋯⋯⋯」
「服が、まだ生乾きだな⋯⋯。また脱がせるのも何だ、俺に寄り掛からせる形で、暖炉の傍に寝かせるか⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「(こうしてすぐ傍で大人しく寝ている様を見ていると、まだいたいけな少年だな⋯⋯)」
グレイグはふと邪な考えが頭をよぎり、かぶりを振ってジュイネを自分に寄り掛からせたまま、瞑想を試みる。──しかしいつの間にか眠っていたらしく、はっと目が覚めた時には雨音が止み、小屋の隙間から明かりが漏れ出ていた。
「(いかんいかん⋯⋯瞑想で眠るとは、集中力が足らんな。悪魔の子は───)」
「んん⋯⋯んっ⋯⋯」
「(息苦しそうに、呻いているな⋯。猿轡は、外してやるか。意識を戻して呪文を唱えようとしたらまた口元を塞ぎ意識を無くしてやればいい)」
猿轡を外してやると、息が楽になったらしく安らかな寝息を立てる。
「(外は晴れたようだ⋯⋯。悪魔の子を抱えて連れ出し、部下の兵士達と合流してデルカダールに戻るとするか)」
ジュイネを小脇に抱えるか横抱きするか迷っていると外から馬の嘶きが聞こえ、それが愛馬のリタリフォンだと察するグレイグ。
「流石は俺の愛馬⋯⋯俺の居場所に駆け付けてくれたか」
嬉しさの余り悪魔の子を小脇に抱え、グレイグは小屋のドアを開け放ち晴れ渡る外へ出る。
「───グレイグ将軍、ジュイネは返してもらうわよっ!!」
「なッ⋯⋯この女武闘家、何故俺のリタリフォンに乗って───」
「やあっ!!」
女武闘家はリタリフォンから颯爽と跳躍し、グレイグへ向けて強烈な脚技を見舞う。
「ぐうッ⋯⋯?!」
油断したグレイグはモロに一撃を受けて小脇に抱えていた悪魔の子を手放し、マルティナは意識の無いジュイネを取り戻すと同じく小脇に抱えて再びリタリフォンに乗り込み、ジュイネを自分の前に乗せて手綱を握り見事な手綱さばきでグレイグを一人残し颯爽と走り去った。
「(り、リタリフォンが俺以外の者を乗せ言う事を聞くなど⋯⋯それよりも、また悪魔の子を逃してしまった。まぁ、何だ⋯⋯見るものも見たし、人工呼吸も───今度会った時こそ、逃さんからなジュイネ。覚悟、しておけッ)」
end