魔王討伐を果たして数週間後、皆各地に落ち着いていたが聖地ラムダにて宴が催される事になり再び仲間が集まってベロニカの墓に挨拶をしてから本格的な祝宴が始まった。
「(ぬぅ⋯⋯ラムダのふくよかな婦人達に捕まり、散々質問攻めにあったがようやく解放された⋯⋯。いい身体付きをしているだの結婚しているか恋人がいるのかなど聞かれたが⋯⋯。それはともかく、ジュイネは何処にいるのか⋯⋯魔王討伐は果たしたとはいえ、俺はまだジュイネの盾なのだから余り傍を離れる訳には───)」
「⋯⋯⋯⋯」
「(⋯⋯宴の主役として里の者に囲まれ困っているのではと思ったが、案外一人で席に座りちびちびと飲み物を飲んで───木製のジョッキを手にしているという事は、酒かッ?)」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「(ぼーっとしていて顔が紅いようだが⋯⋯16の成人になってそれなりに経っているとはいっても、まだ酒には慣れておらんだろうしな⋯⋯)」
「───おい、ジュイネ」
「んー⋯⋯?」
木製のジョッキを両手に持ちグレイグにとろんとした上目遣いをするジュイネ。
「何を飲んでいるのだ?」
「ふふふ⋯⋯おすすめされたぶどう酒⋯⋯おいしいよ。グレーグものんだら??」
ニコニコとジョッキを寄越す。
「いや、俺は⋯⋯こういった席では余り飲む気になれんのだ」
「どうしてー⋯⋯? すごい飲めそうなのに、飲めないとか⋯⋯??」
「それなりには飲めるんだが、度を越すと泣き上戸になってしまうのでな⋯⋯。それ以前に、騎士の立場故こういった席では警備を優先するのだ」
「僕らのために開いてくれた宴なんらから、グレーグも楽しめばいーのに⋯⋯泣き上戸、見てみたいなー」
ちびちび飲みを再開するジュイネ。
「色々感極まってしまうし、周囲にかなり呆れられてしまうからな⋯⋯見せられるものでは無いぞ。所でお前は宴の主役とも言えるのに、何故一人飲みしているのだ?」
「えーっとねぇ⋯⋯最初はグレーグみたいに里の人達に囲まれたんだけど、質問攻めにされてもうまく答えれなくて、僕のことは気にしないれくらはいって言ってたらいつの間にか一人になってた⋯⋯えへへ」
「えへへってお前な⋯⋯。呂律が回らなくなってるぞ。そろそろ葡萄酒を飲むのをやめたらどうだ?」
「えー⋯⋯? らいじょーぶらよ、まだそんなにのんれないもん。これ一杯目らし⋯⋯」
「一杯目で半分以上もあって、飲み干してもいないのに早々に出来上がってるじゃないか⋯⋯確かにこれではまともに話にならんし、他の仲間の方に里の者が行くのも無理はないな⋯⋯」
「ねぇね、グレーグものもーよ⋯⋯楽しくなるらよ」
「いや、お前はもう飲むのをやめておけと⋯⋯」
「グレイグ様~、もう少しあたしらとお話しません事っ?」
「(ぬおッ、先程のご婦人達⋯⋯まだ話し足りないというのか)」
「⋯⋯⋯⋯」
「やっぱりグレイグ様はいい筋肉してるわぁ⋯⋯! その逞しい腕に抱かれたいもんだわねぇ!」
「んなッ⋯⋯」
「らめなんれすよ、グレーグ先生は僕のれすっ!」
グレイグの腰周りに抱きついてオバさま達を威嚇するジュイネ。
「あらまぁ⋯⋯!?」
「お、おいジュイネ⋯⋯婦人を相手に何の対抗心を露にしているのだ。は、離れなさい」
「いやれす、グレーグ先生は僕のらもんっ」
「何を言っているのかよく判らんのだが⋯⋯」
「グレーグ先生は、ぼくのこときらいなんれす⋯⋯?」
「そういう問題ではなくてな」
「⋯⋯⋯⋯ふえぇっ」
「お、おい泣くんじゃない⋯⋯!? 嫌いな訳はないから安心しろッ」
「えへー、よかったのれす⋯⋯ぎゅー」
「まぁまぁグレイグ様ったら、勇者様に随分好かれてらっしゃるのねぇ⋯⋯!」
「た、単に酔っているだけでは⋯⋯」
「⋯⋯どうしたの?」
「あ、マルティナ姫からもジュイネに何とか言ってやって下さい⋯⋯」
「何よ⋯⋯羨ましいわね。ジュイネに思いっきり甘えられているくせに、嬉しくないのかしら」
「う、嬉しいと言いますか、甘える相手を間違えているのではないかと⋯⋯」
「そうよねぇ⋯⋯私にしておけばいいのに。ねぇジュイネ、たっぷり可愛がってあげるから私の方に来ない?」
「うーん⋯⋯グレーグ先生のがいいのれす」
「⋯⋯いつの間にそんなに手懐けたの?」
「て、手懐けなどそんな。姫様も、酔っておられるのでは」
「あら、私はまだそんなに酔ってないわよ。気分はいいけどね」
「うー、とどかない⋯⋯」
何が不満なのか上向きのジト目でグレイグを見るジュイネ。
「⋯⋯? 何が届かないのだ」
「カオ⋯⋯? もっと近づけてくらはい」
「な、何をするつも」
「むー⋯⋯」
目を閉じて上向き、口元をグレイグに向ける。
「あら⋯⋯キス魔になっちゃったのかしら」
「こ、こら⋯⋯やめんか」
ジュイネの額を片手でペシっと軽く叩くグレイグ。
「えー、らめなんれすか⋯⋯?」
「き⋯⋯キスというものは、好き者同士でするものであってだな」
「グレーグ先生は、ぼくのことすきじゃないんれす⋯⋯?」
「す、好きか嫌いかで言えば、好きな方ではあるが⋯⋯」
「だったらキスしてあげなさいな、ジュイネはグレイグが大好きみたいだし」
「うん、らいすきれすっ!」
「具体的に、どこが好きだと⋯⋯」
「すごく強くてかっこいいし、ぼくに命預けてぼくの盾になって守ってくれるし、きんにくすごいし大きいし色々⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯」
「大きいのね⋯⋯色々」
「あとおヒゲもステキ、ぼくのアザと似てる」
「これはまぁ、偶然と言うかな⋯⋯」
「前髪片方だけだけど、ピロンとしてるのぼくと同じ⋯⋯」
「それも偶々似たというか⋯⋯」
「髪紫っぽいの、ぼくのイメージカラー!」
「そ、そうなのか?」
「あとあと、サラサラヘアーいっしょ⋯⋯えへへ」
「探せば結構共通点あるものね、貴方達って。大剣と大盾を扱うのも仲間内じゃジュイネとグレイグだけだし、それも一緒ね」
「そーそー、グレーグぼくとおそろい、いっぱいらの⋯⋯!」
「(⋯⋯酒を少しでも飲むと幼児化するのかジュイネは)」
「すきなとこいっぱい言ったから、きすしていいれすか?」
「そういう事ではない⋯⋯お前は16だし俺とは20も年が離れているのだぞ」
「相変わらず生真面目で頭が固いわね⋯⋯相手を好きな事に年の差なんて関係ないじゃない」
マルティナの言葉にどう反応していいか判らず黙ってしまうグレイグ。
「──────」
「じゃあグレーグ先生は、ぼくのどこがすきなんれす?」
「⋯⋯勇者の割に線が細く儚げで、何としても守ってやりたいと思わせる。中性的な容姿と声質、凛々しくもあり可憐でもある」
「⋯⋯⋯⋯」
「指通り滑らかなその髪に触れていたい⋯⋯その曇りなき眼に射抜かれていたい。柔らかくしなやかなその身体に、出来る事なら俺だけの───」
「グレーグ先生、へんたい⋯⋯?」
「(ヘンタ⋯⋯いえ、好きの気持ちは人それぞれね)」
「すまん今のは気持ちが先走りすぎた忘れてくれ」
「わすれまてん、バツとしてやっぱりきすしらすっ」
「いやッ、待て待て⋯⋯!?」
ぐいっとグレイグの手を下方に引いて顔を下げさせ、
口元に向けて口付けを───
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
「(⋯⋯ジュイネの口元、グレイグの顎髭に当たってるわね)」
「おもってたのとちがう⋯⋯もあもあしてる⋯⋯」
「人の目もある事だ⋯⋯これ以上はまた今度にしよう」
「んー⋯⋯つまんらぃ⋯⋯」
グレイグの大胸筋に突っ伏して、そのまま動かなくなるジュイネ。
「お、おいジュイネ⋯⋯?」
「すよすよ⋯⋯」
「眠ったのね⋯⋯ジュイネはまだお酒に慣れてないというか、弱いのかしらね」
「だからといって、ここまで幼児化せずとも⋯⋯」
「ふふ、そんな事言って⋯⋯本当は可愛くて仕方なかったんじゃないの?」
「⋯⋯⋯⋯」
「宿屋に寝かせてきたらどう? 眠ってる所にあんまりな事したら流石に私も怒るけど」
「き、騎士にかけて⋯⋯そのような暴挙は働きませんッ。静かに見守ります」
「ならいいわ、他の皆には私から言っておくわね。ジュイネはお酒が回って眠ったからグレイグが宿屋に連れ込んだって」
「(連れ込ん⋯⋯?)」
「ほら、さっさと宿屋に寝かせてきなさいな。立ったまま自分の胸元に寝かせておいてどうするの。それとも⋯⋯そのままの方が好みなのかしら?」
「いえ、そのような事は⋯⋯ジュイネを宿屋に寝かせて参ります」
ジュイネを横抱きし宿屋に向かうグレイグを少し呆れ気味に見送るマルティナ。
「(はぁ⋯⋯ジュイネもとんだヘンタ⋯⋯いえ、生真面目バカを好きになっちゃったものね)」
ラムダ宿屋の一室にてジュイネをベッドに寝かせ、静かに見守るグレイグ。
「すやすや⋯⋯」
「(こうして寝顔をじっくり見ていると、実に端正な顔立ちをしている⋯⋯。アーウィン様とエレノア王妃の遺伝子をバランス良く受け継いでいるな。どちらかと言うと、母方寄りだとは思うが)」
「ダメ⋯⋯ダメだってば、グレイグ⋯⋯そんな」
「(!? 一体どんな、夢を見て⋯⋯)」
「 ダメだって、言ってるのに⋯⋯あぁ」
「(夢の中の俺は、ジュイネに何と邪な──けしから)」
「んもう、ピチピチバニー⋯⋯没収⋯⋯むにゃ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「───グレイグ様」
「ふぬッ⋯⋯?! せ、セーニャか⋯⋯」
「あ、すみません⋯⋯。ジュイネ様が酔われて宿屋に運ばれたと聞いて、様子を見に来たのですが⋯⋯お邪魔でしたね」
「いや、そんな事は⋯⋯」
「⋯⋯⋯? ベロニ、カ⋯⋯?」
ふと目覚めたジュイネはセーニャを朧気な眼で凝視する。
「⋯⋯え?」
「ベロニカ⋯⋯だよね。会いに⋯⋯来てくれたの?」
「ジュイネ、何を言って」
「お待ち下さい、グレイグ様⋯⋯。ジュイネ様はまだ酔いが醒めていない事もあって、私がお姉様に見えているのかもしれませんわ」
「な、なる程⋯⋯」
「ベロニカ⋯⋯ごめんね。僕、勇者なのに⋯⋯僕が頼りないばっかりに、あんな───本当に、ごめん」
「⋯⋯⋯⋯」
「(⋯⋯ジュイネ)」
「『謝ってもらう筋合いはないわ』」
「せ、セーニャ」
「いいのです、ここは⋯⋯お姉様になりきって言わせてもらいますわ」
セーニャは毅然とした態度で生前のベロニカのようにジュイネに言葉を掛ける。
「『あたしはあたしの意志で勇者を守る使命を全うしたの。⋯⋯謝るのは寧ろ侮辱に等しいわよ』」
「⋯⋯⋯⋯」
「『それに⋯⋯勇者としてのあんたを守りたかっただけじゃない。“ジュイネ”としても、守りたかったのよ』」
「僕としても⋯⋯?」
「『あんたは確かに頼りなかったけど、あんたなりに頑張ってたじゃない。そこに勇者かどうかは関係ないわ⋯⋯あたしは仲間を、あんた自身を守りたかったんだから』」
「─────」
「『けどあたしはもうあんたを守ってやれない。だから⋯⋯他の仲間に、妹のセーニャにあんたを託したの。ただ、あたしのように死んだりしないで守り続けてほしかったわけよ。だって、あんたそうやって自分の事責め続けるでしょ? そんなあんたなんて見てらんないじゃない』」
「守られてばかり、だったから⋯⋯僕だって、勇者としてみんなを守りたくて⋯⋯それでもやっぱり、みんなに助けられてばかりだったな⋯⋯」
「『⋯⋯それでいいのよ、あんたは一人で勇者として立てるわけじゃない。頼れる仲間が居てこそ立てるのよ。勇者だから一人で何でも出来ると思ったら大間違いなの、それなら仲間のあたし達なんて最初から必要ないでしょ?』」
「うん⋯⋯」
「『ま、これからがある意味勇者としてじゃないあんた自身の人生になるんだから、あんたの思うように生きればいいのよ』」
「イシの村の復興と⋯⋯デルカダール王国の復興、それにユグノア王国の再建のこともあるし⋯⋯ロウじいちゃんは僕に、王家の人間に戻る必要はないからお前の自由に生きなさいって言ってくれてて⋯⋯各所の復興が済んだら、改めて世界を自分の足で旅したいって思ってるんだ」
「『いいじゃないそれ。⋯⋯誰か一緒に連れてかないわけ?』」
「うーん⋯⋯出来ればグレイグと一緒がいいんだけど、デルカダール王国が復興したら王様や姫を守る立場に戻るわけだし、僕と一緒に旅してる場合じゃないよね⋯⋯」
「いや、そんな事はない。暫く休暇を頂けばいいだけだからな」
「また⋯⋯僕と一緒に旅してくれるの?」
「お前がそれを望んでくれるのならば⋯⋯いや、俺としても平和になった世界をお前と共に改めて旅したいのだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「『良かったわね、ジュイネ。これでこの先、楽しみが増えたじゃない』」
「うん⋯⋯ベロニカ、僕ベロニカの分までちゃんと生きるから、見守っててね」
「『言われなくてもそうするわよ。⋯⋯ほら、安心したでしょ。もう一眠りしなさいよ、見守っててあげるから』」
「ありがとう、ベロニカ⋯⋯おやすみ⋯⋯」
「『おやすみ、ジュイネ⋯⋯』」
「 ───すぅ」
「再び眠ったか⋯⋯。俺はベロニカの事をよくは知らないが、皆の話だと気の強い性格のようだな」
「えぇ⋯⋯お姉様は思った事ははっきりと仰る方ですから。私はお姉様ほど強く言えるタイプではないですけど。───ベロニカお姉様ならきっと、先程のような感じでジュイネ様に仰ったんじゃないかと思います」
「そうか⋯⋯」
「勇者様を守るという使命を終えた私にはもうその必要も無くなりましたけど⋯⋯グレイグ様、これからのジュイネ様をどうかよろしくお願い致しますね。身体だけでなくその心も、守って差し上げて下さいませ。ジュイネ様は貴方を一番信頼されてますから」
「うむ⋯⋯任せてほしい」
─────────
──────
「うぅ⋯⋯頭痛い」
翌日目覚めたジュイネは二日酔いに苦しむ。
「それはそうだろうな⋯⋯セーニャが置いて行ってくれた二日酔いに効く薬を飲むといい。ほら、水だ」
「うん、ありがとう⋯⋯。僕、そんなに飲んだのかな⋯⋯よく覚えてないんだけど」
「いや、大して飲んでいないぞ。慣れていないかそもそも弱いのだろう」
「勇者がお酒飲めないなんて、かっこつかないんじゃないかな⋯⋯」
「勇者だからなど関係あるまい、自分で理想を高くしてどうする。⋯⋯お前は、お前でいいのだ」
「そう、だね⋯⋯。つい自分の中の勇者像と比較しちゃうけど、そんな必要ないんだよね」
「あぁ、その通りだ。⋯⋯酔ったお前は、中々見物だったしな」
「えっ、僕何かしたの⋯⋯??」
「人目もはばからず、随分と俺に甘えてきていたぞ」
「⋯⋯⋯⋯────」
恥ずかしさの余り顔を覆うジュイネ。
「約束した事も、覚えていないのか?」
「なっ、何の約束⋯⋯?! あんなことや、そんな⋯⋯??」
「何を想像しているのだ。⋯⋯各所の復興を終えたら、改めて世界を共に旅するという約束だ」
「そんな約束、してたんだ⋯⋯ごめん、覚えてなくて」
「なら、やめておくか」
「や、やめるなんてそんな⋯⋯! 改めて約束させてよ、各所の復興が終わったら平和になった世界を一緒に旅して巡ろうって」
「うむ⋯⋯その時を楽しみにしつつ、しっかりと復興してゆかねばな」
「うん⋯⋯!」
「そうだ⋯⋯お返しをせねばならんな」
「え、お返し⋯⋯??」
グレイグは不意にジュイネの額に口付ける。
「ふぇっ⋯⋯?!」
「顎髭ではあったが、お前が酔っていた際に口付けされたからな⋯⋯そのお返しだ」
「⋯⋯そんなの全然覚えてないし、なんならやり直すよ。だから、跪いてくれるかな」
「ほう⋯⋯お易い御用だ」
「⋯⋯⋯───」
グレイグを跪かせたジュイネは、その額に静かに口付ける。
「これでおあいこ、かな」
「ふむ⋯⋯柔らかな口付けだ。この続きは⋯⋯また今度にしよう。俺達にはまだまだこれから、幾らでも触れ合う時間があるのだからな」
end