「うぅむ⋯⋯」
「⋯⋯どうしたの、グレイグ」
「いや、大した事ではないのだが⋯⋯どうにも最近、同じような夢を見てな。デルカダール城内に俺と、もう一人⋯⋯黒い影のような存在が居るのだが、話し掛けても答えてくれず、触れようとすると遠のいてしまうのだ」
「そうなんだ⋯⋯。気になるなら、デルカダール城に戻ってみる?」
「しかし、夢の中の事くらいで城に戻るのもな⋯⋯」
「何かのお告げかもしれないよ、誰かが呼んでるとか」
「む、デルカダール王が俺を呼んでいる⋯⋯?」
「とにかく、デルカダール城にルーラで戻ってみようよ」
「あぁ⋯⋯では、頼む」
デルカダール城に戻ってみると、ホールにて待ってましたと言わんばかりに女性使用人がジュイネとグレイグの元に小走りにやって来る。
「あぁ、勇者様にグレイグ様、丁度良い所に⋯⋯!」
「⋯⋯何かあったのか?」
「それが⋯⋯西側の中庭の、命の大樹の根が絡まっている木の傍に黒い影のような存在がずっと佇んでまして⋯⋯。触れられないので兵士さんでも退治出来なくて、困ってるんです」
「黒い影のような存在って、もしかしてグレイグの夢の中に出て来た⋯⋯?」
「そうとも限らんだろうが、今になって何故そんなものが⋯⋯」
「実は、勇者の星に異変が起きて勇者様とグレイグ様がそちらへ向かって少しした後くらいから、城のホールや通路、食堂辺りでも見掛けるようになりまして⋯⋯」
「(邪神ニズゼルファの影響、かな)」
「デルカダール王は、何と仰っておられる?」
「うろついているだけで特に危害を加えられないなら、放っておけと⋯⋯。ですが、庭師や使用人としてはやはりあぁいった影のような存在にうろつかれると怖いのです⋯⋯。見える者と、見えない者に別れるようなんですが」
「(デルカダール王には、見えていないのだろうか⋯⋯)」
「グレイグ、早速西側の中庭に行ってみない?」
「あぁ⋯⋯そうだな、いつ実体化して暴れ出すかも判らんからな」
デルカダール城内西側の中庭にて。
「ほんとだ⋯⋯モヤモヤした黒い影のような存在が、命の大樹の根が絡まった木の傍に佇んでる」
「⋯⋯⋯! 夢の中で会った影の存在と、同じだ」
「やっぱり⋯⋯何か、訴えかけてるのかな。大樹の根も、微かに光って見えるし」
「大樹の根が、どうした?」
「あぁ、そっか⋯⋯。こっちのグレイグは見たことないんだっけ」
「こっちの俺⋯⋯?」
「ごめん、何でもない⋯⋯。僕は大樹の根を通じて、過去の記憶を見ることが出来るんだよ」
「あぁ、そういえば伝説の勇者ローシュの足跡を辿った時大樹の若葉を探してその記憶を皆で見た事があったな。それと同じ原理で勇者の紋章を持つお前が左手をかざすと俺達にも見えるのだったか」
「そう、だからもしかしたらこの黒い影の記憶なのかも」
ジュイネは命の大樹の根に左手をかざし、その甲の紋章の放つ光と共にある光景が見えてくる。
「───⋯⋯どういう、事だ? デルカダール城にしては随分荒廃していたし、ホメロスに似たような魔物が⋯⋯いや、あいつは魔物の姿にまではなっていない、はずだが⋯⋯?」
「(やっぱり、思い出すわけないか)」
「影は別の場所に移動したようだが⋯⋯追ってみよう、放ってはおけない」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯グレイグ様、勇者様、黒い影ならさっき食堂の方をうろついていて今度は食料庫に佇んでいるようです」
一人の兵士がそう教えてくれる。
「食堂や食料庫に向かうとは⋯⋯、腹でも空かしているのだろうか」
「食べる気はないけど、辿る場所に何か思い入れがあるんじゃないかな」
「うむ⋯⋯、食料庫といえば確か───奥にある食器棚を動かすと王の私室に続く隠し通路が現れるのだが、それを知っているのはホメロスと俺だけ⋯⋯子供の頃ホメロスが、この通路の事を教えてくれたのだ。その頃は悪さばかりして、隠し通路を悪巧みに使おうとしたんだが失敗して王にこっぴどく叱られたものだ⋯⋯」
「⋯⋯そうなんだ」
「あの頃は、とても楽しかった⋯⋯。そして心から信じていたのだ、ホメロスと共にこの国の未来を担って行くのだと」
「⋯⋯⋯、食料庫に居た黒い影、消えちゃったね。今度はどこに向かったんだろう」
「ジュイネ、俺はあの影について確かめなければならない事がある。ホメロスの私室へ⋯⋯共に来てくれないか」
「いいけど⋯⋯この食器棚、動かしてみてもいい?」
「む⋯⋯、何故今動かす必要がある? 王の私室に続く隠し通路だと言ったろう、興味本位で行くべき場所ではないのだぞ」
「それくらい、分かってるけど⋯⋯」
寂しげに俯くジュイネ。
「⋯⋯食器棚を動かすだけなら、構わんが。俺とお前で動かしてみるか?」
「うん」
ジュイネとグレイグは協力して食器棚を動かした。
「ほら、上に向かう隠し階段が現れただろう。⋯⋯ここだけの話だが、王はよくここを通ってつまみ食いをしていたのだ。甘い物に目がない御方だからな」
にやりとしつつジュイネに耳打ちするグレイグ。
「ふふ⋯⋯(とっくに知ってる、とは言えないな⋯⋯。それに、ここを通る際に話したことも覚えてないみたいだし⋯⋯この通路を経由して、玉座の間で言ってくれた言葉すらも───仕方ないのは、分かってるんだけど)」
ジュイネとグレイグがホメロスの私室に向かうと、まるで先回りしていたように黒い影が机の前に佇んで居たが二人が近づくと消え、その机の上には日記が残されていてそこにはホメロスのグレイグに対する劣等感と切実な思いが綴られていた。
「⋯⋯───もっと早い内に、ホメロスと腹を割って話せていれば、まだ違っていたのかもしれん。後悔しても、遅過ぎるのだがな⋯⋯」
「(グレイグ⋯⋯)」
「だとすればやはりあの影は⋯⋯、そうなのか。ならば今度こそ、終わりにせねばならん」
「(残留思念が、具現化した存在。それが───)」
「ジュイネ、あの影をもう一度探そう。⋯⋯きっと、あの場所に向かったはずだ。俺とホメロスの、思い出の場所のひとつに」
「(この城で幼い頃から過ごした思い出の場所が、グレイグとホメロスにとっては多いんだろうな⋯⋯)」
城のホールに佇んで居たのを見掛けた後、黒い影はバルコニーに向かったらしく、美しい夕陽に染まりつつあるその場所で、黒い影はグレイグが来るのを待っていたようにホメロスの姿を成す。
「やはり⋯⋯お前だったのだな、───ホメロス」
「グレ、イグ⋯⋯何故、だ⋯⋯何故、お前が⋯⋯お前だけが、いつも───ッ!」
「蓄積されたホメロスの闇が溢れて、具現化した⋯⋯。グレイグ、このままじゃ危険だ」
「判っている⋯⋯だがここは俺に任せてほしい、ジュイネ」
「───うん」
ホメロスとグレイグは互いにぶつかりあった。グレイグは言葉を掛け続け、ホメロスは自身の心の闇に苦しみもがき、ついにはグレイグはホメロスの闇を倒し大人しくさせた。
「グレ、イグ⋯⋯オレは、ただ⋯⋯お前のように、なりたかっただけなんだ⋯⋯」
「(何、だ⋯⋯。以前にも一度、そう言われた気がする)」
「⋯⋯⋯⋯」
「───ホメロス、故郷を失い孤独だった俺にとってお前と居られた日々はどれだけ心の支えだったか⋯⋯お前の存在は、正に光だったのだ」
「⋯⋯⋯⋯! ──────」
「(ホメロスが纏っていた闇が、溶けて消えて⋯⋯元の色を、取り戻して行く)」
「馬鹿な奴だ⋯⋯お前を裏切った者の為に」
グレイグとホメロスは互いの思いを打ち明け幼き日の友の誓いを呼び覚まし、ホメロスの魂はグレイグの鎧に宿って共に闘うに至り、その鎧は黄金色に眩しく輝いた。
「───ジュイネ、お前が望む限り俺はお前の盾として共に闘おう。⋯⋯ホメロスの事は、許さなくてもいい。だがあいつの生き様を、忘れないでやってくれ」
「⋯⋯うん」
「(⋯⋯⋯? 何だろう、急に視界が狭まって───)」
「お、おいジュイネ、どうしたのだ⋯⋯?! しっかりしてくれッ」
俯せに倒れ掛かるのを支えられグレイグの必死の呼び掛けが遠のいて行き、ジュイネの意識はどこかへと飛んで行く。
「───あれ、グレイグ? おかしいな、さっきまで傍に居たのに」
夕陽に染まるデルカダール城のバルコニーなのは変わらず、ついさっきホメロスが中央に突き立てた剣があって誓いのペンダントが飾られており、その傍に先程光の粒となって消えたはずのホメロスが微笑を浮かべながら佇んで居た。
「⋯⋯どういうことかな、ホメロス」
「フフ、悪いな。お前と二人きりで話してみたかったものだから、少しの間意識を失わせてもらった。言わばここは、精神世界のようなものか」
「魂の存在になっても、そんなこと出来るんだ」
「一度は魔物と化した身⋯⋯それくらい容易い。命の大樹の魂の循環に戻るには、まだ浄化が足りないがな」
「グレイグの魂の傍にいれば、遠からず浄化されて大樹の魂の循環に戻れるよ」
「フ⋯⋯よくそこまで確信を持って言えるものだな」
「グレイグは僕の盾で、彼の命は僕が預かっているし常に傍に居るから、闇に染まりようが無いもの」
「成程⋯⋯流石は勇者様だ」
「それに、ホメロスがグレイグの魂の傍に居るってことは、ホメロスの魂もグレイグの命と一緒に僕が預かるようなものだよ」
「そうか⋯⋯まぁ邪神さえ倒せば魂の完全な浄化も早まるかもしれんし、いつまでもグレイグの魂の傍に居るつもりはないから安心するといい」
「⋯⋯それで、何かな話って。グレイグをあまり心配させたくないから出来れば手短にお願いしたいけど」
「まぁそう言うな、それ程時間は取らせないつもりだ。⋯⋯お前は、魔王が誕生した世界から時を遡って来たのだろう」
「へぇ⋯⋯分かるんだ。こっちのウルノーガも消える間際、僕が時を遡って来たのを分かってたみたいだけど」
「生きている者より、死に逝く者の方が聡いものだ。現にお前の仲間達⋯⋯特にグレイグは、世界崩壊後にお前と紡いだ絆を覚えてはいないだろう」
「⋯⋯そうだね、分かっていたことだけど、寂しいものだよ。というか⋯⋯僕とグレイグの絆をホメロスはそんなに知らないはずだけど」
「それはそうだ。⋯⋯しかしオレの魂はグレイグの隣に在る事によって、あいつの潜在意識に刻まれた記憶も直に伝わってくるようになったのだよ。オレの知らぬ間に随分と良い仲になったものだな」
「そうなのかな、幼い頃からの付き合いのホメロスには敵わないと思うけど」
「年数の問題ではないな。やはり、通じるものがオレとは違うのだろう」
「⋯⋯僕はグレイグとホメロスのような友人関係にはなれないけど、それと同じようにホメロスは僕とグレイグの、勇者と盾の関係にはなれないってことでしょ」
「あぁ、だが幼い頃故郷を滅ぼされ孤独だったあいつの光だったらしいオレと⋯⋯、第二の故郷すら荒廃し友だったオレとも決別、絶望の淵に立たされながらも勇者の盾になるという希望を見い出しお前と肩を並べると決めた⋯⋯あいつの“救い”になったという意味では、同じかもしれないがな」
「僕とホメロスが、グレイグにとっての救い⋯⋯」
「───ジュイネ、お前に詫びを入れないのは後味が悪いと思ってな。イシの村を砲台で破壊し焼き払った事⋯⋯、村人全員を皆殺しにしようとした事⋯⋯そして、お前が時を遡って無かった事にしたとはいえ元の世界で魔王誕生の一旦を担い、お前の仲間の一人を死なせた事⋯⋯。天空魔城で死んだ仲間の幻影を見せ、暴言を吐いた事───謝って済む問題ではないし、許してもらおうとも思わないが、本当に⋯⋯申し訳なかった」
ジュイネに深く頭を下げるホメロス。
「⋯⋯ベロニカが死んでしまうきっかけを作ったことは許してない。ベロニカの死を冒涜したことも⋯⋯。けどそれは、その責任は僕自身にもあるから⋯⋯それに、一番悪いのは邪神とウルノーガだし、ホメロスもあいつらに運命を狂わされた一人に過ぎないんだ。もういいから、頭を上げてよ」
「────。オレに言われるまでもないだろうが⋯⋯グレイグを、頼む。あいつは昔から馬鹿正直で生真面目が過ぎるから、融通が利かず空回りばかりして見ているこっちが歯がゆくなる程だ。お前なら⋯⋯あいつを間違った方向へは決して向かわせないと信じられる」
「うん、任せてほしい」
「お前が望む限り⋯⋯グレイグはお前の盾であり隣に居続けてくれるだろう。⋯⋯いや、グレイグ自身も、お前の隣に居て共に歩み続ける事を望んでいる。元の世界で紡いだ絆は覚えていないように見えても、潜在意識の中で記憶していてそれらは決して消えはしないのだから」
「⋯⋯⋯⋯」
「フ、オレとした事が少々語り過ぎたか。そろそろグレイグの元に戻ってやるといい、急に倒れたお前の事が心配で堪らないといった様子だからな」
「───⋯⋯ぅ、ん⋯⋯?」
「おぉジュイネ、目が覚めたか⋯⋯! 急に意識を失い倒れたから心配したのだぞッ」
いつの間にか、貴賓室のベッドに運び込まれていたようだった。グレイグがジュイネを案じた様子で間近に顔を覗き込んでいる。
「あ、ごめん⋯⋯心配かけて。ちょっと、ホメロスの魂が強引に僕と話したがって、意識を失わせてきただけだよ」
「何? あいつめ⋯⋯加減を考えてほしいものだな」
「ホメロスに、グレイグのことを任されたよ。⋯⋯言われなくても、僕はグレイグと隣り合って一緒に歩んで行きたい。魔に染められなければホメロスも⋯⋯グレイグと双頭の鷲として在り続けたいと願っただろうけど」
「───過ぎた事を悔やみ続けても、仕方ないのだ。俺達は共に生きる者として、前に進まねばならん。⋯⋯今は亡き者を時折思い出してやる事が、供養の一つになるのだと俺は思う」
「僕に、ホメロスの代わりがつとまるか分からないけど⋯⋯」
「あいつの代わりはおらんよ。⋯⋯ジュイネ、俺にとってお前の代わりなど存在しないように、な」
グレイグはジュイネの頬に片手を添えて微笑し、ジュイネもそれにつられて微笑んだ。
「うん⋯⋯ありがとう、グレイグ」
end