「───おい、おいお前⋯⋯起きろよ」
「(ん⋯⋯あれ、誰の声だろ。聞いたことあるような、ないような⋯⋯)」
まだ微睡みの中にいるジュイネは、少年のような声が遠巻きに聞こえるのを感じた。
「起きろって言ってるだろッ!」
「わっ、耳元で大きな声出さないでよ、聞こえてるよ⋯⋯! って、君⋯⋯誰だっけ??」
飛び起きて声のした方を向くと、簡易的なプレートメイルを装備している見習い兵士らしき姿の少年が怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「お前こそ誰だよ、それにここはどこだッ?」
「えっと、ドゥーランダ山の麓のキャンプ跡のはずだけど」
「どーらんだ⋯⋯? 何だそれ、おれはお前なんかとこんなとこ来た覚えはないぞッ」
「そう言われても⋯⋯あれ、君よく見たら───」
「な、何だよ。顔近づけるなよ!」
「⋯⋯少年時代の、グレイグじゃない?」
「は? 確かにおれは、グレイグだけど⋯⋯何でお前がおれの名前知ってるんだッ?」
「グレイグの少年時代を、大樹の根の記憶で見たことがあるから⋯⋯。そういえば、大人のグレイグはどこ??」
ジュイネが周囲を見渡しても、大柄なグレイグの姿は見当たらない。
「大人のおれって何だよ、そりゃおれだって早く大人になって立派な騎士になるつもりだけどさ⋯⋯」
「え、もしかしてグレイグ⋯⋯、何でか知らないけど少年時代に戻っちゃったの?」
「お前、さっきから何のこと言ってるか分からないぞ!?」
「(参ったな⋯⋯僕との記憶も失くしちゃってるみたいだけど)」
「ホメロス⋯⋯ホメロスがどこにいるか知らないか? あいつはおれにとって唯一の友達なんだ、頭のいいあいつが居ないと現状が掴めなくて困る」
「(唯一の、友達⋯⋯)」
それを聞いたジュイネは、胸の奥がチクリと疼いた。
「おいお前、聞いてるのかよッ」
「あ、ごめん⋯⋯僕はジュイネっていうんだけど、ホメロス⋯⋯彼はここには居ないよ」
「え、じゃあどこにいるんだよ?」
「それは───」
「まさかお前、ホメロスに何かしたんじゃないだろうなッ? だったら許さないぞ⋯⋯!」
少年グレイグは背中に装備していた見習い兵士の剣を抜き、ジュイネに斬りかかる。
「まっ、待って! どこに居るかも僕にも分からないんだ⋯⋯!」
「ちッ、お前とじゃ話にならない。おれはデルカダール王国に戻る! ホメロスは城に居るかもしれないしな」
剣を収め踵を返す少年グレイグ。
「だ、だめだよ⋯⋯今デルカダール王国は───」
「⋯⋯⋯⋯そもそもここからデルカダール王国への帰り道が、おれには分からない! お前、ジュイネとか言ったな⋯⋯デルカダール王国を知ってるなら帰り道も知ってるだろ、案内してくれ」
「ごめん⋯⋯来た道を今、戻るわけにはいかないんだ」
「何だよそれ、おれは見ず知らずのお前とこんな山の麓にいるわけにいかないんだよ!」
「見ず知らずじゃないんだけどな⋯⋯本当に僕のことを、忘れてしまったの?」
「軟弱そうなオンナみたいな顔したお前なんか知るかッ」
「そんな⋯⋯酷いよ、グレイグっ」
片腕に顔をうずめ、泣く仕草をするジュイネ。
「お、男なら泣くなよな!? ⋯⋯なら真剣勝負しようぜ、まだ見習いとはいえ強国デルカダール仕込みのおれの剣と、どこの馬の骨かも分からないお前、どっちが強いか白黒つけようじゃないか。おれが勝ったら、デルカダール王国への帰り道を案内してもらうからなッ!」
「わ、分かったよ⋯⋯その代わり、僕が勝ったら僕の言うことを聞いてもらうからね」
「あぁ、いいとも。男の約束だ」
ジュイネは少年グレイグと同じ片手剣を装備し、二人は向き合って対峙する。
「(グレイグが僕より小さいなんて⋯⋯子供時代だから当たり前なんだけど、何だか変な感じ⋯⋯いつも大柄なグレイグを見上げてるからかな)」
「なにぼーっとおれを見てるんだよ、そっちから来ないならこっちから行くぜッ!」
少年グレイグの素早い斬撃がジュイネを襲う。
「(一撃一撃が、重い⋯⋯。子供時代から力強くて、もう剣の才能を開花させてるんだ。グレイグの近くに居たホメロスが劣等感抱くのも、無理ないのかも)」
「ほらほらどうした? 反撃も出来ないのかよッ!」
「(今の僕が子供時代のグレイグを負かしても何の自慢にもならないけど、流石に負けるわけにもいかないし⋯⋯力の差を見せつけないと)」
ジュイネは一旦少年グレイグから身を引き、素早く剣を天空に掲げ雷を呼び刃に宿らせると、容赦なくギガスラッシュを放つ。
「うわああぁ?!」
「(あっ⋯⋯、ちょっとやり過ぎたかな)」
少年グレイグは躱す間もなくギガスラッシュに撃沈し、仰向けに倒れ込む。
「だ、大丈夫? 今回復呪文かけるから⋯⋯《ベホイム》!」
「あ、あんた⋯⋯すごいじゃないか。軟弱なんて言って悪かったよ」
「別にいいよ、それくらい⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
膝をついて自分を回復してくれるジュイネに対し、少年グレイグは上半身だけ起こしたままジュイネの顔をじっと見つめる。
「え、どうしたの⋯⋯?」
「いや、何か⋯⋯男にしてはキレイな顔してるなと思って。ほんとにオンナなんじゃないのか?」
「⋯⋯⋯⋯。だったらどうだって言うのかな、オンナだから負けてやったってこと?」
少し冷たい表情を少年グレイグに向けるジュイネ。
「いや、その⋯⋯強いのにオンナもオトコも関係ないよな! おれももっともっと修行してあんたみたいに強くなって、みんなを守れるようになりたいんだ。そしたら、誰も死なせずに済むもんなッ」
「⋯⋯⋯⋯、僕は強くなんてないよ」
「何でそんな⋯⋯つらそうな顔してるんだよ」
「──────」
顔を逸らし黙ってしまったジュイネに対し、気まずくなった少年グレイグは何か思い出したように声を上げる。
「そ、そうだほら! 勝ったのはあんたなんだから、言うことひとつ聞いてやるぞッ?」
「あ、そっか、そういう約束だったね。じゃあ⋯⋯抱っこしてもいいかな」
「はッ? 抱っこ⋯⋯!? おれはもう小さい子供じゃないんだぞ?!」
「僕より小さい頃のグレイグを抱っこしてみたいんだけどな⋯⋯じゃあ僕の膝の上に乗る?」
「な、何でそうなるんだよ⋯⋯あんたおれを子供扱いしたいだけだろ」
「だって⋯⋯大人のグレイグは背がとても高くて身体付きも立派だし、いつも僕の方が子供っぽくなっちゃうから⋯⋯」
「へぇ、大人になるとおれはそんなに大きくなるんだな⋯⋯。ならまぁ、今だけはおれを子供扱いしてもいいぞ?」
「ふふ、それなら遠慮なく⋯⋯」
ジュイネは少年グレイグを横抱きする形で抱き上げる。
「ちょっと待ってくれよ⋯⋯これって抱っこなのか??」
「え、違うっけ?」
「どっちかって言うと、お姫様抱っことかいう⋯⋯⋯⋯おれはお姫様じゃないぞ!?」
「やっぱり子供時代のグレイグは軽いなぁ⋯⋯大人のグレイグだと僕じゃこうして抱っこ出来ないもんね」
しげしげと間近で見つめられ、少年グレイグは恥ずかしくなってくる。
「いや、もういいだろ⋯⋯そろそろ降ろしてくれよ」
「⋯⋯それなら次は、僕の膝の上に座ってくれるかな?」
「次あるのかよ! 言うこと聞くのはひとつだけって言ったはずだぞッ?」
「そうだっけ? ならさっきのと込みでどうかな」
ジュイネは座って膝を伸ばした状態で少年グレイグを招く。
「込みって、あのなぁ⋯⋯えっと、背中向けていいんだよな? 向き合って座るわけじゃないよな?」
「僕はどっちでもいいけど⋯⋯」
「せ、背中向けて座るぞ! えーっと⋯⋯こう、か??」
少年グレイグはジュイネの膝の上にちょこんと体育座りする形で背を向けて座る。
「ふーん⋯⋯、大人の時よりちょっと短いけど、グレイグは子供時代から髪伸ばしてたんだね」
「ちょッ⋯⋯、後ろから撫でるように髪に触らないでくれよ、くすぐったいだろ⋯⋯!」
「あ、ごめん⋯⋯何だかかわいくて」
「かわいいとか言うな⋯⋯!? じゃあ、あんたのも触らせろよッ」
少年グレイグはくるりとジュイネに向き直り、半ば勢い余って押し倒すような形でジュイネの頭に触れる。
「わ⋯⋯っ」
「あんたの髪、すっごいサラサラしてるな⋯⋯」
うっとりするようにジュイネの髪に何度も触れる少年グレイグ。
「く、くすぐったいってば⋯⋯そんなに何度も触れないでよ⋯⋯」
「あんたもさっき、おれにそうしただろ⋯⋯お返しだ」
「⋯⋯⋯⋯」
ジュイネは唐突に少年グレイグの頭の後ろに両の手を回し、自分の額にグレイグの額を引き寄せ合わす。
「うわっ、何だよ急に⋯⋯?!」
相手の顔が間近過ぎて、少年グレイグは頬が熱くなるのを感じた。
「今から言う、僕の言葉に続いてみてくれるかな」
「え⋯⋯?」
「───僕が、世界を救う勇者なら⋯⋯⋯」
「───おれは⋯⋯⋯俺は、勇者を守る盾になる」
その瞬間、少年グレイグの身体が光り出し、見る見るうちに大人の大柄なグレイグとなってジュイネの細身の体の上に馬乗りの姿勢になった。
「───⋯⋯ハッ、俺は一体何を」
「とりあえず⋯⋯僕の上から退いてくれないかな、グレイグ。重いんだけど⋯⋯」
「す、すまんジュイネ⋯⋯そんなつもりは」
グレイグは慌ててすぐにジュイネの上から退く。
「⋯⋯ついさっきまでのこと、覚えてないの?」
「少年時代の、夢を見ていたような気がするが⋯⋯何かしたのか、俺は」
「覚えてないならいいんだ、全然問題ないよ」
「いや、しかし⋯⋯うーむ⋯⋯??」
腕を組み不思議そうに首を傾げている大人のグレイグを見て、自分だけが秘密を知っている気になったジュイネはちょっと嬉しくなって微笑むのだった。
end