「お姉様は⋯⋯もう、居ない。どこにも、居ないのですね」
「─────」
「⋯⋯⋯⋯」
「里の人々に、ベロニカお姉様の死を伝えなければなりません。葬儀も、執り行なわなければ⋯⋯」
亡きベロニカの杖を手に、セーニャは涙を見せず毅然と前を向き先に里の広場へ戻り、他の仲間もショックを受けながらもそのあとに続き静寂の森を出る。
「⋯⋯姫様、ジュイネ、ずっとここに居ても仕方ない。我々も⋯⋯行こう」
雨が静かに降り続く中、何も言わず俯き立ち尽くす二人に消え入りそうな声を掛けるグレイグ。
「うっ、うぅ⋯⋯!」
ジュイネが胸を押さえて呻き苦しみ出し、体勢を崩して前のめりに倒れ掛かるのをマルティナが咄嗟に支える。
「どうしたの、ジュイネ⋯⋯! 胸元が痛むの? ウルノーガにやられた傷跡が───」
「ショックが大きかったのでしょう、無理もない⋯⋯。回復呪文を得意とするセーニャかロウ様を呼び戻して来ます!」
「グレイ、グ⋯⋯待って」
「ぬッ?」
「セーニャは、今⋯⋯里の人達にとても、つらい報告をしてて⋯⋯大事な葬儀も、行わないといけないんだ⋯⋯。そんな時に、手を煩わせたくない⋯⋯っ。だから、呼ばないで⋯⋯」
苦悶の表情を浮かべ呼吸が浅く、片手で胸元を強く押さえながら懇願するように息も絶え絶えに言うジュイネ。
「それならば、ロウ様を───」
「セーニャの後にロウ様も続いて行ったようだから、ロウ様を呼べばセーニャに気付かれるかもしれない⋯⋯。ひとまず、目立たないように宿屋に入ってジュイネをベッドに休ませましょうグレイグ」
「そう、ですね⋯⋯事情は葬儀が終わってからでも話せばいいのでしょうが、私と姫様はともかくジュイネの姿が見えないと皆結局は心配するのでは⋯⋯」
「ベロニカの、葬儀に⋯⋯出られそうもなくて、申しわけないけど⋯⋯先に宿屋で休んでるって、僕が居ないのに気づいた仲間に、伝えてくれないかな⋯⋯大したことは、ないからって⋯⋯。回復呪文がなくても、しばらく休めば大丈夫だと思う、から⋯⋯」
「⋯⋯グレイグは、葬儀に参列してちょうだい。ジュイネが今述べた事柄を、仲間が気付いた時に伝えてくれればいいから。私が、ジュイネの傍に居るわ」
「そういう事なら⋯⋯判りました。ジュイネの胸の痛み、落ち着いてくれるといいのですが⋯⋯」
マルティナは胸の傷跡の痛みに苦しむジュイネに肩を貸し目立たぬようラムダの里の宿屋へ向かい、グレイグはベロニカの葬儀の方に参列した。
「はぁ、はぁ⋯⋯。ほんとは、僕が一番⋯⋯ベロニカの葬儀に、参列してないといけないのに⋯⋯」
「仕方がないわ⋯⋯それだけあなたは心を痛めているのでしょう。その結果、大樹の件で負った胸元の傷跡が疼くのも無理もないもの」
宿屋に入ると人けは無く、ベロニカの死を受けて葬儀に参列したのだと判り、マルティナはジュイネを宿屋のベッドに寝かせ、毛布を首元までそっと掛けてやる。
「海底王国で⋯⋯僕を介抱してくれた女王セレン様は、ベロニカの死を、知っていたのかもしれない⋯⋯。詳細は教えてくれなかったけど、僕の仲間は生きているということは示唆してくれていたから⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「でも、死んでしまった仲間のことは⋯⋯その時の僕には、話せなかったんだと思う。数ヶ月もの間眠っていたのから目覚めたばかりで、勇者の力も失っていたから⋯⋯」
「そんなジュイネにその時話した所で、自責の念に囚われ自分を見失い兼ねないと判断したのでしょうね⋯⋯女王セレン様は」
「そう、だね⋯⋯。仲間とはぐれて独りの僕なら、その事実に耐えられなかったと思う。だけど今は⋯⋯、また仲間が居てくれる。それでも⋯⋯、それでも、この胸の痛みは⋯⋯抑え、られなくて⋯⋯っ」
ベッドの中で縮こまるようにしてジュイネは疼く胸の痛みに苦しみ、ぎゅっと目をつむる。
「ジュイネ⋯⋯」
「仲間の誰かが、僕のせいで死んでしまってるかもしれないなんて⋯⋯考えたくなかった、から。だから⋯⋯生きてくれていた仲間と再会出来た時、涙が出るほど嬉しかったんだ」
「⋯⋯そうでしょうね」
「だけど、ベロニカは⋯⋯ベロニカは、命の大樹での出来事で僕達を⋯⋯命懸けで守って、死んでしまっていた⋯⋯。他のみんなのように再会して⋯⋯きっとまた叱ってくれたり、心配したりしてくれるんじゃないかって、思ってた、のに」
「⋯⋯ベロニカは、仲間の私達だけでなく敵対していたグレイグや私の父デルカダール王もあの場から助けてくれた⋯⋯。感謝してもしきれないわ」
「僕が、助かったのは⋯⋯いつもの奇跡のようなものだって⋯⋯驕っていた部分も、あったんだよ⋯⋯。そういうことが実際、幼い頃から多々あったから。けど、違った⋯⋯魔王を誕生させてしまって、打ちのめされた僕達を⋯⋯あの場から命懸けで助けてくれたのは、ベロニカだった⋯⋯あんなに、必死に⋯⋯最期は、たった独りで───」
「⋯⋯⋯⋯」
「『さよなら』って⋯⋯っ」
ベッドの中でジュイネが大粒の涙に濡れているのを、マルティナは察する。
「(私はジュイネと再会して仲間となってから、ジュイネを全力で守ってきたつもりだったけれど⋯⋯実際はベロニカが、ジュイネを命懸けで守って私達に後を託し、亡くなってしまった⋯⋯。でも私は、これ以上ジュイネを悲しませる訳にはいかない⋯⋯生きて、ジュイネを守り続けなければ───)」
「思い、返したら⋯⋯本当に、みんなに守られてばかりで⋯⋯僕は、勇者なんかじゃないんじゃないかって⋯⋯。何もしなくたって、アザが⋯⋯紋章が導いてくれるし、それに従ってるだけで⋯⋯僕は勇者の紋章の、“飾り”でしかないんだ」
「そんな事は問題ではないわ。私達は、ベロニカに魔王から世界を救う事を託された⋯⋯。魔王を誕生させてしまったのならそれを討ち滅ぼす事が私達の使命よ。当初の私は⋯⋯赤ん坊のジュイネを手放してしまった罪悪感と共に、大好きな人々を私から奪った元凶を倒す為にロウ様と共に旅をしてきたけれど、あなたと再会出来てからは、あなたを守る事も私の大切な役目なのよ」
「役、目⋯⋯。マルティナは、“僕”じゃなくて⋯⋯あくまで“勇者”の僕を、守りたいんじゃないの? ベロニカだって、そうだよ⋯⋯。勇者だから、僕を命懸けで守ってくれたんだ」
「───あなたは、ジュイネは私にとって、かけがえのない存在。“勇者だから”なんて、関係無いわ。ベロニカだってそうだったはずよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「ジュイネがここで使命を諦めるというなら、それも仕方ないわ。あなたを聖地ラムダに残して、私達だけでもどうにかして天空魔城に乗り込み魔王ウルノーガを討つのみよ」
「────、マルティナは⋯⋯やっぱり強いな」
「いいえ⋯⋯そうでもないわ。エレノア様やアーウィン様、ジュイネを失った時から確かに私は肉体的にも精神的にも強くなる事に努めたけど⋯⋯今はただ、自分の無力さに反吐が出るほど嫌気が差しているの」
「⋯⋯!」
「命の大樹の魂の場で、ジュイネを守れなかったばかりか魔王を誕生させてしまい⋯⋯挙げ句仲間の一人を死なせてしまったのよ。私がもっと強かったなら、まだ何か出来たんじゃないかって⋯⋯。後悔ばかりもしていられないけれど、ね」
「僕、だって⋯⋯勇者としてちゃんと強かったら、魔王誕生なんて阻止してベロニカを死なせないように出来たはずなのに───うっ、けほ、けほ!」
ジュイネは胸を押さえ咳き込んだ。
「ジュイネ、話はここまでにして安静にした方がいいわ。この状況で眠るのは難しいかもしれないけれど、出来るだけ休んでおかないと。私が傍にいるから、安心して」
「───分かったよ、僕が勇者の紋章の飾りじゃなくて、勇者の力を僕が飾りにすればいいんだ。⋯⋯だから僕は実質、勇者じゃない。勇者の力は借り物だから、僕は“ジュイネ”でしかないんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「魔王だって、仲間のみんなで倒すよ。誕生させてしまった罪があるから。⋯⋯ベロニカの分まで、魔王から世界を救うんだ。僕の、意思で───」
「⋯⋯⋯ジュイネ?」
「すぅ⋯⋯⋯」
「(眠ったのね⋯⋯。そうね、勇者の飾りではなく、勇者を飾りにしてしまえばいいのよ。あなたは⋯⋯勇者である前にジュイネなのだから)」
───ジュイネが眠っている最中、マルティナはふと、ベロニカと二人だけで話した時の事を思い出す。
『⋯⋯マルティナさんは綺麗な上に強くてかっこいいわよね、あたし子供の姿じゃなかったら蹴り技とか教わりたかったくらいよ。この姿じゃリーチが短すぎて無理あるものねぇ』
『ふふ、私はベロニカに攻撃呪文を教わってみたいけれど⋯⋯私って呪文だけはからっきしなのよね』
『ふふん、攻撃呪文はこのあたしに、回復呪文はセーニャに任せてちょうだい! ところで、ねぇマルティナさん⋯⋯ジュイネの事、どう思う?』
『どうって⋯⋯16の成人を迎えている割にはまだ少年らしいというか、可愛らしい顔つきよね。ちょっと頼りなげな感じが庇護欲をかき立てられるというか⋯⋯』
『そう、そうなのよ! ぱっと見勇者には見えないわよねぇ? って、あたしは一応一発で見抜いたけど⋯⋯。何かこう、ビシッと決めてくれないっていうか⋯⋯あたしの妹のセーニャみたいに、おっとりしてる所とかぼーっとしてるとことかあるから、目が離せないのよねっ』
『⋯⋯ベロニカは、私より先にジュイネの仲間になるのが早かった分、彼の事をよく見ているわね』
『それはまぁ、ねぇ。ジュイネは勇者としてはまだまだ未熟だから、仲間のあたし達でしっかり支えてやらないとね!』
『えぇ、そうね⋯⋯。私にとっては16年間離れていた分、全力でジュイネを守るわ』
『⋯⋯そういえばマルティナさんって、赤ん坊の頃のジュイネの事を知ってるのよね?』
『そうよ、一緒にいられた時間は短かったけれど⋯⋯今でもはっきり覚えているわ。触れたらこわれてしまいそうな程に小さかったのに、私より背丈が大きくなってるなんてね⋯⋯何だか不思議な気持ちだわ』
『ふぅん⋯⋯何かちょっとだけうらやましいかも』
『え?』
『な、何でもないから! ───ねぇマルティナさん、もしあたしに何かあったら⋯⋯ジュイネの事お願いね。まぁ、あたしに言われるまでもないと思うけど』
『ベロニカ、貴女どうしてそんな事⋯⋯』
『やぁね、本気にしないでってば! ⋯⋯あたしはジュイネが勇者の使命を果たすまで、傍にいて守り抜くわよ。そのあとも⋯⋯仲間としての交流くらいは続けたいからねっ』
(───⋯⋯貴女はそう言っていたわね、ベロニカ。貴女はどんな事を想い、あの場で最期を───)
「まって⋯⋯まってよ⋯⋯」
「⋯⋯え」
「そっちへ行っちゃだめだ、ベロニカ⋯⋯っ!」
ベッドで眠っていたはずのジュイネが飛び起き、苦悶の表情を浮かべながら胸元を押さえる。
「落ち着いて、ジュイネ。夢を見たのね⋯⋯」
「ユメ、じゃない⋯⋯ベロニカは───」
背中を優しくさすってくれるマルティナに構わず、焦った様子で周囲を見回すジュイネ。
「⋯⋯あなたが眠ってから、時間もそんなに経ってないわ。葬儀も、まだ続いているみたいだから」
「そう、ぎ⋯⋯ベロニ、カ」
ぽつりと呟き、ジュイネは俯く。
「ベロニカが、遠くに居て⋯⋯追いかけても、追いかけても、追いつけないんだ。ベロニカはいつも、あんな小さな身体で僕を守ってくれてた⋯⋯。僕は、ベロニカに何をしてあげられたんだろう。助けられてばかりで、守ってあげられたことなんて───っ」
はらはらと涙こぼすのを見ていられなくなったマルティナは、ジュイネを強く抱き寄せる。
「大丈夫よジュイネ⋯⋯私にベロニカの代わりが務まるか分からないけれど、ジュイネはきっと私が守り抜くから」
「だめ⋯⋯だめだよ、マルティナ⋯⋯。マルティナまで、ベロニカのようになってほしくない⋯⋯っ。お願いだよ、ずっと⋯⋯ずっと傍にいて。僕もみんなを⋯⋯今度は、ちゃんと守れるようになるから⋯⋯だから───っ」
マルティナを強く抱き返し啜り泣くジュイネ。⋯⋯指通り滑らかな彼の頭髪をマルティナはゆっくりと撫ぜ続け、胸の苦しみが段々と落ち着き泣き止んだジュイネは今度は深い眠りについた。そんな彼をベッドに再び横たわらせ、マルティナは傍で静かに見守り続けた。
end