「───それにしてもさっきの、片目だけ異様に光っててボロ布を纏った大柄なガイコツ剣士みたいなやつ、何とか倒せたけどさすがのあたしでも身の毛がよだつほどおぞましかったわね⋯⋯。先代勇者の仲間であるネルセン様の試練なだけはあるわ」
「自分の中にある恐怖が実体となって立ち塞がるそうですから、この先の試練も相当厳しいものになりますね⋯⋯」
ベロニカとセーニャはそのように述べ、ジュイネの方は微かに震え俯いたまま押し黙っていた。
「⋯⋯⋯⋯」
「どうしたのよジュイネ、あんたまさかさっきので怖気づいたんじゃないでしょうねっ?」
「ち、違うよベロニカ。これは、武者震い⋯⋯ってやつだよ」
「ふぅん? さすが勇者って感じかしら。試練はまだ続くんだし、こんな序盤で挫けてたら世話ないものね!」
「そう、だよね⋯⋯(世界の異変後に戦った屍騎軍王ゾルデと、見た目も能力もそっくりだった。初めて目にした時の恐怖が、鮮明に蘇った⋯⋯。ネルセン様は、僕が魔王を誕生させてしまった世界のことを知ってるんだろうか)」
「むぅ⋯⋯」
「あらグレイグ、考え込んでどうしたの?」
マルティナはグレイグの様子が気になり声を掛けた。
「いえ、その⋯⋯先程の憎悪の剣鬼なる敵、初めて目にしたはずが見覚えのある気がしてならないのです」
「⋯⋯⋯!?」
グレイグの言葉に思わず反応し、驚きの目を向けるジュイネ。
「そうなのね⋯⋯。あなたは歴戦の猛将だもの、似たような敵と遭遇していてもおかしくはないわよ」
「それも、そうですね。⋯⋯? 何だジュイネ、俺に何か言いたい事でもあるのか?」
視線に気づいてグレイグはジュイネに呼び掛ける。
「何でも、ないよグレイグ⋯⋯気にしないで」
「───⋯⋯」
意味ありげな表情で見つめてくるグレイグからジュイネは複雑な心境で視線を逸らす。
「(潜在意識下で、グレイグは無意識の内に覚えてくれてるんだろうか⋯⋯。異変後の世界でたった二人で、魔物の巣窟と化したデルカダール城に潜入して屍騎軍王ゾルデを倒したことを───)」
「⋯⋯ふう、第二の試練は船上での戦いじゃったな。あの真っ赤な憤怒の海獣とやら、中々手強かったがわしらの歩みを止める程ではないの!」
「うーん、第一の試練と比べるとあたしからしたらそんなに怖くなかったわね。むしろ、かわいく思えたくらいよ。この調子でどんどん試練を越えちゃいましょっ!」
意気揚々としているロウやベロニカだが、ジュイネにとって異変後の世界の海獣ジャコラは海底王国ムウレアを襲撃し、その最中魚となっていた一匹の自分だけが逃がされるという苦い思い出があり、更には内海の船上で襲撃され暗黒の海に投げ出された記憶がある為、気分は晴れなかった。
「⋯⋯第三の試練の背徳の帝王とかいう敵、目にするだけで反吐が出るくらいの嫌悪感があったわ。思わずいつの間にか覚えていたデビルモードになってボコボコにしてやったら、スッキリしたけれどね」
「マルティナちゃんったらすごい気迫だったわね~。もう一匹出て来た戦慄の牙王ちゃんって敵に対しては、カミュちゃん何だか攻撃しづらそうだったわねん?」
「あぁ⋯⋯何か知らねぇが、倒しちゃいけねぇ気がしてな。だからって怯んだわけじゃねぇからな! 試練だから倒しちまったが、後味の悪い感じがしたぜ⋯⋯」
背徳の帝王を倒したマルティナの気分は晴れやかだったが、シルビアが指摘したようにカミュは戦慄の牙王とは戦いづらかったらしい。ジュイネからするとその理由は知る所ではあった。
「(無理もないよね⋯⋯妹のマヤちゃんが魔王からチカラを分け与えられ人知を超えて得た姿がさっきの戦慄の牙王そのものだったし。マルティナのデビルモードは⋯⋯正直忘れたままでいてほしかったな。結果的に妖魔軍王にもたらされたチカラなわけだし⋯⋯)」
「───第四の試練の奈落の守護者達は、流石に手強かったな。ほぼ二体同時に倒さねば、片方が蘇ってしまうとは」
「まぁね、けどあたし達にかかればどうってことないわよ! ⋯⋯それにしてもグレイグってば頼りになるわねぇ、敵の攻撃を一身に受けてあたし達を守ってくれるんだもの。もっと早く仲間になってほしかったもんだわっ」
ベロニカにそう言われ、グレイグは申し訳なく思う。
「ぬ⋯⋯すまん、もっと早くに間違いに気付いていれば」
「グレイグは、グレイグなりの信念を貫こうとして苦しい立場でもあったんだから仕方ないよ。僕が育った故郷のイシの村のみんなを城の地下に匿ってくれたりしてたからね」
ジュイネがグレイグに対してフォローを入れる。
「故郷を失う悲しみは⋯⋯計り知れないからな。駆け付けるのが遅れ村は一度焼き払われてしまったが、せめて村人達の命だけは守らねばと思ったのだ」
「うん⋯⋯ありがとう、グレイグ」
「礼を言われるまでもない、あれは明らかに我々の不手際だったのだからな。⋯⋯しかし何だ、先程の試練の敵にも見覚えがあるのだが」
「え⋯⋯」
「二体ではなく、一体だったはずだが⋯⋯。それに俺はお前を、奴の不意打ちから身体を張って守ったような───いやすまん、思い違いかもしれんな」
「⋯⋯⋯⋯」
「さぁ、いよいよ最終の第五試練ね! ここまで来たら何が来たってあたし達なら楽勝よっ! ⋯⋯ていうか、やけに暗い場所ね。みんなはぐれないようにしなさいよ!」
『ひく、ひっく⋯⋯⋯』
ほぼ暗闇に包まれた場所を恐れもせず突き進むベロニカや他の仲間の耳に、微かにすすり泣く声が聞こえ始める。
「えぇ⋯⋯? セーニャってばこんな所まで来て何泣き出してるのよ、しっかりしなさいよねっ」
「ベ、ベロニカ姉様⋯⋯私、泣いてませんよ? お姉様が泣いていらっしゃるんじゃ」
「はぁ?! 失礼しちゃうわね、あたしがそう簡単に泣くわけ───」
「ベロニカ、前方に気をつけて!(まさか、“あれ”は)」
ジュイネが警戒を促した先に皆目を凝らすと、赤い服を纏い赤いとんがり帽子を被っている小さな子供が背中を向け踞り泣いているようだった。
「ね、ねぇあなた⋯⋯どうしたの? まるで、あたしみたいな格好してるけど」
「ベロニカ、近づいちゃダメだってば───」
『そう⋯⋯そうよ、あたしはベロニカ⋯⋯。勇者ジュイネのせいで命を落とした、“もう一人のベロニカ”よ⋯⋯』
その泣き震えた言葉に、ジュイネは元より他の仲間も驚きを隠せない。
「もう一人のあたしが、ジュイネのせいで命を落とした⋯⋯?? バカ言わないで! あんたあたし達を惑わす為の偽物ねっ? これがネルセン様の最終試練だなんて笑えない冗談ね⋯⋯、正体を現しなさい!!」
『冗談なんかじゃないわ⋯⋯。勇者ジュイネは、元の世界で魔王を誕生させ、命の大樹の落下と世界崩壊を引き起こしてあたしと⋯⋯数多くの人々を犠牲にしたのよ。そうよね、ジュイネ⋯⋯?』
「────っ!!」
踞っていたのから顔をあげ、真顔で首を傾げるように見上げてくるもう一人のベロニカに、ジュイネはかつて同じように天空魔城にて現れた悪しき幻影のベロニカを嫌でも思い出し、偽物だと頭では分かっていてもそれが極度のトラウマとなって鋭い針のように全身を駆け巡る。
『ねぇ、あたしのお願い⋯⋯覚えてるでしょ? 今すぐ、死んでくれないかしら⋯⋯。だって、あんたを守ったせいであたしは死んだのよ⋯⋯? あんただけ生きてたら、不公平よね⋯⋯』
「───⋯⋯」
『自らの死をもって償いなさいよ、もっと生きたかったのに⋯⋯あんたのせいであんな事になったんだからさぁ!!』
「⋯⋯さっきからいい加減にしなさいってのよ!!《メガライアー》!!!」
巨大な火球を見舞うベロニカだが、もう一人のベロニカは瞬間移動で軽く躱す。
『あたしは事実を述べているだけよ⋯⋯邪魔しないでちょうだい』
「何が事実よ、嘘っぱちに決まってるわ! そんなんであたし達を惑わせられると思ってんの!?」
「うぅ⋯⋯っ」
その時、堪えきれなくなったジュイネが両膝からくずおれ吐き下してしまう。
『ほら⋯⋯ね。惑わされるも何も、ジュイネが事実だと認めてるようなものよ』
「ベロニカ、お姉様が⋯⋯魔王誕生と共に、亡くなっていた⋯⋯⋯?」
『ふふ、そうよセーニャ⋯⋯。けど良かったわね、あたしが死んだ事が無かった事になって。勇者様に感謝なさい、生きているお姉様の元で“か弱い妹”のままでいられるのを、ね』
「私───私は、弱いままの妹ではありませんわ。本当のお姉様とジュイネ様を、今こそ私が守る番です!」
竪琴の清らかな音色でベロニカの偽物の正体を暴こうとするセーニャ。
『うぅーん、やっぱり弱いわね。⋯⋯お前のお姉様が居なくならないと、真価を発揮出来ないのかな?』
「あたしの妹を侮辱するんじゃないわよっ!!」
怒りを露わにするベロニカ。
「───その嫌みったらしい口調、聞き覚えがある。やはり“お前”なのかッ」
セーニャの竪琴の音色で動きの鈍った所を容赦なく大剣で襲い、ベロニカの偽物を一刀両断するグレイグ。
『ククク⋯⋯良くやったグレイグ、漸く姿を現す事が出来る⋯⋯!』
ベロニカの偽物が消滅すると同時に、周囲の暗がりが紫の炎に照らされ姿を現したのは、屈強な肉体と大きな両翼を持った、およそ人間とはかけ離れた存在だった。
「⋯⋯魔物の姿と化していても俺には判る。お前は⋯⋯我がかつての友、ホメロスだな」
『覚えていてくれたか⋯⋯流石は我が友、グレイグよ』
「だがお前は、命の大樹の魂の場で我が王に取り憑いていたウルノーガにトドメを刺されたはずだな。まさかネルセン様の試練の為に蘇ったとでも?」
『さて、な⋯⋯。気付いたらここに居たが、勇者の恐怖が具現化した存在となったらしい⋯⋯。つまり今のオレを形作っているのは、ジュイネ自身といった所か』
「⋯⋯⋯⋯」
グレイグがジュイネの方に目を向けると、仲間達に支えられ立っているのがやっとという様子だった。
「勇者の⋯⋯ジュイネの恐怖とは、かつて仲間を失った事が関係しているのか」
『オレにもよく判らんが、そうなのではないか?』
「よく判らん、だと⋯⋯? あれだけペラペラとベロニカの姿で喋っておいて知らぬ振りをするつもりかッ?」
『オレの意思で喋った訳ではないのだが⋯⋯まぁいい、オレの“ここ”での役目を果たすとしよう。───勇者よ、無明の魔神たる我を倒してみせよ。さもなくば貴様の中にある恐怖を克服出来んぞ』
「く⋯⋯っ」
「大丈夫よ、ジュイネ。本物のあたしはあんたの傍に居るわ。───もう居なくなったりしないから、安心なさい。仲間のみんなでこの試練を乗り越えるのよ、あんたの中の恐怖だってきっと克服出来るわ」
「⋯⋯⋯!」
胸元を押さえ苦しげなジュイネにベロニカは強気な笑みを見せ励まし、その言葉で気を取り直したジュイネは仲間と共に無明の魔神を討ち果たす。
『見事だ⋯⋯だがお前の中にある恐怖は完全には消す事は出来ない。それは、お前自身が身を持って感じているだろう』
「───⋯⋯、忘れるわけにはいかないんだ。この恐怖も、僕の一部だから」
『フ、それで良い⋯⋯』
無明の魔神はどこか満足げに姿を消す。
「⋯⋯全く、失礼にもほどがあるわねっ。例えあたしがジュイネの為に命を落としたとしても、後悔なんてしないし恨むわけもないじゃない!」
「(ベロニカ⋯⋯⋯)」
「さぁ、ネルセン様の試練も終えた事だし、今のあたし達なら邪神なんて恐れるに足らないわ! あんたが恐怖なんて感じないくらい、あたし達がすぐ傍で支えてやるんだからねっ!」
end