DQ11短編集   作:風亜

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 見た目は特に変わらない男装設定。【王女と王子と将軍と】の続き。


奪われしチカラ

 クレイモラン王国の問題を解決した一行はブルーオーブを受け取り、これで命の大樹へ向かう為の六つのオーブが揃った。天空の祭壇へはゼーランダ山の頂上へと赴き、ある里を経由して始祖の森に入らなければならないらしい。

 

⋯⋯ミルレアンの森でグレイグ将軍と共に魔女に氷漬けにされかけたジュイネは高熱を出して寝込み、その際に見た夢がきっかけとなって変にカミュを意識し始め、チラチラとつい視線を向けてしまう。それでいてカミュから見つめ返されると、恥ずかしげに顔を逸らすのだった。

 

カミュ

「───なぁジュイネ、オレに言いたい事あるならハッキリしてくんねぇか。高熱で寝込んでたのから回復した辺りから、やたらお前の視線を感じるんだが」

 

ジュイネ

「なっ、な⋯⋯何でも、ないよ」

 

カミュ

「ホントかよ⋯⋯何でもない割に意味ありげな視線送ってくるのは何なんだよ」

 

 顔を逸らしたジュイネを覗き込むようにして顔面を間近にするカミュ。

 

ジュイネ

「そっ、そんなに近づかないでってば⋯⋯っ」

 

セーニャ

「ジュイネ様は、カミュ様がお好きなのですね!」

 

ジュイネ

「ふぇっ?」

 

ベロニカ

「ちょっとセーニャ、そんなストレートに言うもんじゃ」

 

セーニャ

「私もベロニカお姉様が好きすぎて、よく視線を向けてしまいますもの。お姉様は気付いてらっしゃらないみたいですけど⋯⋯」

 

ベロニカ

「知ってるわよそれくらい。何ていうか⋯⋯常に視線は感じるけど相手するの面倒だから大体無視してるだけよっ」

 

セーニャ

「そんな、無視なさらないで下さいませお姉様⋯⋯。私はこんなにもお姉様を想っていますのに」

 

ベロニカ

「あぁもう、やっぱりめんどくさいわねあんたはっ。⋯⋯それはそうとジュイネ、ほんとにスキかどうか知らないけどカミュはやめときなさい。なんたって手癖悪いし」

 

カミュ

「あのなぁベロニカ、お前にオレの何が分かるってんだよ。⋯⋯女癖まで悪いワケじゃねーぞ」

 

ベロニカ

「そう言うって事は、ジュイネを女子だって認識してるのよねー? 本人は別に嫌なわけじゃなくて男の子として育ったのに、そんな邪な目で見られちゃ迷惑だわよっ」

 

カミュ

「───勇者の使命ってのを果たせば、男子を装う必要無くねぇか」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯!」

 

ベロニカ

「それはそうかもしれないけど、それを決めるのはジュイネ自身でしょ。あんたが決めていい事じゃないわ!」

 

カミュ

「へいへい、悪かったな。⋯⋯この話は終いにしようぜ」

 

ジュイネ

「(男子を装う必要が、無くなる⋯⋯。そんな時が、来るのかな。勇者の、使命を果たせば───。けど僕は、その先をどうしたいんだろう。どうすれば、いいんだろう)」

 

 

 神語りの里、聖地ラムダに着くとそこはベロニカとセーニャの故郷だったらしく、長老ファナードや里の人々は双賢の姉妹が勇者を連れてきた事を歓迎した。ラムダの里から始祖の森へ向かうのは翌日にして、一行は宿屋で休む事になったが、ジュイネは中々眠れずに夜中一人宿屋を抜け出し外のテラスに一本生えている木の幹に座って寄り掛かり、瞬く星空をぼんやりと眺めていた。

 

⋯⋯すると突然、背後から目元を塞がれる。

 

ジュイネ

「わっ、ぇ、なに⋯⋯?!」

 

「騒ぐな⋯⋯⋯オレだって」

 

 

 その声はカミュだった。背後から音も無く素早くジュイネの目元を片手で塞いだらしい。

 

ジュイネ

「お、驚かさないでよ⋯⋯。手、目元から放してくれないかな⋯⋯」

 

カミュ

「それより聞かせてくれねぇか⋯⋯何でオレを急に意識し出した? ホントにオレをスキにでもなったのかよ」

 

ジュイネ

「な、な⋯⋯仲間として、スキ⋯⋯だし、他のみんなだって」

 

カミュ

「正直に答えてくれ」

 

 何故だかその一言が酷く冷たく感じ、目元を塞がれたまま観念したようにジュイネは答える。

 

ジュイネ

「────。高熱を出して寝込んでる時に、夢の中にカミュが出て来て、それで⋯⋯⋯」

 

カミュ

「それで、どうした? ⋯⋯夢の中のオレは、お前を襲いでもしたか?」

 

 そこで無意識の内にジュイネの身体がびくっと反応した為、察したカミュは小さな溜め息をつく。

 

カミュ

「はぁ⋯⋯、オレを妙に意識し出したのはそのせいかよ」

 

ジュイネ

「ごっ、ごめん⋯⋯。僕の勝手な、夢の中の話⋯⋯なのに」

 

カミュ

「───夢じゃなかったら、どうするよ」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯ぇ?」

 

 ジュイネは耳を疑ったがカミュの声は至極冷静で、塞がれた目元から片手を未だ放してくれず背後から耳元に囁くように話してくる。

 

カミュ

「お前が高熱に浮かされてる時⋯⋯グレイグ将軍の名を口にするもんだから、お前の心が完全に奪われちまう前にオレのモノにしちまおうと思ってな⋯⋯。他の奴らを個別にスリープダガーで眠らせといて、お前を独り占めしたんだぜ」

 

ジュイネ

「夢じゃ、なかったの⋯⋯⋯? けど目が覚めた時、マルティナやベロニカ、セーニャは何事も無かったように僕を看病してくれてた、のに」

 

カミュ

「そりゃアレだ、事が終わった後目が覚めた三人はオレに眠らされた事なんざ覚えてなくて、お前の看病に戻っただけだぜ。んでオレは、後処理も兼ねて小屋からしばらく離れといたんだ」

 

ジュイネ

「────。グレイグ、将軍と話してたって聞いたけど」

 

カミュ

「やっぱその事が気になるか? 残念だがお前に話して聞かせる内容じゃねぇよ。⋯⋯高熱出して動けないお前を襲うのは簡単だったが、まともな状態だろうが捻じ伏せるのは容易い。オレより少しばかり背が高かろうが───お前は所詮、男装の勇者だろうがオンナの細腕なのは変わりねぇからな」

 

 ふと、目元を覆っていた片手が今度は口元を塞いでくる。

 

カミュ

「その時の続き⋯⋯しようか? 今、ここで」

 

ジュイネ

「っ!」

 

 

カミュ

「冗談、冗談だって。さっきの話もそれらしい事言っただけだ。真に受けるなよ、ジュイネ」

 

 やっとそこでジュイネから片手を放すカミュ。

 

カミュ

「お前が命の大樹から邪悪なる闇を退けるチカラを得たら⋯⋯やってもらいたい事があるからな。それまでは、どうこうするつもりはねぇよ」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯⋯」

 

 カミュは一人宿屋に戻ったが、ジュイネは暫くその場から動けなかった。

 

 

 

 ───聖地ラムダの大聖堂から始祖の森へ、天空の祭壇から六つのオーブによって命の大樹へ向かう前に鬱蒼とした森の道のりで消耗した体力を回復するため皆休む事にしたが、ジュイネはまた一人眠れずに焚き火を眺めていた。⋯⋯その背後から、気遣うような声が掛かる。

 

 

「ねぇジュイネ、最近眠れてないんじゃない? 緊張してるの?」

 

「あ、ベロニカ⋯⋯」

 

ベロニカ

「まぁ無理もないわよね。これから命の大樹の元へ行って、あんたを悪魔の子として貶め裏で暗躍してるウルノーガとかいう邪悪なる闇の存在を退けるチカラを授かるんだもの」

 

 話しながらジュイネの近くにちょこんと座るベロニカ。

 

ジュイネ

「始めのうちは確か⋯⋯邪悪なる神の復活の兆しがあるからそれに備えるって感じだったのに、いつの間にか対象が違う存在に変わったよね」

 

ベロニカ

「そうね⋯⋯姿を見せないしどんな奴かは知らないけど、そいつが何か企んでるっていうのはあんたのおじいちゃんとマルティナさんからの確かな情報なんだし、勇者であるあんたが命の大樹からチカラを授かればきっと炙り出せるわよ」

 

ジュイネ

「出来るのかな、僕なんかに⋯⋯。勇者の生まれ変わりって言われても先代勇者は男の人だし、いくら男子を装ってみてもやっぱり僕は───」

 

ベロニカ

「あんたってさ、背は高めな方よね?」

 

ジュイネ

「え? あ、うん⋯⋯そうかも。それが、どうしたの?」

 

 ベロニカに急に話題を逸らされて面食らうジュイネ。

 

ベロニカ

「あんたより確か三つくらい年上のカミュの方が背が低いのなんでかしらって思ってたんだけど、あいつってば育ちが悪かったんじゃない? その点あんたは育ててくれた村のみんなから愛されてのびのびと育ったみたいだから背が高めなんだと思うのよ」

 

ジュイネ

「そう、なのかな⋯⋯?? 確かに村のみんなのお陰で食べる物に困らなかったけど⋯⋯だからって、僕より背が低いからカミュが育ちが悪いって決めつけるのはよくないよ。食べる物に、苦労してたのかもしれないけど」

 

ベロニカ

「だってあいつってば、あんたと旅するようになって盗賊稼業はやめたらしいけどそれでも手癖悪いじゃないの。相手は魔物とはいえ盗み働いてるし」

 

ジュイネ

「魔物との戦闘中に素材集めしてくれてるんだよ、とても助かってるし⋯⋯。カミュだって、色々事情があって盗賊になったのかもしれないし」

 

ベロニカ

「⋯⋯ジュイネ、あんた随分あいつの肩持つわね。やっぱりそんなにスキなわけ?」

 

ジュイネ

「そ、そういうことじゃなくて⋯⋯! 勘違い、だったんだよ。僕はきっと⋯⋯仲間として、すきなんだ。仲間のみんなだってすきだし」

 

ベロニカ

「ふーん? まぁそういう事にしといてあげてもいいけど」

 

ジュイネ

「ベロニカは⋯⋯カミュのこと、キラいなの?」

 

ベロニカ

「そーねぇ、キライっていうか⋯⋯あいつってばあたしを子供扱いし過ぎね! 若返ってまた小さくはなったけど、これでも年頃のお姉さんなのよあたしはっ。他のみんなはそこの所配慮してくれてるのに、あいつは何かとあたしをからかってくるのよねっ。女心ってのが分かってないわ!」

 

ジュイネ

「それって⋯⋯ベロニカはカミュにちゃんと年頃の女の子として扱ってほしいってこと?」

 

ベロニカ

「へっ? そう、なるのかしら⋯⋯⋯って、それじゃまるであたしがあいつに気があるみたいじゃないのよ! そんなわけないからっ」

 

ジュイネ

「ふふ、否定しなくてもいいのに」

 

ベロニカ

「はぁ?! ならジュイネ、あんたはカミュに女子として扱われてもいいってわけっ? あいつ何かとあんたにボディタッチしてるけど何とも思わないの?」

 

ジュイネ

「そんなこと、ないと思うけど⋯⋯」

 

ベロニカ

「あんたが人魚の姿になってた時なんて地上でずっと横抱きしてたし、メダ女の制服着てた時はスカートの中⋯⋯厳密にはその下だけど、まさぐってシルバーオーブ取り出すとかしてたじゃない! まぁ女子と認識してる割には配慮がなさ過ぎると思うけどねっ」

 

ジュイネ

「────。勇者の使命を果たせば、僕が男子を装おう必要はなくなるんじゃないかってカミュは言ってたけど」

 

ベロニカ

「⋯⋯あいつの言う事、真に受けない方がいいわよ。その時本当にどうしたいか決めるのは、あんた自身なんだから」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯⋯。ねぇ、ベロニカは恋したことある?」

 

ベロニカ

「え、何よ急に」

 

ジュイネ

「えっと⋯⋯ほら、人魚のロミアと人間の男性のキナイ•ユキのこと思い出したんだ」

 

ベロニカ

「あぁ⋯⋯あれで良かったのかは未だに判断つかないわよね。人魚の寿命は人間より長くて時間の感覚が大分ズレてるっていっても、さすがにいつかは気づくんじゃないかしら。あたし達が嘘ついた事、恨まれても仕方ないけどね」

 

ジュイネ

「うん⋯⋯。それはそうと、ベロニカは恋したことあるの?」

 

ベロニカ

「んー、逆に聞くけどあんたはっ?」

 

ジュイネ

「えっ、僕はその⋯⋯」

 

ベロニカ

「育った村で、同い年くらいの子は居なかったの?」

 

ジュイネ

「幼なじみの子は、いるよ。女の子の」

 

ベロニカ

「ふーん。⋯⋯で、その子の事あんたはスキだったわけ?」

 

ジュイネ

「どうだろ⋯⋯幼なじみとして普通にすきだったとは思うけど」

 

ベロニカ

「何よ、煮え切らな言い方だわねっ。逆にその子は、あんたの事スキだったんじゃないの?」

 

ジュイネ

「そういえば⋯⋯村を旅立つ前に、これからもずっと一緒にいたいくらいすきって言われた」

 

ベロニカ

「わっ、それって告白されてるじゃないのよ! ⋯⋯返事はっ?」

 

ジュイネ

「友達としてしか、見れないって言った。そしたら⋯⋯泣かれちゃった」

 

ベロニカ

「何よそれ、フったのっ? ⋯⋯まぁあたしがどうこう言う事じゃないけどさ」

 

ジュイネ

「───女の子同士じゃ、子供って出来ないよね。幼なじみの子には⋯⋯自分の子供を持ってほしいし」

 

ベロニカ

「はー、そういう事言っちゃうのねあんた。⋯⋯ねぇ、もしかしてその幼なじみの子、子供が出来ないとか関係ない!みたいな事言ってなかった?」

 

ジュイネ

「え、よく分かったねベロニカ」

 

ベロニカ

「あぁ⋯⋯幼なじみの子が気の毒だけど、あんたはあんたなりにその子に気を使ったのね」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯⋯」

 

ベロニカ

「そういえば、あたしの恋の話だけど⋯⋯」

 

ジュイネ

「えっ、何々?」

 

ベロニカ

「がっついてんじゃないわよっ。───攻撃呪文の修行ばっかりしてたから、恋なんてしてるヒマなかったわ!」

 

ジュイネ

「⋯⋯それほんと?」

 

ベロニカ

「ほんとよ。来たるべき時に勇者様を護り導く使命を帯びていたから、修行は欠かさなかったわ。セーニャの方は、よくサボってた⋯⋯っていうより修行の事なんて忘れてよく恋物語の本を読み耽ってたわねー」

 

ジュイネ

「そうなんだ、何だかセーニャらしいね」

 

ベロニカ

「⋯⋯あんたは幼なじみの子以外に恋愛対象とか居なかったわけ?」

 

ジュイネ

「え? えっと⋯⋯。恋かどうかは、分からないけど⋯⋯年上のお兄さん的存在の人に、ちょっと憧れてた時期はあったかな。よく可愛がってもらったし」

 

ベロニカ

「へー、そうなのねっ」

 

ジュイネ

「でもその人は⋯⋯いつの間にか村を出て行っちゃったんだ。お別れもなしに」

 

ベロニカ

「うーん、何かきっかけがあったのかしら⋯⋯?」

 

ジュイネ

「─────」

 

ベロニカ

「どうしたのよ、急に黙って」

 

ジュイネ

「うぅん、何でもないよ」

 

ベロニカ

「まぁ何て言うか⋯⋯お互い使命を果たしたら、普通の恋くらい出来るようになるのかしらねー。あいつ⋯⋯カミュとだけはゴメンだけどっ」

 

ジュイネ 

「はは⋯⋯(恋かぁ⋯⋯。“あれ”は、恋だったの、かな)」

 

 

 

 

 命の大樹の魂のある場所。そこに内包されている勇者の剣を授かろうとしたらいきなり背中に強い衝撃を受け、苦痛で立っていられなくなった僕はその場に俯せで倒れた。

 

背後から、冷笑が聞こえた。その声は、覚えてる⋯⋯僕の育ったイシの村を焼き払い、村人みんなを殺そうとした⋯⋯ホメロス将軍だ。

 

───すぐに反撃しようとしたらしい仲間達がみんな、何か強力な衝撃を受けて次々に倒れていく音が聞こえた。

 

情けなく最初に倒れていた僕はやっとの思いで立ち上がり背後を見やると、そこには真っ黒なオーブを片手に持ち禍々しい闇を全身に纏ったホメロスがほくそ笑み勝ち誇った様子で立っていた。

 

「ククク⋯⋯さぁ、ここをお前達の墓標としてくれよう⋯⋯!!」

 

 一度倒れはしたものの他のみんなも何とか立ち上がり、僕達はホメロスに立ち向かった。⋯⋯けれど、ホメロスには一切物理攻撃や呪文が通じない。全身に纏っている闇のオーラのようなもののせいだろうか。

 

ホメロスは僕達を嘲笑いながら真っ黒なオーブからまた強力な闇の衝撃を放ち、今度こそ立ち上がれないほどのダメージを受けてみんな倒れ伏した。

 

⋯⋯ホメロスは、僕が俯せに倒れている横を通り過ぎ、冷たい笑い声を上げながら命の大樹の魂に間近に迫った。

 

───そうか、こいつが裏でずっと暗躍してたっていう、邪悪な闇の存在であるウルノーガって奴なんじゃ。命の大樹が内包してる勇者の剣を欲して⋯⋯⋯?

 

 

「そこまでだ、ホメロスッ!」

 

 ぁ、この声は⋯⋯グレイグ、将軍⋯⋯? 俯せのまま何とか頭を上げて視線を向けた先に、グレイグ将軍がデルカダール王を伴ってやって来ていて、大剣の切っ先を鋭くホメロスに向けている。

 

「ご覧になりましたか、王よ。全てはホメロスの暗躍だったのです。⋯⋯勇者を悪魔の子などと虚言を吐いたのも奴なのです。これ以上謀られてはなりません、奴は魔の物と通じている⋯⋯。ホメロス、何ゆえこのような暴挙を───」

 

 グレイグ将軍の背後で、闇が迸った。グレイグ将軍は、苦しげな声を上げ俯せに倒れてしまった。⋯⋯デルカダール王が、不敵な笑みを浮かべてる。

 

「ぐッ⋯⋯王よ、これは一体⋯⋯」

 

「ここまでご苦労だったな、グレイグ将軍。後は、我に任せそこで見ているがいい」

 

「!?」

 

 デルカダール王が、急に奇妙な動きをし出したと思ったら⋯⋯その身体から分かれるように突然もう一人現れて、王の方は糸が切れた人形みたいに倒れ動かなくなった。

 

 

「我こそはウルノーガ⋯⋯。長年王に取り憑き見失った勇者を求めていたが⋯⋯まさかデルカダール地方南部の渓谷地帯にある、見つけ難い小さな村に16年もの間匿われていたとはな⋯⋯灯台下暗しとはこの事か」

 

「我が主ウルノーガ様⋯⋯ご覧の通り勇者一行に奇襲を掛け一掃致しました」

 

「よくやったホメロス⋯⋯こやつらを命の大樹の魂のある場所まで泳がせておいて正解だった。───これで長年の悲願を達成出来るというものよ。グレイグ将軍はホメロスの謀略を暴きたいが為に、我に取り憑かれている王を引き連れホメロスをここまで尾行したつもりのようだったが、とんだ思い違いをしたものだな」

 

 ホメロスが、デルカダール王を騙してたわけじゃなかったんだ。ウルノーガは王に取り憑いて、ホメロスを従えて長年僕を探してた⋯⋯?

 

 

「さて、悪魔の子もとい勇者ジュイネよ⋯⋯」

 

 俯せに倒れたまま顔だけ起こしている僕の目の前にウルノーガが立ち、何かの魔力で僕の身体を強制的に起き上がらせた。両腕は広げ吊り下げられたような感じになり、足は地についてない浮遊感がある。

 

「ふむ⋯⋯ひとつ確かめさせてもらおうか。ホメロスよ」

 

「ハッ」

 

 ウルノーガに命じられたらしいホメロスが、いきなり剣を抜いて僕の上半身を縦に切り裂いた。⋯⋯痛みは感じなかったから、皮膚は裂かれていない。けれど上着とインナー、サラシが共に裂かれ、胸元が露わになった。

 

───突然の事にわけが分からず、両手で胸元を隠そうにも両腕は言うことを聞かず動かせない。

 

 

「⋯⋯成程、やはりそうか。男子よりチカラ無き女子を勇者に据えるとは、命の大樹は判断を見誤ったものだな。まぁ、例え男子だったろうと総合的に弱ければ同じ事だが。───先代勇者とて、あれしきで事切れるような奴だったからな」

 

 なんの、ことを言って⋯⋯。それよりやめてほしい、はだけられた胸元を見ないでほしい⋯⋯。こんな、辱めを受ける勇者なんて───僕は目をぎゅっと瞑っていることしか出来ない。

 

「恥辱を受けて苦痛か? ⋯⋯ならばそれすら忘れる程の激痛を与えてやろう」

 

「───させるものかッ!!」

 

 

 ⋯⋯! グレイグ、将軍が⋯⋯僕を守るように割って入りウルノーガの前に大剣を手に立ちはだかった。肩で息をしてる⋯⋯立ってるのもやっとなはずなのに。

 

「ほう⋯⋯? 我の闇のチカラを間近に背に受けておきながら立ち上がるとは。流石は偉丈夫なだけはある」

 

「貴様⋯⋯我が王に16年もの間取り憑き、ジュイネを⋯⋯勇者を悪魔の子などと吹聴し追い続けていたなど⋯⋯!」

 

「今更怒りを露わにしても気付くのが遅すぎるぞ、グレイグ将軍。我はこれでも、16年間国王としてお前を贔屓し続けてきたのだがな⋯⋯。イシの村人らも生かしておく事を許したが、それもこれから起こる事象により意味も無くなるだろう」

 

「我が主、ウルノーガ様の仰る通りだグレイグ⋯⋯。邪魔立てをするなら、ウルノーガ様から賜ったチカラで私が相手をしてやろう⋯⋯!」

 

 ホメロスが、また全身に闇のオーラを纏った⋯⋯。あれがある限り、グレイグ将軍でもホメロスには敵わない⋯⋯っ。

 

「くッ、目を覚ませホメロス! お前は奴に操られているだけだ、俺達はデルカダールの双頭の鷲として───」

 

「残念だがグレイグ⋯⋯これは私の意志だ。ウルノーガ様への忠誠は揺るがない⋯⋯。お前の先を行く為ならば、闇のチカラに溺れる事など厭いはしないのだ!!」

 

 

 ホメロスはグレイグ将軍を僕とウルノーガから遠ざけるように強力な攻撃を仕掛けた。ダメだ、このままじゃグレイグ将軍まで⋯⋯

 

「人の心配をしている場合か、勇者よ。───その内に秘められしチカラ、我が暴き出してやろう⋯⋯!!」

 

 

 何をされたのか、よく分からなかった。

 

ただ、胸元に強烈な痛みが走って聞き慣れない自分の叫び声が他人事のように聞こえた以外は。

 

何かが、断りもなく自分の中に入ってくる。

 

それがとてつもなく不快で耐え難く、追い出そうとしても強引に入り込んでくる。

 

気持ち悪い、苦しい、痛い⋯⋯っ

 

やめろ⋯⋯やめて、それ以上入ってこないで。

 

そこに、触れないで⋯⋯“それ”は、触れちゃいけないものなのに────

 

 

 ずるり、と嫌な音がした。自分の中の何かが、引き出された。

 

激痛で強張った身体から、すっとチカラが抜けた。

 

浮力を失って、地面に倒れ伏した。

 

誰かが、心配して声をかけてくれてる。

 

⋯⋯僕は、まだ死んでないんだろうか。

 

酷く重く感じる頭を上げてみた。

 

 

───その視線の先では、勇者の剣を手にしたウルノーガが大樹の魂より上の空中にいて、妖しげな手つきで勇者の剣を禍々しい闇を纏った大剣にしてしまった。その剣をもってして命の大樹の魂を貫き、命の根源のチカラを奪ってゆく。

 

⋯⋯あぁそうか、ウルノーガは僕から勇者のチカラを引き抜いてそれを利用して勇者の剣を手に入れ、すぐに不要になった勇者のチカラは棄てて、本命は命の大樹の魂のチカラだったんだ。

 

ウルノーガの口から『我は魔王』という言葉を聞いた気がした。魔王になりたいがために、僕の中にある勇者のチカラを欲したのか。⋯⋯そういえば初めてデルカダール王に会った時、『勇者と魔王は表裏一体、勇者は悪魔の子』って言われたっけ。何だ⋯⋯本当にその通りになっただけじゃないか。

 

 勇者が魔王を生む───それを僕が体現してしまったんだ。

 

 

 魂の根源を失った命の大樹が、崩壊してゆく⋯⋯⋯

 

みんな、ごめんね。本当に、ごめんなさい。

 

悪魔の子である僕のせいで、こんな────

 

 

 

 

 

 

 

『⋯⋯⋯ジュイネ、あんたは本当にこのままでいいのかい?』

 

『え? 何のこと、ペルラ母さん』

 

『おじいちゃんが亡くなって数年は経つけど⋯⋯本当にこのまま、男子として生きて行くのかって事さ』

 

『─────』

 

『あんたももう自覚してるだろうけど、本当は女の子なんだよ。おじいちゃんは赤ん坊のあんたを見つけて来てから、男の子として育ててきた。あたしとしては、ありのまま育ててあげたかったんだけどね⋯⋯。そろそろ、本当の自分と向き合ってもいいんじゃないかい?』

 

『僕は大丈夫だよ、お母さん。男の子として育ってきたこと、イヤだったわけじゃないから。テオおじいちゃんから教わった男の子の遊びとか、剣術とか大好きだし』

 

『そうかい? ならいいんだ、あんたはあんたの思う通りにするといいよ。⋯⋯考えてみたら、男子か女子かなんて関係ないさね。ジュイネがあたしの自慢の子である事に変わりはないんだからね』

 

『うん⋯⋯ありがとう、ペルラ母さん』

 

 

 

 

 

『──⋯⋯ジュイネ、私あなたのこと好きよ』

 

『えっ、エマ⋯⋯どうしたの、急に』

 

『気持ちを伝えておきたかったの。⋯⋯だってジュイネは、勇者として旅立ってしまうんだし』

 

『そ、そっか⋯⋯。僕もエマのこと、すきだよ』

 

『それって、友達として?』

 

『⋯⋯それじゃあ、ダメなの?』

 

『うーん、ダメじゃないけど⋯⋯。私は、ジュイネとこれからもずっと一緒に居たいくらい好きなの。⋯⋯だけどお父さんったら、ジュイネはやめときなさいって言うのよ。───子供が望めないから、ですって』

 

『⋯⋯⋯⋯』

 

『そんなの関係ないのに、孫がほしいっていう自分の都合で物を言わないでほしいわ。子供なんていなくたって、私はジュイネと居られればそれで』

 

『エマ⋯⋯ごめん。僕はエマのこと、友達としてしか見れないよ。僕とは⋯⋯一緒にならない方がいい』

 

『ねぇ⋯⋯もしかして“そんなこと”で私に気を使ってるの? それともほんとに、友達でしか私を見れない?』

 

『⋯⋯⋯、うん』

 

『そう⋯⋯分かったわ。ジュイネは勇者として旅立つんだし、これである意味お別れね。でも⋯⋯でも、ずっと友達でいさせて。お願い⋯⋯だから』

 

『もちろんだよ。エマは大切な幼なじみだし、ずっと友達だよ。だから⋯⋯泣かないで、エマ』

 

 

───────────

 

─────────

 

───────

 

 

「ジュイネ⋯⋯⋯ジュイネ、聴こえますか。私が、判りますか」

 

(───⋯⋯?)

 

「良かった⋯⋯漸く、意識を戻しましたね。数ヶ月前、海底王国の民がボロボロの難破船のようになっていたあなたを見つけ、私がずっと介抱していたのですよ」

 

(ダレ⋯⋯⋯?)

 

「あぁ、やはり記憶が⋯⋯。大丈夫ですよ、あなたはここに居れば良いのです。あなたの姿は魔王の目を欺く為、人魚の姿にしています」

 

(マオウ⋯⋯ニンギョ⋯⋯??)

 

「今は、何も考えなくとも良いのですよ。病み上がりとはいえ身体を動かせるようなら、少し泳いだ方が回復には良いかもしれません。海底王国の民は皆、あなたの味方ですからね」

 

 

(キレイな、ところ⋯⋯およぐの、たのしい)

 

(おサカナさんたち、ぼくのことユウシャっていう⋯⋯ユウシャって、なんだろ)

 

(なにか、しなきゃいけなかったんだっけ。わから、ないや。ぼくはここにいればいいって、キレイでおおきなおサカナさんがいってたから⋯⋯なにもかんがえなくたって、いいんだ)

 

 

 人魚の彼は目を閉じ、仰向けで海底の浮遊感に身を任せていた。───すると突然、海底王国が激しく揺れ動いた。

 

(なに⋯⋯? 上の方に、何かいる)

 

 目を開けた彼が目にしたのは、巨体を持つ海獣が海底王国を目掛けつつも何か見えない壁に阻まれているらしく、バシンバシンと激しく壁を叩きつけている様子だった。

 

「⋯⋯あれは、海底王国をも我が物にしようとする魔王の手のものです」

 

 いつの間にかすぐ近くにやって来ていた海底王国の女王は、手に持つ杖のチカラで海獣からの侵攻を阻んでいたが、海底に住まう民達は恐れおののき逃げ惑うものも出始める。

 

「そろそろ私の結界も、限界のようね⋯⋯。ジュイネ、あなたをここから逃がさなければなりません」

 

(にげる⋯⋯? ぼくは、ここにいちゃいけないの?)

 

 

「よくお聴きなさい、ジュイネ。例え思い出したくない事だとしても。───あなたには、誕生してしまった魔王を倒す使命があります」

 

(まおうを、たおす⋯⋯⋯まお、う⋯⋯)

 

 

「私は、千里の真珠を通して魔王誕生を見ているしか出来なかった。あなたの勇者のチカラは奪われ、握り潰されてしまった。しかし⋯⋯あなたの内深くに眠る勇者のチカラは、完全には奪われていない。───そして勇者とは、最後まで決して諦めない者の事」

 

(⋯⋯⋯!)

 

「今この時が、“諦めていい最後”ではありませんよ」

 

(─────)

 

「さぁお行きなさい、勇者ジュイネ。あなたが必要とし、あなたを必要としている者達の為、使命を果たすのです」

 

 

 海底王国の女王が杖を掲げると近くで上昇する水流が発生し、人魚姿のジュイネはその中に吸い寄せられて一気に上昇し、海獣が海底王国の結界を破いたと同時にその外側の海流に乗って一人危機を脱した。

 

 

────────

 

──────

 

兵士

「⋯⋯グレイグ将軍、大変です!」

 

グレイグ

「何事だ、魔物共の奇襲かッ?」

 

兵士

「いえ、それが⋯⋯砦内南東の川辺で、流れ着いたものの存在がありまして」

 

グレイグ

「勿体ぶった言い方だな、一体何が流れ着いたのだ」

 

兵士

「半身、半魚といいますか⋯⋯とにかく将軍も来て下さい、実際目にした方が早いかと」

 

グレイグ

「⋯⋯⋯?」

 

 

エマ

「あ、グレイグ将軍様、こっちです!」

 

グレイグ

「エマ殿、危険かもしれんから離れていた方が」

 

エマ

「危険じゃないです、だって⋯⋯ほら」

 

 村娘のエマが指し示した川辺の縁には、下半身が鱗に覆われた尾びれを横にして座っている存在が目についた。⋯⋯上半身は胸元に薄布を纏っているだけの儚げな姿で両の手は地面につき、肩ほどまでの髪の長さで項垂れている為に顔はよく見えなかった。

 

グレイグ

「半身半魚、というのは⋯⋯こういう事か」

 

ペルラ

「グレイグ様! この子の顔を覗き込んで見たら⋯⋯うちの子のジュイネにそっくりなんだよ!」

 

グレイグ

「な、なんと⋯⋯ペルラ殿、それは本当かッ?」

 

 篝火が焚かれている中グレイグが間近に寄って片膝をつき半身半魚の顔を覗き込んでみると、確かに見知った端正な顔立ちだったが目は据わり生気を失ったような無表情だった。こちらの呼び掛けにも一切反応しない。

 

グレイグ

「お前は⋯⋯お前は、本当にジュイネ⋯⋯なのか?」

 

「─────」

 

グレイグ

「何故、このような姿に⋯⋯何があったのだ、あれからもう⋯⋯数ヶ月は経つが」

 

「─────」

 

グレイグ

「そんな姿では、凍えてしまうだろう。この地方の太陽は⋯⋯あれ以来暗闇に隠されてしまっているからな」

 

「─────」

 

グレイグ

「とにかく、休憩用のテントに運んでやらねば⋯⋯」

 

エマ

「待って、グレイグ将軍様」

 

グレイグ

「どうした、エマ殿」

 

エマ

「ジュイネは、おとぎ話の人魚みたいな姿になってるけど⋯⋯私が幼い頃に読んだ絵本に、自分の本当の姿を忘れたお魚の話が出て来るの。そのお魚に、無償の愛をもって口付ければ⋯⋯本当の姿を取り戻せるって」

 

グレイグ

「子供に読み聞かせるような絵本の中の話を、信じろと⋯⋯?」

 

エマ

「試してみる価値は、あると思うの。⋯⋯私が、やってみます。ペルラおば様、いいかしら」

 

ペルラ

「エマちゃんが、そう言うなら⋯⋯」

 

エマ

「⋯⋯───」

 

 幼なじみのエマは、人魚姿のジュイネに近寄り両膝をついて頬に手をやり、顔を上向かせて口付けた。

 

他の者達からすればエマの後ろ姿ばかりしか見えない為、実際どこに口付けたかは知れない。グレイグはこの時、何故だか胸の奥がギュッと締め付けられた。

 

 

エマ

「───⋯⋯やっぱり、私じゃダメみたい」

 

 エマはそう言って立ち上がり、ジュイネから離れたが彼の姿は元には戻っていない。

 

グレイグ

「所詮は絵空事だ、真に受けても仕方ない」

 

エマ

「私はそうは思わない。私がダメだっただけで⋯⋯今度は、グレイグ将軍様がやってみて」

 

グレイグ

「な、何故そうなるのだ」

 

エマ

「だって貴方は、ジュイネの心がこれ以上傷つかないために、私達イシの村人を生かしておいてくれたのでしょう。城の地下に匿ってくれている間も、ジュイネがどうしているかを度々教えてくれたり、ジュイネを心配するようなことを何度も口にしていたもの」

 

グレイグ

「⋯⋯⋯⋯」

 

エマ

「世界が異変に見舞われた後も、最後の砦でこうして私達を守り続けてくれてる。⋯⋯それは全て、ジュイネのためなんでしょう」

 

グレイグ

「俺は⋯⋯俺に出来る事をしているだけだ(⋯⋯だが俺はあの場で、ジュイネを守る事すら───。俺と王はあの後、デルカコスタ地方の海岸に流れ着いていた。そしてイシの村跡を拠点としデルカダール王国の生き残りの人々や城の地下に閉じ込められたイシの村人らを助け出し、いつしかこの場所は最後の砦と呼ばれるようになり、各地から避難民が集まった。⋯⋯ジュイネやあの場の者達の無事を祈りつつ、最後の砦を死守すると誓ったのだ。そうしていれば、いずれまた再会出来ると───)」

 

エマ

「勇者として旅立ってからのジュイネを知っている貴方なら、元の姿に戻せるかもしれない。⋯⋯自分の本当の姿を思い出させてあげて」

 

グレイグ

「(俺に、それが可能なのか⋯⋯? 仲間になってやれず傍に居てやれなかった俺に。───いや、今の俺ならばジュイネの仲間になる事は出来る。ジュイネさえ、認めてくれれば)」

 

 

 グレイグは再びジュイネの前に立ち、片膝をついて間近に寄り、顎に片手で触れ項垂れている顔を上向かせた。⋯⋯本人は何一つ感じていない様子で、その虚ろな瞳はすぐ目の前の存在すら何も映していない。

 

グレイグ

「(自分の本当の姿を忘れた魚に、無償の愛をもって口付ける⋯⋯。俺にそれが、許されるのだろうか)」

 

 グレイグは以前、ジュイネの仲間のカミュと話す機会がありその時に言われた言葉を思い出す。

 

『───ジュイネに対して、特別な感情を抱いているようにしか思えねぇがな。例えば、籠愛的な』

 

 

 ⋯⋯微かに開いたままの口元に口付けしそうになったが、グレイグは敢えてジュイネの額にそっと口付けた。

 

しかし、ジュイネの姿は変わらず人魚のままだった。

 

グレイグ

「(やはり、俺では駄目だったか⋯⋯)」

 

 グレイグは気を取り直し、人魚姿のジュイネを休憩用テントに運ぼうと横抱きしたその時だった。

 

ジュイネの全身が光り出し、間近のグレイグは目を開けていられなくなった。

 

⋯⋯段々と光が収まったのを感じ、グレイグが再び目を開けると驚いた事に、横抱きしたジュイネの身体が何一つ纏っていない姿と化しており、魚だった下半身は人間のそれに戻っていて、目のやり場に困ったグレイグは一旦横抱きしていたジュイネを降ろし、鎧ではない私服の上着を素早く脱いで上からジュイネに被せるようにして着せたものの、余りにブカブカで華奢な肩からずり落ち胸元が心許ない。

 

エマ

「グレイグ将軍様のお陰で、ジュイネは自分の本当の姿を取り戻せたのね⋯⋯よかった」

 

グレイグ

「おッ、俺のお陰かどうかは定かではないが⋯⋯と、とにかく休憩用のテントに休ませねば」

 

 グレイグはジュイネの胸元を出来るだけ隠すように、生足が見えぬように抱き上げて行こうとする。

 

ペルラ

「お待ちになって、グレイグ様! ⋯⋯川辺に何か、また流れ着いたようだよ。───おや、これはジュイネが旅立った時に身に着けていた装備品じゃないか! どうなってるのかよく分からないけど、乾かしておかなきゃね!」

 

グレイグ

「そ、そうか。身に着けていたものが戻ってきたのは何よりだ」

 

 

 グレイグは自分の腕の中のジュイネに目を戻す。⋯⋯人魚の姿だった時と違い、虚ろな目は開けておらず今は目を閉じ安らかに眠っているようだった。

 

誰も使っていない休憩用テントのベッドに、意識のないジュイネを横たわらせたグレイグは、ある箇所が気になった。それは、ジュイネの胸元だ。

 

興味本位などではなく、何一つ纏っていない姿をほんの少しの間だけでも目にしてしまったグレイグにはジュイネの胸元の中心が、どす黒く変色して見えたのだ。

 

周囲は篝火が焚かれているとはいえ、暗がりで目にしたからそのように見えたのかと思いたかったが、違った。

 

自分の上着を着せた胸元部分をそっと下げて見る。───すると、やはり見間違いではなくぽっかりとそこだけ穴が空いているかの如くどす黒く変色していた。

 

グレイグ

「(ウルノーガに貫かれた胸元⋯⋯なんと痛々しい事か。即死しなかったのが不思議なくらいだが⋯⋯⋯生きていてくれて、本当に良かった。ジュイネ───)」

 

 そこで自然とグレイグはジュイネの口元にそっと口付けた。

 

グレイグ

「(⋯⋯俺の心は決まったよ。ここで待っていてくれ、ジュイネ)」

 

 

 

デルカダール王

「───⋯⋯グレイグよ、それは真か? デルカダール城に巣食う常闇の魔物をそなた一人で、倒しに向かうなど」

 

グレイグ

「はい、我が王よ。かねてから作戦に上がっていた、デルカダール城の裏手崖から潜入し、常闇の魔物を倒すのです。今が、その時だと思われます」

 

デルカダール王

「だが流石に、そなた一人で向かうのは⋯⋯。少数精鋭部隊を編成すべきではないか?」

 

グレイグ

「いえ、優秀な兵には砦を死守してもらわねば。私が居ない間に攻め落とされては、元も子もありません。⋯⋯私のチカラを信じて頂きたい、我が王よ。私は今、何ものにも負ける気がしないのです」

 

デルカダール王

「そこまでお前が言うからには⋯⋯何か大きな決断をしたのだな?」

 

グレイグ

「はい⋯⋯。私が今最も必要としている存在が、私の元に来てくれたのです。その存在を、何としてでも守り抜きたい⋯⋯。その為ならば、たった一人でも常闇の魔物を討ち果たしこの地方の太陽を取り戻してみせましょう」

 

デルカダール王

「そうか⋯⋯それがお前の覚悟なのだな。ならば、そなたの思う通りにするが良い。わしらは、そなたを信じておるぞ」

 

グレイグ

「御意⋯⋯!」

 

 

────────

 

──────

 

 

「⋯⋯うぅ、ん⋯⋯」

 

エマ

「あっ、ジュイネ⋯⋯! 意識が戻ったのね!」

 

ジュイネ

「あ、れ⋯⋯エマ? どうして」

 

エマ

「えっとね、話せば長くなるんだけど───」

 

 

ジュイネ

「───⋯⋯えっ? グレイグ、将軍が⋯⋯この地方を暗闇に陥れている常闇の魔物を倒すために、デルカダール城にたった一人で向かったの?」

 

エマ

「そうなの⋯⋯。敵に気取られるといけないから見送りは禁じられたんだけど」

 

ジュイネ

「⋯⋯僕も、行ってくる!」

 

エマ

「え、ちょっと待ってジュイネ、無茶しないで⋯⋯! 身体だって本調子じゃないんでしょう? それにグレイグ将軍様が砦を出て行ったのは大分前だし」

 

ジュイネ

「そんなこと言ってられない⋯⋯って、あれ? どうして僕、こんなダボダボな服を」

 

エマ

「あ、それ⋯⋯グレイグ将軍様の私服の上着よ。ジュイネの服は渇かしてそこに置いてあるわ」

 

ジュイネ

「そ、そうなんだ⋯⋯。早速着替えてグレイグ将軍を追わないと」

 

ペルラ

「───やめときな、ジュイネ。グレイグ様の覚悟を無下にするもんじゃないよ」

 

ジュイネ

「ペルラ母さん⋯⋯?」

 

ペルラ

「世界の異変後、あんたが最後の砦になったこの村に流れ着いた事で、グレイグ様は明らかに生気を取り戻したみたいでね⋯⋯。その前までは、まるで自分を痛め付けるように戦いに明け暮れていたんだよ。そんなグレイグ様を見るに見かねた王様は、作戦の実行を見送っていたんだけどね」

 

ジュイネ

「(⋯⋯⋯グレイグ、将軍)」

 

 

男性

「おぉ、悪魔の子⋯⋯ではなく勇者様、目を覚ましたのだね。是非とも、君に聞きたい事がある⋯⋯。とりあえず、テントから出て来てくれないか」

 

 貴族らしき男性がそう伝えて来た為、ジュイネはテオのお古であるいつもの装備に着替え、グレイグの上着は丁寧に畳んでおきテントから出る。

 

⋯⋯すると比較的開けた場所で待っていたと言わんばかりに男女問わず子供も含め多くの人々に取り囲まれる。

 

ペルラ

「ちょっと、何のつもりだい? うちの子を取り囲むなんてやめておくれよ」

 

エマ

「そうよ、どういうつもりですか?」

 

男性

「アンタ達は黙っててくれ。⋯⋯我々は、“勇者様”に用があるんだ」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯⋯」

 

女性

「わたし達はこの砦になった村の出身じゃないし、様々な場所からここに逃げ集まってきたのよ。英雄グレイグ様の助けもあってね」

 

ジュイネ

「─────」

 

 ジュイネはこの時内心怯えていた。何を言われるかは、何とはなしに分かっていた。

 

女性

「ここに来る前に魔物に襲われて⋯⋯、その魔物が言ってたのよね。───魔王を誕生させて世界を崩壊に導いたのは他でもない、悪魔の子である勇者だって。呪うなら勇者を呪えって。その魔物は、駆けつけてくれた英雄グレイグ様が倒してくれたけど⋯⋯アナタのせいなんだ。わたしの家族がみんないなくなったのは」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯っ!」

 

中年男性

「俺の奥さん、大樹の崩壊に巻き込まれて死んでしまったよ。はは、料理上手な奥さんだったんだがなぁ。⋯⋯どこぞの無能な勇者のせいで、奥さんの手料理がもう二度と食べられなくなってしまったよぉ」

 

女の子

「あたしのおとおさん、ユーシャさまのせいでしんじゃったの⋯⋯? ねぇ、どうしてっ?」

 

女性

「私の、私の子供を返して⋯⋯返してよ! まだ生まれたばっかりだったのに、魔王なんか誕生させた勇者のせいで、こんな───!!」

 

ジュイネ

「⋯⋯───」

 

 ジュイネを取り囲んでいる人々が、じりじりと距離を詰めてくる。

 

エマ

「やめて、魔王が誕生したのはジュイネのせいなんかじゃ⋯⋯」

 

ペルラ

「そうさ、そんなにあたしの子のせいにしたいなら母親であるあたしを恨みな!」

 

ジュイネ

「ダメだよエマ、お母さん⋯⋯。これは、魔王を誕生させた勇者である僕の責任なんだ。二人は⋯⋯全然関係ないから離れていてよ」

 

男性

「分かってるじゃないか勇者サマよ。何かヤバいもんに取り憑かれてたデルカダール王の言う通りだったなぁ、“勇者は災いを呼ぶ悪魔の子”だって!!」

 

 一人、また一人と、ジュイネを強く蹴りに掛かる。

 

ジュイネ

「⋯⋯! ⋯⋯っ」

 

 

 ペルラとエマ以外の元のイシの村人が異常事態に気づきジュイネへの暴力を止めに入るが、狂気に走る他国や他の村の人々の方が数多く劣勢だった。

 

ペルラ

「エマちゃん、王様を呼んできておくれ。王様なら一喝してくれるはずだよ⋯⋯!」

 

エマ

「でも王様は、ベッドから中々起き上がれない状態で⋯⋯兵士さん達は砦入り口の防衛に掛かりきりだし、どうすれば───あれ、空が」

 

 エマがふと気づき空を見上げると、これまで暗闇に染まっていた空の隙間から幾つもの光の筋が差してきていた。

 

男性

「おぉ⋯⋯きっと英雄グレイグ殿が、常闇の魔物を倒してくれたのだ! 魔王を誕生させた勇者とは大違いだな!」

 

ジュイネ

「(グレイ、グ⋯⋯⋯)」

 

 

ペルラ

「空がようやく晴れたってのに、暴力をやめちゃくれないなんて⋯⋯! やめとくれってば! ジュイネを傷付けるのはよしとくれっ」

 

エマ

「お願い、やめて! こんなのって⋯⋯⋯」

 

 

 

「───おい、そこで何をしている!」

 

 暫くして威勢のいい声が上がり、皆思わずそちらに目を向ける。⋯⋯そこには、激戦を制してきた為か見るからに傷だらけのグレイグ将軍が他の兵士を伴いやって来た。

 

男性

「見ろ、英雄グレイグのご帰還だ! 勇者などいなくても常闇を払ってくれた⋯⋯!」

 

女性

「本当に勇者サマだったら、魔王なんて誕生させるわけないものねぇ? 悪魔の子はこのまま英雄グレイグ様に成敗してもらったらどうかしら!」

 

グレイグ

「皆何を言って⋯⋯。どいてくれ、ジュイネはまさか⋯⋯そこにいるのかッ?」

 

ペルラ

「あぁ、グレイグ様⋯⋯あたしの大事な子が」

 

エマ

「ジュイネが、暴行され続けて⋯⋯」

 

 憔悴しきって地面にへたり込んでいるペルラとエマを目にし、取り囲まれている存在に気付いて人垣をかき分けるグレイグ。

 

───人々に取り囲まれていたその中央には、髪と衣服が大いに乱されて血痕が所々に見受けられ、横向きに倒れたままぴくりとも動かないジュイネの姿だった。乱れた髪が顔にかかっており、表情は窺えない。

 

グレイグ

「何故、このような⋯⋯⋯ジュイネが、何をしたというのだ」

 

初老男性

「英雄殿、それはもちろんこやつが魔王を誕生させた悪魔の子だからですぞ。親しい者をこやつのせいで失った者達が、恨みを晴らしていたのです⋯⋯!」

 

グレイグ

「待て⋯⋯待ってくれ。それならば私の方に罪がある。16年もの間、魔王となる為に暗躍していた存在が間近にいながら気付けなかった俺に。ジュイネには、何一つ非は無い⋯⋯! 自ら望み、勇者になったわけではないのだッ」

 

中年男性

「それは言い訳ですよ。そいつは自ら勇者だと、デルカダール城に名乗り出たそうじゃないか。勇者の紋章とかいうものを左手の甲に持ち、滅亡した王家のペンダントを携えて。⋯⋯その勇者サマが魔王を誕生させる為に旅をしていたなど、悪魔の子そのものだ!」

 

グレイグ

「それは、魔王となる為暗躍していた存在と手を組んでいた者の手引きにより起きた悲劇そのものだ。その場に居ながら、止められなかった私にも責任がある⋯⋯」

 

 

 グレイグは片膝をついてジュイネの上半身をそっと抱き上げる。

 

グレイグ

「これ以上彼を傷付けるつもりなら、私が相手になろう。抵抗はしない⋯⋯思う存分、恨みをぶつけてくれればいい」

 

人々

「「⋯⋯⋯⋯」」

 

 ジュイネを暴行していた者達は、それ以上何も言わず各々散って行った。

 

 

ジュイネ

「ん⋯⋯っ、グレ、イグ⋯⋯⋯?」

 

グレイグ

「気が付いたか、ジュイネ⋯⋯すまん、俺の居ぬ間にこのような」

 

ジュイネ

「いいんだ⋯⋯あの人達の怒りは、当然だよ。沢山の人を苦しめて悲しませているのは、事実だから⋯⋯」

 

グレイグ

「それはお前の責任などでは」

 

ジュイネ

「グレイグ⋯⋯ほんとに一人で、常闇の魔物を倒してこの地方の太陽を取り戻したんだね⋯⋯。すごいよ、グレイグこそ、勇者だよ」

 

グレイグ

「違う、それはお前の存在があってこそだ。お前はそれこそ俺にとって、太陽のような───」

 

ジュイネ

「傷だらけ、だね⋯⋯回復しなきゃ」

 

 掠れた声でジュイネはグレイグに回復呪文をかけるが、あまりに弱々しかった。

 

元々端正な顔立ちを殴られたり蹴られたりした為か、所々赤く腫れ上がり鼻や口の端からは血を少量流している。

 

グレイグ

「俺もお前に回復を⋯⋯⋯すまん、ただでさえ低い魔力が尽きていたようだ」

 

ジュイネ

「グレイグ⋯⋯ゆっくり休んでね。僕はこれから、はぐれてしまった仲間のみんなを探して⋯⋯誕生させてしまった魔王を、必ず倒さなきゃならないから」

 

 

グレイグ

「───俺も共に行かせてくれ、ジュイネ」

 

ジュイネ

「え⋯⋯」

 

グレイグ

「俺はずっとお前達の⋯⋯お前の仲間となりそのチカラとなる事を望んでいた。今の俺ならば、何の枷もなくお前の仲間となる事が出来る。ジュイネ⋯⋯お前がそれを望んでさえくれれば」

 

 

ジュイネ

「───⋯⋯ダメだよ」

 

グレイグ

「!?」

 

ジュイネ

「仲間を探すとは言ったけど、安否を確かめたいだけなんだ。魔王は⋯⋯⋯僕一人で倒す」

 

グレイグ

「何を、無茶な」

 

ジュイネ

「これ以上、みんなに迷惑をかけられないから⋯⋯。災いを呼ぶ悪魔の子の仲間なんて、周りに思われてほしくない。グレイグはこのまま、最後の砦の英雄でいるべきだよ。僕と一緒に居たら⋯⋯グレイグまで魔王を誕生させた悪魔の子の仲間だって思われてしまう」

 

グレイグ

「⋯⋯これまで行動を共にしてきた仲間達が、そのような事を気にすると思うのか?」

 

ジュイネ

「⋯⋯⋯⋯」

 

グレイグ

「俺とてそうだ、そのような事など気にはしない。これまで仲間として行動を共にしていなかった俺だが、それでも判る⋯⋯お前達のかけがえのない絆を。───仲間を信じろ。勇者以前に、お前自身の為に応えてくれるだろう」

 

ジュイネ

「グレイグ、も⋯⋯勇者としてじゃない僕のために、応えてくれるの?」

 

グレイグ

「無論だ」

 

ジュイネ

「────っ」

 

 

 ジュイネはグレイグの首元に思わず抱きつく。

 

ジュイネ

「一人は⋯⋯独りは、やっぱり怖いんだ⋯⋯。僕には、あなたが必要だよ。グレイグ⋯⋯お願い、僕と一緒に来て。僕の、仲間になって⋯⋯傍に、いて」

 

グレイグ

「言われずともそうするさ⋯⋯俺にとっても、お前が必要だ。───俺のこの命、ジュイネに預けお前をすぐ傍で護る盾であり続ける事を、ここに誓おう」

 

ジュイネ

「うん⋯⋯っ。ありがとう、グレイグ⋯⋯」

 

 二人は互いに強く抱き合ったまま、疲労と怪我のせいもあって意識が途切れた。

 

 

 

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