ウサミン、一位だってよ   作:おフロディテ

1 / 2
瀬川悟

 事件はサービスエリアで発覚した。

 

「のの子が消えた!? いつ、なんで??」

「わからないわよ! 目を離した隙に消えてて……。友だちの家にも行ってないみたいだし、それに財布もなくなってる。あなた、心当たりないの?」

 

 清恵が今にも泣き出しそうな声で聞いてくるも、とんと見当がつかずむしろこっちが泣いてしまいたくなる。

 

「君にわからないこと、俺にわかるわけないだろ」

「なに無責任なこと言ってるのよ! 心配じゃないの!?」

「心配に決まってるだろ! あぁ、とにかく、俺もすぐそっちに戻るから」

「戻るって、あなた今日名古屋じゃ」

「行ってる場合じゃないだろ。じゃあ、一旦切るから」

 

 半ば強引に電話を切った。

 途端に、焦りと不安がどっと押し寄せて来て頭がクラクラしてくる。思わずその場にへたりこんでしまった。

 のの子は、清恵との間に生まれたたった一人の愛娘だ。幼い頃はパパ大好きと甘えてくる本当に可愛い子だった。けれど小学校に上がってからは仕事の忙しさにかまかけており構ってやれていない。情けないことだ。こんな時に、あの子が普段向いそうな場所ひとつさえ思い浮かばないなんて。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 へたり込んでいた為心配してくれたのだろう。青年が声をかけ顔を覗き込んでいる。いけない、こんな場所で混乱している時間の余裕はないのだ。

 

「ああ、すいません。ちょっと娘が迷子でして」

 

 しまった。口を滑らせてしまった。

 青年は驚いて目を見開く。

 

「大丈夫ですか? どこら辺ではぐれたんですか?」

「あ、いや、ここじゃないんです。家の近所でいなくなったみたいで。余計な心配をかけてしまいました」

 

 青年はラフなTシャツにウサギのロゴがプリントされた鞄を持っている。きっと楽しいお出かけの最中だったに違いない。それなのに、いらぬ心労をかけてしまったのではないのか。そう思い謝る。

 

「いえそんな。でも、確かに心配ですね。今から家へ?」

「はい。静岡まで戻ろうかと」

「静岡って、ここ名古屋ですよ!?」

「大丈夫です。なんとか戻れますから」

 

 俺が強くそう言ったので、相手は引き下がりながら顔には明らかに心配の色を浮かべていた。

 

「それじゃあ、お気をつけて。娘さん、見つかると良いですね」

「はい。それじゃあ失礼します」

 

 そう言い残して逃げるように車へ乗り込んだ。

 深呼吸して、鍵を回す。深呼吸は良い物だ。少なからず心を落ち着かせてくれた。落ち着いた頭に浮かんできたのは、一つの疑問。本当にのの子には消える予兆はなかったのだろうか。車の空調を感じながら、今朝ののの子を思い出していた。

 

 

 

「パパ、今日もお仕事なんだ。ごめんね」

 

 俺はそう言ったが、のの子は全く納得出来ていないようだ。頬を膨らませて腕を組みそっぽを向いてしまう。ふてくされている顔が少し清恵に似ていて、申し訳ないが愛おしく思えた。

 

「いっつもお仕事じゃん。ヨシちゃんのパパは動物園に連れてってくれるって言ってたよ」

「他所は他所だから。パパも、のの子やママがご飯食べられるように一生懸命働いてるんだよ」

「知らない知らない知らないもん!! パパ私嫌いなんでしょ! もういいから!!」

 

 そう言って、のの子は奥に引っ込んでしまった。

 入れ違いにキッチンから顔を出したのは清恵だ。

 

「……あの子も、本気じゃないのよ。ただ、ちょっと構って欲しいだけなの」

「仕方ないだろ、仕事なんだから」

「仕事も良いけど、家の事も考えてよ。最近全然起きてるときに会えないじゃない」

「家事は手伝ってるだろ」

「そういうこと言ってるんじゃないの。もっと私達との時間を大切にしてほしいの」

 

 清恵は良い妻だ。家の事を俺より沢山担ってくれて、今だって言いたいことがあるだろうに、言葉を選んで話してくれる。でも、俺だって必死なのだ。

 

「また夜、時間見つけて話し合おう。とりあえず今日は行ってくるから」

 

 腰を上げて、最後に確認する。財布に携帯、定期……。

 

「あれ? 手帳がない」

 

 何度も服を叩いて確認したが、間違いない。手帳がなかった。振り返って清恵に聞く。

 

「なぁ、俺の手帳知らない? スーツに入れっぱなしにしてたんだけど」

「知らないわよ。スーツ私触らないじゃない」

「困るな……、スケジュールとか必要なこと全部アレにメモしてるのに」

 

 少し責めるような言い方になってしまった。管理しているのは俺で、だからなくした責任は間違いなく俺にあるのに。寝室に落ちてはいないかと中に戻って探すも、やはりない。

 

「おかしいな。昨日は確かにあったはずなんだが」

 

 首をひねっていると、清恵が何か思いついたのかそそくさと奥の居間へと移動し、しばらくもしないうちに戻ってきた。

 

「今朝、あの子寝室を漁ってたのよ。何のつもりだと思ってたけど、やっぱりね」

 

 その手に持っていたのは俺の手帳だ。

 

「のの子のいたずらか。困るな」

 

 受け取ろうと伸ばした手が、空を切る。疑問に顔を上げると、苦い顔をした清恵が「なんでもない」と渡してくれた。

 一体なんなのか、わからなかったが、何も言わずに家を出た。

 

 

 

 嬉しいことに結婚し、家庭を持つことができた。けれど、今仕事に追われて家庭をないがしろにしていると言われても仕方がない生活を送っている。

 家庭を大事にしたいのはやまやまだ。けれど、働かなければ生活が成り立たない。仕事の手を抜けば今後に響く。かといって仕事のせいで家に帰れないのはすごく悔しい。

 自分は結婚に向いていないのだろうか。家庭など持つべきではなかったのだろうか。良い父親は、妻を労い、子の面倒を積極的に見て、家のことをやる人らしい。俺には無理だ。そんな時間ない。けれど、いつまでも清恵に頼り切りじゃあ、いつか愛想を尽かされてしまう。

 今日だって、その前兆ではないのか。のの子がいなくなっても、俺は大した力になれない。どうして俺はこんなにも無力で、どうしようもないんだ。深い後悔が、どうしようもなく。

 

 

 

 窓ガラスが叩かれて、顔を上げる。そこにはさっきの青年が顔を覗かせていた。

 

「あの、どうかしましたか」

 

 疑問を言うと青年はおずおずと。

 

「その、やっぱり心配で。一度名古屋駅へ向かうのはどうでしょう。そうすれば電車で静岡まで行けるので安心ですし」

 

 青年はニッコリト笑って、気をつけてと言葉を続けた。

 

 

 

 名古屋駅に向かったのは、青年の言葉もだが、自分の運転が不安だったことが一番にあった。降りて、駅構内を急ぐ。

 まだ時間は早かったが、家族連れの姿も沢山見えて、辛い。のの子と同い年ぐらいの子供と手をつなぐ彼の姿に自分を重ねる。だが、その幻想はすぐに消え去っていった。自分がああだった日は、なかったではないか。

 

 今日は電車を使うつもりがなかったので、ICカードを持って来ていない。仕方がないので券売機の列に加わったところで、向こうから見慣れた顔が歩いて行くのが見えた。

 信じられない人間がそこにいた。まさか、そんな。だが、あれは。

 

「のの子!」

 

 駆け出して、すぐに追いつく。名前を呼んだ彼女はこちらを振り向いて、顔をぱぁと明るくさせた。

 

「パパ! いた!」

 

 すぐさま力いっぱい抱きしめる。応えるように、のの子も俺を抱き返した。

 やがて、顔をしっかり見据えると、のの子はバツが悪そうに目をそらす。俺の顔がよほど真剣で怒られると察したのだろう。

 

「心配したんだぞ。どうしてここにいるんだ」

「……電車乗ってきた」

 

 手段を聞いたわけではなかったのだが。俺を追ってきたのは、多分間違いない。今朝手帳を見ていたのもそう思うと合点がいく。それにしたって、なんて行動力だ。子供が父親を乗って県境を越えるなんて、俺には想像がつかなかった。

 

「一人で来たのか?」

 

 そう聞くとのの子は静かにかぶりを振って後ろを指さした。見ると、二人の男性が少し後ろから優しい色を目に浮かべて見守ってくれていた。つい、警戒してしまう。

 

「もしかして、この人達に連れてきて貰ったの?」

「ううん、違うけど。でも、ここで下りた後、一緒に歩いてくれたよ」

「迷子センターに送ろうと思って」

 

 勘違いされないように後ろの人が言葉を加えた。見ると、先ほどのサービスエリアで会った青年と同じウサギのロゴが入ったシャツを着ていた。

 のの子にお礼を言えと促して、二人と別れた。『お父さんと会えて良かったね』と、そう笑って二人は去って行った。何かお礼をさせてくれと頼んだのだが、させてくれなかった。

 セクハラ、児童売春、成人男性が小学生女児に声をかけるのが躊躇われる時代に良く勇気を出して娘に声をかけてくれたと思う。のの子になにかあったら、今こうして帰れていなかったかもしれない。素直にありがたかった。

 

 

 

 車で帰路につく。道すがら、のの子と話をした。

 

「どうしてママと来なかったんだ」

「……だって、ママもパパも忙しいから、邪魔しちゃ行けないと思ったんだけど」

「それは」

 

 気を遣わせてしまったと言うことなのか。子供に。

 情けないことこの上ない。俺はいっつも、いっつも。

 

「パパはいつも頑張ってるよ! とってもエラい。ママも、パパも、凄い頑張ってる私のアイドルだよ」

 

 のの子は、俺がショックを受けたのを察してか、フォローをしてきた。

 

「お兄さん達言ってた。頑張ってる人は、いっつも大変なんだって。だから、頑張ってる人には頑張ってエラいって言うの! 私が支えたら、頑張ってる人達はもっと頑張れるようになるからって」

 

 のの子は続ける。

 

「お兄さん達もいつもしんどいんだって。その度に、アイドルに勇気を貰ってるって。自分なりに一生懸命頑張って、アイドルに元気を貰った分はまたアイドルに返してあげるって」

 

 自分は、返せていない。何も、家族にしてあげられない。

 

「ウサミンって子が好きなんだって。その子を応援してたら、その子は一位になったんだって。今日はそのライブなんだって。私、私……」

 

 そして、ついにのの子は叫んだ。

 

「パパがそんな顔してるのいやなの。いっぱい私はパパから幸せ貰ってるのに、パパが幸せじゃなくちゃダメなの!!」

 

 ハッとした。そうか、俺はそれを見落としていたのか。俺は、そうか。のの子の前でどんな顔をしていたのだろう。

 

「……ありがとう、のの子」

 

 何も解決していない。何も好転していないし、何も出来るようになっていない。だが、それでも今すべき顔はわかった気がする。

 明日は休みを取ろう。そして家族と向き合ってみよう。そう考えながら、俺はアクセルを踏む。




次回は9月14日更新です
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。