役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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第九話 神有月

―――――嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)―――――

 

影が世界を支配した。液化したそれは黒い波となり、谷底を塗り尽くす。世界の主、伏黒の胸にあったのは、一つの確信だった。

 

(似ている)

 

十種影法術は影から式神を召喚し、影自体を利用する術式。相手は黒い沼から物質を具現化し、また沼自体も利用していた。式神の有無こそあるが、凄く似ている。

 

「ハハッ!!」

 

笑った、自分の矮小さを。随分と窮屈な事をしていた。いい使い方がある、目の前に!

脳を絵具にして世界を彩るような万能感。伏黒はそれに身を委ね、術式を発動した。

 

 

ざぶんと、影が波立つ。

不意に重さを感じた少女は足元を見る。蛙の式神、それが幾重にも折り重なって捕えていた。祓おうとしたが、その隙を突いた男に頬を蹴られる。反射的に錦御機を伸ばすも、男は影に溶けてそれを躱す。

 

「…好きじゃねーか!もぐら叩き!!」

 

遺骸創術(いがいそうじゅつ)(ひらき)。影に身を隠すのなら、影ごと吹き飛ばす。少女はそう考えた。

 

「あ?」

 

術式が発動しない。というより搔き消される。

 

領域には中和作用があり、地面に広がる領域も同様術式を中和する。そこまではいい、問題は少女の術式にある。

遺骸創術の『開』は、地面にしか展開できない(・・・・・・・・・・・)。作用は中和なので集中すれば術式は使えるが、確実にこの男と領域が邪魔になる。

男の手札は増えている。対して少女は起点を潰され、残る手札も見せた。この状態で再び、男の意識を奪えるか?

 

「ふざけるな」

 

影に潜る、これが厄介だ。意識を奪おうにも当たらない。手にあるのは錦とただの包丁のみ。

 

(くそ…っ)

 

今になって、自分の判断を悔いた。

少女は呪術師との交戦を基本的に想定していない。準一級以下かつタイマンなら術式次第で勝機あり、その程度。だが実際には男の成長を前に、追い詰められている。

 

(呪力切れまで粘る…違う、時間をかけて困るのはこっちだ。仲間を呼ばれたら終わる)

 

今ある手札で何とかするしかない。少女は、腹をくくった。

手はバレた以上、今この男に勝つのは不可能。なら全力で逃げる、そう思考を切り替えた。同時に、錦を切り刻む。それを握りしめ、術師の方に構えた。

 

「最大出力、錦御機」

 

幾重にも重なった錦は音速を超え、男の方へと伸びる。

それは軌道上にあった黒い波、黒い式神の全てを押し退けて、男を岩壁に叩きつけた。

地を塗らす影が飛び散った。その下を水が流れ、少女の足首に付着した黒を流れ落とす。そういえば、ここは川だ。

違う、今やるべきは生死確認。土煙が晴れる。白い岩壁には血がべっとりと、付いて、いない。

血と呼ぶには黒すぎる影が、岩を滴り落ちる。

 

 

どすり。

 

 

術師の胸を、式神の爪が貫いた。手にあった物がこぼれ落ち、滲み出る血は服を染める。

 

「死んでねえよな?」

「…二度はないか。残念」

「(生きてるのかよ)最後に言い残すことはあるか?」

 

生殺与奪は伏黒にある。

呪力を少しでも感じたら殺す。玉犬の爪を振り上げ、頭を抉り出せる。

 

「5分ぐらい語っていい?」

「一言で終わらせろ」

「なら、そうだな…また会おう」

 

そう言った直後。術師の呪力を感じ、首まで爪を振り上げた。

”まで”というのは、そこまでしか爪が届かなかったから。

 

爪が届く前に首が刎ねた。喉の内側から伸びた錦が、術師の頭を吹き飛ばしたのだ。

 

(逃げる気か!)

 

術師は勢いのまま肉体の再生を終える。

この領域は、結界で閉じていない不完全な領域。故に領域外に逃げる事は、確かに出来る。だが飛んだ所で運よく領域外に出るとはとは限らない。

そもそも、

 

(ぬえ)!!」

 

空も領域の内なのだ。雷を纏った鵺の爪が、少女を領域に叩き落とす。

 

「終わりだ」

 

落下先は伏黒の居る地点。無数の式神を出して待ち構える。

 

 

 

 

「遺骸創術『開』」

 

黒い沼が現れた。そこから瓦礫が押し寄せ、式神を祓っていく。

 

「な…っ!」

 

意識外の攻撃。式神が盾になり、伏黒は何とか身を守ることは出来た。だが、術者は

 

「…退いてやる」

 

既に沼の中に浸かっている。伏黒がいた場所にまで、術式の範囲を延ばしたのだ。

沈んでいく術者に玉犬の爪を振り下ろすが、手応えはない。

 

「くそっ!!」

 

逃げられた、その事実に悪態をつく。情報を得ることも、殺すことも出来なかった。得たものといえば、残された錦の呪具だけか。地面に広がるそれを見て、異変に気づいた。

錦の織物が縮んでいく。

 

「…成程な」

 

それを見て伏黒は領域を解く。それと同時に、術者の逃走手段を理解した。

この呪具の術式効果は伸縮。正の呪力で伸び、負の呪力で縮む。そして負の呪力のほうは、伏黒の領域に触れるだけでも効果はあるらしい。

それを利用して、領域を薄めた。薄めた地点に集中して術式を発動し、そして成功したのだ。

首を刎ねたのは、この狙いに気付かせないため。上に術者がいれば、足元が疎かになる。

 

「玉犬『渾』」

 

思考を巡らせる間に、焼き切れた術式が回復した。領域展開による消耗。余力はないが、やるべき事がまだある。

 

「二人を探せ!!」

 

死ぬなよ虎杖、釘崎。心の中で願いながら、岩壁を駆けた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

壊相(えそう)血塗(けちず)は、別の場所に引き摺り込んだ男と女の術師2名と交戦する。一時は2人の蝕爛(しょくらん)腐術(ふじゅつ)で追い詰めるも、女との術式の相性と男の猛攻により形勢は逆転。

 

(気づいた時には、術式を解いていた)

 

蝕爛腐術の”極ノ番”『翅王(しおう)』と、腐蝕の『(きゅう)』は併用できない。『翅王』で攻撃して『朽』の再発動を試みる。

だが術師達の意識は深く研ぎ澄まされ、黒い火花が彼らにほほ笑んだ。『黒閃(こくせん)』、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間に生まれる空間の歪み。呪力は黒い稲妻の如く光り、その威力は平均で通常時の2.5乗。

右肩ごと腕を吹き飛ばされた壊相。起き上がらない血塗。

 

(死ぬな弟よ)

 

 

「兄者ァアア”ア”アッ!!」

 

血塗は何とか生きており女の背後から襲いかかる

 

「…まだ、こっち(・・・)は見せてなかったわね」

 

が、女の手札はまだ残っている。芻霊呪法(すうれいじゅほう)(かんざし)』。血塗に刺さっている釘に呪力が流し込まれ、そして祓う。

 

 

 

 

「遺骸創術、『開』」

 

青い肌の呪霊を錦の織物が覆い、そして4名の足元を黒い沼が濡らす。

錦が伸びてきた先には少女が立つ。顔は分からないが黒い学生服。その詰襟の上から花柄の羽織を着用しており、やけに目立つ。さっきの移動もこの少女の仕業か。

乱入者、しかも子どもだ。一瞬思考が停止するが、虎杖と釘崎はその狙いを理解した。

 

「逃げんな!!」

「いいや逃げるね」

 

吠えるも虚しく、黒い沼は乱入者達を隠す。

 

「釘崎!」

「ちっ、分かってるわよ!!」

 

残された男の右腕。それに藁人形を乗せ、『共鳴り』を発動する。相手の一部に呪力を打ち込むことで、対象本体にダメージを与える呪術。相手との実力差や欠損部位の希少価値によって効果にムラがあるが、術式範囲の制限は緩い。

呪霊は祓った、男も致命傷。逃げようがこれで仕留める。

 

「…え?」

 

術式は不発(・・)に終わった。共鳴りは生物・無生物を問わず有効な呪術。死体相手に使ったことはないが、対象が死んでいたとしても呪力の爆ぜる感覚はあるはず。

 

「どうなった?」

「…分からない。けど、多分死んでない」

 

逃げられた。あの3体の目的は、宿儺の指の回収。恐らく少女が指を手に入れ、撤退した。

 

「……伏黒は!?」

「こっちだ」

「うおっ!ビックリした!!」

 

八十八橋の呪霊と対峙していたのは伏黒。最悪の事態を想像した虎杖だが、伏黒は森から姿を現した。血塗れのわりにピンピンしている。

 

「こっちは宿儺の指を取られた。そっちの状況は?」

「…呪霊、呪詛師と戦って、呪霊の方は祓った。呪詛師は多分生きてる」

「そうか。2人とも元気そうだな」

「どこ見て言っんだよ!?ていうか、何でアンタは元気なのよ!!」

「……分からねえ」

「はあ!?」

 

話によると、反転術式で治しながら殺しにきたらしい。殺意はあったが結局少女に逃げられ、伏黒は2人の跡を追った。

 

「それは良いとして。今考えるべきは…」

「ああ…」

「どうすんのよコレ…」

 

道路に散乱する錦の織物、交換とはこの事か。

3人はとりあえず、補助監督の新田さんに連絡した。凄く怒られた。

その後錦の片づけをしていると軽トラックが来た。めっちゃ怒られた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

同時刻。

脹相が夏油と真人に誘われ人生ゲームに興じていた時。何か恐ろしい感覚が脹相を貫き、手が止まる。

そして、指先の駒を砕いた。

 

「弟が死んだ」

「そういうのわかるんだ」

 

血の繋がりが絶えた。弟達の異変、兄弟の『死』。受け止める自分と、理解を拒む自分がいる。

 

「…報告、来ないね」

 

夏油がスマホを確認して呟いた。弟達を殺した奴の情報はない、ならば此方から行くしかないと思い席を立つ。

 

「…あ、ああ?」

 

絶えたはずの繋がりが戻ってきた。

脹相はまず自分を疑う。何かの間違いだ、弟は死んだ。兄弟の繋がりはともかく、血の繋がりが戻るはずはない。これは、自分が創り出した幻だ。

それでも、扉を開けずにはいられなかった。扉の向こうに弟達がいる、その可能性が少しでもあるなら、体は勝手に動いていた。

 

 

 

 

「……兄さん」

「兄者ぁ…」

 

弟達がいた。壊相は左腕が無く、血塗は怯え切っているが、弟達がそこにいた。

脹相は駆け寄り、そして抱きしめた。まだ幻を見ているのか、違う。これは現実だ。息遣い、体温、血の繋がりがそこにはあった。

 

「ごめんな。ごめ”んなぁ…!」

 

最初に脹相の口から出た言葉は安堵ではなく、謝罪だった。

危険な任務に弟達を向かわせ、結果傷つけてしまった。その間自分は人生ゲームなどやっていたのだ。自分が行くべきだったと、脹相は吐き出した。

 

「私達は、兄さんを許すよ。兄弟が苦しむのは見たくない、そうでしょう?」

「兄者ぁ、俺たちはだいじょうぶ。だから、なかないで」

「……ああ”、すまん。情けない、お兄ちゃんでごめんなぁ」

「もう…泣かないでよ兄さん」

「これは違う涙だ」

 

およおよする弟達を前に、脹相は涙を拭うが止まらない。いっそ赤血(せっけつ)操術(そうじゅつ)で止めようか、赤くない血液でも操れるのか。そんなことを考えていると、壊相を支えていた少女は脹相に彼を預ける。影に隠れ、少女の顔は分からない。

 

「……気分が悪い。わたしは帰る」

「ああ。いや待ってくれ」

「待たない帰る」

 

黒い沼の中に少女が沈み、そして沼ごと消えた。残された兄弟達を三日月が照らす。

 

「ああ、行っちゃった。彼女に家まで送ってもらいたかったのだけど」

 

何時の間にかアジトから出ていた夏油が愚痴る。その横に居る真人は、何故か腹を抱えている。

 

「……ぷふっ、アッハ!ハハッ!!」

「どうした真人」

「ハハハッ…ああごめん。つい…クフッ」

 

真人の嗤いは止まらない。

 

「愛情、憎悪、嫉妬、どれでもない。いや、どれでもある!」

 

魂の代謝。幸月のそれは、死者に対しては全くの『無』だが、生者に対してはそれなりにある。だからこそ、その魂を解き明かしてやりたいと考えているが、あの揺れはどのケースにも当てはまらない。

知的好奇心は満たされない。真人は少女にますます興味が湧いた。

 

「何があったんだよ!俺も、行けばよかったなぁ…アッハハッ!!」

 

月に照らされたその顔は、酷く歪んでいた。




呪霊と少女と伏黒が、もぐら叩きをした話。
あと呪胎九相図、生還する。
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