役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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第十話 わずらい

(……?)

 

ぼんやり目覚めると、見慣れた天井が目に入った。いや、少し違和感がある。天井が近い。

何度か目をぱちぱちさせる。今居る所は二段ベッドの上の方だが、ここで寝た記憶はない。とりあえず起きようとして、異変に気付いた。

熱がある。病気知らずなのでこれが高いのか分からないが、気分が悪いのは確かだ。頭に鉛が詰まり、体中を虫が這うような悪寒がある。

 

(なんで?)

 

昨夜は…だめだ頭が重い、思考を止める。どうでもいいことに気力を使うのは宜しくない。風邪?というものは思ったよりきついらしい。

ふぅ、と深い溜め息をついた。大人しく寝る。体がいうことを聞かない、この感覚は久方ぶりだ。思わず苦笑いが零れる。

不意に左側…ベッドに付けられた梯子から、物音が聞こえた。

 

「辛そうだね」

「……前髪」

 

夏油がわたしの顔を覗き込んできた。凄くニヤニヤしている。

 

「びっくりしたよ。九相図達をここに連れて来たら、君が倒れていたんだ」

「…褒めてつかわす」

 

思い出した。昨日は本当に疲れて、途中で倒れたのだ。玄関に入った辺りから記憶がない。それを見て寝かせてくれたようだ。

それは良い、良いのだが。

 

「病人を二段ベッドの上に寝かせる奴おる?」

 

この部屋には5つの寝具がある。元は九相図が使う家だったので布団が3つしかなかったが、わたしが来たので2段ベッドを用意して貰った。1段目は机、2段目はベッドになっており、側面には板が打ち付けてある。

これを部屋に置くことで、机とベッド、さらに九相図とわたしを隔てる壁の役割を持つのだ。我ながら頭が良い。ベッドが合わなかったので布団も用意して貰ったが。

 

「高い所が好きかと思って」

「床に布団が敷いてあるだろう」

「気づかなかったよ」

「絶対嘘」

 

九相図ではなく、夏油の仕業らしい。好感度が一つ下がった。今の体では一挙手一投足に重さがあり、降りづらすぎる。これでは熱さまシートを取りにいけない。

 

裏梅(うらうめ)に来て欲しかった」

「来てないけど、会いたいの?」

「…目の供養」

「そのまま伝えておくよ」

「やめておねがい」

 

裏梅は、綺麗なおかっぱの白い人だった。

悲しいかなここの連中は、花御はあれど華がない。その中にぽつんと佇む彼女は宛ら、雪原に咲く一輪の花。会ったのはビーチだけど。

 

「じゃ、良くなったらまた来るから」

 

俯いた夏油はふっと起き上がり、垂れた前髪が左頬にへばり付く。あの髪思い切り引っ張りたい。そして夏油は、ギシギシと梯子を降りた。

 

「あの、看病は…」

「九相図がやるから」

「マジ?」

 

不安しかない、あの兄弟はほぼ赤ちゃんだ。夏油に残って欲しかったが、そそくさと帰った。薄情者め。

 

「うそ…」

 

弱弱しい声が漏れた。この家に居るのはわたしと、あの三兄弟だけ。何をされるかわかったもんじゃない。その上やる事もないし、あったとしてもやれるだけの気力もない。

この現実から逃れるため、瞼を閉じる。思考を止めるように努めたせいか、眠りはすぐに訪れた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

こんこん。

 

「少し、いいですか?」

 

ノック音。それとドア越しに動く気配を感じ、少女は目を覚ます。一瞥すれば、褐色のシルエットが見える。壊相(えそう)の声だ。被っていた毛布を隅にやり、上体を起こす。

 

「…どうぞ」

「失礼」

 

壊相はお辞儀して部屋に入った。見下ろすと床に水桶が置かれ、中でタオルが揺れている。静かに戸を閉め、彼は口を開いた。

 

「お身体は?」

「マシにはなった」

 

食い気味に少女は言った。無理やり力を込めたような声で、調子を隠せていない。

 

「これを」

 

壊相は上に手を伸ばし、体温計を少女に手渡した。それを脇に挟んで少し待つ。数瞬の間、沈黙が部屋を覆う。

ピピっ、と音が鳴った。

 

「38.8度」

「辛いようなら、横になっても」

「いや、いい」

 

そう言って体温計を壊相に返した。替わりに濡れたタオルを受け取り、おでこに当てる。ひんやりとした感覚が、少女に少しだけ余裕を与える。

壊相が少女のもとに来たのは、看病のためだけではない。一拍置いて調子を整える。そして壊相は、口を開いた。

 

「ありがとうございました」

 

今言うことではありませんが、壊相は付け加えてそう述べた。頭と足で90度になるほど丁寧にお辞儀する。

 

「指と右腕で釣り合うか?」

 

嘲るような声で少女は問う。誰を笑っているのかは少女にもわからなかった。

 

「兄弟の為なら安いものです」

「その考えは止めておけ。取り返しがつかない」

「…それ、貴方が言います?それに、弟の分も含めてますので」

 

壊相は、無い右腕を確かめるように肩を擦る。

壊相からすれば、少女の方が己を省みないように見えた。反転術式で体はともかく、確定した死までは戻せない。

もし私も反転術式が使えたら、こうなるのかもしれない。少女の高熱も無理のせいだと、壊相は考えていた。

だが、他人がとやかくいう事でもない。自分にも譲れない”拘り”はある。壊相はこれ以上の追求はしなかった。

話題を変えようと、壊相は机に目を向ける。盆が置かれており、コップの水は減っているが、粥は冷めている。クーラーの風にさらされたせいか、米はぼろぼろで固い。

 

「ごはん、食べなかったのですね」

「…え?」

 

体調でも聞き出そうと思ったが、少女は困惑するだけだった。それを見て壊相は、「あ、夏油の奴何も言わなかったんだな」と察した。

 

「すまない、気づかなかった」

 

夏油もだが、少女の鼻も悪いらしい。または気付くほどの余裕もないか。

 

「いえ、お気になさらず」

「夏油じゃないだろ。誰が作った?」

「血塗ですよ」

「…器用だな、血塗クン」

 

元は普通に生きていた少女と違い、呪胎九相図が感覚を得たのは受肉してから。器になった人間から料理の知識はあっても、作るのは初めてのことだ。この看病も、彼らにとって初めての経験になる。

 

「ゆっくり休んでください。無理に食べなくても良いですからね」

 

そう言うと壊相は梯子を下りて、部屋から出る。

また一人になって、少女は気付いたことがある。

 

「あ、降ろして貰えば良かった」

 

片腕の壊相には難しい。それに気づいたのは、もう少し後だ。

 

 

バタン。勢いよくドアの開く音がした。ドタドタと何かが入ってくる音もする。

 

「げんきかぁ~」

「…そこそこ」

 

特徴的な声で、血塗(けちず)だと気付いた。再び起き上がり見下ろすと、額の人面と目が合う。うえの顔は素体の名残で、本来の顔は大きな口の方だが。

 

「そこそこ?どれぐらい、げんきなんだぁ?」

「本来の調子を10として、6ぐらいかな」

 

血塗は”そこそこ”の感覚を知らなかったが、6割もあれば”そこそこ”らしい。血塗は一つ、賢くなった。

 

「…そうだ。ちょっと机の下に行ってて」

「どうしたぁ」

 

疑問に思いつつ、血塗は言われた通りにした。何やらゴソゴソと物音がする。

なにしてるんだぁ、と思った瞬間。上から少女が落ちてきた。ぽきりと嫌な音がして、血塗は慌てて駆け寄る。

 

「え”?なにしてんだぁおまえ」

 

血塗は心配というより困惑していた。梯子ではなく2段から飛び降りたのだろう。腕がぽっきり折れている。

 

「まあ見てろ」

 

少女は折れた腕を真っ直ぐに固定し、呪力を患部に当てる。少しして腕を振ると、何事もなかったかのように元に戻っていた。

 

「反転術式…簡単に言うと、肉体を癒す力だ。受肉体は呪霊と違い、肉体の治癒は難しい。これが使えないなら、今度は無茶しちゃダメだぞ」

 

少女は、子どもの扱いには慣れていない。故に道理を理解させようと、実践で示すことにした。体を張って伝える姿勢は評価に値する。

 

「こんど?なんのことだあ」

 

少女は、耳を疑った。いくら具合が悪いといっても、流石に耳まではやられていない。疑ったのは血塗の言葉だ。

死んで学べる機会など、滅多にない。”馬鹿は死ななきゃ治らない”という表現もあるが、血塗はそこまで馬鹿ではない。

 

「…昨夜のこと、覚えてないの?」

「んー…あんまり、わからねえなあ。はじめて兄者たちにあえたのに」

「ああ、成程」

 

これは呪いだ。頭の方をよく見ると、呪力の残穢(ざんえ)が残っている。怯えた弟を見兼ねて、兄が夏油に頼んだのだろう。昨夜のことを忘れるように。

まさしく、骨折り損。

 

「血塗。お粥を取ってくれないか」

「お!いいぞお」

 

触れてはいけない話題を察知し、少女は別の話に切り替えた。

一方で血塗の弾む声には、「待ってました」という響きがある。盆ごと粥を持ち、そして布団の上に乗せた。

 

「どーぞ!」

「ありがとう」

 

礼を言い、スプーンで飯粒を掬い取る。ぼたっと重い感触からお米の粒は細かく、粥というより重湯に近い。大根の葉と、ほぐした卵も入っている。

そして少女は、冷めたお粥を口に入れた。

 

「…おいしい」

「だよなあ!兄者たちにもほめられたんだぞ!!」

 

大根の優しい味がお粥に溶け合った、あっさりとした味わい。控えめな塩気は、献立の漬物とも相性がいい。何度も口に運ぶ、梅干しの酸味も良いアクセントだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

少女は完食し、手を合わせた。

冷めていたので体は温まらないが、胃もたれはない。食べ過ぎていないか少女は少し心配になった。

 

「まだあるぞお!」

「…ん、いや待って」

 

興奮した血塗に、少女の静止は届かない。空のお椀と盆を持ち、ダッシュで部屋から出てしまった。

 

 

かちゃり。静かにドアの開く音がした。そちらに目をやると、白い肌の青年がいる。脹相(ちょうそう)だ。

 

「ノックしろよ」

「ああ…すまん」

 

少女の抗議に、脹相は素直に謝罪した。兄弟ですらない…他人との接し方など脹相は覚える気もなかったが、これからひとつ屋根の下で過ごす仲だ。面倒ごとは裂けたい。

それにもう一つ、理由がある。

 

「話は聞いた。弟達を助けてくれたんだな」

「…そう言うなら、まあそうなのか」

「?」

「いや、忘れてくれ」

 

少し気になったが、助けたのは事実。脹相は追及しなかった。だが口を開いたのは、少女からだった。

 

「壊相の腕は済まなかった。何時もなら治せた」

 

少女は詫びた。

あの時の血塗は死にかけ…というか死んでいた。なので少女は三人の撤退と血塗の蘇生を同時に行い、その後に『(ひらき)』の中で壊相の腕を治そうとした。

しかしあの空間に入った時点で、『腕の死』が確定してしまった。反転術式でも確定した死はどうしようもない。あの空間で死が確定してしまう現象は、想定外だった。

 

「お前が行かなければ、弟達は死んでいた。俺達は助けられんだ」

 

それでも、脹相は少女を責めなかった。

弟2人で行くはずのお遣い、そこに少女は入らないはずだった。あのまま2人だけで行ったら、術師達にやられていただろう。有用性を示すチャンスだったので、退くという選択肢もない。

 

「ありがとう」

「っ!!」

 

最良の結果ではない、だが少女に悪意があるようにも見えない。悪いのは弟達を傷つけた術師共だと、脹相は納得した。

言いたいことを言い終わり、脹相は部屋を出る。

 

「……納得すんなよ」

 

返事を返す者はいない。クーラーの動作音だけが、静寂を和らげる。それが気になってか、少女は寝付けなかった。




本当に具合が悪かった少女の話。
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