役立たずの徒花   作:お米ちゃん

12 / 16
第十一話 柄遊び

休日は、リフレッシュの時間である。

 

普段は呪術高専京都校にて教鞭を執り、また他の術師と連携をとることが多い(いおり)歌姫(うたひめ)にとって、一人の時間は特に貴重だ。

というわけで、エディオンスタジアム広島に赴いた。今日はひいきにしているプロサッカークラブ…サンフレッチェ広島の試合がある…のだが、最近どうも調子が悪い。ここから巻き返してくれる事を願う。

それは良いとして。

 

(こう言ったら悪いけど、ラッキーね)

 

庵は普段、生でのスポーツ観戦はしない。興味がない訳ではなく、単に都合が合わないからだ。オフの日でも、生ビール片手に家で見るのが精々。

ではなぜ現地観戦できるのかというと、明日はこの近くで任務がある。ならばついでに見に行こうと思い、馳せ参じたという訳だ。休日前にスケジュールを立て、時間を上手に使う。出来る大人はここが違う。

 

「なんで今なのよ」

 

千載一遇のチャンス。そう考える庵にとって、鞄のスマホが震えているのは面白くない。緊急の任務かもしれないので、通知は見るが。

 

「げっ」

 

五条だった。思わず声が漏れる。

この時点で赤いボタンを押しかけが、この抵抗は無意味だと思い出した。拒否したところで4,5回はブザーを鳴らされる。

最速で終わらせる。決意を胸にし、緑のボタンを押した。

 

「もしもし」

『…僕だけど、なんか歌姫キレてない?』

「そうね。じゃ」

『待って!これ大事な話だから!!』

 

全力スルーで全て終わらせようとしたが、失敗した。出れると分かった以上は切ってもかけ直されるだけ、大人しく聞いてやるしかない。

 

「何よ?」

『ふービックリした…本当に切るかと思ったよ』

「さっさと話しなさい」

『はいはい、こっから本題ね』

 

尖った声を聞いた五条は茶化すのを止め、早く話を進めることにする。話を終わらせたい庵にとって、喜ばしい反応である。

 

『もう聞いたかな?僕の生徒達が特級相当を3体退けたって話』

「…呪胎九相図ね。全員無事なんでしょ、良かったわ」

 

八十八橋の事件から2日後。「東京校1年の3名が特級相当を撃退」という報告は、狭い呪術界で大きな話題になり庵の耳にも届いた。話を聞いてまず学生の安否を確認し、他校事ながら胸をなでおろしたものだ。

 

『この”特級相当を3体”って部分の話。うち2体は九相図で間違いないけど、もう一人は別件だ』

「それって確定?」

『100%確定。僕が視た(・・)から間違いない』

 

五条の六眼は、あらゆる呪術を解き明かす。

学生達の証言、残された右腕や血痕の検分から、虎杖と釘崎が対峙したのは九相図だと判明した。だがもう一体…伏黒が会った方は、全く別の気配がした。

 

『まー別件と言っても、見当はついてるんだよね。誰だと思う?』

 

五条のもったいぶった言い方からして、話の本題はこれか。

五条は終始、自分のペースで話を進める。態々クイズ形式にするあたり「相手の時間を奪っている」という想像力がないのだ。足りてないのは配慮かもしれない。

 

「分かるわけないでしょ」

『えー歌姫は絶対分かるよ、名前も聞いてるし』

「いや、どちら様?」

 

事件の話は知ってても、報告書はまだない。ノーヒントのはずだが、名前は庵も知っているらしい。

 

『分からない?まー仕方ないか、歌姫弱いし』

「関係ないでしょ!」

『いや、冥さんなら答えてくれるよ。多分』

「…降参、教えなさい」

 

増々分からない。そもそも早く話を終わらせたい庵にとって、到底クイズなど付き合えなかった。

 

『しょうがないな、教えてあげる。名前は”幸月(さつき)”』

「…っ、え」

『はは、思い出した?なぁーんと僕の推理、当たってました!!』

 

交流会襲撃、その時に捕えた呪詛師が吐いた名前。思い出せなくて当然だ。なぜなら、庵にとっては存在しない記憶(・・・・・・・・)。バカの推理、学長の眼差し、目を逸らした庵、冷え切った空気。

抹消した記憶。

 

『いやー全て楽巖寺学長のおかげだよ。これほどおじいちゃんに感謝し』

 

ぴこん。

記憶を再現するより早く、赤のボタンを押していた。どうせ報告書を目にするので問題の先延ばしでしかないが、布団の中で悶絶するなら覚悟を決めてからがいい。

庵はスマホを鞄に仕舞おうとするが、アラームが先に鳴った。通知はやはり、五条悟。

 

「……あ”ー、何なのアンタ!!」

 

電話に出ると同時に声を荒げた。先程まで静かに話していたので、周りの視線がよく刺さる。

 

『いきなり切るって…失礼じゃない?』

「アンタに言われたくないわよ!」

『ごめんごめん、でも話まだ終わってないから、もう少し付き合ってよ』

「なによ?」

 

少し声のトーンが下がる、こっちが本題のようだ。

 

『飲み会の幹事の件なんだけど。どう?目星はついた(・・・・・・)?』

「…はぁ」

 

頭の痛い案件はまだある。

今日は寝れないかもしれない。でも呪力は良く練れると思う庵だった。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

事情聴取やら報告書やらで忙しくしていた1年3人組。殆ど任務と変わらない休日だった。

今は日曜日で、サザエさんも終わった時間。そんな折、3人は五条に呼び出された。

 

「見せたいモノがあるんだ。ついてきて」

 

また任務の話かと身構えたが、違うようだ。ほっと安堵した3人は、五条を追っかける。

 

「ここって…」

 

最低限の灯りしかついてない校舎内に入り、連れてこられたのは保健室。中には人が居るらしく、ドアの隙間から光が漏れる。

 

「入るよー」

 

ノックはせず、五条は声をかけると同時にドアを開ける。クーラーに冷やされた室内の空気が、風となって廊下に流れた。

中に居たのは家入(いえいり)硝子(しょうこ)、高専の医師だ。

 

「「ホントーに!ありがとうございました!!」」

「…無理はするなよ」

 

開口一番、感謝を述べる虎杖&釘崎。

家入は反転術式による他者の治療が出来る希少な人物だ。誰も彼女には頭が上がらない。

 

「何で此処なんですか?」

 

ははーとひれ伏す2人を眺めていた伏黒は、気にせず質問した。

「見せたいモノがある」と聞いて伏黒は、呪具か呪物でも見せるのだろうと予想していた。となると行先は呪物を納める忌庫か武器庫になるが、今居るのは保健室。呪具も呪物も此処にはない。

 

「恵の会った呪詛師さ、呪具置いてったよね」

「ああ、はい」

 

現場に残された大量の呪具。「片付け出来ないのかよ」と悪態を吐き、面倒になってまるごと影に仕舞った伏黒。それを再び影から出したとき、ビックリするほど縮んでいた。

貴重な手がかり、それが呪具となれば時に高専の所有物になる。伏黒のうっかり案件だ。

 

「呪具に残ってた呪力はもう登録したから、いろいろ実験したんだよ。硝子、出して」

 

五条がそう言った後、家入はデスクから、折り畳んだハンカチほどの布を取り出した。

 

「じゃじゃーん!これが、その呪具なんだけど」

「なんか柄が違うわね」

 

濃淡のある紫色で染められ、渦を巻く水のような文様が描かれた織物。凄い地味。

 

「僕も詳しくないけど、”観世(かんぜ)(みず)文様”っていうらしいよ」

「ん?同じ呪具持ってたってことすか?」

「いや、これは君達が回収したものだ」

「柄が変わるんですね」

「そう、呪力に応じて見た目が変わる呪具。面白いよね」

「…ふーん」

 

釘崎はじろじろとそれを見つめる。

着物を着る機会は少ない。七五三や成人式といった人生の節目、初詣や夏祭り程度。だからこそ普段着よりも着物は妥協を許さない。

あの術師が使っていたのは、もっと派手な柄だった。赤い布地に、やたらとリアルな草花が円形に散りばめられた織物。正直自分の物にしたいくらい、綺麗だった。

 

「五条先生も反転術式使えますよね。何で家入さんが持ってるんですか?」

「この呪具は、生み出した正の呪力を外にアウトプットして流し込む必要がある。でも僕の反転術式だと、外へのアウトプットは専門外。だから硝子にやってもらったって訳」

「家入さん、私この柄好きですよ!」

「そうか」

 

五条が関わってないと分かり、釘崎は布切れが高級品に思えてきた。流れる水の情景には、透明感・清涼感がある気がする。よく見ると貴いオーラが出てる。気もする。

 

「等級は付けたんですか?」

「それが難しいんだよね。伸ばすには正の呪力のアウトプットが必要だから、使い手がまー限られる。件の術師みたいに使えるのは、乙骨くらいじゃないかな」

「逆なら良かったのにね、先生」

「いや、逆だと世界滅んでるよ」

「…え?」

「しょうこー。ちょっと借りるよ、返さないけど」

 

五条はコーヒーを淹れる。カップから湯気が立ち、室内に独特の芳香が漂う。そしてカップに、見ているだけで胃もたれしそうな程の砂糖を投入した。

 

「先生、ちょっと飲ませてよ」

 

と一口だけ飲ませてもらった虎杖は、一瞬顔を強張らせた。

 

「なんか、頭がすっきりする」

「特製マイブレンドコーヒーだからね、美味しいでしょー」

 

美味しいとは一言も言ってない。

ずずっと劇物を飲み干した五条は、おもむろに口を開いた。

 

「逆ってことは、負の呪力で伸びるってことでしょ?それだと扱える術師は大勢いるけど、危険なんだよね。この呪具は、ほんの少しの負の呪力…それこそ呪力漏出にも反応する」

「つまり、世界が埋め尽くされる。ド〇えもんの『バイ〇イン』みたいな感じ」

 

製作者もそれを分かっていたのだろう。放っておくと増えるよりは、消える方がマシだ。

 

「…使いづらいわね。保存するのも大変じゃない」

 

着飾った自分を想像していた釘崎。絹の耐久性は100年とも言うが、これでは1年も持たないではないか。

 

「これはこれで使い道はある。適当なものに巻き付けるだけで、大概の呪霊は一撃で祓えるよ」

「簡易的な神具、ですか」

「それだけじゃない。これ自体も正の呪力を纏ってるから、応急手当にも使える」

「へえ―便利だね!」

 

思っていたより有益な収穫だ。反転術式の使い手は希少で、何時も手が空いている訳ではない。正の呪力を保存できるなら、助かる命もグッと増える。

 

「大量生産は乙骨の帰国を待ってからだけど、それまでは家入に頑張ってもらうかな。取り敢えず10mくらい」

「…」

 

眉間に皺を寄せ、難しそうな顔をしている。簡単なことではないようだ。

 

「まーいずれお世話になるかもだから、覚えといてね。じゃ2人は解散!恵は残ってて」

「?はい」

 

伏黒には、まだ用があるらしい。五条は2人を見送った後、伏黒の方へ向き直す。

 

「例の術師について、恵の口から聞きたい」

 

五条は目隠し越しに伏黒を見る。いつも軽薄な笑みばかり浮かべているが、今は違った。

 

「…黒髪の少女でした。身なりは制服でしたが、身長は低かったので少し下かも知れません。それから…」

「その子から何か感じなかった?」

「!!」

「人を成長させるのは、些細なキッカケ。でも本人にとっては、相応の理由がある。それが知りたい」

 

少し吃って、伏黒なりに言葉にし始める。

 

「その、上手くは言えないんですけど。憎んでいるというか…親の仇(・・・)でも見るような、そんな感じがしました」

「…親の仇、ね」

 

主観的かつ重要性は低いと判断し、報告書からは省いた部分。

だが五条はピンとくるものがあった。

 

「恵はその子と面識はない。となると見ていたのは恵じゃなくて、恵の血かな」

「血…ってことは」

禪院(ぜんいん)家。そこに、術師のルーツがあるのかも」

 

 

後日。

回収した呪具は家入によって複製され、学生達の手に渡った。一人につき、大体1mほど。

かなり疲れていた家入の身を案じ、学生達は様子を見に行った。

 

「大人として当然だ。私も好きでやったことだしな」

「クマ?元からだが?」

 

「気にするな」とは言われても、目は口程に物を言う。相当の激務だったようだ。

家入の努力の結晶。それを手にした各方面の反応は様々あった。

勿体ない症に罹る者。そっと影に仕舞う者。額縁に入れて飾り、1日5回のお祈りをする者。最終的に家入は崇拝の対象になり、学校中で崇められた。

(イエ)ス・()リスト、爆誕である。




神になった家入の話。なお、クマは増えました。

”観世水”
流水が渦巻く様子を描いた文様。能楽の観世家が広く用いたことから”観世水”と呼ばれるようになった。
「流れる水は腐らず」ということで清めの意味を持ち、未来永劫の象徴でもある。

ちなみに少女は”花丸文(はなまるもん)”です。


追記:次話投稿が遅れます。申し訳ありません。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。