役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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遅れました、申し訳ない。


第十二話 牛鬼、

「伏黒恵をぶっ殺したい」

「なんで?」

「ぶっ殺したいから」

 

復活した少女の変貌ぶりに、夏油は頭を悩ませる。真人とともに様子を見に行けば、いつの間にかこう(・・)なっていた。

最初は、熱で脳でもやられたかと思った。脳をやられたら呪力は練れないし、自分で治せない。だから夏油は反転術式を使ったが、変化なし。残念ながら正気のようだ。

 

「あまり高専関係者に接触して欲しくないけど…」

「いーじゃん、好きにやらせなよ」

 

夏油としては今まで通り裏方仕事に徹してもらいたいが、真人は面白がっている。伏黒恵殺すガールと化した少女。動機も理由もわからないが、真人の琴線には触れた。

 

「…はあ。いいよ、付き合ってあげる」

「よっしゃ」

「ここだと狭い。外でやろうか」

「さんきゅー夏油」

「んん、俺は?」

「褒めてつかわす」

 

がしゃんと音がして、玄関の引き戸が閉まった。

少し歩いて、山の開けた場所に行く。過去に土砂崩れがあり、そこだけは草地になっている。

 

「”闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え”」

 

真人の詠唱で帳が降ろされる。元々人のいない山奥だが、一応念のために。

 

「私を選んだ理由は?」

「似てるから」

 

似てるとは、術式の話。

伏黒は十種影法術で、夏油は呪霊操術。式神か呪霊かの違いこそあれ、汎用性の高さなら似てると言えなくもない。

 

「過小評価だね」

 

しかし夏油は特級だ。

原則として十種しか操れない十種影法術と比べて、呪霊操術は文字通り桁が違う。一緒にされたら困る。

尤も、十種影法術には操る以外にも使い道はあるが。

 

「私にもメリットが欲しいな。

『負けた方は、相手の欲しい物を一つ与える』。これでどう?」

「…いいね、乗った」

 

これは呪術の契約で、子どもの口約束ではない。

つまり夏油は、勝つ算段が出来ている。

 

「二言はないね」

 

合図代わりに、夏油は呪霊を出す。

 

「こいつを祓えたら、私が相手をしよう」

『きいいええいろろおおぉぉお』

 

概ね、巨大なヤドカリといった風貌。

ずんぐりとした胴体からは2対の脚と、1対の腕。手はなく鋏になっている。

だがやはり異形の存在で、あくまで似ているというだけ。

このヤドカリには、2つの頭がある。巻貝ではなく、髑髏(どくろ)を背負っているからだ。そして頭部も甲殻類ではない。こめかみに鍾乳石のような突起物が生えた、男。

 

「…鬼?」

 

少女がそう呟いた直後。呪霊は透明の液体を吐き出した。

 

「汚っ」

 

後ろに飛んで躱わし、同時に別の動作を行う。

呪霊の口から無数の腕が生え、それらを伸ばしてきたからだ。

 

(にしきの)御機(みはた)

 

着地を狩られる前に、伸びてきた腕を祓い除ける。

 

『ああ”いだぃいだいいい』

 

呪霊は鋏で口を抑え、悶える。

「あれは舌かもしれない」と少女は思った。脹相が食事中に、舌を噛んだ時の動作に重なったからだ。

そんな思考を切り替えて、少女は追撃を試みる。この悶えは演技ではない、明らかな隙。

頭に狙いをさだめ、錦を伸ばす。

 

がきん。

 

しかしそれは届かなかった。呪霊が屈んで髑髏に当たり、弾かれた。

弾かれた(・・・・・)

 

「は?」

 

髑髏に潜む呪霊が、少女を見つめる。2つの目は、燃えるような怒りを湛えている。

 

領域展開(りょういきてんかい)

 

口は大きく開き、その中で印を結ぶ。そして、流暢な言葉で呪霊は唱える。

如何やって発音しているのか、などと考える余裕もなく。

 

『【斎子彼岸(いむこのひがん)】』

 

死地の渦中に堕ちる。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

海を見ていた。

陀艮のそれとは違う。非現実でありながら、ここは嫌な意味で現実的だ。むせかえるような磯の香り。肌に纏わりつく砂粒。底知れぬ暗い海。

 

唯一現実的でないのは、砂浜に刺さっているもの。

真っ赤なもの。赤白いもの。真っ白なもの。4枚羽根の風車があちこちに咲いていた。潮風に吹かれ、風車はからから回る。

それ以外には何もない、見渡す限り海が広がる。だが少女はかえって窮屈な印象を受けた。曇天のせいもあるかもしれない。

 

「……っ…」

 

少女はがくりと態勢を崩される。足を引っ張られているのだ。見ると、親指サイズの釣針が食い込んでいる。糸は海から伸びている。それを祓おうとしたが、出来ない。髑髏と同じように、弾かれる(・・・・)

 

「(これが必中か)…鬱陶しいなぁ!!」

 

切断は不可能と判断し、代わりに足首を切り落とした。幸い深くまで食い込んでおらず、それ以上引きずられる事はなかった。

さっさと足を再生し、二足で立つ。片足には押し返す砂の弾力と、泥の湿り気を感じる。それが少女の気に障り、もう片方の靴を脱いだ。

 

ひたすらに、困惑していた。

呪霊の肉体は、負のエネルギーの集積。その真逆、正のエネルギーの集積たる神具は、呪霊の天敵だ。それを防ぐのは、呪霊ならあり得ない現象。一撃で消し飛ぶほどの呪力を込めたはず。

 

(術式か?)

 

思考はすぐに中断された。

海が盛り上がって、あの呪霊が姿を現したからだ。

 

「何だよコイツ…っ!」

『ぶっ、ころすうううぅぅ!!』

 

デカくなっている。肉体だけではない、髑髏も含めて何倍も。

三角屋根の家くらいだった呪霊の身体は、10階建てのマンション並に巨大化していた。

 

特級(とっきゅう)仮想(かそう)怨霊(おんりょう) ”牛鬼(ぎゅうき)”。自信作だよ」

「…いや知らん!」

 

焦る少女の顔を見て、夏油がくつくつと笑う。

 

「じゃあ、教えてあげる。牛鬼とは、主に西日本で知られる海の怪異だ。性格は非常に残忍でね、毒を吐くし人を喰う。牛と蜘蛛を足した姿で描かれることが多いかな、けっこう有名なやつだよ」

「…開示か?ご親切に」

 

それを合図にしたように呪霊…牛鬼は脚を動かし、地面を這う。突進だけでも、殺すには余りあるエネルギー。

その勢いのまま腕を、少女に振り下ろした。

動きに合わせて、錦を当てる。こちらは弾かれることはなく、腕を消し飛ばした。距離があり、反応できる時間があったのも幸いした。

 

『うう、がああぁぁ!!』

 

怯んで後退した牛鬼は、大地を叩く。

 

(来る)

 

そう思い、新たな錦を取り出した。

 

しかし。

確かに、走った。…体の向きを、180度変えて。

 

「っは」

 

背を向けられては、殻に弾かれる。

それを見て少女は追いかけようとしたが、直ぐに足を止めた。

 

違和感。逃げ足が遅すぎる。脚を引きずっているがわざとらしい。消えたのは腕だ。

それを治さないのも、気になった。病気の呪霊は、直ぐに再生させたのに。

 

牛鬼は立ち止まり、少女の方に振り返る。にやりと嗤い、今度こそ海に消えた。

 

「遺骸創術『開』」

 

人を取り出して海に落とす。

牛鬼が吐き出した透明の液体。夏油が嘘をついていなければ、あれは毒だ。なら同じ色、この海は?

答えはすぐに出た。

 

 

 

 

石になる。

化石、いや石化と呼ぶべきか。浸かった部分から、時が止まったように動きを止めた。

 

「…ナトロン湖?」

 

海ではないものが頭に浮かんだ、YouTubeで見たやつだ。

高い塩分濃度とアルカリ性の水が、亡骸を石灰化させる死の湖である。その光景によく似ていた。

文字通りの死海。成程、彼岸とはよく言ったものだ。

生者は海を渡れず、渡れるのは殺す者と殺される者。

 

「面倒だな」

 

少女が視るに、牛鬼の術式は『成長』。

回復と強化を繰り返し、敵を殺すまで巨大化する。

だが、成長は時間を要するらしい。その時間を稼ぐために、海に潜る。ヒット&アウェイに徹する堅実な戦術。

そして一つ、気付いたことがある。

 

「牛鬼と言ったか?呪霊じゃない(・・・・・・)だろコイツ」

「正解。よく分かったね」

 

硬すぎる呪霊、思い当たる節はあった。花御だ。

花御は呪霊ではあるが、それだけではない。神聖なものに向けられた負の情念が胎となり、生まれた呪霊。

純粋でない故に、真逆のエネルギーにも耐性がある。花御が少女に呪いの種子を当てたのもそういう理屈だ。牛鬼の髑髏も、それに近しいものだろう。

 

(精霊か、いや…)

 

海が盛り上がって、それを見る。

先の比ではない。もはや呪霊ではなく、怪獣映画に出てきそうなサイズだ。

単純な質量はこの上なく脅威であり、吐き出す息すら潮風を生んでいた。沈まない地面には感嘆すら覚える。

 

「丁度良い。験すか」

 

三度、腕が振り下ろされる。

山が降ってくるようなものだ、当たれば人の形も留めない。

少女はそれを祓わない。布の代わりに札を取り出し、人差し指と中指で挟む。

 

八種(やくさの)雷蛟(いかずち)

 

空気が、弾けた。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「めーぐみ、お出かけするよっ」

「一応聞きますけど、禪院家ですか」

「うん」

「はあぁーーっ」

 

行きたくねえ。ため息と一緒に、魂まで抜け出ていきそうな伏黒だった。

基本的に五条のお誘いは、公害を意味する。五条という台風の目に振り回されたがる馬鹿でない限り、普通断る。

だが今回の誘いは、公害に赴くことを意味していた。しかも断れないときた。

 

禪院家と伏黒の関係は、あまり良くない。

禪院家は関係を持とうとしている。相伝術式の『十種影法術』を伏黒が継いでいるからだ。禪院家としては喉から手が出るほど欲しいが、伏黒は禪院家との繋がりを求めていない。足を運んだのも片手で数える程度で、慶賀新年の返事も返していない。

 

「七海より長いよ、溜め息。ギネス狙えるレベル」

「五条先生だけ行って欲しかったんですけど」

「僕もそのつもりだったけどね、まー許して?」

 

五条も禪院家には関わりたくないし、伏黒にも関わって欲しくない。

だが禪院家が呪詛師の情報を持っている可能性は高い。厳密に言えばそれ以外の可能性がない。渋々、伏黒と禪院家のいざこざ以来使っていなかった電話をかけた。

禪院家当主の返事は『恵を寄越せ』の一点張り。五条はごねたがどうにもならず、仕方ないので2人で行くことにした。恵だけ(・・)とは言われていないし。

 

「お待ちしておりました。伏黒恵様、五条悟様。お二方は、このフルダテがお送りいたします」

 

どうぞこちらへ。禪院の男は送迎車まで案内し、2人は後部座席に乗り込む。

高専も安物ではないが、それ以上に高級そうな車だ。2人乗りの後部座席は贅沢に空間を使い、座り心地もいい。だが伏黒は膝を揺らしたり、備品に目を移したり、ミラーを見たり。妙に落ち着かず、体がうろうろする。

 

「何とかなるよ。だって僕、最強だから」

「…お願いします」

 

伏黒は知っている。こういう時は、頼りになる大人だと。




バトる少女の話。

禪院家の話は後でやるつもりでしたが、同時に進めてみます。不都合があれば後で整理するかもです。
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