役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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まず遅れて申し訳ないです。代わりといっては何ですが、だいぶ長くなってます。
後半の話が長ければ、最後の文まで飛ばしてください。

そして、大事な話があります。
お気に入り登録者数が50人を突破しました。とても嬉しいです、ありがとうございます。




第十四話 名残り

水滴が肌に当たり、目を覚ます。

 

日が暮れたようで薄暗く、光を求めて空を見上げた。

天井には大きな穴が空いており、そこから月明かりと水が入る。落差が大きすぎるのか、水は下に落ちる前に拡散してきらきらと光っていた。

ここは地下のようだ。といっても坑道や洞窟ではなく、山に穴を開けたような、そんな場所。

 

(どこだ、ここ?)

 

意味が分からない。なんでこんな所に居るのか。

…なんで、こんな所に居るのか?

思い出してきた。わたしは、呪霊の領域展開で…

 

(…生得(しょうとく)領域(りょういき)

 

誰もが生まれながらに持つ、自分だけの心象風景。それは人によって千差万別であり、本人すらも知らない場所。

わたしは、死に近づきすぎた。だからここに来たらしい。どこか他人事のように、冷静に見ている自分がいた。

 

目が慣れてきて、辺りを見渡す。

堕ちてきた霧は幾つかの水溜まりになり、その近くには草木と花が生えている。藍と白の、星型の花。それらが集い、夜と雲のような明暗を描く。

そして夜空には、千年前と同じ、満天の星空が輝いていた。

 

(そっか、ここか)

 

忘れるはずがない。わたしはここで、生きていた。

 

 

 

 

今度こそ、目を覚ます。

海の底は息苦しく、石の呪いが纏わりつく。

それを見て赤子共は、泣いているのか、嗤っているのか。相変わらずの煩さだ。

 

でも、まだ終わってない。

 

領域(りょういき)展開(てんかい)

 

口を開いたせいで、水が流れ込む。それでも構わず言葉を続ける。

左手は石化しきっていたので、残された右手で(・・・・・・・)掌印を成す。5つの指先を揃えた形は、まるで蕾のように見えた。

 

そして今、花開く。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

それに二人が気付いたのは、ほぼ同時だった。海の底から、爆発するように、膨れ上がっていく領域。

どんなものかは分からない。ただ、直感で覚えたのは、悍ましさ。触れてはならぬものに、触れたような。

 

「っ……領域(りょういき)展延(てんえん)!!」

 

真人は叫びと共に、自身に薄い膜のような結界を張った。

領域展延…領域の必中効果や術式を中和する、防御の領域である。

しかしこれは真人にとって、メリットよりもデメリットが大きい。領域展延中は生得術式を発動出来ないため、無為転変による肉体の再構築が不可能になるからだ。

だが今は、それしかなかった。領域の押し合いでは”勝てない”と、本能的に理解したからである。

夏油もまた、新たに出した呪霊で簡易領域を展開し身を守る。

 

塗り替えられた光景は、直前に感じたものとは程遠い、神秘的なものだった。

まず2人の目を惹いたのは、大穴の下…中央に坐す、注連縄が幾重にも巻かれた何か。

そして星空の下に広がる花の大地。降り注ぐ光と花びら。

天上より降る雫は、まるで涙を流すように。あるいは、慈愛に満ちた手つきで撫でるように。

柔らかな感触に打たれていると、聞き覚えのある声が二人の耳に入ってきた。

この領域の名は―――――

 

「【(はな)布瑠(ふる)内裏(だいり)】」

 

声がした方に振り向くと、少女がいた。その半身は石に蝕まれて、とても戦えそうにない。だというのに、寧ろ穏やかな表情で二人を見ていた。

どうしようもなく開き直った顔ではない。全てのしがらみから解放されたような、そんな笑み。

 

「ふっ、ははッ!!」

 

それを見て真人も笑う。

何時しかの嘲笑では無い。単純に、真人の魂が叫んでいた。

 

(ここで今!殺す(祓う)!!)

 

目の前の少女は、危険だと。

しかし同時に、歓喜していた。やっと、己の殺意を満たせると。

 

「…見事だ。でも、それで勝ったわけじゃない」

 

一方で夏油は、飽くまで冷静に、戦況を分析していた。

確かに領域は塗り替えられ、その上書きも難しい。またこの空間は正の呪力に満ちており、少女の領域展開と共に多くの呪霊が祓われてしまった。

だが、領域展延が間に合った個体がいる限り、領域が上書きされた所で、石化の術式までは解けない。その上夏油自身は、傷一つ負っていないのだ。戦いの主導権は此方にある。

ならばどうするか?

 

『ねえ』

 

長い髪に白いコート、赤い靴。女型の呪霊。その口が大きく裂け、少女に一つ問いかけた。

 

『わた、わタ、わたし、きれい?』

 

時間を稼ぐ。

問いに答えるまでお互い(・・・)に不可侵を強制する、特殊な簡易領域。例え相手が格上であっても、答えるまでは突破されない。

 

つまりそれは、答えない限り相手は無防備だということであり、またその間、お互い(・・・)に含まれない者は好き勝手に動けるということだ。この隙に夏油は再び呪具を出し、真人を含む呪霊の群れが間合いを詰める。

少女はそれらに目もくれず、濡れた前髪をかき上げ、問いかけてきた呪霊を見た。

そして、一言。

 

「あんま良くない」

 

ブチリと、何かが切れる音がした。

いや、正確には、これから切るのであろう。呪霊が糸切狭を取り出すと同時に、少女の右腕、太腿、耳、首に巨大な糸切狭が展開された。

 

「…それでいくか」

 

ぽつりと、誰に向けたものでもなく、少女が呟いた。

呪霊が鋏を握ると、それに連動して大鋏も閉じていき、白い肌から血が垂れる。

このまま肉が断たれようとした、その瞬間。

 

がきん。

 

その音は、金属がぶつかり合う音。

その出所は、挟み込まれた直剣。それに加えて刀、長巻、槍、鉈、斧、諸々。

それらに錆も刃毀れも無く、月の光を受けて、鈍い光を返していた。十か、いや百か、いや千か、いや…。

無数の剣戟が、世界を埋め尽くす。そして。

 

「『八幡(はちまん)遁甲(とんこう)』」

 

その言葉を合図に、全てが回る。

音は無く、風も無い。しかしそれは、流れる時と同じ様に、決して止まらない。

 

全てが廻る。

鏖殺というよりは、撹乱と呼ぶべきだろう。ミキサーのように回転する刃は、人間も呪霊も区別せず、全てを混ぜ込み、切り刻む。花弁と雫の中を縦横無尽に駆け巡り、やがて世界は死に濡れた。

その光景を最後に、夏油らの意識も刈り取られた。

 

 

………。

 

八幡(はちまん)遁甲(とんこう)は、回り続ける無尽の刃」

 

降り注ぐ水が全てを洗い流した後、少女は一人呟いた。その言葉に返す者は、誰もいない。

生き残りは少女以外にもいる。夏油は領域内に充満する正の呪力で身体を再生し、真人も魂までは攻撃されなかった。どちらも挽肉と変わらないが。

 

遺骸(いがい)創術(そうじゅつ)の『そう』は、(そう)であっても(そう)ではない」

 

呪具の重さや鋭さを創る事は出来ても、それを操る事は出来ない。

発生と消失の連続で動いているように見せかけているだけで、そこに回転のエネルギーは無い。

また身体はある種の領域であり、領域展開といえど体内に武器を具現化する事は不可能。

 

つまり自ら斬られに行かない限り、当たり判定が存在しないのある。

 

「ただじっと、地に伏せてれば良かった。嵐が過ぎるのを待つように…初見で気付けというのも酷な話か」

 

ぽろり、と少女の肌に纏わりついていた呪いが剥がれる。

それはつまり、呪霊祓除の完了を意味し―――――

 

『あ”あ”ーぁあ!うあああ”ん!!』

「…まだ、いたのか」

 

夏油が隠したのか、恐怖に屈したのか。一体の呪霊が、花草の上で喚いた。

そして、呪霊の領域が解ける。

 

「ああ”ぁあ…うぁ……」

 

次第に泣き声も弱まって、呪霊の体が崩れていく。

泣けば牛鬼が守ってくれたし、濡れ女が隠してくれた。だがその2体が祓われた以上、それに反応するものなど、誰も―――――

 

ざっざ、ざっざと。

 

少女は、泣き声のする方へと歩いていた。

最早とどめをさす必要もないが、何となく、歩いていた。それを阻む呪いは、既に解けている。

そして、泣き声が止んだ。

 

(……)

 

それの痕跡が消えていく。肉は朽ち、血は蒸発し、石は崩れる。

残ったのは、踏まれた草の名残だけ。

 

「…遺骸創術」

 

少女は、真っ白な、小さな風車を創った。

それは回らないだろう。受ける風など、この穴底には吹かない。

その一輪を、花畑にさす。

 

その心は、おそらく、誰も知らない。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。

 

「うちの家訓だ、知ってるか?」

「…禪院先輩に散々聞かされたので、まあ」

「ふははっ!だろうなぁ!!」

 

禪院家は御三家の中でも、特に術式を重視する。

相伝術式こそが至上であり、それを継がぬ者は落伍者として人生を始める。

 

「とは言え我らが血と相伝術式を貴ぶのも、それなりの訳がある」

「『術式は遺伝するから』『取説があるから』…術師の家なら、何処も同じでしょう」

 

伏黒の投げやりな言葉に、禪院直毘人はくくと笑う。

生得術式はその血統に受け継がれやすい。だから術師の家は術式の血を代々継承し、古くから生き残ってきた。

故にこそ、特に古い相伝術式を持つ伏黒を取り込むべく躍起になる。伏黒にとっては迷惑極まりないが。

 

しかし、と直毘人は言葉を区切る。

 

「禪院は、それだけではない。

……ここからが、”汚点”の話だ」

 

ぴりりと空気が変わる。

それまでどこか楽しげだった直毘人の表情は消え失せていた。

静かになった部屋に、時計の音だけが響く。伏黒は無意識のうちに息を止めて、続く言葉を待った。

そして直毘人が口を開く。

 

「禪院家の祖は非術師(・・・)だ」

「……はい?」

 

思わず間抜けな声が出た。

禪院家で術式どころか呪力すら持たずに生まれようものなら、人間扱いすらされない。禪院(ぜんいん)真希(まき)―――術式と呪力を引き換えに超人的な身体能力を得た―――がいい例だ。

蔑まれるべき非術師から、禪院家は始まった。家の理屈で言えば確かに、知られたくない恥部ではある。

だが、己にそんな話をされても困る。そもそも件の呪詛師に関係あるか?

 

疑念が顔に出ていたのか、「まあ聞け」と直毘人は言葉を続ける。

 

「千年前…術師の家系に生まれながらも呪力を持たぬその男は、呪術界から離れて生きていた」

 

術師の家の非術師が、どのような扱いを受けるのか。今はともかく、昔がどうだったか伏黒は知らない。

少なくとも男は、呪術界での居場所は無いと感じたようだ。

 

「だがある戦(・・・)をきっかけに、男は呪術界に戻った」

 

きゅぽんと、直毘人は瓢箪の酒を呷り始める。何時も飲んでるな、この禪院家26代目当主。

伏黒は呆れた目を向けるが、直毘人的には我慢した方である。

瓢箪を傾けながら、直毘人は語る。

 

「かの戦には呪術師も参加し、勝利したのは男の陣営だった。その功により、男は貴族へと成り上がった」

 

飲み干したのか、直毘人は瓢箪を畳の上に置く。

ぶはあと、酒臭い吐息が部屋に充満し、伏黒は禪院家に行きたくない理由が一つ増えた。

その口のまま、直毘人はぽつりと呟いた。

 

「…男は、呪術を諦めてなどいなかった」

 

直毘人は目を細める。

その先に何があったのか、部外者である伏黒は知らない。

少し間をおいて、決心がついたのか、話を続ける。

 

「男は当時の呪術師達を金と権力で強引に束ね、”禪院”という術師の集団を興した」

「………なるほど」

 

現代こそ呪術師達は手を取り合い、年々力を増す呪霊に対処することになっている(・・・・・・・・)

だが古い呪術界はあくまで個の集団で、また”上層部”なる存在によって管理される事も無かった。

そんな中で男は、呪術師の私物化を企んだ。勿論それは反発を生んだが、男は貴族の力でもって禪院を創った。

 

つまり禪院家の始まりは人々を守るという崇高な理念でも、年々力を増していく呪霊に対処するという時代の要望でもない。ただ、男の蒐集欲を満たす為に。

そこまで理解して伏黒は、大きくため息をつく。

 

(今も昔も、変わってねえ)

 

頭が術師か非術師かの違いだけで、何も。

伏黒の中で、目の前の男に対する評価がまた下がる。

直毘人も伏黒の心中を察したが、どこ吹く風のようだ。

 

「ここで終わる話ではないぞ?禪院家の創設は、男の業の一面に過ぎぬ」

「はあ…」

「その辺の非術師を攫っては”元”術師の呪物を取り込ませよった。挙句の果てに、自分で呪物を飲み込んだ」

「はあ!?」

 

思わず声が出た。

それほどとんでもない事を、禪院の先祖はやらかしたのだ。

呪いとは負のエネルギー。それを取り込むという事は、人間にとって猛毒と同じ。虎杖悠仁(宿儺の器)は特別なのだ。

そこまでしてやりたかった事は、つまり。

 

「非術師が術師に成ろうとした。結局それは叶わなかったがな。

……愚かな事よ。(とび)(たか)を生んだとて、鳶は鳶のままだと云うのに」

「結局、そいつら(・・・・)は誰ですか?」

 

少し苛立ちまがいに伏黒は訊ねた。

男の話は呪詛師にも繋がると聞いたが、姿が全く見えない。そいつらとはそういう意味だ。

これ以上聞かない方がいい気もしたが…情報のためだ、致し方なし。

 

「男の名は、(たいらの)貞盛(さだもり)

「……っ!!」

 

その名を聞いて、絶句する。それは、禪院家とは別の禁忌(・・)に繋がる名前。

 

「気付いたか。承平(じょうへい)天慶(てんぎょう)の勝者…表向きには、武士の興りの象徴だな」

 

直毘人は満足げに笑い、言った。

 

「そして、勝者には敗者が付き物」

 

まるで答え合わせをする子供のように、楽しげに。

 

「敗者の名は、(たいらの)将門(まさかど)。件の呪詛師、幸月(さつき)(ひめ)…今風に言えば(たいらの)幸月(さつき)は、その娘だ」




少女の領域と、少女の名前が判明する話。


詳しくは見ていませんが新しい領域の設定とか。もう禪院家の掘り下げは無いと思うけど、好き勝手にやりすぎじゃないかとか。いろいろ考えてました。
プロローグを含め15話にして、漸くですね。長かった…
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