後半の話が長ければ、最後の文まで飛ばしてください。
そして、大事な話があります。
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水滴が肌に当たり、目を覚ます。
日が暮れたようで薄暗く、光を求めて空を見上げた。
天井には大きな穴が空いており、そこから月明かりと水が入る。落差が大きすぎるのか、水は下に落ちる前に拡散してきらきらと光っていた。
ここは地下のようだ。といっても坑道や洞窟ではなく、山に穴を開けたような、そんな場所。
(どこだ、ここ?)
意味が分からない。なんでこんな所に居るのか。
…なんで、こんな所に居るのか?
思い出してきた。わたしは、呪霊の領域展開で…
(…
誰もが生まれながらに持つ、自分だけの心象風景。それは人によって千差万別であり、本人すらも知らない場所。
わたしは、死に近づきすぎた。だからここに来たらしい。どこか他人事のように、冷静に見ている自分がいた。
目が慣れてきて、辺りを見渡す。
堕ちてきた霧は幾つかの水溜まりになり、その近くには草木と花が生えている。藍と白の、星型の花。それらが集い、夜と雲のような明暗を描く。
そして夜空には、千年前と同じ、満天の星空が輝いていた。
(そっか、ここか)
忘れるはずがない。わたしはここで、生きていた。
今度こそ、目を覚ます。
海の底は息苦しく、石の呪いが纏わりつく。
それを見て赤子共は、泣いているのか、嗤っているのか。相変わらずの煩さだ。
でも、まだ終わってない。
「
口を開いたせいで、水が流れ込む。それでも構わず言葉を続ける。
左手は石化しきっていたので、
そして今、花開く。
それに二人が気付いたのは、ほぼ同時だった。海の底から、爆発するように、膨れ上がっていく領域。
どんなものかは分からない。ただ、直感で覚えたのは、悍ましさ。触れてはならぬものに、触れたような。
「っ……
真人は叫びと共に、自身に薄い膜のような結界を張った。
領域展延…領域の必中効果や術式を中和する、防御の領域である。
しかしこれは真人にとって、メリットよりもデメリットが大きい。領域展延中は生得術式を発動出来ないため、無為転変による肉体の再構築が不可能になるからだ。
だが今は、それしかなかった。領域の押し合いでは”勝てない”と、本能的に理解したからである。
夏油もまた、新たに出した呪霊で簡易領域を展開し身を守る。
塗り替えられた光景は、直前に感じたものとは程遠い、神秘的なものだった。
まず2人の目を惹いたのは、大穴の下…中央に坐す、注連縄が幾重にも巻かれた何か。
そして星空の下に広がる花の大地。降り注ぐ光と花びら。
天上より降る雫は、まるで涙を流すように。あるいは、慈愛に満ちた手つきで撫でるように。
柔らかな感触に打たれていると、聞き覚えのある声が二人の耳に入ってきた。
この領域の名は―――――
「【
声がした方に振り向くと、少女がいた。その半身は石に蝕まれて、とても戦えそうにない。だというのに、寧ろ穏やかな表情で二人を見ていた。
どうしようもなく開き直った顔ではない。全てのしがらみから解放されたような、そんな笑み。
「ふっ、ははッ!!」
それを見て真人も笑う。
何時しかの嘲笑では無い。単純に、真人の魂が叫んでいた。
(ここで今!
目の前の少女は、危険だと。
しかし同時に、歓喜していた。やっと、己の殺意を満たせると。
「…見事だ。でも、それで勝ったわけじゃない」
一方で夏油は、飽くまで冷静に、戦況を分析していた。
確かに領域は塗り替えられ、その上書きも難しい。またこの空間は正の呪力に満ちており、少女の領域展開と共に多くの呪霊が祓われてしまった。
だが、領域展延が間に合った個体がいる限り、領域が上書きされた所で、石化の術式までは解けない。その上夏油自身は、傷一つ負っていないのだ。戦いの主導権は此方にある。
ならばどうするか?
『ねえ』
長い髪に白いコート、赤い靴。女型の呪霊。その口が大きく裂け、少女に一つ問いかけた。
『わた、わタ、わたし、きれい?』
時間を稼ぐ。
問いに答えるまで
つまりそれは、答えない限り相手は無防備だということであり、またその間、
少女はそれらに目もくれず、濡れた前髪をかき上げ、問いかけてきた呪霊を見た。
そして、一言。
「あんま良くない」
ブチリと、何かが切れる音がした。
いや、正確には、これから切るのであろう。呪霊が糸切狭を取り出すと同時に、少女の右腕、太腿、耳、首に巨大な糸切狭が展開された。
「…それでいくか」
ぽつりと、誰に向けたものでもなく、少女が呟いた。
呪霊が鋏を握ると、それに連動して大鋏も閉じていき、白い肌から血が垂れる。
このまま肉が断たれようとした、その瞬間。
がきん。
その音は、金属がぶつかり合う音。
その出所は、挟み込まれた直剣。それに加えて刀、長巻、槍、鉈、斧、諸々。
それらに錆も刃毀れも無く、月の光を受けて、鈍い光を返していた。十か、いや百か、いや千か、いや…。
無数の剣戟が、世界を埋め尽くす。そして。
「『
その言葉を合図に、全てが回る。
音は無く、風も無い。しかしそれは、流れる時と同じ様に、決して止まらない。
全てが廻る。
鏖殺というよりは、撹乱と呼ぶべきだろう。ミキサーのように回転する刃は、人間も呪霊も区別せず、全てを混ぜ込み、切り刻む。花弁と雫の中を縦横無尽に駆け巡り、やがて世界は死に濡れた。
その光景を最後に、夏油らの意識も刈り取られた。
………。
「
降り注ぐ水が全てを洗い流した後、少女は一人呟いた。その言葉に返す者は、誰もいない。
生き残りは少女以外にもいる。夏油は領域内に充満する正の呪力で身体を再生し、真人も魂までは攻撃されなかった。どちらも挽肉と変わらないが。
「
呪具の重さや鋭さを創る事は出来ても、それを操る事は出来ない。
発生と消失の連続で動いているように見せかけているだけで、そこに回転のエネルギーは無い。
また身体はある種の領域であり、領域展開といえど体内に武器を具現化する事は不可能。
つまり自ら斬られに行かない限り、当たり判定が存在しないのある。
「ただじっと、地に伏せてれば良かった。嵐が過ぎるのを待つように…初見で気付けというのも酷な話か」
ぽろり、と少女の肌に纏わりついていた呪いが剥がれる。
それはつまり、呪霊祓除の完了を意味し―――――
『あ”あ”ーぁあ!うあああ”ん!!』
「…まだ、いたのか」
夏油が隠したのか、恐怖に屈したのか。一体の呪霊が、花草の上で喚いた。
そして、呪霊の領域が解ける。
「ああ”ぁあ…うぁ……」
次第に泣き声も弱まって、呪霊の体が崩れていく。
泣けば牛鬼が守ってくれたし、濡れ女が隠してくれた。だがその2体が祓われた以上、それに反応するものなど、誰も―――――
ざっざ、ざっざと。
少女は、泣き声のする方へと歩いていた。
最早とどめをさす必要もないが、何となく、歩いていた。それを阻む呪いは、既に解けている。
そして、泣き声が止んだ。
(……)
それの痕跡が消えていく。肉は朽ち、血は蒸発し、石は崩れる。
残ったのは、踏まれた草の名残だけ。
「…遺骸創術」
少女は、真っ白な、小さな風車を創った。
それは回らないだろう。受ける風など、この穴底には吹かない。
その一輪を、花畑にさす。
その心は、おそらく、誰も知らない。
禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。
「うちの家訓だ、知ってるか?」
「…禪院先輩に散々聞かされたので、まあ」
「ふははっ!だろうなぁ!!」
禪院家は御三家の中でも、特に術式を重視する。
相伝術式こそが至上であり、それを継がぬ者は落伍者として人生を始める。
「とは言え我らが血と相伝術式を貴ぶのも、それなりの訳がある」
「『術式は遺伝するから』『取説があるから』…術師の家なら、何処も同じでしょう」
伏黒の投げやりな言葉に、禪院直毘人はくくと笑う。
生得術式はその血統に受け継がれやすい。だから術師の家は術式の血を代々継承し、古くから生き残ってきた。
故にこそ、特に古い相伝術式を持つ伏黒を取り込むべく躍起になる。伏黒にとっては迷惑極まりないが。
しかし、と直毘人は言葉を区切る。
「禪院は、それだけではない。
……ここからが、”汚点”の話だ」
ぴりりと空気が変わる。
それまでどこか楽しげだった直毘人の表情は消え失せていた。
静かになった部屋に、時計の音だけが響く。伏黒は無意識のうちに息を止めて、続く言葉を待った。
そして直毘人が口を開く。
「禪院家の祖は
「……はい?」
思わず間抜けな声が出た。
禪院家で術式どころか呪力すら持たずに生まれようものなら、人間扱いすらされない。
蔑まれるべき非術師から、禪院家は始まった。家の理屈で言えば確かに、知られたくない恥部ではある。
だが、己にそんな話をされても困る。そもそも件の呪詛師に関係あるか?
疑念が顔に出ていたのか、「まあ聞け」と直毘人は言葉を続ける。
「千年前…術師の家系に生まれながらも呪力を持たぬその男は、呪術界から離れて生きていた」
術師の家の非術師が、どのような扱いを受けるのか。今はともかく、昔がどうだったか伏黒は知らない。
少なくとも男は、呪術界での居場所は無いと感じたようだ。
「だが
きゅぽんと、直毘人は瓢箪の酒を呷り始める。何時も飲んでるな、この禪院家26代目当主。
伏黒は呆れた目を向けるが、直毘人的には我慢した方である。
瓢箪を傾けながら、直毘人は語る。
「かの戦には呪術師も参加し、勝利したのは男の陣営だった。その功により、男は貴族へと成り上がった」
飲み干したのか、直毘人は瓢箪を畳の上に置く。
ぶはあと、酒臭い吐息が部屋に充満し、伏黒は禪院家に行きたくない理由が一つ増えた。
その口のまま、直毘人はぽつりと呟いた。
「…男は、呪術を諦めてなどいなかった」
直毘人は目を細める。
その先に何があったのか、部外者である伏黒は知らない。
少し間をおいて、決心がついたのか、話を続ける。
「男は当時の呪術師達を金と権力で強引に束ね、”禪院”という術師の集団を興した」
「………なるほど」
現代こそ呪術師達は手を取り合い、年々力を増す呪霊に対処する
だが古い呪術界はあくまで個の集団で、また”上層部”なる存在によって管理される事も無かった。
そんな中で男は、呪術師の私物化を企んだ。勿論それは反発を生んだが、男は貴族の力でもって禪院を創った。
つまり禪院家の始まりは人々を守るという崇高な理念でも、年々力を増していく呪霊に対処するという時代の要望でもない。ただ、男の蒐集欲を満たす為に。
そこまで理解して伏黒は、大きくため息をつく。
(今も昔も、変わってねえ)
頭が術師か非術師かの違いだけで、何も。
伏黒の中で、目の前の男に対する評価がまた下がる。
直毘人も伏黒の心中を察したが、どこ吹く風のようだ。
「ここで終わる話ではないぞ?禪院家の創設は、男の業の一面に過ぎぬ」
「はあ…」
「その辺の非術師を攫っては”元”術師の呪物を取り込ませよった。挙句の果てに、自分で呪物を飲み込んだ」
「はあ!?」
思わず声が出た。
それほどとんでもない事を、禪院の先祖はやらかしたのだ。
呪いとは負のエネルギー。それを取り込むという事は、人間にとって猛毒と同じ。
そこまでしてやりたかった事は、つまり。
「非術師が術師に成ろうとした。結局それは叶わなかったがな。
……愚かな事よ。
「結局、
少し苛立ちまがいに伏黒は訊ねた。
男の話は呪詛師にも繋がると聞いたが、姿が全く見えない。そいつらとはそういう意味だ。
これ以上聞かない方がいい気もしたが…情報のためだ、致し方なし。
「男の名は、
「……っ!!」
その名を聞いて、絶句する。それは、禪院家とは別の
「気付いたか。
直毘人は満足げに笑い、言った。
「そして、勝者には敗者が付き物」
まるで答え合わせをする子供のように、楽しげに。
「敗者の名は、
少女の領域と、少女の名前が判明する話。
詳しくは見ていませんが新しい領域の設定とか。もう禪院家の掘り下げは無いと思うけど、好き勝手にやりすぎじゃないかとか。いろいろ考えてました。
プロローグを含め15話にして、漸くですね。長かった…