役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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ある意味、残酷な描写が入っているかもです。
ご留意ください。


第十五話 平家の堕人

平将門公。

 

かつて坂東の独立を望んだ風雲児であり、「新皇」を自称した叛逆者。だが没した後も民衆の為に蜂起した悲劇的英雄、東国武士の祖として数々の伝説に彩られた。

また彼に勝利した平貞盛と藤原秀郷は、後の桓武平氏や奥州藤原氏繁栄の先駆けになった。

 

かの名は一般社会でも知るものは多いが、呪術界で知らぬ者は居ない。今もなお残る将門公の伝説(呪い)は、特級仮想怨霊『化身平新皇』として顕現する。

 

(千年前の術師…そのうえ親は特級か)

 

伏黒は改めて、あの夜を回想する。

大規模な術式範囲、蘇生すら可能とする反転術式、規格外の呪力量、どれも1級には収まらない。それらの根拠としては、妥当な人選である。

 

そして…あの殺意にも、説明はつく。

少女にとっての禪院家は仇の末裔。それで禪院の血を継ぐ伏黒を襲った…と考えられるだろう。

だが伏黒は、もっと別の何かを感じていた。言葉では形容し難いが、何かがズレている。その感覚が、あの日からずっとこびり付いているのだ。

 

「禪院家との間で、何かあったんじゃないですか?」

 

その違和感を拭うため、問う。

過去に何があったとしても、現代人の伏黒には何の関係も無い。無いけれど、呪いは廻るものだ。禪院の血を引く以上、その因縁が降りかからないとも限らない。

その問いに対し、直毘人は少しの沈黙の後、静かに口を開いた。

 

「娘と、同じ術式を持つ者がいた。死後呪物となり、貞盛はそれを取り込んだ」

「……それって………」

 

倫理を捨てた所業に、伏黒は言葉を失う。

人肉食も大概だが、問題なのはその被食者。同じ術式を持つという事は、少女と血縁関係にあった可能性が高い。

それを、取り込むなど。

 

伏黒は先祖に対する嫌悪感と共に、「何故そんな事をしたのか」という疑問を抱く。

人食の動機は飢餓や薬用、葬儀、趣向など幾つかあるが、呪術的には喰らった相手の力を取り込むためだ。

だが呪物を取り込むのというのは、殆ど自殺に等しい行為である。そのまま死ぬか、肉体を乗っ取られて死ぬか。

そんな危険を冒してまで、やる価値があったとは到底思えない。その上貞盛は非術師とは言え呪術家系の出身で、虎杖のように呪いに無知だったとも考えにくい。

直毘人は表情を変えずに続ける。

 

「結論から言えば、何も起こらなかった。貞盛は頑丈すぎた(・・・・・)のだ。呪物の毒にも、肉体の上書きにも耐えよった」

「……虎杖?」

 

伏黒の脳裏に過ったのは、宿儺の器となった同級生の姿。彼は宿難の指を飲み込んだが、その猛毒に耐えて肉体の上書きも殆どなかった。

しかしそれは稀な事例であり、普通なら死ぬ。

なら貞盛もまた、虎杖のように常軌を逸していたのか?

その答えを、直毘人は淡々と明かした。

 

「虎杖…宿儺の器か、アレとは違う。どちらかというと真希に近い」

「天与呪縛、ですか」

「ああ。貞盛は、呪力を全く(・・)持たないフィジカルギフテッド。それ故呪物を食べても平気な身体だったようだ」

(……マジか)

 

現実味の無い話だが、確かに納得できる。

禪院真希は一般人並みの呪力しか持たない代わりに超人的な肉体を得たが、仮に呪力を全く持たないならそれ以上の恩恵が得られる。そこまでいけば、呪いを取り込んでも問題ないのかもしれない。

……そんな人間が本当にいたのか、俄かには信じ難いが。

 

「まあ呪縛が強すぎて、何をやっても呪術は得られなかった訳だが」

「…無駄な努力でしたね」

 

同じ天与呪縛でもここまで考える事が違うのか、と伏黒は思わず苦笑する。

禪院真希は超人的な肉体で呪術師になったが、貞盛は逆に肉体を捨ててでも呪術師になろうとした。しかしその願いは叶わず、結局呪術は得られずに終わる。哀れと言えば哀れだが……何とも言えない気持ちになる。

その複雑な心境を知ってか知らずか、直毘人が伏黒に告げる。

 

「無駄ではない。彼が残した『呪い』は、確かに禪院家の礎になったからな」

「……え?」

 

伏黒が声を上げたのも当然である。

無意味どころか禪院の汚点でしかない。そう思う伏黒だったが、直毘人の言葉は予想外なもので。ここで伏黒は、ある結末に行き着いた。

…非道の果てに、何らかの実りを得ていたとしたら。それは、自分が良く知るものではないか?

 

伏黒の勘が理解するなと警鐘を鳴らす。

この感覚に、一度だけ覚えがあった。

 

津美紀が呪われた日。

 

何時も学校に呼び出されるのは姉で、自分が呼び出される事は無かった。あの日は珍しく、姉の担任から電話が掛かってきて、酷く慌てた様子だった事を覚えている。

聞く前から、汗が止まらなかった。自分が、自分でなくなるような気がして。

 

「貞盛に子が生まれてな。それが継いだ術式は求めた術式の派生であり…後に『十種(とくさの)影法術(かげほうじゅつ)』と名付けられた。つまり娘の術式は、十種の原形になる」

「―――っ!!」

 

落ち着けと言い聞かせるも、心臓が激しく脈打ち、呼吸は乱れるばかり。

何故こんなにも動揺しているのか。答えは分かっている筈なのに、それを認めたくないそんな伏黒の様子を見て、直毘人が楽しげに笑った。

まるで、出来の良い禪院が誇らしいように。

あるいは、呪いを背負う伏黒に憐れみを持って。

 

「『禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人間に非ず』」

 

古くより続く絶対の思想。

その言葉を理解できなかったし、するつもりもなかった。

だが、今なら分かる。分かってしまう。

 

「人でなしの血族が禪院家であり、その罪業は決して消えぬ。その罪あってこそ『禪院』なのだ」

 

十種影法術は、まごうことなき罪の証で。

伏黒はこの時初めて、己に流れる血の『呪い』を自覚した。

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「……疲れた」

 

少女の領域展開は解け、月夜が明ける。

領域を解いた反動か、また緊張が解けたせいか少々疲労を感じる。反転術式で癒す事も出来るが、その疲れが妙に心地よくて、そのまま夏油の元へ歩み寄る。

夏油は仰向けで地面に倒れていた。その隣に腰を下ろして顔を覗き込むと、彼は静かに寝息を立てている。傷もしっかり、完治しているようだ。

 

「あはっ。酷い目にあった」

 

夏油の額にデコピンを決めていると、肉体を再構築した真人がひょっこり顔を出した。相変わらず気楽そうな笑みを浮かべながら、少女の方へと歩み寄る。

そして少女の隣に立つと、興味深そうに夏油を見下ろした。

 

「どうすんの?」

「起きるまで待つ。真人は帰っていいんじゃないか」

「そっちじゃなくて、縛りだよ。夏油に何させるの?」

「あー、あったねそんなの」

「軽いなあ…」

 

真人の呆れたような声を聞き流し、少女は少し考える。

特に何も考えずに飲んだ条件だったが、改めて考えると欲しいものは無いし何かをさせる必要も無い。だが縛りである以上、無下にするわけにもいかない。

 

「……うん、うん」

「なんか思いついた?」

「思いついた。でも教えない」

「えー君と俺の仲なのに。……ひょっとして、そういう話だったり?」

「そういう話、とは?」

「男女の「領域展」……逃げまぁす」

 

そそくさと退場する真人をちらりと見てから、ロリコン疑惑をかけられた夏油に視線を向ける。

取り敢えず、少女は起きるまで待つ事にした。

 

太陽が沈み、西の空が赤みがかってきた。

夏油の隣に座ってそれを眺めていると、夏油の瞼が震える。ゆっくりと目を開き、ぼやけた視界の焦点を合わせようと何度か瞬きを繰り返す。

そして横にいる少女の存在を認識するなり、夏油はがばっと飛び起きた。反射的に臨戦態勢を取りかけたが、少女の言葉がその動きを止めた。

 

「…凄いと思った」

 

ぽつりと呟かれた言葉に、夏油は眉根を寄せる。

過程がどうであれ、結果は少女の圧勝。この状況で出る台詞では無い。

それでも少女は続ける。

 

「わたしにとって強さの基準は『とびぬけている事』だ。この世に存在するもので、他の追随を許さない程のものであれば、それは『最強』になる。だからお前は最強だ、夏油」

「…『ちが、う』」

 

ぎこちない夏油の言葉に、少女は一瞬きょとんとした。

夏油もそれは同じで、自身の口から出た言葉だと数瞬かかって気付く。

……何だ、これは。

 

「違わないとも。鍛え抜かれた肉体、取り込んだ呪霊の数、呪術への造詣の深さ、どれも研鑽の賜物だろう。何を否定する事がある?」

「『違う!!』」

 

夏油が、夏油傑の何かが、その拳を握らせる。

守りたい人がいた、守れなかったけど。守るべき人がいた、守らなかったけど。

脳に記憶が呼び起こされ、濁流のように溢れ出して。突然の現象に、()も困惑していた。

 

「…無念、後悔って奴か」

 

どこか納得した様子で、少女は一人呟いた。彼は俯いたまま、胸の内から湧き上がる何かを抑えるのに必死で、何も返さない。

 

「なんか、安心したよ。強い奴は自分の弱さを理解している、それがあるうちは強くいられるのかな。…もう一度言う、お前は最強だ」

「『……そうか』」

 

それだけ言って、夏油は沈黙した。

握りしめていた拳を開くと紫色の爪跡が残されており、彼はそれを確かめるように指先でなぞる。

いつの間にか、辺りには夕闇が迫っていた。

 

「まーそんなものなくても強い奴は強いけど。宿儺とか」

「…ふ、台無しだよ」

 

彼は苦笑して、少女の方に向き直る。

先程までの不安定な状態から戻った彼は一度目を閉じ、深呼吸してから再び開く。

そしていつも通りの笑顔を浮かべたまま座り込み、両手を上げて少女に言った。

 

「煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」

 

潔いのか諦めが良いのか、彼はあっさりと降伏を宣言した。夏油は微笑みを浮かべたまま、少女の沙汰を待つ。

少女はそれを確認した後、彼に一つの枷をかけた。

 

「夏油…家庭教師(かてきょ)にならないか?」

 

 

 

* * * * *

 

 

 

伏黒はあれ以上長居する気にはなれず、禪院家を後にした。

なお五条はデジアド最終回しか視聴出来なかったが、問答無用で帰らされた。

残された直毘人は、一人酒を呷る。先程まで対面していた少年を肴にして。

 

禪院家の歴史を知る者は、家の中でもごく一部。恥ずべき歴史故に記録は破棄されており、当主から次期当主への口伝のみで伝えられてきた為だ。

その歴史の闇に葬り去られた事実の中に、件の呪詛師…の術式に関するものがある。

 

「『全能の術式』……御伽噺ではなかったか」

 

直毘人の口調は、少なくない彼の高揚を示していた。

禪院の祖が欲しがったのは、その術式だったと伝えられている。それを手に入れるために、人すら捨てて。

そして、その血脈に刻まれたものは、消えていない。

 

「くくっ。あれは、禪院にこそ相応しい」

 

伏黒の十種影法術は、禪院家の相伝術式でも最良とされる。

汎用性の高さもそうだが、一番の理由は求めた術式に近いからだ。非道の副産物として生まれたそれは、禪院家の力として申し分ない。その原形は、なおさら貴い。それさえあれば、禪院は呪術界の頂点に君臨する。

そう確信する直毘人の顔は、愉悦に歪んでいた。

 

術式を手に入れる算段は付いてる。相手は人権など無い呪物で、そのうえ女。考えるまでもない。

直毘人は笑みを浮かべたまま、再び瓢箪を手に取る。

―――その直後、襖が開かれた。そこに居たのは、若い金髪の男。男は呆れたように息を吐きながら部屋に足を踏み入れ、胡坐をかいて座る。直毘人は突然現れた男に対して特に反応はなく、気にせず手にある酒を一気に呷る。

男はそれを一睨みした後、口を開いた。

 

「なんや?話って」

 

彼の名前は禪院(ぜんいん)直哉(なおや)。次期当主と目される、直毘人の息子である。

直哉は当主と2人きりになる珍しい事態に多少身構えつつ、黙って返答を待つ。

直毘人は、直哉をチラリと見てから口を開いた。

 

「お前そろそろ、嫁をとれ」

「あ”?」

 

禪院史上最速の親子喧嘩、勃発…!!




呪いの話。

ちなみに貞盛ですが、現実でも本当に人肉を食べてたかもしれません。ソースは今昔物語集。
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