「…歓迎されている気がしない」
「10年ほど前かな。いろいろあったんだ」
わたしの目の前に広がるのは、寂れた村。というよりそもそも人の気配がない。多くの家屋が何かによって破壊され、中には黒いシミがついている。
「では、これからテストを行う」
「必要?」
「必要だよ。何が出来て何処まで出来るのかを知りたいからね」
そう言うと夏油は懐から結ばれた縄を取り出し、その両端をぴんと張る。すると縄の隙間から呪力が溢れだし、一体の呪霊が現れた。
口元には一対の牙を覗かせ、腕には無数の膿疱が見える。そして腹には、模様の描かれた水晶のようなものが、抱えられるようにして存在していた。
「こいつは
「…特級とは?」
「ああ、等級の説明がまだだったね。」
こほん、とひとつ咳払いをして、夏油は口を開く。
「術師と呪霊は、その戦闘力や呪力量に応じて5段階の等級に分けられる。術師の等級は基本的に1級から4級までで、同等級なら呪霊より術師のほうが格上になる」
「ただし、この例外となるのが『特級』だ。特級にはそれ以上の階級がないから、この限りではない。理論上は、特級術師より特級呪霊の方が強い場合も考えられる。尤も1級呪霊が1級術師より弱い以上、呪霊側は特級に分類される最低ラインが低くなるけどね。」
更に夏油の話は続く。
「因みに、呪霊の方には2級と準1級の間に明確な区分があってね。術式を持つ呪霊が準1級呪霊に分類される。…といっても、これが結構ザルでね。術式は持たないけど準1級相当以上の力がある呪霊を2級呪霊に分類したり、逆に発動条件付きの術式持ちの呪霊を『窓』が術式なしと誤認して2級呪霊以下に分類することもあるんだ。だから、私はもっと低級の式神とか呪骸を活用して情報を収集するべきだと思うんだがね。ああ、『窓』とは呪いを目視できる非術師のことで―――――」
「うーわ、始まった…」
呪霊の話をしていたはずだが、いつのまにか『窓』とかいう者について説明を始めてしまった。夏油は無駄話が好きなのかもしれない、と考えていたその時だった。
「―――――まだ話の途中なんだがね。邪魔は、よしてほしかったな」
「いや話飛びすぎだし…」
そこは墓場だった。中々に規模があるようで、見渡す限り無数の墓石が建ち並ぶ。しかし何かおかしい。線香や手向け花の類もなければ、墓標に刻まれるべき戒名すらない。人が訪れた痕跡が、何処にも見当たらないのだ。
当然だ、此処は死者を弔う場所ではなく、生者を葬る『領域』なのだから。訪ねる人の、あるはずもない。
「!」
「始まったか」
突然、視界が暗転する。内側からは見えないが、何処からか現れた箱の中に閉じ込められた。
疱瘡婆が独自の言語で何かを唱えると、上から注連縄を巻かれた巨石が落ちる。
死の宣告が忍び寄る。
「真人。あの子、死ぬと思う?」
「んなわけ」
領域に巻き込まれながら、まるで他人事のように会話をする夏油らをよそに、異変は現れた。
「呪霊って案外優しいね。まさか埋葬までしてくれるとは」
ぴしりと墓石に罅が入ると、破裂したかのように飛び散った。中から現れたのは、先ほど疱瘡婆の攻撃を受けた少女と、鮮やかな絹織物。
「呪具だね。どこかから取り出したか、或いはその場で創り出したか」
「『
わたしの正の呪力を流し込む。すると織物が勢いよく伸び、疱瘡婆の右腕を奪う。
「便利だね」
「うわーいたそう」
思わぬ反撃を受けた疱瘡婆だが、そこは特級。直ぐに肉体の再生を終え、再び必中の術式を発動させる。
しかし今度は、石が落ちてきた直後に棺桶から脱出した。手には、また同じ織物を持っている。
「棺桶の拘束は対象者が道具を持っていたなら、それも同じく埋葬される。だがそれが棺の容量を超える場合、入らない部分は分断される。となると、呪具を持っている部分に術式が刻まれているのか、将又切断されても
「術式ぺらぺら喋るのやめてあげなよ、フェアじゃないよ」
容赦のない分析。
少女の手には何時の間にか刃の欠けた鋏が握られており、それを使って織物を切り始めた。…刃がひどく錆びついているので、切るというよりは叩きつけるに近いが。
その間も疱瘡婆は術式で女を攻撃するが女は意に介さず、墓から出てきては作業を続ける。幾つかに切り終えたところでそれらを手に持つ。そして手に呪力を込めるが、その呪力出力は先の比ではない。錦の奔流が、疱瘡婆を襲う。
流石の特級もこれには驚いたようで、見かけによらない謎の俊敏さを発揮し、何とか身をかわした。
「あっはっは、凄いね。でも、祓うのは無しだよ」
「…面倒くさいなぁ」
言ってもも仕方ない。疱瘡婆の術式を分析する。
先程の呪霊の動きから得た疑問。
(………なぜ避けた?)
『錦御機』を分断すれば、分断された先までは伸びない。なのに棺桶を使わずにわざわざ避けた、その理由。わたしを術式対象にとれない理由があったのではないか?そこを解き明かせば捕獲の手間がグッと省ける。
早速思考を廻らせる。
(単純に時間がなかった。しっくりこない。なら今までと何が違う?さっきは纏っていた呪力量の殆どを『錦御機』に流し込んでいた。もしそれが関係しているなら、たぶん呪力量。それも総量ではなく、呪力出量。さっきはわたしの呪力量が夏油か真人を下回っていたから、術式対象に選択できなかった)
(呪力量の一番多い対象を半自動で攻撃し、同時に対象にとれるのは一人だけ。うむ、それっぽい)
「となると身代わりは欲しいけど、問題ない」
「
わたしのの足元に黒い沼のようなものが現れる。
手を上にやると沼が湧き上がり、それは生まれ堕ちた。
「
今にも死にそうな人間だが、なかなか死ねないらしい。少女と同じ正の力が漲っている。そして少女の呪力量は、それより少ない状態を保ち続ける。
「まあもつか」
疱瘡婆は必中の術式を発動させるが、棺桶に収まったのはデコイ。哀れな犠牲者は生前葬を余儀なくされた。
「夏油、これだけは言わせて欲しい。『早すぎた埋葬』」
「はははつまんな」
たった今
「身代わりはいくらでもいる。
…あとは分かるか」
わたしは疱瘡婆を中心に円を描くように移動し、間合いを詰める。その間も必中の術式は発動されたが、全て徒労に終わった。
「よし、完成」
わたしが出したのは身代わりだけではない。錦御機の術式を発動させながら疱瘡婆を中心に一周することで、円を描いていた。織物を握っているので、いつでも呪力を流せる。
「捕獲できたぞ」
「あーすまない。『捕獲』の定義を説明していなかったね。ここで言う捕獲は、『死なない程度に痛めつけろ』という意味だよ」
「夏油の長話なんだったの、ウケる」
「………あのさぁ……お前ホント……はー…」
もう術式は通用しない。知性の低い疱瘡婆だが、先程の身代わり戦法でそのことを理解していた。ならば、己の肉体で屠るまで。近づく女に拳を振るうが、それは虚しく空を切るどころか、空になった。
それは足を止めない。疱瘡婆の目の前に、それがいた。
「少し削るか」
「…終わった」
呪霊の
「お見事。よく出来ました」
「……何故、生け捕りなんて面倒なことを?」
「それでは、私の術式をお見せしよう」
夏油が瀕死の呪霊に手を伸ばすと
「
「…
「呪霊っておいしい?」
「ねえデリカ」
「クソまずい」
「デリカシー」
真人は夏油の術式が気に入らない。それなのに、豚の目の前で生姜焼きを食べる男・夏油傑。味を聞く少女も少女だ。真人は心の中で夏油と少女の点数をかなり下げた。
「…で、何処まで分かった?」
会話を切り、夏油らに問う。
「そうだね…君の術式について、分析しよう」
「『
「分かるかい?真人」
「『
「…根拠は?」
今度は真人が話を始める。
「通常の降霊術は『肉体の情報』か『魂の情報』を
「それを可能にしていたのは、生まれながら肉体に課せられる縛り…『
「………」
彼らに背中を向け、大きく息を吸った。そして、振り返り一言。
「知らんかった……」
「「ええ…」」
術式のお披露目回。次回は他の呪霊たちと顔合わせする予定。
補足・幸月が知らなかったのは、天与呪縛の部分です。前からモノホンの魂だろうなとは感づいてましたが、根拠はありませんでした。