青と白が、流れ込んできた。
「……海だ…」
「穏やかでいい場所だろう?私達はよくここで作戦会議をするんだよ」
暗く長い廊下の先、ドアを開けると海があった。砂浜は白く、空は青く、森も青い。開けたドアが、熱された大地の熱気を運んでくる。
「早く締めなよ、皆待ってるよー?」
「…ああ、うん」
埃被った部屋。血濡れた廃村。そして、鬱蒼とした森の牢。暗い場所ばかり見てきたせいか、やけに光が眩しく感じる。今は9月。やや季節外れの光景に見蕩れていると、待っていた真人がいつになく楽し気な声で急かしてくる。真人もこの空間がお気に入りらしい。
わたしは初めて真人に対し「気が合う」という感情を覚えた。
「遅いぞ、夏油!いつまで待たせるつもりだ!!」
「ごめんごめん。ちょっと紹介したい子がいてね。漏瑚なら、きっと気に入ると思うよ」
ビーチベットに腰を下ろす、小柄な影が見える。それは夏油の名を呼ぶ声の主であり、声色のせいか口調のせいか、幸月はその呪霊から短気な印象を受けた。頭部が富士山のようになっており、そこから湯気が立ち昇っている。先ほどの熱気は、この呪霊によるものかもしれない。
「…人間、それも、
「まあ、そう言わずに。
夏油がわたしを呼んだので、その呪霊へ肩にかけていた鞄を差し出す。呪霊はそれを奪うように受け取り、チャックを開く。中には、絹の織物が折り畳まれている。
「……ほう、知らん呪具だが、退魔の類か。厳密には呪具とは呼べぬが上物だな」
「そういうの知ってるんだ。流石は呪具コレクターの漏瑚だね」
「ふん。正の呪力が込められておる、見ればわかるわ」
漏瑚と呼ばれた呪霊は鞄をビーチベッドの下に入れる。そして呪霊は、わたしの方へ顔を向けてきた。
呪霊の目は一つしかなかい。だがその目は、わたしの眉間を貫くような鋭さがある。
「…で」
空白の後、少しして向こうから話を始めた。
「儂の機嫌を取るために、ここに来た訳ではあるまいな」
「………桁違いの富士山だな」
「あ”?」
「漏瑚、怒るなよ。暑くなる。それに、子どもの言ったことだろう?」
「っぷ、一生使わないでしょ『桁違いの富士山』なんて。どういう意味?」
「いや、凄く強そうだなと思って。その…名前なんだっけ?」
「………!?貴様あの台詞だけで意味が伝わると思ったのか!?分かるか!!」
人間の表裏を嫌う漏瑚だが、子供は幾分か純粋だ。悪気はない。しかしその素直さゆえ、時に裏のない残酷な言動をすることもあると、漏瑚はこの時学んだ。
「はあ……儂は漏瑚。見ての通り大地の呪霊だ。先の質問に戻るぞ。貴様は此処に何をしに来た」
「?……顔合わせ?」
「違う。何の目的があって我々に協力するのか、と聞いておるのだ」
「わたしの世界を創るために」
「…正直なのはいいことだ。お前のことは、既に聞いておる。嘘八百を並べれば焼いていた」
「………面接怖い」
「そういうのは言わんでいい」
突然の質問。ついノータイムで答えたが、逆に好印象を与えたらしい。
「真人が認める以上、儂がお前を
「―――――千年ずっと、寝てたから。忘れてることも、多い」
「へえ。君、平安生まれなんだ」
「…遺骸創術 『開』」
術式を発動すると、白い砂浜に黒い沼が浮かび上がる。沼と砂の境界では、黒が白を取り込むようにしてその粘度を増している。
「失われたモノを復元する、そういう術式だったね。具体的に何処まで復元できるか、その線引きを調べよう。それ次第で、君の役割も変わる」
夏油は懐から一冊の本を取り出す。表紙には、「呪術高専 喪失呪具記録簿」と書かれている。その本を開き、『
「まずは、どの程度から復元出来なくなるのか確かめる。『黒縄』は完全に消滅している呪具だ。…やってみて」
「了解。【黒縄】」
名を呼び、呪具の具現化を試みる。しかし、何も起こらない。
「…無理っぽい」
「はい、次はこれ」
次に夏油は、『
「黒縄の術式効果は『術式の撹乱・相殺』。具現化出来ないのは、『完全に破壊されているため』『呪具自身の術式が復元を阻害するため』の2つが考えられる。似た術式の天逆鉾で確かめよう。もし天逆鉾の刃が具現化できて、かつその術式が残っていれば、前者の仮説を確定できる」
「おっけい。【天逆鉾】」
その名を呼ぶと、沼の表面に波紋が生まれる。手を上にやると、それは出てきた。二又の短刀のようであり、見方によっては鍵のようにも見える。そして、どちらの刃も折れている。
「ふむ、剣としては死んでいる。…問題は術式の有無だな。試しに使ってみろ」
「夏油やれ。わたし出来ない。それ重い」
「……何故だ?肉体を呪力で強化すれば造作もなかろう」
「呪力の肉体強化は、負の呪力でやるものだろう?わたしはそれが出来ない。正の呪力しかないから」
「無いとはどういう意味だ。正の呪力は負の呪力同士を掛け合わせて作るものだろう。」
「そのままの意味。正の呪力
「…信じられない?なら証明しよう。
―――――
わたしが手に錦御機を握る。何も起こらない。
「次に。夏油」
錦を夏油に手渡す。夏油の手にある錦御機は、端の方から少しずつ消えている。
「見ての通り、僅かな呪力漏出にも術式が反応する。
これが、負の呪力を持たない証明だ」
「へえ、面白い体質だね」
「…成程な」
漏瑚は少女の特異体質を理解すると同時に、少女の思惑を理解する。
正の呪力
利用されている。でも悪いではない。少女が人間に組しないだけで、人間側の力は大きく削がれる。
そして、何よりも、
(この童は、
「―――――話が逸れたな。夏油、剣を振れ。的は用意する」
「【
漏瑚の頭部から、蝉と蠅を足し、人間の手を生やしたような式神が放たれる。それは夏油の前で止まり、蜻蛉のように滞空し始めた。
「そいつを刺せ」
「……え?大丈夫?爆発しない?」
「案ずるな、爆竹程度に抑えてある。術式が発動すれば、音もなく消えるはずだ」
「チッ」
「真人」
「何も言ってなーい」
夏油が剣で蟲を刺す。すると、
「ババババババッ!!」
「―――――音、鳴るね」
「……何を確かめてたんだっけ?」
「黒縄を具現化出来ない理由。これで術式が発動すれば『完全に破壊されているため』で確定できたけど、発動しなかったね。…他の呪具で確かめよっか」
「わかった」
夏油から本を受け取る。本はあいうえお順で呪具の名前と外見、また有る場合はその術式効果が記載されており、比較的新しい呪具は写真か絵が付いているが、そうでないものも多い。また大きなくくりで等級毎に分けられており、わたしは『特級』のページから、いくつか呪具の具現化を試みた。
「完全に消滅した呪具は出せないみたいだね。具現化できる限界が『破壊直後の状態』になってて、それ以上は具現化できないみたいだ」
「全部呪具として死んでおった。術式の死…というより『本来の機能の喪失』が、どうやら死の定義らしい。生き物なら、『生命活動の停止』といったところか」
「」
絶句する。いろいろ出したが、その悉くが
…心なしか、漏瑚の目が冷めている。
「…ん?でもおかしくない?錦御機は?」
「ああ、確かに。あれの術式は生きてるよね。心当たりは?」
「………はっ!え、錦?……あーそういえば、錦は最初から中にあったな」
「…成程。今度は、その本を中に入れてみて」
「…入れる?沼に?……弁償しないけど」
「それは困るな」
恐る恐る、沼に本を入れる。するとそれは、ずぶりと沼の底に沈んでいった。
「…どうやら現実のものでも、出し入れは出来るみたいだね」
「へぇーすごい。頭いいなあ」
「ていうか入れたこと忘れるって……もしかして、頭悪い?」
「寝ぼけてたんだよ!」
本の題名を呼ぶと、沼から本が出てきた。本に汚れは付いておらず入れる前と変わっていない。それを夏油に返す。
そして、真人達が下した術式の評価は……
「まあ…便利っちゃ便利なんだけど、…何というか…」
「宝の持ち腐れだな。いや、宝だったものと言うべきか」
「君、今から呪霊にならない?武器庫呪霊って言うんだけど」
術式自体にダメージを与える手段がないため火力は術者の身体能力に依存するが、幸月にそれはない。道具を使うにしても、出てくるものは
要するに、弱くね?
「…言ったな?」
黒沼の表面が大きく波立つ。
「わたしの術式は、名前を呼ぶことであの世の魂をこの世に呼び寄せる。でもそれは、呼ぶ魂を指定したいときの話だ。指定しなければ名前を呼ぶ必要もない」
術式の開示。自身の術式情報を公開するという縛りが、術式効果を底上げする。
「遺骸創術 『開』」
黒い沼が、噴水のように物体を吐き出す。出てきたのは雑多な
だがどうにも数が多い。
「っ!止めんか!!」「これは………面白!」
漏瑚は火を放ち制止するが、止まらない。瓦礫は積み重なっていく。
「ほら、しゃーざーい」
「……調子に乗るな!貴様のために言っておるのだぞ!!」
突然、塵の噴出が止まった。溢れていたモノも溶けていく。
ナハ
「……?」
ナハ
再度術式を発動させるも、発動しない。
ナハ
ナハ
『何を、している』
無貌の精霊が、そこにいた。
タイトル通り、術式開示の話。
説明に時間使いすぎて、漏瑚しか顔合わせ出来なかった…。
次回
『幸月、死す』
『
生物無生物を問わず、失われたモノを蘇らせる術式。コピーではなく本物の魂を軸に物体を具現化している。『降霊術』とは違い、依り代は必要なく名前を呼ぶだけでOK。
ここまでだとスゴそうに聞こえるが再現度は遥かに低く、基本ぶっ壊れた塵か死にかけの生物(死んでるけど術者の反転術式で無理矢理命を繋ぎ止めてる)の状態でしか呼ぶことが出来ない。
今回の実験で『開』の中に現世の物体を出し入れする使い方を発見した。
因みにモノを具現化する時より、『開』を発動する時の方が呪力消費量が多い。