不運は二つ。
一つは、戦闘経験の浅さ。呪霊が相手なら無敵に等しく、術師が相手なら無力に近い。故におよそ『勝負』と呼べる体験が少ない。
そして、もう一つは、
(術式が、解けた?…『術式の無効化』っ!!)
先入観。つい先程、似たような現象を起こせる呪具の存在を知った。呪術は奥深く、知識はそれを解き明かす手助けとなる。だが時に、知識は自由な発想の妨げにもなる。故に導き出された仮説。
(なら、正のエネルギーで打ち消せばいい!)
仮説の次は検証だ。あらゆる予測・仮定は、事実確認によってその真偽が明らかとなる。少女はその点では筋が良い。
「本当に…申し訳ございませんでした……」
ナハ ナハ ナハ ナハ
ナハ ナハ
これである。背中に打ち込まれた呪いの種。それは急速に根を生やし5メートル程の立派な呪木となった。
『…私は自然を愛する者。愚かな児よ。何故、私が怒っているのか分かりますか?』
「……不法投棄?」
『その通り。貴方は、この
語りかけてくる声は、病気の呪霊と同様人間の言語ではない。だが、意味は理解できる。少女はその心遣いに感謝しつつも気色悪いと思った。
自然の守護者が今、裁きを下さんとしている。
不法投棄。山や海に捨てられた塵は環境を汚し、生物を侵す。全ての人間がそれをするわけではないと花御も理解しており、実際に幾分か自然に配慮していることも知っている。だが、愚かな児がいてはどうにもならない。
因みに不法投棄は立派な犯罪である。環境省が公表している『産業廃棄物の不法投棄等の状況』によると、令和元年の不法投棄量は7.6万トンにもなると報告されている。
『もう気づいているでしょうが、その木は貴方の呪力を吸って成長している。貴方が呪術を使うほど、体に深く根を伸ばす』
「いやもう根を伸ばすって言うか…体通り越してるんですけど……」
正の呪力といえど、呪力には違いない。何度も正の呪力で掻き消さんとしていたが、それが良くなかったらしい。
『私は
「……殺るつもりだ!?許してください!」
『言葉なら何とでも言えますね』
「もう呪術使いません!」
『いや、そこまでは……命だけで十分ですよ』
「そっちのが重い!!」
拘束を解けるほどの筋力はない。生命の危機。窮地を脱するべく、救援を要請する。
「…漏瑚助けて!」
「貴様の自業だろう」
「……夏油!」
「…」
「…チッ、真人!」
「やーい、魂ブルってるう!」
漏瑚は見捨て、夏油は見ないふりをし、真人が嘲笑う孤立無援。助けを求めるには日が浅すぎた。
だがそれで諦める少女ではない。次の手を打つ。
「ひっぐ…えぐっ……もう痛みも感じない…」
泣き落とし。交渉の手段として、涙は立派な武器になる。子どもの涙はあらゆる我儘を通し、女の涙は攻撃の手を緩める。浅い人生経験ながらも少女はそれを知っていた。
「というか元々痛み感じない体質なんですけど…なんか逆に気持ち良くなってきたというか……眠くなってきたというか」
『良いことですね』
「よくねぇよ」
大誤算。元より呪霊に涙など無い。花御にとって涙とは、人間が分泌する体液の一つに過ぎない。
『せめて大地の、糧となれ』
万策尽きた。馬鹿なことしたなぁと思いつつ諦める。その時だ。
術師は負の感情をコントロールできるため、呪力漏出が0に近い。だが0ではない。少女も同様に正の呪力漏出が僅かにあり、木はそれを吸って少しずつ成長していた。
天啓が木から落ちてきた。
『これは………実?』
それは花御も知らない現象だった。呪いの種子を打ち込まれた者の末路は、大方決まっている。呪術を使えずに殺されるか、呪術を使おうとしても体が裂けてしまう。だが少女は打たれ強かった。
実を手に取ると、僅かだが暖かみを感じる。どうやら温度があるらしい。花御はその、異様な果実について思案していた。
(膨大な呪力が、植物の成長を促した?いやそれよりも気になるのは、正の呪力を孕んでいること。これは、いったい…?)
花御は、植物に関する事なら何よりも優先する。その隙を見逃さなかった。
「実!その実、あげます!」
許してください!今日何度目かも分からない謝罪。だが今は言葉だけでなく、
『………これは、私が具現化したものです。元から、貴方のものではありませんよ』
「んーなるほどぉ」
完璧な理論武装。少女も具現化する系の術式を持っている。もし「自分が出したから自分の物」理論を否定すれば、具現化したものを元の持ち主に返しに行くのが筋だろう。
なお花御はそこまで考えていない。追い詰められた少女は無駄に頭を回転させ空回りしただけだ。深読みともいう。
無念にも取り上げられた詫びの品。だが明らかに手ごたえはあった。捧げるというアプローチ自体は間違ってない。そして少女は思い出す。手元にはないが、自分の物だと言える存在を。
「……土地あげます!まだ結界残ってるので!何もないけど木とか、きっと気に入ると思います!!」
木、だけに。僅かに生まれた脳の空きが、下らない洒落を考える。
『…ああ、貴方が
交渉成立、許された!
花御が指を鳴らすと、少女を押さえつけていた木が四散する。起き上がり自由になった体がやけに軽く感じる。
そういえば、腹には穴が空いてたな。反転術式の使い手でも失われた部位を回復できない者は多いが、少女はその限りでない。というか蘇生も出来る。急いで体を再生させる。
花御が目の前に立つ。先程の実を持ちながら。
『……あの禁域は、緑に優しい方が守ってくれているのだと、思っていたのですが……』
「すみません!緑は好きです、目に優しい!」
『聞いてませんよ』
花御は、少女の話を聞く以前からあの空間のことを知っていた。というより木々が教えてくれた。
人間は地球上のあらゆる場所に分け入り、秘境を汚してきた。だが、まさか街中に人跡未踏の地があるとは思わないだろう。故に花御はそこを秘境ではなく『禁足地』と名付け、あの聖域を見守っていた。
花御は、人間のいない自然を愛している。だが実は、真の意味で人間のいない自然に触れたことはない。ないからこそ、欲するのだ。花御にとってあの聖域は、目の前にあって掴めない、美しくも残酷な夢だ。
その夢に手が届く。目の前の少女を殺しても今なら聖域に足を運べるだろう。だが花御は目の前の少女に対し、どこか奇妙な縁を感じていた。
『二言はありません。
「あ、はい」
『私は、この領域の主ではない。…彼も、怒っている。早く謝ったほうが身のためですよ』
「………え?」
少女は子どもで、花御は大人だ。実際でかい。
だが少女は思う、大人とは汚いものだと。
呪霊にとっては誉め言葉、かもしれないが。
そういえば、なんでみんな、ここにきたんだっけ?日の光を浴びリラックスしきった頭の中で、そんな疑問が浮かんできた。
その直後。
「んぶ、ふぉっ!!」
空から飛んできた何かが、陀艮の頭に直撃する。下手人を確認すると、それは織って作られた敷物のようなものだった。
えっ、なにこれ?だれがやった?そんなことを考えていると、それはどろりと溶けて消えた。どうやら何らかの術式によるものだったようだ。そして。何やら岸が騒がしい。
そちらを見やると、花御が人間に木を生やしている。思い出した。今日は、人間と会う日だったな。しかしその人間は、殺される運命にあるらしい。
おわったら死体ほしいな。はなみやさしいから、きっとわけてくれるよね。一瞥をくれてやった後、頭をさすり目を閉じた。
「…あの……すみませーん」
人間の声がする。陀艮は無視して眠りを続ける。
「えーお騒がせして…申し訳ございませんでした」
「……ぶっ!?」
あれやったのオマエか!?完全に目が覚めた。そいつを見ると、先程花御に殺されかけていた人間ではないか。何故生きている?陀艮には全く理解できない。花御は優しいが、それは仲間に対しての話。人間に容赦はないはずだ。
「その、もし良ければですけど」
人間は、その手を差し伸べる。知っている、これは握手だ。以前夏油と真人がここで会ったときに、やっていたから覚えている。それを真似し陀艮も漏瑚や花御らと手を交わしたことがある。何かぽかぽかした。
はなみは、これにやられたのかもしれない。
だが陀艮は無視する。人間とは仲良くなれない。
花御が許したから、殺しはしないが。
「腕、どうぞ」
「ぶ!?」
少女の凶行には理由がある。断頭台に上る罪人のような気分で呪霊のもとへ向かう少女。先の大戦では、何かをあげれば話が早く終わると学んだ。だが手札は全て使い切り、捧げる物は残っていない。ならばこの身を捧げようと、少女は人身御供に思い至る。でも全身は嫌なので、腕で勘弁。蛸だけに。
え、いいの?陀艮は人間を食べることも好きだ。呪霊が人間を食べるのにはいくつか理由があり、その一つは呪力を得るためにある。呪力を孕んだ人間を喰らうと、己の力になるのだ。死体でもいいが、生きたままのほうが新鮮な呪力が得られるし、量も多い。陀艮の場合生きた人間を丸呑みして腹の中で溺れさせる食事法を好んでいるが、四肢を一つずつ取って味わうのもいいだろう。
この人間はいいやつだ。袖を捲くって生身の腕を晒す配慮もポイントが高い。陀艮は大きく口を開き有難く腕を頂戴する。血肉を貪り骨を噛む。
そしてもう一つ異変に気付く。食べたはずの腕が、生えている。
「…まだあるよ」
陀艮の得意分野は、どちらかと言えば大食いだ。一人一人を早く消化するより、一度にいっぱい食べてゆっくり味わう方が、呪力変換の効率はいい。だがこの人間には味がない。ならば味が出るまで味わおう。
この瞬間、早食い競争の世界に身を置いた。
食べる。生える。食べる。生える。食べる……
「なーんか見覚えあるなぁ」
「…わんこそばかい?わんこそばは、岩手県に伝わる蕎麦の一つだよ。一応言っておくと『わんこ』とは犬のことではなく、お椀を意味する。発祥には諸説あってね、その一つは」
「いや違うけど。その話、長くなる?」
夏油がわんこそばっぽさを見出す中、真人はそれを別のものに重ねて見ていた。
(餅つきだこれ)
トリックは単純。正の呪力で腕を治し、呪力を引っ込める。その繰り返し。この作業で肝心なのは、呪力を引っ込めるタイミングだ。引っ込めるのが遅すぎると怪我をする。陀艮が。
陀艮は、もう食うのを止めた。腹は満たされたが心が満たされていない。陀艮は結局、呪力の味を知覚する事は出来なかった。目の前の少女は、何かおかしい。美味しくない。
一方少女は安堵していた。想像よりも食いつきが良かったが、此方の呪力が切れる前に飽きてくれたようだ。あとなんか、かわいかった。
若さ故の過ちから始まったチキンレースは、存外面白かった。
「…また遊ぼ」
少女はそそくさと退散する。陀艮は負の呪力を出さない少女が、嫌いではないが気味が悪い。
「イカれてるわ、ここ」
「おっ気付いた?でも、幸月も相当だからね」
「帰っていい?」
「だめ。
…一週間後、私達は高専を襲撃する。今日はその作戦会議も兼ねている。まあでも、君の役割は、先の実験でもう決まったかな」
「…マジ?役割あるの?」
「大マジ。後で確認はするけど、多分問題ない。ある意味、誰よりも重要な役割になるよ」
山の幸と海の幸を届ける少女の話。
夏油、少女の使い道を思い付く。
次回から本格的に、原作の流れに乗ります。