呪術高等専門学校。
東京と京都に1校ずつしかない呪術師達の教育機関である。呪術の才能を持つ若者は非常に稀で、その数少ない生徒を死地に送ることも暫しある、呪いの学び舎。若者たちは今、姉妹校交流会でまともでない青春を謳歌していた。
その青春を、今から壊す。
東京校高専敷地内にある建物の屋上、わたしは飴玉を転がし暇をつぶしていた。上からは青い森が何処までも見渡せるが、全く人の手が入っていないわけでもないようで、同じ様な古い建物群が頭を出している。夏も終わりとはいえまだ暑さは厳しい。だが蝉の鳴き声は確かに少なく、微かにだが秋の訪れを予感させる。痛みを知らない女子だが、暑さ寒さは知っている。故に夏が嫌いだ。だが夏の盛りより、夏の終わりのほうが嫌だった。
「9月ってこんな暑い…?」
蝉時雨という言葉がある。多くの蝉が一斉に鳴いている様子を、雨の降る音に例えた夏の季語だ。蝉の声は寂しさや切なさを感じさせ、どこぞの岩にはしみ入るらしい。わたしにとって蝉は、暑さを和らげ涼しさを感じさせる虫だ。でも今はそれがない。中学のシャツに滲む汗が、妙に苛立たせる。
「…降りよっと」
今になって、休むのにいい場所があることを思い出した。
森は天然のエアコンになる。勿論木陰に入れば陽射しを和らげるのだが、それ以外にも涼しさを感じる理由がある。一つは蒸散。木は葉から水蒸気を外へと発散し、その気化熱が周辺の空気の熱を奪う。もう一つは対流だ。葉のある上部と葉のない下部との温度差が空気の流れ、つまりは風を生む。一説によれば日向より木陰の方が5度ぐらい涼しい、らしい。
飴玉を噛み砕いた。
自然の恩恵にあやかるべく、五重塔から眼下の森に向かって身を投げる。わたしに高さ約30メートルから飛び降りても丈夫な体はなく、五点着地の心得もない。それは地面に叩きつけられ、何度か跳ねた後に運動を停止する。だがそれは血肉を飛ばしても意識を飛ばすことはなく、数瞬もすればむくりと起き上がった。
「女って空から落ちてくるもんなんだな」
「親方なら5秒で受け止めろよ。日曜大工」
「あ”ぁん?」
筋骨隆々の身体に黒いエプロン、そして片手に斧を持った男がわたしに声をかける。男の名は組屋鞣造。人を新しい「形」に「生まれ変わらせる」趣味を持つ
最初に会ったのはあのビーチだが、まず第一印象が良くない。初対面のこの男は、まず挨拶代わりにわたしを襲い、その斧を首に突き立てた。反転術式でどうとでもなる傷だったが、流石に異物を体に残したまま再生することはできない。術式を使おうにも声が出ず、もし真人が手を出さなければどうなっていたかと今でも思う。まあこの男引き合わせたのが他ならぬその真人だが。殺害のちの死体漁り。それがこの男への唯一忘れない記憶だろう。
組屋も組屋で少女のことを”つまんねーガキ”と認識している。剥ぎ取り回数無限のガキがいるというので嬉々として討伐クエストに向かい、実際山ほど素材を得た。そこまでは良かったが、その後が問題だった。
早速
組屋は神など信じていないが、全く信仰心が無い訳でもない。「モノには魂がある」と信じている。組屋は真人のように魂は見えない、これは自身の経験によるものだ。例えば
ここまで考えて組屋は、「俺の目も曇ったのかもしれねぇな」と思い直した。一流の職人は、素材にこだわる。だというのに、自分はどうか?その心を忘れて素材集めに没頭し、意味のない品を作り続けてしまった。今もなお組屋の
今日は原点に立ち返るため、ここに来た。粗雑な
証明しろ。
俺は
「楽しみだなぁ…ハンガーラック……」
「あたまおかしい」
何よりも嫌いなところは”こういうところ”だ。死体を使ってものを作るという、この異常性。誰でもドン引きものではあるが、わたしはこのような冒涜的行為に対して、人一倍に敏感らしい。
あんな事。許されていい、はずがない。
「さて。俺らも仕事を始めよう。組屋は帳、俺は呪物の回収だね」
「いーいハンガーラックが作れる…」
「家具なぞ作る暇があるなら、カツラ作れよハゲ大工」
「ハゲてねぇよ!スキンヘッドだ、チビガキ!」
斧と頭がテカテカ光る。少女はハゲが嫌いだ。不潔と相場が決まっている…というのは少女の偏見だが、この男に関して言えば不潔なことに間違いはない。
男と少女と呪霊は各々の目的を果たすべく、動き始める。
「もう、アイツの顔見なくていいんでしょ?清々するね」
今日の襲撃は、襲撃そのものが目的ではなく、忌庫にある呪物の回収が本命になる。その本命に目を向けさせないため、組屋は帳と戦闘による陽動を担当している。
とは言え組屋自身はそのことを知らず、つまりは捨て石にされている。”呪”を冠する者のほぼ全てに当てはまるが、呪詛師の命は特に軽い。呪霊は当然、犯罪に手を染めるので呪術師から追われるし、今回のようなヤバい依頼を引き受ける事もある。
鼻歌まじりでクエストに向かった組屋だが、身を以てそれを理解するだろう。モンハンなら二乙までは出来ても現実に乙などという甘えはない。ましてや相手は五条悟、遭遇次第即撤退するのが定石だ。
「…組屋とは、気が合うと思ったんだけど」
「は?どこが?」
(マジで気づいてないのー? 嗤えるね)
少女のそれは、同族嫌悪の類であると真人は断定する。組屋は死者の肉体を弄ぶが、少女は魂を冒涜するのだ。肉体か魂かの違いはあるが、どちらも死者に対しての情動など持ち合わせていない。魂に関わる術式を持つという意味では己と少女の関係も面白いかもしれないが、それ以上に真人の目には組屋と少女が重なって見えた。
肉体か魂か、その恥辱に優劣をあえて付けるなら、少女の方が数段いかれていると真人は思う。組屋は、素材の声を聞いても死人の声など聞かない。生きたまま加工することは、アマのやる事だ。下手に獲物が暴れると状態が悪くなり無残な作品になってしまう。”プロに遊び心はあっても、遊びはない”。組屋のモットーである。
だが少女は死人の声を聞いている。聞いてはいるが、聴こえてはいない。少女の甦らせる者達は、個体によっては口答えも抵抗も一応できる。真人は前に、その死者達の「助けて」を聞いた。当然少女も聞いたはずだが、少女の魂に揺らぎはない、無反応だ。死人に口を与えておきながら、一切耳に入れることはない。その一点において、少女は組屋よりも遥かに異常だ。
(これは、伸びるな)
常軌を逸した精神構造に対して真人の反応は、恐怖するでも憤慨するでもなく、ひたすらに感心していた。真人は呪霊で、生まれながらの悪。それは自覚してるし、何かを思う事も、ない。だが少女は違う。自分のように悪を開き直ることはないし、言葉を並べて正当化することもない。ただ当たり前のように”死”を弄ぶのだ。生者を踏みにじる己と死者を踏みにじる少女。自覚する呪霊と自覚しない神。果たしてどちらが"人間"だろうか。
「そう考えると、
「何の話?」
少女の異常に気付いたところで、それを指摘するほど真人は”できた人間”ではない。ただ「俺と同じくらい将来有望だな」と思うだけだ。
「無為転変ズルいわ、ほぼ攻撃無意味とか…」
「魂に干渉されるとダメージ貰うよ」
「
「俺は特殊な
真人と同行し、忌庫へと向かう。途中で二級呪術師三名と準一級呪術師一名に遭遇したが、真人の前ではないも同然の壁だ。準一級の方は発動に時間がかかるタイプの術式だったようで、その時間稼ぎを二級の方が担当していた。だが今日の真人はやる気満々であり、いつもなら遊びそうなものだが先に準一級を片付け、戦線が崩壊した。どの道時間を稼げた所で、魂に干渉出来ないなら無意味だったが。
「任務完了っと」
「後は帰るだけだね」
組屋の最終クエストに対して、こちらは採集クエスト。採集クエストも舐めてかかるとマップを覚えてなかったり採取ポイントが分からなかったりで時間がかかることはあるが、どうやら既に何らかを仕込んでいたらしく楽に見つかった。あちらのソロ討伐は、対五条悟用の帳がもう上がっているので失敗に終わるだろう。
「
とはいえこちらもアイテムを集めただけだ。作品にもよるが、これからベースキャンプに戻って納品する必要がある。
まあ。これこそ、秒で終わる。
「よーやっと、わたしの出番か」
モンハンをやりに行った組屋と、モンハンをやりに行った少女の話。