―――――時を同じくして。
”宿儺の器”虎杖悠仁と1級呪術師・
植物は呪力を孕まない。呪力とは負の感情から生まれるエネルギー。その呪力が生まれないということは、植物は感情を持たないことを意味する。”光を受けたからエネルギーを作る””葉が傷ついたから毒を出す”といった外的刺激に対する反応こそあれど、それを感情と呼ぶには機械的。だが植物から呪力が生まれた。それはなぜか?
花御は知っている。
命を圧縮し、植物が持ち得ない感情を呼び起こす。
苦痛、恐怖、無念、怨嗟、それら全てを。
(…無駄にはしない)
胸に湧き上がる感情。これも知ってはいるが、今は無視する。
『――
帳が、上がった。五条悟が来るのも時間の問題。
気分は晴れないが、撤退しなければならない。
『…退きます』
そう言い放った直後。木の呪霊の足下に、黒い沼が現れた。呪霊がその沼に入り、五条悟の”茈”は森を切る。
「っ!?待て…」
「行くな
東堂が制止すると同時に、黒沼は音もなく消える。残されたのは土だけだった。
「便利だねモドリ玉」
「その呼び方止めろや」
「『出る死者が生物・無生物を問わないのなら、入る生者も生物・無生物を問わないのではないか?』…単純だけど、発想は大事だよねぇ」
夏油の見立ては大当たり。だがこれを所謂”ワープゲート”と呼ぶには少々語弊がある。
少女は基本的に『開』く場所を目視で確認しているので、遠い場所だとマーキングなしでは発動できないし、『内側』から開けるにも外が見えないので狙って出せない。予め移動地点に『開』を発動し、別の地点でまた『開』を発動する必要がある。
つまり戻る時には使えるが行く時には使えない。
「”
「なんか言ってる」
不満はもう一つある。真人は「モドリ玉」に例えたが、これも正しくない。これは『開』から『開』に飛ぶのではなく、中に広がる異空間から目的の『開』に向かう必要があるのだ。
この空間を一言で説明すると、洞窟。光は届いていないはずだが、薄暗い程度の明るさを保ち、足元に黒い水が溜まっている。帰るためにこの洞窟を歩いているはずだが、闇に吸い込まれて帰れなくなる気がしてくる。
(キショク悪い)
その空間を移動する。徒歩で。その上景色も楽しめないのだ、少女の機嫌が悪いのも当然だ。だがここにもう一人、落ち込んでいる者がいた。
「どうした、花御?」
『……真人』
真人は魂の機微に目聡い。その機微を尋ねると、花御は逆に絞り出すような声で真人に問うた。
『植物達に、”魂”はありますか?』
「ない。…と俺は見えるから断言するけど、花御は違うの?」
花御は吐露する。
『貴方は以前「感情は魂の代謝物」と、仰っていました。私の「供花」は植物達を殺して呪力へと変換する…その過程で、感じる。植物達の感情を』
『それを感じる以上は、魂もあるのではないかと、思うのです』
そして、もう一つの思いも。
『そして、私は。私が嫌いな人間共と、同じ事をしている。それが何よりも……許せない』
花御は人間が嫌いだ。人間は、森や大地を海や空を、犯してきた。この星を守るべく、人間共を根絶やしにする。
だが自分も、植物達の命を弄んだではないか。
その事実が嫌だった。
「なるほどね」
「でも俺は、やっぱり無い派かな。花御が感じても俺は感じてないし、どちらかが一貫している必要はないんじゃない?」
「生き方も同じだ。花御は植物を守るけど、別に殺したっていいと思う。まあ言ったところで、花御は気にするんだろうけど」
「俺の世界の植物に魂は無いけど、花御にはある。こんなもんかな」
真人にとって”一貫性”とは枷でしかない。その枷に囚われた人間達とは違って、呪霊ならもっと自由に生きるべきだ。この世界も一つである必要はない。
そしてもう一人、”魂”に詳しい者がいる。
「幸月はどう思う?」
「ネザーゲートは嫌だ」
「そっちじゃなくて。”植物の魂”について」
「えっあ、え?…いや聞いてた、聞いてたよハイ」
突然話が飛んできた。少女は面食らった後暫し考えてから、結論を出す。
「…花御が植物に魂を吹き込んだ。これでいい」
『私が?』「……その心は?」
「花御が植物を『殺す』という強い感情を植物に向けたから、植物が『殺される』と感じて呪力……というか魂が生まれたんだ」
「術師がやるような、物に呪力を籠めるとかそういう話ではない。『感情から魂が生まれる』と思う。まず万物には自我があって、そこに感情を向けられたモノ自身が『何かやりたい』と思うから魂が生まれて、その魂が感情を発露する。あえて言うなら、
「花御の殺意に応えるべく、植物に魂が生まれた。これなら矛盾もない」
へぇ、と真人は感心した。
道筋立てて理論を述べる少女の普段使ってない頭にではなく少女の言葉に。「感情から魂が生まれる」言い換えれば「魂は感情の代謝物」であり、これは真人とは真逆の考えだ。
(そういうことも、あるかもな)
一方でそれは、花御にとって、
『…つまり私は。植物達を、苦しめたと?』
―――――あまりにも残酷で。魂を知らない植物達に、魂を吹き込んで苦しめた。
「…一概に悪いとは言えないよ」
「花御は植物達を『殺した』と言ったけど、人間にその言葉は出ない。人間が使うのは『伐採』とか『収穫』だ。でも、花御は違う。自身と植物の位置を近い所に置いている。」
「花御以外じゃ、供花は成立しない。要するにだ、優しいってこと」
『……そう、ですか』
花御は自分の「左腕」が嫌いだ。植物を殺してしまうから。でもそれは
そう思うと少し、左腕の痛みも、和らぐ気がした。
「花御。植物に名前を付けたことは、あるか?」
『いいえ。それが自然のあるべき姿ですから』
「わたしもない。花の名前とかは知ってるけど」
どうやら少女の話は続くようだ。真人とは違い花御は魂に対する興味は薄いが、今はそうでもない。
静かに聞くことにする。同じく真人も聞く気だ。
「これは持論になるが手っ取り早く魂を宿らせるには『名前』を付けるのが一番だと思う。魂が宿る前、自我だけのソレに名前を付けると……嬉しい」
「命があれど名前が無ければ、ソレに魂はない」
「つまり、つまりね」
「『
『いります』「いるけど」
少女は『呪胎九相図』の受肉に反対である。少女は呪霊に強くても、受肉体には強くない。只でさえ変な種をだす花御とか普通にフィジカルも強い夏油がいるのだ。これ以上自分の優位性を損なう変化に対し、敏感になるのも無理はない。
「ていうか普通に名前あるし。『
「それ、シワシワネームだろ!そんなん貰っても嬉しくねーから!魂ねーから!」
「必死じゃん、ウケる」
(俺、ハブられてるなあ)
女の子1人と呪霊2つ、そして己…
「可愛い女の子いるし、俺の話聞いてもらおー」と思っていたのだが、どうやら呪霊は”魂”とかいう話に夢中らしく、女の子も取られてしまった。
(つまんない)
重面は”アリとキリギリス”で言えばキリギリス側の人間だ。自分が楽しければそれで善いが、都合の悪いことはやらない。でも、今の重面はアリだ。
この洞窟には”ルール”がある。普段なら気にも留めないことだが、強要されると何かムカつく。自分は特別な存在で、ルールを守る必要はない。破って何か起きたところで、俺の能力があれば何とかなる。
そう考えると、細長い洞窟がアリの巣穴のようにも見えてきた。
(俺がルール破ると、俺が悪いみたいになるし…)
だから重面は叫んだ。
五条悟が来たぞ!!!
この洞窟には”ルール”がある。
『_____決して振り向いてはいけないよ』
『”遺骸創術”が死者の魂を呼ぶ以上、その先にあるのは死者の世界。雲の上とか草葉の陰とか色々あるけど、君の場合は地下にある。死後行き着く地下の世界といえば”黄泉の国”』
『”見るなの禁”を知ってるかい?「見てはいけない」というルールを破ったものに、良くないことが起こるという物語の類型だ。”イザナミ”とかね』
『君の世界にイザナミが居るかは分からないけど、振り向かせた奴は戻ってこなかった』
『だから、決して振り向いてはいけない』
「…人間のくせに勝手すんなよ、殺すぞ」
真人は人間の悪意から生まれた呪いだ。重面の嘘には引っ掛からない。
それに今やりたいのは魂トーク。人間に構う時間も惜しい。
(黒い霧…はっ!霧吹きにでも入れてみるか?いやなんか詰まりそう…)
少女は重面…というか他人の言葉が全く耳に入っていない。
それに今やりたいのは思考実験。思考の沼に潜っていたい。
『なッ―――来ていないっ!!』
花御は真面目で、賢い。
五条悟の脅威を、先程見てしまった。
”五条悟ならあり得る”
その可能性が万に一つでもあれば、体が身構える。
「…間違いは誰にでもあるじゃんかー?」
清廉潔白を主張する重面だが、その顔は歪んだ笑みを浮かべたままだ。
重面が嘘をついて、花御はそれに騙されただけ。
花御に非はない、悪いのは重面だ。
でもそれは、禁を破る理由にはならない。
禁は破られてはならないのだから。
そこには死者がいて、彼らは見られたくなかった。
死者が生者に手を伸ばす。
魂トークに花を咲かせる少女達の話。