役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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一人称にしてみました。


第七話 呪胎九相図

「…」

 

意識がゆっくり起きる。

眠りすぎたらしく、首には眠気が張り付いている。このまま眼を閉じれば、気持ち良く沈めるだろう。いつもなら二度寝三度寝コースだが、わたしは今日やる事がある。

 

「ん…ぅぅ」

 

意識が覚醒を始める。

目覚めの声で脳を起こそうと試みるが、効果なし。ならばと両手で左右の耳たぶを持ち、下にゆっくりと引っ張って戻す。これで目が覚めると夏油は言っていたが、特に変化は起きない。夏油の福耳は多分そういう事だと思う。

 

「…ああ」

 

覚悟を、決める。

寝返りをうち、勢いのままカーテンを掴む。それは擦れる音を立てて開き、陽光をわたしに届けた。頭は眠りから脱却する。

 

今は10時。

昨日…というか今日は2時に床に就いたので、8時間程度寝ていたらしい。だが眠りの質が悪く、今日もベットに入る直前までPS4を起動していた。

 

ここまで自堕落な生活だと親は黙っていないだろうが、親はいない。一人暮らしだ。

夏油が山奥の家を手配してくれたので、労せず住処を手に入れることが出来た。

 

「…今日かぁ……」

 

まそんな美味しい話が何時までも続くわけもない。今日は呪胎九相図が受肉し、わたしの生活空間を侵略する。マイホームからシェアハウスになる前に、やるべきことをやるのだ。

コントローラーを手に取る。わたしにとって寝起きゲームは頭を動かす運動であり、目覚めの合図にもなる。今から食事するのもいいが、朝か昼か微妙な時間帯でご飯を食べるのも面倒くさい。

そう思いながらPS4を見ると、

 

 

「おっは、幸月どうしたの」

 

チャイムは鳴らなかった。

わたしの背丈以上はある窓が開き、流れてくる秋風は耳を滑る。土足で上がるのもそうだがコイツには常識と礼儀がない。

 

「…玄関って知ってる?」

「人間って好きだよね。そういう枷に縛られるの」

 

真人に改める気は全くない。

人間は広がる空も大地も知らず狭い空間で過ごしている。目の前の少女も例外ではなく、狭い木造平屋に住んでいる。それを更に細かく切り分けて名前と役割を覚えるなど、無駄な作業でしかない。

 

「何しに来たの?」

「暇つぶし」

「…ゲームやるか」

 

電源を入れると機械は身震いのような起動音を鳴らし、少しして青いメニュー画面を映した。

 

 

* * * * *

 

 

ある街の夜。

真人に案内された4階建てのマンション、4号室に夏油がいた。キッチンルームの机には3つ筒状の容器が並び、中で何かが浮かんでいる。

 

「呪胎九相図、か」

「ああ。見るのは初めてだったね」

「3つしか無いな」

「他6つは無害な死骸なんだよ」

 

じっくり見ても何の生物か分からないが、小ささと蹲った姿勢が胎児であると主張している。

 

「マジで受肉させるんだな」

「そのために来たんだろ?」

 

グダグタ言って無駄らしい。とりあえず誰から受肉させるのか話し合い、危険度の低い3番目の九相図から始めることにした。

 

「早速始めよう」

 

そう言うと真人は筒からそれを取り出した。それをつねると、柔らかい弾力で押し返す。

色味も相まって、何だかゼリーのように見えてきた。間違っても口に入れようとは思わないが、口に入れる人間は直ぐに現れる。

 

「受肉、見るかい?」

 

ちょっとだけ、興味はある。

がちゃ。

 

 

 

 

「はあ!?子ど」

 

ばたん。

 

「え何で裸」

「服あると邪魔だろう?」

「磔の意味」

「死んだふりされると怖いし」

「…終わったら教えろ」

 

先に受肉しといて良かった。

 

キッチンルームにて受肉を待つ。悍ましい叫び声と何かが変形する音が聞こえ、少し経つと収まった。

 

「もういーいかい?」

「もういーいよ」

 

再びドアを開ける。

月明かりが部屋を照らし、何かが見えた。

丸い胴から直接手足が生えたような体形。青緑色の体色。顔らしき部分に眼球はなく、流血している。その顔の下、胸の部分にはさらに大きい口がある。

 

「…か」

「?どうかした?」

「かわいい!!」

「あ”、なんだぁおまえ」

 

何だ…この生き物は。何考えているのか分からない上の顔と、逆に分かりやすい下の口。手足の仕草、がらがらの声。

これは、アレだ。アレに似ている。

 

「カエルっぽくね!?」

「褒めてるのそれ」

(いやわかんねー)

 

グロいが許容範囲内。いやそれが良い気さえする。どんな珍生物かと思ったが、これなら大歓迎。

 

「1番2番もやろう!!」

「何かノってる」

 

3番の九相図は呪物としての格が低いので、元の人間の面影が残ったようだ。それでこの可愛さなら、1番2番はどうなってしまうのか。期待に胸を膨らませながら残りの九相図を渡した。

 

 

 

 

「クーリングオフ出来る?」

「無理」

 

思っていた20倍は人間だった。

 

2番は背中を壁に付けながら「私の背中を見たら殺しますよ」と言ってきた。受肉と同時に壁に移動し始めたというので、凄い執念だ。背中は絶対に見ないが、背中を隠すよりまず下を隠してほしかった。なんか臭うし。

 

1番はとにかく暗い。先の失敗から学んで入室と同時に(にしき)を渡したが、礼の一つもなかった。2番と3番に意識が向きすぎて気付かなかったと言う。九相図の他に興味が無さすぎる。

 

「九相図は?」

「話し合う時間が欲しいってさ」

 

人間と呪霊、どちら側につくか。

人間と呪霊の混血。どちらでもない存在。その孤独を解する知能が、彼らにはある。断っても真人らと戦うことは避けられないので、結果は見えている。

 

呪霊側(オマエら)につく」

 

呪胎九相図の1番…確か、脹相(ちょうそう)。顔色の悪い男が、真人に宣言する。

 

「嬉しいね、俺も仲良くなりたいからさ」

「勘違いするな。呪霊が支配する世界の方が、俺たちにとって都合がいいだけだ」

「おや。これがツンデレってやつか」

 

予想通り、呪胎九相図は呪霊に協力するようだ。

受肉の恩ではなく彼等の利に因るものだが、下手な理由より信頼できる。漏瑚も恐らく認めるだろう。

 

「早速だけど、お遣い行ってきてくんない?」

「お遣いだと?」

 

脹相は真人をじろりと見た。

 

「宿儺の指…君達と同じ特級呪物。それを回収して欲しい」

 

夏油が説明を加える。鯉ノ口峡谷(こいのくちきょうこく)八十八橋(やそはちばし)。自殺の名所とも心霊スポットとも言われる大橋であり、呪霊が生まれるのも当然の場所。

そこに居る呪霊が、宿儺の指を取り込んだ。それを祓って指を持ち帰る、これが任務だ。

 

「高専の連中も呪霊の存在には気付いている。向こうに回収させても行き着く先は同じだが、手持ちの指は多いに越したことはない。それにこれは、君達のテストも兼ねているからね」

「どんぐらい強いの?」

「君のテストよりは楽だろうね」

 

夏油は彼等に試練を課す。とは言え病気の呪霊よりは格下。ついでに言うと指の数はもう10本あるので失敗しても支障はない。

 

「おい」

「ん?」

 

脹相がわたしに声をかけてきた。今迄の表情を感じさせない声とは違う、はっきりした真剣な物言い。

 

「その呪霊と俺達は、どちらが強い?」

「お前らの力を見てないから何とも。というか誰が、何人行くの?」

「あーすまない。最低一人は残って欲しいな。これから人生ゲームをやるんだ」

「…だってさ」

 

脹相の眉間に皺が寄った。

僅かな沈黙の後、答える。

 

「壊相と血塗を向かわせる」

「2番、いや弟ね」

 

彼らは番号で呼ばれるのを嫌う。

呪胎九相図は加茂憲倫が行った実験の産物。実験体らしく番号で呼ばれるか、死体の腐り具合から取られた名前で呼ばれるかの二択。前者の方がマシだと思うが、彼らは後者がお気に入りらしい。

もしかしたら「壊相(えそう)」「血塗(けちず)」の意味を知らないのかも知れない。

 

「という訳だ。壊相…血塗か。術式を見せろ」

「分かりました。ところで、貴方は何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」

 

脹相の低い声を聞いたせいか、こちらの声は一段と丁寧に聞こえた。

そういえば、自己紹介をしていない。

 

幸月(さつき)、それだけ。」

「では幸月、と呼ばせて頂きます。私達兄弟の力をお見せしましょう」

 

外に出た。今日は三日月のはずだが、生憎の曇り空。濁った光のみを地面に届けている。

壊相は指先から血液を垂らす。それは地面に落ち、そこから煙が立ち昇る。燃えるのとは違う、しいて言えば塩素に近い臭いがする。

 

「『蝕爛腐術(しょくらんふじゅつ)』と言いまして。触れた物質を分解させる血液を操る術式です。血塗も、同じ術式を持っていますよ」

「呪霊にも効く?」

「勿論。血液に呪力を込めていますから」

 

かなりつよそう。

 

「…ま、実際に試さないとな」

遺骸創術(いがいそうじゅつ)(ひらき)』」

 

ただ浴びせるだけでは芸がないので、少し離れた場所に的を作った。

 

「それは……」

「それを出したのがわたしの術式で、出したものは人間。早速試してみるといい」

「…分かりました」

 

壊相は的に血を浴びせた。どうやら、遠距離攻撃はお手の物らしい。

それは裂けんばかりの音を出し、わたしの術式が崩れる。

 

「多分勝てると思う。強いなお前」

「そう、ですか」

 

かなりつよかった。

遠くの相手にも当たるし、分解のスピードも早い。殺傷能力の高い術式と言える。

 

「弟さんも、似たような感じ?」

「ええ。私と違い、血の毒性は低いですがね」

「えっ毒あるんだ…」

 

触らないで良かった。

 

「壊相と血塗、2人で行くのか。じゃあ頼んだよ」

「わたしも行っていい?」

 

「いいけど。理由は?」

 

見透かした表情、と言えばいいのか。わたしに向けられるのは初めてだ。

微笑んではいるが、目は口程に物を言う。懐疑で頭がいっぱいなのか。

 

「そう疑うな。暇つぶし」

「えー、幸月も人生ゲームやろうよー」

 

真人が入り込んできた。手にはもう4色の駒を持っている。

 

「…具体的に言う。もうゲームやったからお腹いっぱい」

「テレビゲームとボードゲームは違うじゃんか」

「銀星囲碁しかやってない」

「将棋もやったでしょー」

「どっちもボードゲームだろ」

 

ボードゲーム大好きかコイツ。本当にやめて欲しい、負けたくなかった。

 

「いいよ。気分転換も大事だ」

「4人でやりたかったなあ」

「3人でも出来るだろう?」

 

夏油の表情が和らぐ。猫がするような芝居がかった笑みには変わりないが、見てて毒にはならない。

 

「脹相、とか言ったか」

「ああ。何だ」

 

変わらず抑揚の少ない声、視線すら合わせない。

コイツは嫌いになりそう。

 

「カエルって知ってる?」

「…知識としては」

「血塗はそれに似ている」

「何だと?」

 

体温低そうな声で聞き返してきた。片眉を上げる、感情が無い訳でもないのか。

 

「キレんな。褒め言葉だ、ある意味ではな」

「どういう意味だ」

「カエルという名前は、『帰る』とか『変える』にもなる。縁起がいいそうだ」

 

スピリチュアルなど信じていない。言葉遊びだ。

 

「…帰る、か。そうか、そうだな。」

 

今度は分かりやすく顔が綻びた。

 

「壊相、血塗」

 

平坦、だが諭すような声で彼らに語りかける。

 

「必ず、帰ってこい。俺達は、三人で一つだ」

「…はい、兄さん」

「兄者ぁ。俺たち、がんばるぞぉ」

 

夏油達は部屋に戻り、残されたのはわたしと壊相、血塗の3人。

 

「さてと、行こうか」

「幸月」

 

壊相がわたしの名を呼んだ。何故か手に胸を当てている。

 

「何?」

「ありがとうございます」

「…」

 

 

別に、呪胎九相図が可哀想とかそういう感情はない。

カエルが好きなだけだ。

 

「…行く」

 

何時の間にか雲は晴れ、朗らかな光が道を照らしていた。




少女と呪胎九相図が出会う話。
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