役立たずの徒花   作:お米ちゃん

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個人の事情で暫く投稿頻度が下がると思います。週に一回は投稿したいと考えています。
ご了承ください。


第八話 起首雷同

せせらぎが聞こえる。

 

谷底が月明かりに照らされて、川は絹糸のように流れる。その糸を辿るようにして、九相図(くそうず)とわたしは歩いていた。

 

兄者(あにじゃ)ぁー、よるってきれいだなあ」

「ええ、本当に…」

 

九相図達は兄弟の世界に入り浸る。

わたしは…壊相の背中を見たくない、というか近くを歩きたくないので1人だけ前に先行していた。

 

(気まずい)

 

何時の間にか2人と1人になっている。まあ、兄弟の存在だけを頼りに生き続けていたらしいので、兄弟ファーストになるのも理解はする。

孤独には慣れた、ずっと一人だった。だが、一人でいる時の孤独と集団の中で感じる孤独は質が違う。集団の中でこそ孤独は浮き彫りになるのだ。

今凄く実感している。

とはいえ兄弟の世界に割り込む気は無い。真人とかなら、空気読まずに入ってそうだが。

 

「狭く暗い檻とは違う。星も月も、空もある。世界は広いですね」

「幸月も、そう思いませんか?」

 

突然、壊相が話を振ってきた。

 

「…昔の夜の方が好きかな。今の夜は明るすぎる」

「そんなに変わるのですか?」

「輝きの少ない星ほど、暗い方が見えやすい。今は山にいるから、そこそこ綺麗な夜だけど」

「なるほど…」

 

はじめましてから2時間も経っていない、お互いの共通点など分からない相手。返事しやすいよう天気を話題にしてくる辺り、壊相は意外と気遣いのある男かもしれない。

服装のTPOは弁えてないけど。

 

「貴方も呪物だったのですね」

「何で?」

「昔の夜、と仰っていたので」

「当たり。お前らと同じ、元呪物の受肉体」

「え”、オマエも俺達とおなじなのかあー」

「…何年、呪物として在り続けたのですか」

 

呪物トークだと…話の引き出しが狭すぎる。胎児の記憶などあるはずないので仕方ないか。

 

「千年」

「「!?」」

「あーいや、別に淋しくは無かったよ」

「そーかあ?俺だったら、兄者達がいないとさみしいぞぉ」

「その辺は慣れ」

「慣れたくはないですね…」

 

話題の重さとは裏腹に、気詰まりになった雰囲気が和らいでいく。「何が一番きつかった」とか「何を考えていた」とか、思い返すと語れることがいろいろあった。

 

「千年前の夜は、どのようなものでしたか?」

「流石に覚えてねーよ陰陽師(おんみょうじ)じゃあるまいし…」

 

そんな会話を続けていくと、何時の間にか目的地に到着していた。

 

「おーでっけーなあ」

「これが…」

 

八十八橋。埼玉県の名所「鯉の口峡谷」に架けられた高さ70メートル程の大橋であり、自殺の名所でもある。

橋には特徴のある事故防止の柵が両サイドに立っているが、自殺防止も兼ねているのかもしれないと、ふと思った。

橋から谷を見下ろす。石英斑岩の岩肌が露出して、ちょろちょろ流れる川が見えた。白い岩肌には紅葉よく似合うだろう。暗くてよく見えないが。

 

「任務は、宿儺の指を回収して持ち帰ること。危ないと判断したら撤退し…は?

 

いる、誰が?感じる、何を?…分からない。

 

「どうしましたか?」

 

壊相の声が聞こえた。

忘れた時を取り戻すように、息を吐く。振り返ると、怪訝な顔をしてこっちを見ている。

 

「…イレギュラーがいる、最低一人」

「先客かぁ?」

「呪霊と最低一人のイレギュラーはわたしがやる。他にもイレギュラーがいる場合、お前らはその足止めを頼む」

「足止め、でいいのですね?」

「殺す必要はない。別に殺してもいいけど」

 

任務は飽くまで指の回収。九相図のテストは後回しでも問題ない。

 

「承知しました。血塗、私達は時間稼ぎをしましょう」

「わかったよ兄者!」

 

兄弟の返事を聞いた後、わたしは谷底に降りた。

 

 

* * * * *

 

 

伏黒恵(ふしぐろめぐみ)をはじめ東京校の1年生3名は、連続怪死事件の元凶がいると八十八橋に来ていた。

これは、正規の活動ではない。本来なら手に余る任務だが、伏黒の義姉…津美紀(つみき)も八十八橋の呪いに関わっている可能性が高く、今すぐ祓いたかった。

川を渡って呪霊の領域に入る。上も下も巨大なフジツボのようなもので埋め尽くされた地下空間、元凶と思われる呪霊が姿を見せた。

 

「祓い甲斐がありそうね」

 

釘崎の啖呵を皮切りに、3人は攻撃を始める。呪霊はちょこまか移動して鬱陶しいが、反撃はない。

祓える、と伏黒は判断した。術式範囲が広い代わりに攻撃能力のない呪霊、移動先も減り続けている。解呪も時間の問題だろう。

 

突然、黒い何かが地面を塗りつぶした。

 

「はぁ!?何よこれ!」

「あの時の…っ!釘崎!!」

 

釘崎は既に膝まで浸かっている。虎杖が助けようと手を伸ばすが、その手にも黒が纏わりつく。

 

「お前ら!くそっ…!」

 

2人とも黒い沼に沈んでいった。自分もそうなると考えたが、沼は消え伏黒は一人残される。

 

(呪霊の攻撃…違う、こんな事が出来たのなら最初からやってる!第三者の術式!!)

 

合流したいが、まず領域の呪霊から。行動パターンが単純だったので、式神との連携で難無く祓えた。

これで安心。と思いきや、目の前に呪霊…宿儺の指を取り込んだ特級呪霊が出現する。

呪霊が伏黒に呪力を放とうとした、その瞬間。

 

「「!?」」

 

再び黒い沼が現れる。

呪霊がそれに沈んだ直後、領域が閉じた。

それと同時に、伏黒は一人の影を見つける。

 

(子ども…?)

 

少女だ。小さいが、制服からして中学生か。薄ら寒い風が黒髪を揺らす。何故一人、こんな時間に?

否。目の前の少女は普通の人間ではない。迷子でもない、明らかに「こっち側」の人間だ。

周りを見渡すが2人はいない。武器を影に忍ばせて少女に訊ねる。

 

「お前、誰だよ」

 

敵意は向けない。だが、両手は何時でも対応できるよう呪力を漲らせる。

 

「まずは、お前が名乗れ」

 

少女にしては低い。けれど、耳に付く声色だった。

 

伏黒(ふしぐろ)(めぐみ)。お前は何だ?」

「…伏黒、ね。わたしは違う」

「はぁ?」

 

意味が分からない。

名字が被っているとでも言うのか。かれこれ15年程生きて、名字が被ったことは一度もない。自分が知っている伏黒は蒸発した義父母と、津美紀だけだ。

 

「どうだっていい、知る必要もない」

「重要なのは、敵だということだ」

 

遺骸創術(いがいそうじゅつ)(ひらき)

 

そう聞こえた直後、目の前に壁が出来た。

 

「くっ…いきなりかよ!」

 

伏黒は両手で鳥を模った影絵を作る。

十種影法術(とくさのかげほうじゅつ)…影を媒介とした式神を操る、禪院家(ぜんいんけ)の相伝術式。

両手の親指を交差させながら手を外側に向け、形を作る。影から飛び出す式神の名は―――――

 

「【(ぬえ)】」

 

鳥の式神に自身を掴ませ、上に飛んだ。

見下ろすと、地面が黒で覆われている。先程の術式は少女の仕業らしい。

壁の正体もわかった。沼から瓦礫が放出され、自分がいたところは見えなくなっている。

 

「…これで死んだら、楽だったのに」

(特級クラスの攻撃範囲!構えてなかったらやられていた!)

 

伏黒はそれを見て、先日の交流会を思い出した。襲撃してきた木の呪霊、それに比類する物量攻撃。もしかすると少女は、あの呪霊と何か関係あるのかもしれない。

2人の居場所を吐かせたいが、加減は無理そうだ。

伏黒は、覚悟を決める。

 

「【満象(ばんしょう)】!!」

 

上空からの急降下。巨躯で術師を圧し潰す。

 

(…何だ?)

 

伏黒が抱いたのは、あっさり終わった安心感でも呪詛師とは言え年下の相手を祓った(ころした)罪悪感でも無い。

違和感。手ごたえが無さすぎる。術師の死体を確認するが、ない。そのうえ術式も解けていない。

おかしい、再び鵺を出して備える。

 

「ッ!!」

 

左肩に痛みが走り、伏黒は僅かに声を漏らした。

織物が勢いよく伸び、刃のように切ったらしい。

伸びてきた先を見ると、傷一つない術師がいる。

 

玉犬(ぎょくけん)(こん)】」

 

伏黒が犬の影絵を作ると、黒に白を混ぜたような毛色の式神が現れた。

それは爪を振り下ろすが、術師は沼に沈むようにして避ける。直後、今度は右の太股を切られた。玉犬が反応するも直ぐに姿を消す。

 

(玉犬の呪力探知が機能していない、奴の術式が濃すぎて分からないのか、なら…)

 

小指と人差し指を伸ばし、親指と残りの指をくっ付ける。それにもう片手を乗せて頭を作ると、象の形が現れる。

 

「もぐら叩きは、うんざりだ」

「【満象(ばんしょう)】」

 

鼻から大量の水を放出し、地面の黒を押し流す。

気付いた術師が体を出し、術式を再発動させる。

その隙を伏黒は見逃さない。すぐ満象を解いて渾で接近、術師を拘束する。

 

「…はぁ」

「抵抗しても、嘘を並べても祓う(ころす)、いいな!!」

 

術師を地面に叩きつけ、刀を術師の首に当てた。

このまま尋問を始める。

 

「2人を何処にやった」

「さあ?」

 

手を折った。グキリと鈍い音が鳴る。

今の伏黒は時間が惜しい。2人の気配を探っても分からないほど遠くにいる。連絡も無い。

トラブルが起きている。もしかしたら自分以上に面倒な相手かもしれない。

答えなければ今すぐ祓って(ころして)、2人の捜索を始めるつもりだ。

 

「最後のチャンスだ。2人は何処にいる?」

「自分で探せ」

「…そうかよ」

 

 

 

 

首を切った。血が噴き出し、地面を赤く濡らす。

仕事柄、人間を手に掛けることもままある。だが年下の相手を殺めたのは初めてだった。

思う事も無くはない。だが今やるべきは、2人を探すこと。

 

「玉げ……が、あ”?」

 

伏黒の胸を、錦の刃が貫いた。

 

 

* * * * *

 

 

「…普通殺すか?」

 

少女は反転術式の使い手、切り傷くらい直ぐ治せる。後は油断した相手を背後から貫くだけだった。

男の胸から錦御機(にしきのみはた)を引き抜く。元から鮮やかだったが、今は別の色で鮮やかになっている。

 

「生きている」

 

男の服は裂けているが、男に傷はない。少女の呪力は、人間を治してしまうからだ。

そこに少女の意思はない。殺したい人間でも、呪力を込めた攻撃では殺せない。目の前の伏した男のように、気を失わせるのが精々だ。

ならばと少女は、沼から包丁を取り出す。何の変哲もないタダの包丁、それは月明かりに照らされて鈍い光を反射する。

 

「難儀な血だな…お互いに」

 

包丁を振り下ろす。

その瞬間。

 

 

ぞくり。

 

 

何か、凄まじい気配を感じた少女は、思わず男から飛び退いた。意図しない、恐らくは自身の本能による動きで、少女にとって初めての経験だった。

 

(…しまっ、た!!)

 

男は立ち上がり、構えをとって何か唱えている。

一からやり直しか、違う、この気配は何だ。思考は纏まらないが、少女は術式を発動させる。

 

唐突に、男は笑った。

 

やめだ

「……は?」

 

両の手を上げている、降参だとでも言うのか。

 

「やってやるよ!!」

 

ダメだ。少女はこの男を、殺さなければならない(・・・・・・・・・・)。何故かは分からないが、そういう心があった。

 

 

領域展開(りょういきてんかい)

 

男は手を結ぶ。何を象るでもない、強いて言うなら心の中か。

足元から黒の奔流が溢れ出す。

 

 

「【嵌合暗翳庭(かんごうあんえいてい)】」

 

 

暗い黒は、黒い沼を塗りつぶす。




黒影VS黒沼の話。
ダークシャドウじゃないよ。
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