浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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プロローグ
水に水を入れると水が増える。


 樋口円香がその少年と出会ったのは、ありきたりなきっかけだった。

 今日、中学三年に進級した樋口だが、別にそんな事で悲観するほど子供ではないつもりでいたので、今日もいつものように幼馴染の透と一緒に帰ることにした。

 幸いというかなんというか、同じクラスになったので透の席の方へ迎えに行こうとすると、ふと視界に入ったのは、意外にも透が隣の席の男子と楽しそうに話している姿だった。

 

「……はぁ」

 

 たまにいる。見てくれだけは綺麗な透を狙ってナンパする男が。別に付き合う付き合わないは勝手にすれば良いが、変な男なら放ってはおけない。

 すぐに声をかけようと思い、鞄を持って席へ向かった。

 

「あー、ヴェノム見たんだ。カッコイイよね、あの役者……なんだっけ」

「ト○・クルーズ」

「あれ、ト○・ホランドじゃなかった?」

「いや、ト○・フェルトンだった気もする」

「あれ、ト○・リドルじゃなかった?」

「まぁ、誰でも大体、合ってるでしょ」

「まぁね」

 

 ……なんかナンパしてる感じじゃない。いや、それどころか同じ人が性別だけ変わって話しているような感覚だ。ちなみに、ヴェノムには今出た役者、誰一人出ていない、別のト○である。最後のは役者でさえないし。

 

「ヴェノムと言えば、俺あれも見たわ。ゴジラの……ほら、キングオブモンスター」

 

 それ、全然ヴェノムと関係ないが、透からツッコミは出ない。

 

「ああ、ガメラと戦う奴?」

「ギドラな。……いや、ゴモラだった気もするな」

「リトラじゃない?」

「ペギラのような気もするけど」

「うーん……サクラ?」

「あ、コーラ」

 

 もうただの「ラ」がつくものを言い当てているだけになって来た。

 頭が痛くなる内容には慣れたつもりだったが、透が二人に増えるだけで今までの経験が吹き飛ぶような気がしてため息をついてしまう。

 そんな中、透がふと思ったように「あっ」と声を漏らす。

 

「コーラ飲みたい」

「飲むか」

「うん。帰ろう」

 

 別に話が終わるのを待っていたわけではないが、急にコーラが出て来て話が切り上がって帰ることになり始めた。何なのだろうか、この二人の感性は? 

 

「じゃ、またね」

「うん。明日」

 

 淡白な挨拶と共に、二人は別れた。鞄を背負った透は、控えめに手を振りながら、まるでこっちに自分がいることに気づいていたように接近して来た。

 

「お待たせ、帰ろうか」

「もう良かったの?」

「うん。コーラ飲みたいし」

「あっそ」

 

 どうせ、家に着く頃には忘れているだろう、と分かっているのに、円香の頭の中では「家にコーラあったっけ」なんて考えていた。

 二人で教室を出てのんびり廊下を歩きながら、とりあえず聞いてみた。

 

「あの人、隣の席?」

「え? うん」

「名前は?」

「なんだっけ……忘れた。多分『か』行の誰か」

「ふーん……」

 

 興味なさそうな返事を浮かべてしまった。もう少し説明が欲しいところだったが、説明なんてしてくれないのは分かりきっているので、自分から聞いた。

 

「さっきの、映画の話?」

「え? 多分……なんか、映画好きらしいから」

「ふーん……」

 

 趣味が一緒、というわけだ。男が女に言い寄るには絶好の言い訳と言える。

 

「ちなみに、何の映画の話だったの?」

「なんだっけ。えーっと……ジャミラ?」

 

 やはり、何一つ情報は出なかった。あの男の子も、どこか気怠げな表情をしていたが、基本的には整った顔をしていたと思う。髪は天然パーマ気味だったけど。

 ……しかし、そんな表情だからこそ、やはり透と似た雰囲気があったのかもしれない。

 

「でも、楽しかったよ」

「え?」

 

 少し驚いた。実際、楽しそうに話していたとは言え、透が自らそんな風に言うとは思わなかった。

 

「なんか、言ってる事聞き返されないし、話してても難しい顔されないし、こっちも何となく言いたい事、理解出来たし、樋口待ってたから帰りたいって思った時、すぐ帰れたし」

「……」

 

 要するに、話が噛み合うと言う事を言いたいのだろう。

 透が初対面の他人をこうも評価するのは珍しい。結構、綺麗な顔に惹かれて話しかけてくる男子は多かったが、その日に一緒に帰った時には忘れていて、次の日に顔を見てようやく思い出すことも多かった。

 ……しかし、だからこそ普通に引っ掛かった。これは、普通に言っておくべきだろう。

 

「全然、噛み合ってなかったから。気が合ってただけ」

「マジでか」

 

 お互いに「なんとなくこんな感じかな?」で話を進めていただけなのは明白だった。

 あのト○の話だって、本当に同じ映画をさして話していたのかさえ怪しい。「ヴェノム」と言う映画だったのか、それとも「ヴェノムが出て来た映画」の話だったのか。

 何にしても、なんか聞いてる感じだと自分があまり目を釣り上げる話ではなさそう……などと思っているときだった。

 

「やは〜〜〜〜〜♡ とおるせんぱ〜〜〜い」

 

 長ったらしくウザったらしい耳から脳に響く声が喧しく聞こえた。思わず眉間にシワを寄せてしまうほどのものだ。

 階段から降りて来ると同時に、ハグでもする勢いで駆け寄って来た。

 

「やっ、雛菜」

「透先輩、今から帰り〜?」

「うん。雛菜も?」

「そう〜。雛菜も一緒に帰る〜!」

 

 いつもの様子で勝手に一緒に帰ることにしたのは、市川雛菜。小学生からの付き合いで、一個下の生意気な後輩だ。

 

「え〜、だって透先輩に早く会いたかったし〜……別に円香先輩はどうでも良いけど〜」

「は? 誰も何も聞いてないのに何? かまって欲しいわけ?」

「別に〜?」

 

 ホント、相変わらず生意気だ。わざわざ自分を引き合いに出す理由など無かったのに、名前を出してくるあたりとか。

 今に始まった事ではないので、わざわざ腹を立てたりはしない。スルーして透に声をかける。

 

「さっさと帰るよ」

「あ、うん」

 

 話しながら、いつものように三人で帰宅した。

 

 ×××

 

 円香と透の家は隣同士。家族ぐるみの付き合いをしていて、昔は二家族で河原でバーベキューとかもしたものだ。

 実際、知り合ったのは幼稚園に通っていた時から。小糸もその時から知り合いだったが、やはり同い年である二人の方が遊ぶ機会は多かった。

 そういうこともあってか、登下校は大体、一緒。次の日になっても、二人はセットで登校していた。

 

「授業開始っていつからだっけ?」

「知らない。でも一週間くらいで始まるでしょ。今年、受験なの分かってる?」

「うん。……うん? じゅけん?」

「……中卒で働くなら、応援だけしてあげる」

 

 反応を聞くなり、早くも切り離し作業に移る円香だった。

 

「ちなみに、樋口は何処高いくの?」

「近くのとこ」

「じゃあ私もそこで良いや」

「偏差値まぁまぁなとこだから。来るのは良いけど、今の成績じゃ落ちるよ」

「……もう3ランクくらい下げない?」

「交渉するならせめて1ランクって言ってくれる?」

「じゃあ1」

「ナメてる?」

 

 そんな話をしながら歩いている時だった。ふと、透が何かを見つけたように「あっ」と声を漏らした。

 その視線の先にいるのは、昨日話していた男の子だった。何をしているのか、公園の中で木を見上げている。

 

「……何してんの?」

「さぁ?」

 

 二人揃って背後からその様子を見守る。ジッと木の幹を眺めている男子生徒は視線の先に、何かあるようにも思えない。

 

「……お化けでも見えるのかな」

「朝からそれはナンセンスでしょ」

「朝おばだ、朝おば」

「朝から怒ってくるおばさんみたいに言わないでくれる?」

「じゃあ……樋口ならどう言うの?」

「……朝レイ?」

「朝礼みたいじゃん」

 

 そんな他愛もない話で盛り上がっている中でも、少年はぼんやりと木を見上げていた。

 いい加減、飽きて来た円香は、透に声を掛ける。

 

「……もう行かない?」

「そうだね。飽きて来た」

 

 そう決めると、早くも二人は少年を置いて学校に向かった。

 

 ×××

 

 教室に着くと、円香は鞄を机のサイドについているフックに引っ掛け、頬杖をつく。

 あの少年は来ていないみたいだが、まだ木を見ているのだろうか? まぁどうでも良いが。

 

「樋口」

 

 珍しく透が自分の席にまで歩いてきていた。

 

「何?」

「菅谷だった」

「何が?」

「名前」

「……ああ。なんで分かったの?」

「机の中に入ってた教科書の裏見た」

 

 なるほど、と、円香は顎に手を当てる。

 

「何してたんだろうね?」

「ああいう変わった人には、私達には理解できない世界が見えてるんでしょ」

「どんな世界?」

「知らない」

 

 流石にどうでも良い。当たるわけないし。

 そんな事を思った直後、教室にその菅谷という少年が入って来た。

 

「あ、菅谷ー」

 

 入って来るなり、透が軽く手を振って呼ぶ。それに気付いた菅谷も顔を上げて、鞄だけ席に置いてそのまま自分達の元へ歩いてくる。

 

「……なんで呼ぶの?」

「? 嫌なの?」

「嫌とかじゃないけど……そういう問題じゃないでしょ。私、あの人と話したことないし」

「クラス替えしたばかりだし、そりゃそうじゃん」

「っ……」

 

 まぁ、そう言われればその通りなのだが。たまにこういった正論を言うから、目の前の幼馴染は狡い。

 なんで拒絶しているのか、円香自身分かっていない。それでも嫌だと思っているのは、来れば面倒な事になると分かっているからだ。

 今からでも逃げようか、なんて思っても遅い。菅谷は目の前に来ている。

 

「呼んだ?」

「うん。おはよう」

「こんばんは」

「あ、じゃあこんばんは」

「じゃないでしょ。その挨拶がしたいならイギリスに行って」

 

 ちょうど12時間時差がある、という意味でそう言うと、少し驚いたように目を丸くした菅谷が自分を見ていた。

 

「っ、な……何?」

「君、面白いね。名前は?」

「え……樋口」

「ふーん……ヒグっさん?」

「いや、樋口」

「良いじゃん。ヒグっさん」

「浅倉……!」

 

 余計なこと言うな、つーかお前まで呼ぶな、と円香は透を睨むが、透はどこ吹く風。笑いながら菅谷と話している。

 マズイ、気に入られる、と思った樋口は、半ば強引に拒絶する事にした。

 

「いや、ホントいいから。もうすぐ先生来るし、早く席戻ってくれない?」

「そうだ、聞きたい事あるんだけどさ、さっき公園で何見てたの?」

「だから、浅倉……!」

 

 話を進められてしまう。ホントそういうとこだ。

 菅谷は真顔になって聞き返した。

 

「公園って……?」

「木、見てたじゃん。さっき」

「……ああ。あれ」

 

 話が進んでしまった以上、もう諦めるしかなかった。

 菅谷は質問された直後、聞き返して来た。

 

「何見てたと思う?」

「うーん……お化け?」

 

 ノータイムで答えたのは透だ。

 すると、菅谷はまた驚いたような顔になる。

 

「……えっ、お化けって実在したの?」

「あ、違うの?」

「するんだ。浅倉見たことあんの?」

「ないよ?」

「あ、見えてないけどいることは知ってるんだ」

「? うん。多分そう」

 

 やはり、全く噛み合ってないのに話が上手く進んでる。こいつらある意味すごい。

 そんな中、菅谷は今度は自分に顔を向けた。思わず冷や汗が流れたが、菅谷は気にせずに聞いて来た。

 

「ヒグっさんは何見てたと思う?」

「知らない。ていうか、その呼び方やめて」

「なんでも良いから」

「……。……じゃあ蟻」

 

 適当に答えてやった。流石に蟻の観察なんて友達がいない奴しかしないことはしないでしょ……と、思って言いつつ、チラリと顔を見上げる。

 すると、また目を丸くしていた。え、まさか……と、また冷や汗が流れる。

 

「正解。なんで分かったの?」

「え」

「ヒグっさん、すごいじゃん」

「浅倉、ビンタするよ」

 

 まじでブッ飛ばしたいと思って言うが、それでも透は薄い笑みを浮かべたままだ。

 

「もしかして、樋口と菅谷似てるんじゃない?」

「あんたにだけは言われたくないんだけど」

「ねぇ、なんで分かったの?」

「適当に言っただけ。てか、あんたは少し黙ってて」

「え、私と菅谷は全然、違うでしょ。ねぇ?」

「え? うん。ねぇ、なんで分かったの?」

「っ、あーもうっ、うるっさい! いいから席戻って」

 

 そう言うと、2人は顔を見合わせる。すると、少しにこりと微笑み合うと自分に顔を向ける。

 

「「じゃあ、また後でね。ヒグっさん」」

「浅倉、ちょっとトイレ行かない?」

 

 聞きながら手を伸ばしたが、ぬるりと躱されて席に戻られてしまった。

 これは、かなり疲れる事になる気がする。そう思いながら、円香は机の上で突っ伏して、ため息をついた。

 

 

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