11月。期末試験は12月の中旬なので、時間があると言えばあるし、ないと言えばない。特に受験する高校の受験対策もしないといけないし、その対策は円香や透と同じ高校の予定だ。
つまり、本当に勉強ばかりしなければならないわけで。
「次の問題。太平洋戦争の終結は何年?」
「……1492年」
「はい残念。それコロンブスがアメリカ大陸に到達した日。試験範囲外。一度間違えたので、ふりだしに戻る」
「ヒグっちゃん……」
「ダメ」
なので、樋口はそれはもう楽しかった。バカをいじめる名目で勉強を教え……あ、逆だった。勉強を教える名目でいじめていた。
何せ、普段は振り回されている自分が振り回しているのだ。こんな痛快な事、滅多にない。……いや、まぁ最近はそれが日常になりつつあるが。
「あの、休憩……」
「ノーウェイ」
「ノルウェー?」
「オッケ、休憩ほんとに無しね」
「あーうそうそ。休みを……」
「ノルウェー」
「……」
「はい。問題。日露戦争をきっかけに1905年にロシアと結ばれた条約は?」
「あ、そっか。最初から間違えれば良いんだ。ヒグマ条約」
「一生進まないし終わらないけどね」
「……」
簡単に封殺できる。この男の考えも少しずつ分かってきた。これだけでもこの前の修学旅行で、なるべく一緒にいた甲斐があったというものだ。
「ふふ、じゃがりこ美味しい」
その隣の席で、透は高みの見物をかましながらじゃがりこを食べている。中学校の図書室は、普通に飲食禁止である。というか、そもそも中学にお菓子の持ち込みは禁止である。
「一本……」
「良いの? 樋口」
「ノルウェー」
「あの……それ流行ってんの?」
「あなたが言い始めたんでしょ」
そう返しつつ、円香は内心で透を褒める。絶対、わざと自らの意思ではなく円香に委ねてきた。断るって知ってたから。
「ていうか、付き合ってあげてる私の身にもなってくれる? アンタのためにこっちは自分の勉強の時間を潰してるんだけど」
それは2割くらい本気で言っているが、ほとんど冗談みたいなものだ。少し困らせてやろうと思い、言ってみた。
円香の見立てなら、おそらく菅谷はこの程度、気にするタイプじゃない。むしろ……。
「あーうー……疲れたよ、勉強……」
「私も疲れてるから。はい、あと100問連続で答えて」
「ねぇ、今更だけどなんで100問もやんの?」
「ノリノリでやるって言ったのあんたじゃん」
まぁ、ノリノリでやるって言うのわかってて言ったわけだが。……とはいえ、100問やるのは円香にとっても苦痛なので、大体10〜20問ほどで止める予定ではあったが。
「ねぇ、浅倉は勉強しなくて良いの?」
すると、菅谷は他人を巻き込む作戦に出た。しかし、透との付き合いの長さは円香の方が長い。その為、教えてやることにした。
透の方を向くと、頷いて促した。透がそれを見て鞄から取り出したのは、今日返却された20点満点の小テストだった。右上に書かれたスコアは、フルスコアとなっている。
「え……うそ、満点⁉︎」
「浅倉、勉強しないだけで出来ないわけじゃないから」
「菅谷みたいに、理科しかできないんじゃないし」
「うぐっ……なんか、騙された気分……」
「良いから、教科書とノート見て。特別サービスでカンニングありにするから」
逃げ場を失ったネズミを、再びケージの中に戻す。
パラパラと教科書をめくって眺めながら、菅谷はまた深いため息を漏らす。
「はぁ……これ全部覚えないといけないのか……」
「ていうか、覚えやすいように考えれば良いんじゃないの?」
まるで勉強慣れしているかのように透は口を挟む。急に自分より遥か上の人になられたみたいで、菅谷は悔しげに唸るが、この際聞くことにした。
「……どういう意味?」
「例えば……日本史は日本の歴史を覚える、じゃなくて、日本人の生態を覚えるつもりでやるとか……」
そのアドバイスに、流石に円香は引いた。流石に無理矢理、過ぎる気がする。日本史を生物に当て嵌めさせるのは無理がある……と、思ったのだが。
菅谷は突然、集中力を高めたかのように真顔になると、教科書を眺め始める。
「……」
「菅谷?」
「ちょっと待って……よし、良いよ」
問題を出せ、という事だろうか? とりあえず、円香は適当に出してみた。
「じゃあ……国民を軍隊に強制的に入隊させる制度を?」
「徴兵制」
「アメリカとソ連の間で起こった、経済・情報・外交を用いて、武力を使わない戦争は?」
「冷戦」
「……関東軍が南満州鉄道の線路を爆破したことで起こった事件は?」
「満州事変」
「待って、どんな覚え方したの?」
「ざっくり言うと、日本をスズメバチだと思うことにしてみた」
「……」
訳がわからなかった。感性が違うにも程がある気がしたが……まぁ、解けてしまったのなら何よりだ。とりあえず、円香の方が疲れたので休憩にすることにした。
「ふぅ……まぁ、なんにしても覚えられるならそれで良いケド」
「よっしゃ。日本史チョロい」
「じゃ、私トイレ行ってくる」
「あ、私も」
透もじゃがりこを机の上に置いてついてきた。軽く伸びをしながら、円香は首を左右に倒す。疲れているからか、コキッという音が鳴った。
「ふぅ……疲れた。なんでこんなに苦労しないといけないの」
「結構、楽しそうにしてた癖に」
「そんなわけないでしょ。楽しかったんじゃなくて、少しスッキリしただけ」
「スッキリ?」
「普段、苦労かけさせられてる側が苦労かけさせてるから。ちょっと痛快」
ふふん、とご機嫌に鼻を鳴らす。疲れている、というのも、座りっぱなしだったからかもしれない。
「ていうか、浅倉は退屈じゃないの? ずっと一人でじゃがりこ食べてたけど」
「平気だよ。一緒にいるだけで楽しいし」
「……何そのお金は無いけど結婚しよう、みたいな事言ってるカップルみたいなセリフ」
「えー、菅谷が私の旦那? どっちかって言うと、私と樋口が親で菅谷が子供じゃないの?」
「性別の壁を易々と超えないで。大体、私の子供はあんなにアホにならないし、させない」
相変わらずたまに円香にも想像できない返しをして来る奴だ。
その透は、歩きながら何かふと思い出したように円香に声をかけた。
「そういえばさ、また席替えしたじゃん?」
「したね」
「今、私の隣の席の人と話してる時に知ったんだけどさ、菅谷って一年生の時は人気あったらしいよ」
「人気?」
「そう。顔だけは良かったから。結構、キャーキャー言われてたみたい」
「へー。じゃあなんで今は何も言われてないの?」
「二週間で鎮火したって。会話が成立しなくて」
すごいな、日本人同士だろうに……と、引きつつも、そんな時期があったなんて知らなかった。まぁ、そもそもあまり他人に興味がなかったというのもあったが。
中一の時は、透はあまり男子から声を掛けられてはいなかった。というのも、男子は女子より精神年齢が二つ下、と言うように、異性よりも部活とかに夢中だったのだろう。
まぁ、それはそれで助かったが……高校に上がったらそうはいかないのかもしれない。
「……高校に上がったら、浅倉も大変かもね」
「え、なんで?」
この女、本当に自分の顔の良さをまるで自覚していない。これは、今とは別の意味で苦労しそうな気がした。
「浅倉、顔だけは良いでしょ。告白とかされるかもよ」
「え、やだよ」
「……」
まぁ、高校入学初日で告白する奴なんて絶対、面食いだと思うが、そんな奴らに少し同情す……いや、しない。別にどうでも良い。
「ていうか、それなら菅谷だってそうじゃないの?」
「……確かにそうかもね」
菅谷も本当に顔だけは良いので、もしかしたら初対面から……というより、初対面だけで好かれることもあるかもしれない。
それは……少し困る。透も同じのようで、困った表情を浮かべていた。何が困るって、三人一緒で遊べなくなる事だ。菅谷自身がどう思うかは知らないが、なるべくなら断ってもらいたいものだ。
そんな話をしている間に、トイレに到着したので、お互いに用を済ませてからトイレを出る。
なんか、気まずい話題のまま一度、話が途切れてしまい、二人とも少し黙り込んでしまう。
「……ねぇ、樋口?」
「何?」
再び菅谷の元に戻りながら、透が声を掛けてきた。
「高校でさ、また三人とも同じクラスになれるかな?」
「……知らない。まぁ、確率はかなり低いでしょ」
「なるべくなら、高三で同じクラスになっておきたいよね」
「? なんで?」
「修学旅行あるじゃん」
「高校の修学旅行は高二でしょ」
「あ、じゃあ高二」
そう返しつつ、頭の中では肯定しておいた。やはり、別のクラスになるとかあまり想像したくない。特に、三人全員バラバラになるのは困る。
結局、本当に○□高校への進学はやめて別の高校にしたわけだが、それは正解だったかもしれない。ミスコンなんてやられたら割と困ることになっていた。
「そう言えば、そっか。文化祭とか色々あるんだっけ」
「やっぱり、三年間ずっと同じクラスのが良いかも」
「……」
円香には確信があった。三年間同じクラスになれたとして、透と菅谷が一緒にいれば絶対に初対面で絡んでくる奴は現れない。この二人より顔が良い連中なんて、テレビの中でも見た事がないからだ。
そんな事を思いながら菅谷がいる席に戻った。じゃがりこでタバコの真似をしていた。
「……」
ホント、こんなバカでも顔だけは良いものなのだ。ホント。
思わず呆れていると、隣の透が菅谷の方へ先に歩いて行く。
「ちょっと、もうじゃがりこ一本しかないじゃん」
「一本、残しといたよ」
「いや、そもそもあげるなんて言ってないし」
そんな小さい事でなんか揉め始める二人……もしかしたら、これこそが入学したばかりの対策になるのかもしれない。
そう思った円香は、菅谷と、菅谷の頬を引っ張る透の両肩に手を置いた。二人とも「何?」と顔を向けると、真顔のまま答えた。
「二人とも。高校ではずっとそのままでいてね」
「え、嫌だよ。高校でもじゃがりこ取られるの」
「高校に上がったら、俺もじゃがりこくらい自分で買えるようになりたいかな」
「良い調子。それでお願い」
「「???」」
我ながら理解されない自覚はあったが、理解されるとぎこちなくなるかもしれないのでそれで良い。
ウンウンと頷いていると、菅谷が口を挟んだ。
「どうしたの? ヒグっちゃん。狂った?」
「樋口もたまにわけわからないから」
「世界で一番、あんたらには言われたくないから」
少しムカつくくらいのセリフを聞いたものの、今日はイジる側であることを思い出し、なんとか気を落ち着かせる。イジる側が憤慨するのは良くない気がした。
「別に。ただ、あんたらの性格なら、どんなに顔が良くても、高校入学したてでも他人に好かれることはないと思っただけ」
「え、じゃあヒグっちゃんは好かれちゃうんじゃないの?」
「はぁ?」
「顔も性格も面倒見も良いし」
「あ、たしかに」
透にまで賛同されて、少し円香は顔を赤くしてしまう。唐突に褒められて、思わず菅谷を睨みつけてしまう。
「っ、な、なに言ってんの? あんた、ドMなの? 被虐趣味は見えない所でしてくれない?」
「え、だって少なくともヒグっちゃんと一緒だと楽しいし、性格悪い人と一緒にいて楽しいってことはないでしょ」
「……」
こういうとこ、ホントこういうとこだ。
「樋口、めっちゃ照れてる」
「っ、あ、浅倉……!」
ついでにこの女もこういうとこだった。もうなんか恥ずかしさが怒りに塗り替わり、ギロリと二人を睨みつける。その圧力は、飄々とした二人を威圧する程のものだった。
「……少女漫画のヒーローみたいなセリフを抜かしてる暇があるなら、まず同じ高校に行くための努力をしてくれない?」
「ひえっ……」
「え、お、怒った……?」
「スズメバチにすれば答えられるんでしょ? 二人交互に答えて100問連続正解するまで帰さないから」
「ま、待って。樋口。私も?」
「当たり前でしょ。あんたがやってるの受験勉強で期末試験の勉強じゃないし」
「いや、小テストで満点取って……」
「ノルウェー」
「菅谷……」
「え、俺の所為?」
最終下校時刻まで帰らせてもらえなかった。
×××
さて、翌日。今日は体育の授業があるのに体操服を忘れた透を置いて、円香は一人で登校していた。
しかし、昨日は愉快だった。何がって、勉強である。菅谷や透が虫の息になっているのを見て、何故だかとても楽しく思えていた。普段、どれだけ振り回されているのか、自分で改めて実感した。
特に、今となっては二人のバカさ加減をスルーするスキルも身に付けてきたため、これからはただ振り回されるだけではなくなりそう……なんて思っていると、自分の前方に見える、チリチリの天然パーマ。
「……」
声を掛けようかと思った時、何故か少し躊躇ってしまった。なんか、こう……緊張? に近い何かを感じて。
考えてみれば、浅倉がいない時に二人でいる時なんて、一回目の席替え以降な気がする。
が、すぐに相手は菅谷だと言い聞かせた。緊張なんかしたって、何一つ良いことなんかない。
そう思い、改めて声をかけた。
「伊藤博文が総理になった回数は?」
「4回。……え、誰?」
誰かどうかを確かめるより答えを言ってしまう辺り、昨日の事が大分、頭から離れていないようだ。……いや、なんなら心の底では声で気付いていたのかもしれない。
振り向いた菅谷に、軽く円香は軽く手を振って応じる。
「あ、ヒグっちゃん。……いきなりなんでクイズ?」
「ホントにスズメバチで覚えたんだ。どうなってんの頭?」
ガン無視である。少しは困った顔すると思ったら、答えられたからか真顔のままだ。
「コツ教えようか?」
「いい」
少なくとも、円香では絶対にその覚え方は無理だ。というか、この世の人間、全員無理だろう。
すると、今度は菅谷の方から聞いて来た。
「浅倉は?」
「いつも一緒なわけじゃないから」
「体操着でも忘れたとか?」
「正解」
よく当たりを引くものだ。この男、割と人のことをよく見ている。
「ヒグっちゃんも浅倉も、運動神経悪くないよね。球技とかも出来んの?」
「別にそうでもない。成績3とれる程度」
「すごいじゃん」
「菅谷は? 何ができるの?」
「なんで出来ない前提……」
平均台で足を滑らせるような人は、むしろ出来ない前提になって当たり前な気がする。
釈然としない様子の菅谷は語り始めた。
「ドッジボールなら強いよ」
「雨の日限定じゃん、それ」
「いや、他のも出来ないわけじゃないけど」
「ふーん……それ、出来ない人が言うセリフでしょ」
「ホントだよ。体育のソフトでこの前、二回ゲッツー取ったし」
「打撃は?」
「ノーヒット」
ダメじゃん、と言わんばかりの視線を向けると、またすぐに弁解を始めた。
「あ、でもサッカーの時はバックの守護神として、7回くらいピンチになったけど、1シュートも許さなかった」
「なんでそんなにピンチになったの?」
「それは4回分、俺のパスミスの所為だけど」
「……」
要するに、カットは出来るけどそもそも蹴れないという事だろう。やっぱりダメだ、この人。
「あ、あと水泳で背泳ぎと平泳ぎとバタフライできるし」
「クロールは?」
「……」
「一々、欠陥作らないと気が済まないわけ? しかも全部、大事なとこ出来てないし」
「やばっ、ある意味才能かも」
「仕事は出来ても人間関係作れなくて嫌われてる社会人みたい」
「……」
本当に面白い男だ。あまり毎年、2月に開催される球技大会に興味はなかったが、今年はじっくりと菅谷を観察してみても良いかもしれない。
なんだか少し楽しみになりながら歩いていると、唐突に菅谷は少しだけ真剣な声で聞いてきた。
「円香は、俺のこと嫌い?」
「……は? 何きゅ……」
急に? と、聞こうとした所で自分が言った最後の例えを思い出す。嫌われてる人みたい、という言葉が少し気に掛かったようだ。
そういうの気にするんだ、と少し意外に思ったのが半分、もう半分は少し呆れてしまった。
バカバカしい、と言わんばかりに鼻息を漏らすと、真顔のまま答えた。
「そんなわけないでしょ。嫌いな人と同じ高校に行くために勉強手伝ったりしないから」
……こういうセリフは、少し照れくさい。もう少し遠回しな言い方にしないと、この男は……。
「じゃあ好き?」
「っ……」
こういう事を平気で聞いてくる。もう少し語彙力とセンスを磨こう、なんて考えつつ、とりあえずなんで答えるかを決めないといけない。
……けど、好きって答えるのはなんだか抵抗がある。どうしても嫌、というわけではなかったし、多分そういう意味じゃないというのも分かっていたが、なんとなく憚られた。
少し悩んでいる円香に、菅谷はしれっとあまりにも自然に告げた。
「俺は好きだよ。ヒグっちゃんのこと」
「…………は?」
あまりにも、あまりにも当然のように言われ、思わず円香は惚けたように口を半開きにし、思わず足を止め、目を丸くして菅谷を見上げた。
それ、どういう意味で言っているのか? 何のつもりでこんな所で告げて来たのか? 一体、自分の何処が気に入ったのか? 大量に浮かんだ疑問は、次の菅谷のセリフで一気に弾け飛んだ。
「浅倉のことも好きだし。だから、ヒグっちゃんと浅倉には嫌われたくないんだ」
「……」
一気に熱が下がったが、別の熱は鰻登りだった。この野郎、ホントこの野郎、と言わんばかりにメラメラと怒りが燃えたぎる。
「……ホント、歯の浮くような無自覚系主人公……」
「え?」
「覚悟してなさいよ。今日、あんたに休み時間はないと思ってて」
「え、どういう意味……あ、この時期に珍しい。蟻がまだ活動してる」
「……」
そのままツカツカと学校へ歩いた。
×××
一時間目が終わり、菅谷は軽く伸びをする。ここ最近、授業中はずっと起きている。季節が季節、ということもあるが、たまに虫が入ってきた時に観察したり、机や黒板で顔っぽいものを探している暇はない。
束の間の休息に入るため、椅子に座ったまま目を閉ざすと、その自分の顔にぱこっと硬いけど柔らかい感触。目を開けると、円香が教科書を持って立っていた。
「何寝ようとしてんの? 勉強」
「え……10分休みだよ今?」
「だから何? 姿勢を正して」
どういう事? と聞きたくても、円香は有無を言わさずに自分の席の横に立って問題を出し始めた。
「英単語から。『遊ぶ』の原型、過去形、過去分詞形」
「え、えーっと……ゴホンヅノカブト、タイゴホンヅノカブト、で……play played played?」
「相変わらず、どんな覚え方してるのか分かんないけど正解。はい次」
「ち、ちょっとまってって」
「却下」
「閣下?」
「それでも良いけど続けるから。はい次……」
「や、だから待ってよ。昨日まで10分休みは普通に休んでたよね?」
「言ったでしょ。休み時間はないと思えって」
「……言ってた」
言ってたけど……え、まさか朝、ブチギレてた? なんて今更すぎることを思ったり。
しかし、マジでノンストップでやる気? と、今更ながら冷や汗が流れてきた。
「あ、あの……樋口さん?」
「次。壊すの三段活用」
「や、だから待ってって……」
「5秒以内に答えないと明日から勉強教えないから」
「……えっと、フタマタクワガタ、セアカフタマタクワガタ、マンディブラリスフタマタクワガタで……break broke broken」
「はい次」
「ちょっ、ヒグっちゃん……!」
そこで、ふと助けを求めるように透の方を見る。自分の席でおとなしくこちらを見学していた。おとなしくしていれば良いというものではないだろうに。
『た、す、け、て!』
口パクで救援を出してみた。さっきまで目が合っていただろうに、急に顔を伏せてしまった。本当に調子良い奴……と、思っていると、上からパコっとまた教科書が降ってくる。今度のは割と痛かった。
「何よそ見してんの? ちゃんとこっち見てくれない?」
「あっ、ハイ……あのトイレに」
「ノルウェー」
「まだ言ってんの……?」
ホント、何よりなんて嬉しそうに人をいじめられるのか、と菅谷は少し冷や汗をかく。まぁ、これもまずは期末試験が終わるまでと思えば頑張れるが。
「次。見るの3段活用」
「え、えーっと……ヒラタクワガタ、スマトラオオヒラタクワガタ、パラワンオオヒラタクワガタで……」
ほんとに先生くるまで逃してもらえなかった。
×××
給食の時間。当番である菅谷は虫の息だったが、そんなのに何か気を使うことなどかけらも無く、透と円香は自分達の給食を全て取り、席についていた。
「にしても……樋口、ご機嫌だね?」
「は? 何が?」
その円香に、透が茶化すように言った。
「いや、休み時間に毎回、菅谷の所に遊びに行ってたから」
「……別に。ちょっと登校中、顔合わせた時、ムカつく事言われたから」
「へー、なんて?」
「……」
ちょっと、口に出すのは憚られた。内容が内容だけに、言えば自分がどう勘違いしたかもバレてしまう。
それを、よりにもよって透に知られるのはちょっとゴメンだ。
「……別に。たいした事じゃないから。ていうか、そもそもご機嫌じゃないし」
適当に返しながら誤魔化した。実際、ご機嫌ではない。決して不機嫌というわけでもないが。
……なのに、透はニコニコしたままこっちを見ている。お陰で不機嫌になりそうだった。
「……何?」
「いや、でもご機嫌に見えるから」
「だから違うって……」
「問題出してる時の樋口、超楽しそうだし」
「……は?」
また間抜けな声が漏れた。楽しそう? 自分が? 楽しそうにする理由なんて……いや、あるにはあった。多分、ズタボロにしている顔を見るのが楽しかった。そうに決まっている。
「……ま、楽しくはあったかもね。あいつ、ほんとに泣きそうになってたから面白くて」
「いや、そういうんじゃなくて」
「は?」
「好きな子にちょっかい出してる男の子みたいだった」
「……まぁ、別に嫌いじゃないし。いつも振り回されてる分、こういう時に仕返ししておかないと……」
「ふーん?」
「……」
イラッとした。その何もかも見透かしたような笑み。ホント、こういうとこ幼馴染は厄介だが、それならその幼馴染がこの先どうするかも読めておいた方が良い。
「あんたも昼休み勉強ね」
「えっ」
「逃さないから。覚悟しといて」
「……私、早退し」
「ノルウェー」
藪をつついて蛇を出す、という言葉が、透の脳に嫌というほど響き渡った。