期末試験の返却は、終業式の一日前に一斉に行われる。そういう日は出席番号順に席が決められ、菅谷と透は隣の席で待機している。
「ヤバい、緊張してきた」
「ふふ、それ。私も緊張してきた」
真顔のまま言った透だが、実際緊張していた。自分の結果より、菅谷の成績である。
これで、まず受験出来るかが決まる。……そもそも12月に何処の高校受験するか決めて大丈夫? とか色々と思う所はあるが、とにかく今日で同じ高校に行けなくなるか決まるのは確かだ。
「……え、浅倉も緊張する事なんてあるの?」
「あるよ」
「例えばどんな事で?」
「実は昨日、樋口の家にあった『まどか』って書いてあるプリン食べちゃった」
「それはヤバい。俺でも緊張しそう」
「でもスリル、ヤバイよ。今日、放課後やってみる?」
「やってみっか」
なんて別の緊張感が高まる一方で、テスト結果の緊張感は薄まっていっていた。
すると、先生が教室に入って来る。
それにより、生徒達のざわめきは収まった。一時間目は散々やった社会。はスズメバチで日本の社会を覚えるという訳のわからない荒業をやってのけたものだ。
「ちなみに、菅谷。自信のほどは?」
「めっちゃある。むしろ自信しかない」
「流石」
「でも一つだけ覚えてるのは、マッカーサのとこを女王蜂って書いた事」
「え……それヤバくない?」
「大丈夫でしょ。他出来てるし」
「そっか」
さて、そうこうしている間に先生は、テストの返却を始める。
「出席番号順に取り来いよー」
とのことで、生徒たちは取りに行く。
まず透から取りに行った。のんびりと歩いて、テストを受け取った。
「いくつ?」
「ね、菅谷。勝負しない?」
「何急に。点数良かったの?」
「いや、そういうんじゃなくて……菅谷が60点取れるか取れないか」
「まぁ良いけど……え、俺に点数とって欲しくない?」
「や、そういうわけじゃないけど。60点取れたら、私にあだ名、つけて欲しいなって」
それを言うと、菅谷は少し悩ましい表情で眉間にシワを寄せる。
「待って待って……俺が、点取れたら、あだ名つけるの?」
「そう。……ダメ?」
「や、ダメっていうか……じゃあ、取れてなかったら?」
「その時は、私とデートしよう」
「…………はえっ?」
少し頬を赤らめる菅谷。でも、透は本気で言っていた。
今、思いついた事だけど、あだ名が欲しかったのは本当だ。どんなにダサくても良い。……いや、あんまり変なのは嫌だけど、でも少しだけヒグっちゃんが羨ましかった。
相当、デートの部分が衝撃的だったのか、菅谷は少し狼狽えた様子で頬をぽりぽりと搔く。
「い、良いけど……普通、そういうの逆じゃない?」
「かもね。……あ、あだ名だけど、私が良いって言うまで考え直してね」
「え……あー、まぁ良いか。うん、分かった」
決定、と決めた透は、先について少し胸に手を当てる。願わくば……願わくば、デートにならないように祈るばかりだ。
そんな透に、菅谷は何食わぬ顔で聞いた。
「ちなみに、そっちは何点?」
「71」
「す、すごいな……」
「スズメバチには負けるから」
「プレッシャーやめて」
そう答えている間に、今度は菅谷の番。立ち上がって取りに行き、すぐ戻ってきた菅谷に聞いた。
「何点?」
「ん、60ピッタリ」
「うわ、ギリじゃん」
「それな。もっと出来たと思ってた」
しゃあしゃあと言うが、もう少し危機感を持って欲しい。というか、この男はなんでこんなに呑気な表情でいるのだろうか? と、よくよく横顔を見ると、少し冷や汗が流れているのが見えた。もしかしたら……彼も割と緊張しているのかもしれない。
これはこの後も気が抜けなさそうな気がした。
××+
さて、続いて数学。何にしても、一科目はクリア。親からは英国数理社の五科目だから、家庭科の試験は60点以下で問題ない。
社会の返却でもう慣れたのか、二人とも緊張の欠片もなかった。
「そういえば、駅前に出来たラーメン屋。あれメチャクチャ美味いらしいよ」
「へー、何ラーメン?」
「味噌」
「意外と趣味渋いね……。私、食べるなら豚骨が良い」
「豚骨だったら、これから親が引っ越す所にあるなぁ。美味いとこ」
「へぇ、どんな感じ?」
「え……豚骨って感じ?」
「めっちゃ美味しそうじゃん」
あまりにも適当な会話だが、円香は近くにいないので誰もツッコミを入れてくれない。いや、最近は円香でさえツッコミは入れない。
「ていうか、菅谷ってラーメン好きなの?」
「うーん、どうだろう。そもそもあまり嫌いな食べ物ないから……」
「ふーん……じゃあ虫も食べれる?」
「食べれるらしいよ。コオロギとか。俺は食べた事ないけど」
「今度食べてみてよ」
「やだよ。可哀想」
可哀想じゃなかったら本当に食べそうなのが困る……いや、さすがに食べないか、とすぐに思い直しながら話していると、ふと思ったことがあったので聞いてみた。
「そう言えば、一人暮らしとかする気満々みたいだけど、料理出来んの?」
「え? 出来るよ? やった事ないけど」
「へぇ、すごいじゃん」
「浅倉は?」
「私も出来るよ。多分」
「マジか。いーなー、食べてみたいかも」
何一つツッコミが入る事なく、会話が進む。引く程、二人とも根拠なく自身のスケールを上げて行ってしまう。
「あ、じゃあ60点以上が決まったら私の家においでよ。作ってあげる」
「マジか。超行く……え、でも浅倉の家?」
「? 嫌?」
「や、嫌じゃないけど……」
言ってから、透は自分のセリフを後悔する。そういえば、彼は割とそういうとこウブだった。けどまぁ、可愛いと言えば可愛いものだ。
「ふふ、じゃあ決まり。余計に頑張らないとね」
「頑張るも何も、もう結果待ちなんだけど」
「そっか」
そんな話をしていると、先生が入ってきた。
「お、きた」
「試験用紙」
「そこの馬鹿姉弟。俺は試験用紙じゃねえ」
先生に怒られながらも返却開始。当たり前だが、透から用紙をもらいに行った。
「いくつ?」
「81」
「本当に勉強、やれば出来たんだね……」
「え? だってそんな難しいことやってないじゃん」
「まぁ、数学はやれば出来るよね」
そう言っていると、また菅谷の名前が呼ばれ、取りに行った。
あんな風に言っていたし、数学はある程度自信があるのだろう。それなら少し安心できるかも……と、思って透は少し力を抜いた。
「何点?」
戻ってきた菅谷に聞くと、テスト用紙を見せて来た。60点ぴったりだった。
「っ、だ、だからギリじゃん……」
「あはは、危なかった。爆笑」
「いや、普通に笑えないから。その点数」
途中計算式が合っていれば加算されるので、そこに救われた形になっている。
「まぁ、点数取れてたから良いじゃん」
「良いけどさ……」
なんで本人よりドギマギしないといないのか、と透は珍しくイラっとしつつも、とりあえず答え合わせと解説に耳を傾ける事なく、菅谷と雑談を続けた。
×××
次の時間は、英語。唐突に菅谷が思い付いたように口を開いた。
「よし、この時間の間は二人とも、英語しか話せない縛りで行こう」
「良いね。面白い」
相変わらず、二人は呑気なものだ。透でさえ、もう少し慣れてきてしまった。
さて早速、英会話でお話を始めたわけだが……もちろん、二人の英語力はそこまで出来る程高くない。
「……」
「……」
その上、改まって話すとなると話題は思い付かないものだ。二人とも黙り込んだまま口を開かない。
「へ、ヘロウ?」
「え、グッドモーニン、じゃないの?」
透の一言目が、もう日本語だった。
「え、あ、そっか。まだ午前中か」
「あ、今の日本語」
「いやさっきの浅倉も日本語使ってたし」
「じゃ、今度こそ今からね。よーい……」
「あれ、なんか外雨降ってない?」
「え? ……うわ、ホントだ」
もう飽きたのか、すぐに他所に興味が移った。
「俺、傘持って来てないんだけど」
「私も。樋口なら持ってるかも」
「うーわ、良いなぁ。家隣とか」
「菅谷も入れば良いじゃん?」
「え、良いの?」
「平気でしょ。私も樋口も菅谷も細いし」
なんて話していると、先生が教室に入ってきた。それにより、二人は一旦黙って前を向く。
早速、試験の返却が始まった。
「いくつ?」
「今回は良いよ。64」
「うん。もう何も言わないわ」
何はともあれ、これで5分の3、クリアである。
×××
樋口円香は、割と怖がりな点がある。別にお化け屋敷が怖いとか、そういう怖がりではなく、大きなことに対して起こるプレッシャーに強くないという事だ。
だから、その日は二人から少し離れた席にずっといたものの、わざわざ二人の席まで点数を確認しに行くことはなかった。
少し距離を離れた所から、二人が仲良さそうに点数を見ているのを眺める。今の所、二人の反応を見る限り60点は超えているようだ。
「……」
とりあえず、ほっと胸を撫で下ろしておく。なんだかんだ、やはり同じ高校に行きたいという気持ちが強いのだ。
何より、ここまで面倒見てきた身としては、高校の件が無くても良い成績をとって欲しいと感じている。
……しかし、何故か胸の奥に苛立ちに近いものを秘めていた。
「……」
何がそれを掻き立てているのかは、考えればすぐに分かった。今回は自分が多く勉強を教えたのだから、普通は一科目突破した事に言うべき言葉があるのではないだろうか?
それを、いつまでも浅倉とばかり話して席から動こうともしない……少し、配慮が足りないのでは? なんて思ってしまう。
だが、まぁ透が楽しそうにしているし、良いか、と考えることを放棄する。
……一瞬、自分から聞きに行けば良かったのでは? なんて思ってしまった。考えるのをやめようとした直後に。
「あーもうっ」
少し苛立って、机に伏せた直後、先生が教室に入って来た。
「うーし、テスト返却するよー」
その声を聞きながらも、しばらく円香はぼんやりしていた。
自分がテスト用紙を取りに行く順番になって、ようやくなんの科目だったかを思い出す。四時間目は理科だった。
結果は、81点。まぁまぁだろう。借りは作りたくなかったので、菅谷から「教えようか?」と聞かれても断り続けてきた科目……というところで、はっと思いついた。
理科なら、菅谷は出来るから確実に60を下回ることはない。これなら、全然余裕で聞きに行けるというものだ。
「……って、結果分かってるなら聞きに行く必要ないでしょ……」
自分で自分が分からない、と言わんばかりにヘナヘナと机の上で伏せてしまった。
そのまま答え合わせに耳を傾けつつ、とにかく自分で自分が嫌になりながら、八つ当たり気味に楽しそうにしている菅谷と透を睨み続けた。
全科目を一日で返すだけあって、答え合わせとテスト返却に使う時間は30分ほど。
すぐに終わり、円香はどうしようか悩んだが、結局自分から見に行こうと思い、立ち上がった時だ。
「ヒグっちゃ〜ん」
「! ……な、何……?」
向こうからやってきた。まさか、さっきまで自分が考えていたことが伝わった? と疑いたくなるようなタイミングだ。
思わず狼狽え、ドモってしまったが、何とか取り繕って聞き返した。ラスト一科目になって、とりあえず報告しにきてくれたのだろうか? 結果は分かっているとはいえ、殊勝な心がけ……なんて心の中でニンマリしていると、菅谷は自分に向かって紙を一枚、突き出してきた。
「俺、理科100点だったけど、ヒグっちゃんどうだった〜?」
「……」
取れるマウントを取りに来ただけのようだ。ホント、腹立つ男である。
「……81」
「勝った!」
「他は社会85、数学89、英語91だけどいくつだった?」
「……席に戻ります」
「だめ。答えて」
「……社会60、数学60、英語64」
「ギリギリも良いとこじゃん。ダサ」
言い返せなくなる菅谷に、ナジるだけでなくそもそも根本的な不安を聞いた。
「最後の国語、大丈夫なんでしょうね?」
「……多分」
「多分じゃ困るんですけど。わかってる? 他人に一科目だけマウント取ってる暇があるなら、もっと緊張感持って席に座ってたら?」
この際、過去のイライラも全てぶちまけてやろうと思い、くどくどと説教してやっていると、先生が教室に入って来た。
×××
さて、最後の科目。お説教が響いて虫の息になっている菅谷は、机の上で突っ伏していた。
「だから言ったじゃん。やめといたら? って」
「いや、お前『いってくれば? 面白そうだし』って煽ってたじゃん……」
「そうだっけ?」
「あれ、違ったっけ」
なんて適当な会話に、緊張感など何処にもない。二人揃って真顔のままテストの返却を待つ。
透が取りに行っている間、菅谷は頬杖をついたままぼんやりと黒板を眺める。白い粉が、なんか青白い貞子に見えてきた。
「菅谷ー」
「うーい」
名前を呼ばれたので、ぼんやりと立ち上がって取りに行く。何とかなるでしょーと思いながらテストをもらい、席に戻る。
すると、透も同じように緊張感のない表情で聞いてきた。
「どうだった?」
「あー……何点だろ」
そんな返しをしながら紙を見て点数を読み上げた。もらった時点でまだ点数を見ていなかった。
「59点……え?」
「…………へ?」
菅谷は、その場で崩れ落ちた。
×××
円香は苛立っていたので、国語のテスト返却の時、菅谷を眺める事はなかった。何となくだが、あの菅谷の様子を見ているとなんだかんだ言って平気なんじゃないかなーなんて思えて来る。
なんにしても、とりあえず様子だけ見ておこうかな、なんて思い、ついさっきまでの休み時間に感じていた行きづらさを微塵も感じる事なく様子を見に行った。
そこでは……。
「…………俺なんて死んじゃえば良いんだ……」
「どんまい。菅谷。落ち着いて」
机に突っ伏した菅谷の背中を、透が摩っているところで、思わず背筋がヒヤッとする。まさか、と思い、駆け寄って声をかけた。
「……どうしたの?」
「……」
聞くと、無言で透は菅谷の試験用紙を見せる。そこに書かれていたスコアは59点。……つまり、1点足りない。
「っ、う、嘘……?」
「……」
「……ごめん、ヒグっちゃん、浅倉……俺、もう死んで償うから……」
「大丈夫だよ、菅谷。高校離れても遊ぶから……」
その落ち込んでしまう気持ちは、円香にも分かってしまう。というか、自分も同じ気持ちだ。少なくとも教えている間、菅谷は真剣にやっていたから、円香には責められなかった。
というか正直、円香と透もショックではある。最後の一科目、気を抜いた瞬間というのがまた堪える。
……最悪、菅谷の両親に自分達からもお願いしに行こうか……なんて思った時だ。
「……浅倉」
「何?」
「菅谷、もしかして返却終わってからずっとこのまま?」
「そうだけど?」
もしかしたら……と、慌てて円香は自分の席に戻り、解答用紙を持ってくる。一応、きちんと答え合わせを聞き、間違った所に正しい回答を写しておいた。
その癖をつけたことに心底、自身を称賛させまくりつつ、見比べていく。
「樋口?」
「黙ってて」
透に声を掛けられたが、一刻も早く見つけたかった為、用紙を交互に見比べていく。
ある、あるはず……あってくれ……なんて強く思いながら全神経を目に集めた結果、当たりを引いた。いや、正確に言えば、ハズレを引いた、と言うべきか。
「菅谷」
「……屋上からスカイダイブするから許して」
「それ許されてないから」
「じゃあ、頸動脈をばっさり……」
「良いから黙って聞いて。本当に別の高校に行くことになりたいわけ?」
「……へ?」
どういう意味? と言わんばかりに顔を上げる菅谷に、円香は机の上に用紙を2枚おき、二箇所を指さして説明する。
「ここ。合ってる。採点ミス」
「……え?」
「ちゃんと答え合わせ聞いてなかったでしょ。ここ、答えは『ア』。私はマルであんたはバツ」
「あ……」
表情をパァッと明るくする菅谷。それが、少し円香にはイラッとする。
「喜んでる場合じゃない。普通、こういう誤植は答え合わせ中じゃないと受け付けない。でも、今まだ廊下にいると思う。お願いするなら急いだ方が良い」
「おっす! 行ってきます!」
光の粒子となって消え去っていた。
一気に静かになった円香と透は、その場で立ち尽くす。ポカーンとしていた透は、すぐに正気に戻って円香に声をかける。
「よく気付いたじゃん、ひぐ……どしたの?」
しかし、円香は顎に手を当てて、鋭い目つきで廊下を見ている。
「……念の為、私見てくる」
「え? あ、じゃあ私も」
慌てて二人は後を追った。廊下の曲がり角に出た所で、菅谷が先生に頭を下げているのを見て、慌てて角に戻って身を隠す。
「お願いします、先生。ここ、ここだけ!」
「みんなそう言うんだよ。でも、名乗り出なかったのはお前だろ?」
「や、そうですけど……あれはショックで……」
「は? お前いつも何点だろうとショック受けないだろ。国語59って快挙じゃん」
「そうだけど1点足りないの! ……わかった、じゃあここの2点のとこバツで良いから、さっきの3点のとこちょうだい」
「そういう問題じゃねえんだよ。てか、1点得してるじゃんお前」
「じゃあ俺の菅谷ポイント1点あげる」
「何に使うんだこれ。」
「肩叩き」
「なめてる?」
「1点につき強度が1、上がりますよ。強度5で壁が凹む威力になります」
「殺す気じゃねえか! ふざけんなお前⁉︎」
やっぱり……と、円香はため息をつく。交渉が下手くそすぎる。……というか、あれ交渉になっていない。
「……仕方ないなぁ」
「は……?」
そう呟いた透が、角から飛び出した。
「っ、あ、浅倉……」
「は? 浅倉?」
「先生、私からもお願い。元々、先生のミスなんだし、廊下から走ってきたんだし……ここだけ」
「なんでお前まで……もしかして本当に姉弟なの?」
「この際それで良い、姉弟で良いから。お願い」
「待って。兄妹が良い」
「は? いや姉弟だから」
「おーい、どこでモメてんだお前ら」
仕方ない、と思った円香も、同じように飛び出した。
「あの、すみません。私からもお願いします」
「ヒグっちゃんまで……」
「おお、噂の三馬鹿姉弟勢揃い」
「もうこの際、それで良いのでお願いします」
「同じセリフ。ほんとの姉妹か?」
「「「お願いします!」」」
三人揃ってとにかく頼み込む。それに、流石に先生は引き、ため息を漏らした。
「……はぁ、もうわーったよ。次はねーからな」
「ありがとうございます」
「お前、幸せもんだな」
許可と丸と点数をもらい、一先ず安堵した。先生が立ち去ってから頭を上げ、円香と透は一息つく。
その二人を、真ん中にいた菅谷は両腕を広げて包み込んだ。
「っ、す、菅谷?」
「な、何して……!」
「二人とも……ホント大好きだ」
「「っ⁉︎」」
流石に、二人とも動揺してしまった。円香の頬と、透の耳が同時に真っ赤に染まった。
そして、大きなリアクションをしてしまったのは円香だった。照れやら羞恥やらそして謎の怒りやらが込み上げ、思わずビンタで張り倒してしまった。
電流でも弾けたのかと思う程のバチンッという甲高い音と共に、後ろに大きくひっくり返り、菅谷は大の字で倒れた。
「最ッッッ低ッッ‼︎」
そのまま教室に戻って行った。
ビンタのこだまがしばらく響いた後、やがて音は無くなり、静かさが返ってきた。
そんな中、倒れたまま菅谷は残っている透に聞いた。
「俺……そんな悪いこと言った?」
「さぁ?」
「少しは真面目に答えてよ……」
「それより、おめでと。受験資格を得て」
「ありがと……」
「で、あだ名は? あと今日、うちでご飯だから。何食べたい?」
「……あの、少し待って……」
口の中に、血の味が滲んでいた。
「謝った方が良いかな?」
「大丈夫でしょ。今頃、樋口顔真っ赤にして蹲ってると思うし。……あ、樋口誘おうよ」
「……」
とりあえず、菅谷はもうそのまましばらく廊下から起き上がるのは諦めた。