放課後。透、円香、菅谷の三人は円香の家に集まった。理由は単純。約束通り透が手作り料理を作るからである。
え、じゃあ浅倉家じゃないの? となるところだろうが、何故か透が円香の家を推した為、ここになった。
さて、まずは食材を購入する為、スーパーに来た。
「で、何作ろっか?」
「え、あんたら決めずにここ来たわけ?」
「俺も初めて知った」
まぁ、予想出来たことか、と円香は思うことにして、話を進めた。
「じゃあ、たこ焼きとかにしない?」
「あの、俺口の中切れてるんだけど……」
「は? じ、自業自得でしょ……ミスターハグ魔」
「っ、ご、ごめん……?」
だいぶ後になってハグしたことを認識した菅谷は円香同様、頬を赤らめて目を逸らす。
そういう所は可愛げあるんだけどな……と、円香は思いつつ、とりあえず菅谷に聞いた。
「じゃあ、他に何があるわけ? 何食べたって口の中切ってたら痛いでしょ」
「お刺身とかは?」
「真冬だし、料理でもないしそれ」
「え、それは困る。私の料理の腕を見せるわけだし」
透がそこへ入ってくる。とはいえ、たこ焼きで料理の腕を見せられるのか、と問われれば微妙な所だが、そこは黙っておく。絶対、みんなで作ったほうが楽しいやつだから。
「ていうか、そもそも浅倉は料理とかした事ないでしょ。何の腕を見せるつもり?」
「え、だからもしかしたらできるかもしれないじゃん?」
「どういう理屈それ。料理って一か八かでやるもんじゃないから」
自分も食べる以上は好きにさせるわけにもいかないので、口を挟みながらスーパー内を見て回る。
一応、円香は母親に許可とお金をもらって来た。意味がないのはわかっていたが、菅谷を紹介するのは後回しにした。どうせ後からバレるのに、つい防衛本能が働いてしまった。
今からでも、少し母親に菅谷のことがバレるのが憂鬱に感じているが、その辺、たこ焼きのタネを作る透の手伝いをしてもらって有耶無耶に出来るかもしれない。
「あ、ヒグっちゃん。俺これ食べたい。ポテチ」
「ダメ。……ていうか、何しに来たと思ってるの?」
「えー、良いじゃん。少しくらい」
「一人暮らしするんでしょ」
「……するけど?」
何そのピンときてない顔? と、円香は眉間に皺を寄せる。まさか、と思い、その表情のまま聞いた。
「……ていうか、あんた一人暮らしするのにお金の使い方とか考えないわけ?」
「え、食材買えば良いんじゃないの? 自炊すればエコなんでしょ?」
「まず言っておくけど、エコって別に金銭的節約って意味じゃないから。電気代やガス代の節約が、結果的にお金の節約にも繋がってるだけ」
そこを注意しつつ、円香は続けた。
「買い物にはなるべくお金を掛けない。野菜とかは、少しでも大きい食材を選ぶ事。お肉は値段よりグラム単位で見る事」
「え……そ、そう?」
「適当に選んじゃダメなの。そういうの学んでおかないと、キツくなるから」
「なるほど……要するに、みみっちくなれって事ね」
「言い方」
まさか自分が他人の言い方を指摘することになると思わなかった、なんて思いつつ、円香は近くにあったキャベツを指し示す。
「例えばこれ。重いの選んでみて」
「いや、カゴ持ってるし」
「待っててあげるから」
まだ空のカゴを受け取り、菅谷にキャベツを受け取らせる。
渋々ながらも真剣に選び始める菅谷の横で、透が円香を見て微笑んだ。
「ふふ」
「何?」
「樋口、お嫁さんみたい」
「……は?」
一瞬、胸の奥でドキッと心臓が高鳴る。お嫁さんって……誰が誰のお嫁さん? と言わんばかりに眉間に皺が寄せられる。
「というより……口うるさい小姑で、菅谷がお嫁さん?」
「……お嫁さんって、そういう意味?」
「? ……他にどんな意味が?」
こいつ……いや、もはや菅谷も含めて本当に人を誤解させる天才である。その度、自分の勘違いによって羞恥心を掻き立てられる。
「はぁ……菅谷、まだ?」
「ねぇ、見てこれ」
聞くが、菅谷もどこ吹く風で無視。代わりに差し出してきたのは、小さい上に変わった形のキャベツだった。
「? それが何?」
「ヒグっちゃんに似てる」
「……」
「プフッ」
笑いを漏らしたのは透。お陰で円香の苛立ちはさらに増した。ヒクっと頬が引き攣り、眉間の皺が増える。
「……あっそう。ところで、これも二人に似てない?」
円香が手にとったのは、やたらと丸いキャベツだった。どう見ても透と菅谷に似たイメージはない。
円香らしからぬ感性に、二人揃って小首を傾げてしまう。
「どの辺が?」
「俺なんて天然パーマなんだけど?」
そう言った直後、円香は鞄から自身の身嗜みを整える用のポーチを取り出し、さらにそこから小さなハサミを取り出した。
「ごめん、間違えた。今からそっくりにしてあげる」
そう言った直後、二人とも肩を震わせる。
眉毛とかの形を整えるためのハサミだから、間違ってもバカ達を坊主にするためのものではない。それでも知ったことか、と言わんばかりの形相で二人に迫った。
透も菅谷もヒヤリと脳裏を冷やし、お互いに両手をつなぎ合ってヒヤリと背筋を伸ばす。
「ひ、ヒグっちゃん……ごめん、冗談だから落ち着いて……」
「謝る、謝るから……怒らないで」
「知らない」
マズイ、と二人揃って冷や汗をかき始めた直後、すみません、とやんわりした声が三人の間に入って来た。
円香が横へ振り向くと、かなり警戒した様子で告げた。
「あの……痴話喧嘩でしたら、一度三人でじっくり話し合いをした方が……」
「は?」
「刃物は、その……当店としても困ると言いますか……」
「……」
言われてみれば、そう見られてもおかしくないかもしれない。……というか、そうにしか見えない。
「っ、す、すみません……でも、痴話喧嘩じゃないんで」
「はぁ……しかし、刃物は……」
「これバリカンの代わりにするつもりだっただけです」
「バルカン? 浅倉、ハサミでどうやってバルカンにするの?」
「バルタンじゃない?」
「……やっぱり刺したい」
「お、お客様……お気持ちはお察ししますが……」
まぁ、ここで補導されるわけにもいかない。高校にバレれば、何もかもおじゃんだ。
「すみません。刺すのは家でやる事にします」
「は、はい。……いえ、ですからよく話し合って……」
「失礼します」
頭を下げてから、バカ二人の首根っこをガッツリ掴んで引きずって行った。
×××
アホ二人の頭にたんこぶを作りながら三人は帰宅。樋口家の前に着くなり、円香はまず菅谷に声を掛けた。
「菅谷」
「何?」
「まず最初に言っておくケド……お母さんに余計なことは何も言わないように」
「余計なこと?」
「私と学校でどんな感じか、とか、普段どんな話をするか、とか、そういうの全部」
「なんで?」
「なんでも」
念を押さないと、何を言われるか分からない。特に、無事に高校に合格したとして、今後も友達としてやっていくのなら、尚更面倒はゴメンだ。
「まぁ良いけど……」
「ふふ、樋口めっちゃ警戒してる」
「そこ、うるさい。警戒して当然でしょ」
「え、俺そんなに危険人物なの?」
「そうに決まってるでしょ」
普通にショックなことを言いながら、樋口は玄関を開けた。家の中に入ると、とりあえず緊張気味に挨拶だけする。
「ただいまー」
「「お邪魔しまーす」」
「おかえりなさい」
お客さんが来るのがわかっていたからか、母親はわざわざ出迎えてくれた。まぁ、こうなることは覚悟していた為、あくまで円香は落ち着いた様子で母親に声をかける。
「いらっしゃい、透……と、どちら様?」
「菅谷。クラスメート」
「初めまして。ヒグっちゃんの友達の菅谷です」
「……はい、バカ……」
もう全てが終わった気がした。普通にヒグっちゃんという蔑称を使われ、円香は盛大にため息をつく。
案の定、母親は困惑した表情で円香に聞いた。
「ヒグっちゃん……?」
「何でもないから」
「あ、そっか。ヒグっちゃんのご家族もヒグっちゃんになっちゃうのか。じゃあ、マドっちゃん」
「はい、もうちょっと一旦集合」
直後、円香は半ば強引に菅谷の肩を掴んで玄関から出た。閉めた扉に壁ドンでもするかのように、菅谷に迫り、至近距離から詰め寄った。
「ねぇ、余計なこと言うなって言ったでしょ。どういうつもり?」
「いや……初対面の人にヒグっちゃんは無いかなって……」
「あんた私のことは普通に初対面からヒグっちゃん呼びしてたでしょ」
「初対面ではヒグっさん……」
「お口チャック。どっちでも良いでしょそんな事」
菅谷の唇に人差し指を当てて、物理的に黙らせる。
「とにかく……良い? 普段、私に対して言わない事は言わない。普段、言ってる事も言わない。お母さんに対しては、とにかく定型文のような事だけ発言を許可するから。良い?」
返事を聞くために、唇に当てた指を離す。すると、菅谷は目を逸らしながら呟くような返事をする。
「……っ、う、うん……?」
「……何顔赤くしてんの?」
「いや……ちょっと、顔近いかなって……」
「っ!」
遅れて自身の行動の大胆さを自覚した円香も、思わずのけぞって離れた。
「ひ、人の話聞いてんの⁉︎」
「は、半分くらい……」
「ちゃんと聞いてくれる⁉︎ 追い出されたいわけ⁉︎」
「いや……仮にも思春期の男に、そんな綺麗な顔、近付けちゃダメだって……」
「ーっ、だ、だからそういうセリフをしゃあしゃあと吐かないでくれる⁉︎ ミスター軽薄男!」
なんなのか、この男は、と少しずつ声が大きくなってきた所で、玄関から透の声が聞こえてくる。
「ねぇ、いつまで二人でよろしくやってんの?」
「「……」」
二人揃って顔を見合わせ、とりあえず戻ることにした。
「で……俺はどうしたら良いの?」
「……もういつも通りで良い」
そう言い捨てて扉の中に入った。中に入ると、意外にも透が少し不愉快そうにしている。
「……どうしたの?」
「別に」
聞いてみたが、むすっとしたまま答えてくれなかった。本当に珍しいので、少し聞いてみたかったが、その前に菅谷が母親に声を掛けた。
「それで、えーっと……菅谷です。よろしくお願いします」
「ええ。娘の……彼氏?」
「まぁ、そんなとこで……ほぐっ⁉︎」
「違う。私と浅倉の友達」
調子こいた返事をしたバカを黙らせてから、円香は母親に言った。
「とにかく、上がらせて。まだ手洗いうがいもしてない」
「ええ……まぁ、良いわ。とりあえず、上がって。三人とも」
とのことで、とりあえず家に入った。まずはリビングまできて、荷物を下ろす事にした。
「ごめんね、菅谷くん。急に来るって話になったから、あんまり片付いてないけど」
「わ、ホントだ。ソファーの上にブラジャー落ちてる」
「……正直な子ね」
「菅谷、殺すよ」
本当にデリカシーのない言葉に、円香は普通に殺意を芽生えさせた。というか、あんな所に下着を置きっぱなしにしただろうか?
とりあえず片付けないと……と、思って手に取ると、思わず半眼になった。
「樋口、それ誰の? 樋口の? おばさんの?」
「浅倉の」
「…………へっ?」
興味本位で聞いたつもりが、耳だけでなく顔が真っ赤に染まる透。それは透だけでなく、菅谷もだった。
「っ、な、なんで……私のが……?」
「泊まりに来た時、忘れてったでしょ」
「っ!」
慌てて円香からブラを奪う。よりにもよって、薄紫のちょっと派手目な母親のお下がりの奴。恐る恐る菅谷の方を見ると、頬を赤らめたまま目を泳がせていた。
「っ、ちょっと集合……!」
今度は透が菅谷の肩を掴んで廊下に引き摺り出して行った。
その背中を眺めながら、円香の母親はぽつりと呟いた。
「……透って、下着見られるくらい気にしない子じゃなかった……?」
「……そうだった、かもね」
円香は眺めつつ、とりあえず放っておく事にした。
×××
廊下で、透は菅谷を壁際に追いやり、壁に手をつく。
「ま、またも……!」
「……見た?」
「ご、ごめん……まさか、浅倉のだと思わなくて……」
「それ〜……樋口のだったら照れてないって事?」
「いや、ヒグっちゃんというか……母親のものだと……母ちゃんも似たような色の持ってたから」
「……」
母親のなら照れないんだ、と思いつつ、透は小さくため息をつく。まぁ、元々自分が蒔いた種でもあるので、彼を責めるのはちょっと違うかもしれない。
……まぁ、そもそも普通は他人の家にある下着について言及はしないが。
そんな中、ふと菅谷の表情が気になった。頬を赤らめて目を逸らしている。どうしたのだろうか?
「……何、どうしたの?」
「いや……さっきのヒグっちゃんと同じだけど……その、綺麗な顔、近づけられると……ちょっと、恥ずかしいから……」
「……」
素直に嬉しかった。結構、男子から可愛いだのなんだの言われたことはあるが、やはり仲良い奴に言われると、それは別格だ。
……円香にも言った、というのを聞くと少し複雑だが。何にしても、良い機会だ。このままもう一つの要件を済ませることにした。
「……あだ名は?」
「え?」
「そろそろ良いでしょ。あだ名」
「……あ、ああ。忘れてた」
今まで流れがなかったというのもあるが、玄関のやり取りは流石にいらっとした。円香ばかり三つもあだ名をもらうのは普通にずるい。
「変なのはやめてね」
「アサオとかダメ?」
「……」
「考え直します……」
無言の圧力は、円香より透の方が強かった。略せばそうなるのが腹立たしい。
しばらく無言になった後、菅谷は再び口を開いた。
「……アサちん?」
「なんで、ちん?」
「いや、ちゃんだと被ってるかなって」
「でも女の子にちん?」
「……じゃあもう普通に透で良くない?」
「……」
「とおるん、とおるんで行こう」
……まぁ、そもそもヒグっちゃんって名前も別に可愛いいわけでもセンスがあるわけでもない。この際、贅沢は言うまいと思うことにした。
「じゃ、それで」
「うん。とおるん」
そのまま菅谷を連れて、リビングに戻った。
×××
「へぇ〜、じゃあ菅谷くん、実は4月からずっと円香と透と仲良くしてくれてたんだ」
たこ焼きを焼いている席でそう言うのは円香の母親。それに菅谷は頷いて返事をしていた。
「はい。マドっちゃんもとおるんもずっと仲良くしてくれてて……特にマドっちゃんはよくビンタして来て大変でした」
「自業自得でしょ」
「あんた、だからって手をあげちゃダメでしょ」
「……」
それはその通りだ。これだから母親と同じ席というのは少し面倒なのだ。とは言え、友達と飯を食うから出て行ってとも言えない。
「俺はそんなに気にしてないので大丈夫ですよ。俺なんかに構ってくれる人、なかなかいないので。なんだかんだ、一緒に受験勉強してる時とか助けてくれますし」
「あんたは邪魔しかしてないでしょ。最初の頃なんて、特に浅倉とバカな雑談ばかりしてたし」
「あ〜……そういえば、そんなことあったね。樋口、毎回私達と一緒にやってる科目、避けるの」
「へぇ、どうして?」
「この二人、バカな覚え方ばかりするから。連立方程式の話からマリオの話に飛ぶなんて普通はあり得ないでしょ」
少し懐かしむように円香は呟く。意外と記憶に残っているものだった。
その円香に、母親が少し笑みを浮かべたまま聞いた。
「でも、この前の期末試験までちゃんと教えてあげたんでしょ? 菅谷くんに。家でも、自分の勉強よりどう教えるかに時間割いてたし」
「っ、な、なんで知って……! というか、言わないでよ」
「へぇ、そうなんだ。なんか悪いね、わざわざ」
「全くだから。こっちも試験以外に受験の勉強あんのに……」
「樋口自身も、メチャクチャ厳しく教えてた割に楽しそうだったもんね」
あれは正直、いじめるのが楽しかったというのもあったが、母親の前でそれを公言するほどバカではない。この際、飲み込んだ。
「そもそも、あんたら二人がもう少しまともなら良かったんでしょ。日常的にも。……普通、文化祭に行った高校のミスコンなんて出ないから」
「いや、アレは席が空いてなかったから舞台袖に借りに行ったら、待機してた演劇部の部員と勘違いされた結果だから」
「だよね。私達の所為じゃないし」
「だとしても、普通は断るでしょ。てか、この高校の出身じゃないって言ってよ」
「あ、その話は聞いた。お陰で志望校変えたんだもんね?」
あの日、帰った円香は速攻で母親に相談した。自分の名前も思いっきり、大勢の生徒の前でバラされてしまった為、完全に行く気が失せてしまった。
そんな中、ふと円香が思い出したように透に聞いた。
「そう言えばあの日、あんたら手を繋いで出掛けてたでしょ? なんで繋いでたの?」
「え……見てたの?」
「たまたま視界に入っただけ」
「あれは迷子にならないためだから。浅倉、ぼーっとしてるとこあるから……」
「は?」
「じゃなくて、とおるん」
「さっきから思ってたんだけど、その呼び方なんなの?」
「さっき出来たばかりのあだ名」
「ふーん……ダサ」
正直、変。特に透の雰囲気からはカケラも合わないが、まぁ円香には関係ないので特に何も話さなかったが。
「少し前……というか、今日か。試験で無事に受験して良いって決まったら、あだ名を決めるって約束したの」
「……ていうか、とおるんさ、あれダメだったらデートとか言われたんだけど、あれなんだったの?」
「は? デート?」
「ああ。あれは普通に離れ離れになったとしても、思い出だけは作りたかったから言っただけ」
「死ぬ前に美味しいもの食べる的なあれ?」
「そうそれ」
「縁起でもない例えやめて」
そう言いながら、円香はたこ焼きをひっくり返す。そろそろ焼けそうだ。
そんな中、母親が菅谷を見た後、透と円香を見比べるように視線を移しながら微笑んだ。
「ふふ……なんだか初めてだよね。二人とこんなに仲良くしてくれる男の子。今まではみんな、円香が追い返しちゃうから」
「……別に、追い返してなんかないから。ただ、どいつもこいつも浅倉の顔に惹かれて来る奴ばかりだったから、弾いた方が良いと思っただけ」
「マドっちゃ……小さい『つ』邪魔だな……マドちゃん、男嫌いなの?」
「別に嫌いじゃないし。……友達は選びたいだけ」
だから、顔だけで寄ってくる男は嫌いだった。その円香に、透が意外そうな顔で答えた。
「でも、たまに樋口目当ての男の子もいたよ」
「ていうか、菅谷くんも同じクチ?」
「え、そうでもないですよ。隣の席にいたから、友達になろうと思って声かけただけで……そしたら、なんかやたらと話しやすくて」
「今だから言うけど、普通は浅倉と話しやすいって思う人いないからね」
「それがよく分かんないんだよね。それなのに俺と似てるとか言うし、終いには姉弟とか呼ばれるようになってるし」
「あんた、今まで仲良い友達できた事ある?」
「ない」
「要はそういう事だから」
実際、円香も透と知り合いじゃなかったら、菅谷と話をすることなんてなかったかもしれない。慣れというのは本当に大事だ。
「でも、市川いるじゃん。川ボラで知り合った後輩の子。あの子は廊下ですれ違った時、挨拶してくれるよ」
「あれは例外。あれも中々、普通の子じゃないから」
「え、知り合いだっけ?」
「市川って……市川雛菜ちゃん? あの子も二人の幼馴染だよ」
「そうなんだ」
少し驚いたように菅谷は目を丸くした。
「あの子も綺麗だよね。二人の友達なら仲良くなりたいかも」
思わずそんな風に呟いた時だ。何気ない菅谷の呟きに、二人の視線が唐突に集中した。それにより、菅谷は一気に萎縮する。
「……は? いい加減にしたら? ミスターナンパ症」
「まだ他の美人とお近づきになりたいんだー……」
「え……なんで? 友達は別に多くても良いでしょ。二人の友達なんだし」
それはその通りなのだが、と円香は小さく頷く……いや、雛菜と仲良くなられるのはやっぱり普通に困る。
……というか、まぁ雛菜はアレだけど、別に菅谷が何処で誰と仲良くしようが知った事ではない。ただ、自分と透以外と仲良くされるのは少し釈然としなかった。
「……ふふっ」
そんな中、円香の母親が笑みを漏らす。円香も透も菅谷も、怪訝そうな表情で母親の方に振り返り、キョトンと小首を傾げる。
「あなた達、今年はとっても楽しい思い出が多かったんだ」
「っ……ま、まぁ……」
円香がもみあげを控えめにいじりながら頷いて答える。確かに、退屈ということはまったくなかった。
勉強も、学祭も、川ボラも、体育祭も、修学旅行も、全部楽しかった。イラっとすることもあったけど、それでも最後には憎めない思い出となって心の中に留まっている。透と菅谷も同じだ。
それが分かっているように、母親は続けて説明した。
「じゃあ、年末の夜は初詣に行って来たら? 三人で」
「え……初詣?」
「そう。受験生だし、願掛けって事で」
それを聞いて、三人とも顔を見合わせる。
「俺、行きたいかも」
「私も行ける」
「じゃ、私も」
「ちゃんと気をつけて行ってくるようにね。……はい、焼けた」
たこ焼きをとってもらいながら、三人はしばらく談笑した。
×××
食事が終わり、円香は母親と洗い物。その間、菅谷と透はのんびり食卓で落ち着いていた。これから、わざわざ食後のコーヒーまで用意してくれるようだ。
「ふぅ……美味かったぁ。あのタネほんとに浅倉が作ったの?」
「は?」
「……じゃなくて、とおるん」
「うん。まぁ、一応ね。ほとんどおばさんに教わりながらだけど」
なるほど、と思いながら菅谷はぼんやりとリビングを改めて見る。他人の家に遊びに来るのなんて初めてだから、少しソワソワしていた。
その菅谷に、透が声を掛ける。
「ね、菅谷」
「? 何?」
「やるよ。プリン強奪」
「……は?」
「言ったじゃん。冷蔵庫から盗ってみようかって」
「……まさか、そのためにマドちゃんの家に?」
「そう」
……とはいえ、流石に菅谷は今日、散々お世話になっておいてそれを実行する気にならなかった。
「ごめん、俺は遠慮する」
「そ。じゃ、行ってくる。無事に帰って来るように、祈っててね。任務が成功したら、一緒にプリン食べよう」
「ああ、待ってる」
死亡フラグをこれでもかと言うほど、乱立して旅立った。数秒後、透はたんこぶを作って戻って来た。