浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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そういや高校受験って面接あったな。まぁ良いや。


2月はどんな女の子にも色が付く。

 2月。受験が終わった。

 

「「終わったー!」」

 

 仲良く両手の拳を空に突き上げるのは、透と菅谷。今まで自分達を縛り続けていた勉強という名の枷が外れ、まるで教科書を馬鹿みたいに詰め込んだランドセルをおろし、そのまま天使の羽を生やした小学生のように二人は軽くなった。

 

「お疲れ様」

 

 そう返すと円香は軽く伸びをする。円香自身も、割と疲れているようで肩をトントンと叩いていた。

 

「この後、どうしよっか?」

「打ち上げしちゃう?」

「あーごめん。俺、父ちゃんと部屋見にいくから」

「あ、そっか。一人暮らしだもんね」

「ん。お疲れ。またね」

 

 挨拶だけして、すぐに菅谷は帰宅。残った透と円香も、とりあえず二人で帰宅し始めた。

 

「どうする?」

「久しぶりに小糸ちゃん達に会いに行こうよ」

「……ん」

 

 頷いて答えて、とりあえず荷物を置くため、家に戻る事にした。円香が一応、小糸と雛菜に連絡を入れる中、隣の透が続けて声掛けた。

 

「ね、樋口」

「何?」

「樋口にちょっと相談あるんだけどさ」

「お店入る?」

「いや、そんな重要な話じゃないから、このまま帰ろう」

 

 歩きながらそう言うと、透は真顔のまま相談を続けた。

 

「今月、バレンタインあったじゃん?」

「あったね」

 

 残念ながら、受験でそれどころじゃなかった為、せっかく仲良くなった異性がいるのに渡せなかった。

 

「今から渡さない? リカに」

「え、わ、私も?」

「そう。多分、リカももらった事ないでしょ?」

「それはそうだと私も思うけど……」

 

 事実とは言え、ナチュラルに酷いことを言った自覚もなく、二人は話を進める。

 

「私も樋口と雛菜と小糸ちゃん以外に買った事ないし、やってみようよ」

「あ、手作りじゃないんだ」

「確かに。手作りのが良いかも」

 

 藪蛇だった事に後悔しつつ、円香はすぐに言い返す。

 

「別に、もう終わった行事だし、来年でも良いでしょ」

「えー、でももしリカだけ落ちてたら嫌じゃん」

「私達は合格してる前提なんだ……別に良いけど」

 

 とはいえ……まぁ今年は小糸と雛菜にもチョコを渡していない。少し遅れてはいるが、二人に作るついでに菅谷に渡すのもアリかもしれない。

 

「じゃ、食材買いに行くよ。割り勘で」

「私あれ作りたい。ウィスキーボンボン」

「ウィスキー買えないでしょまず」

「えー、じゃあブランデー」

「同じだから」

 

 その辺を渡すには買って済ませるしかない。

 ……とはいえ、菅谷の好みは分からないという事実が少し困る。チーズバーガーが食べられないくらいチーズが嫌いなのに、モッツァレラチーズのピザは大好きだし、ジャガイモ大好きなのにポテサラは嫌いな少年だ。

 どうせ渡すなら喜んでもらいたいが、そのハードルはあまりにも高い以上、市販品が安全牌な気もする。

 

「……買って済ませる?」

「え、やだ。作る」

 

 しかし、透の意思は固かった。首を横に振るい、スーパーに向かって歩きながらスマホを取り出す。

 

「何してんの?」

「簡単で美味しいチョコ探してる」

「そんな都合が良いのあるわけないでしょ。……いや、有るかもだけど、溶かして固めるとかそんなのくらいだと思うけど」

 

 手間をかけたいのかかけたくないのかわからない透にツッコミを入れると、円香のスマホが震える。小糸からレスが来ていた。

 

 福丸小糸『私は空いてるよ!』

 

 ちょうど良いかもしれない。せっかくなので、みんなでお菓子作りとかしたら喜んでくれるのではないだろうか? 

 

「浅倉、お菓子作りだけど、小糸と雛菜も呼んで四人でやらない?」

「あ、良いかも。……え、でも二人にも渡すチョコを四人で作るの?」

「材料費は私達持ちだし、良いでしょ」

「うーん……ま、良いか」

 

 そうと決まれば、すぐに返信。小糸なら乗ってくれるだろう。

 

 樋口円香『受験終わったから、うちでお菓子作りとかしない?』

 福丸小糸『したい!』

 ひなな〜『雛菜も〜♡』

 

 うるさいのが参加して来た。まぁ、女子力の高さだけで言えばトップクラスの雛菜がいれば助かることもありそうなので、何も言わないが。

 

 ひなな〜『でも、円香先輩がお菓子作りとか超似合わない〜』

 

 前言撤回。こいつやっぱムカつく。

 

 樋口円香『言い出しっぺは浅倉だから』

 ひなな〜『あは〜♡ じゃあ似合う〜』

 樋口円香『は? どの辺が?』

 

 いや申し訳ないが透に女子力で負ける覚えはない。身嗜みはともかく、普段の家事などでは特に。

 

 福丸小糸『それより、何作るの?』

 

 いつもの調子でレスバトルが始まる前に、小糸が口を挟む。すると、ちょうど良いタイミングで透が「あっ」と声を漏らした。

 

「これ食べたい。チョコクッキー」

「浅倉が食べたいもの選んでどうするの。……別に良いけど」

「じゃ、決まりね。材料、何使うの?」

「それは調べて」

 

 言いながら、後輩二人に何を作るかを伝えておいた。

 

 ×××

 

 買い物を終えて家に到着すると、家には既に小糸と雛菜がいた。

 

「ただいまー」

「あんたの家じゃないでしょ。ただいま」

「あは〜♡ おかえりなさ〜い」

「ふ、二人とも、お疲れ様……!」

 

 そう言えば試験が終わった後であったことを思い出す。まぁ問題を解くだけだったので、普段の授業より全然、楽だった。

 

「ありがとう」

「小糸ちゃーん、疲れたよー」

「わっ、と、透ちゃん……!」

 

 労ってくれた小糸を控えめに抱きしめる透。それを見るなり、雛菜も笑みを浮かべて小糸を挟むようにハグをした。

 

「あは〜〜〜♡ 雛菜も〜〜〜」

「むぎゅっ……!」

「ふふ、サンドイッチ」

「ん〜っ! ん〜っ!」

 

 背が低い小糸の顔と後頭部を、二人の円香より大きい胸が包み込む。別に良いけど不愉快である。別に良いけど。

 

「そこまで。良いからさっさと作るよ」

 

 ダブルバーガーから小糸を助けると、さっさと家に上がろうとする。

 小糸が「助かった……」という表情を見せた直後、その円香に雛菜が余計なことを言う。

 

「円香先輩も混ぜてほしいの〜? 超かまちょ〜」

「……は? 一言も言ってないでしょ」

「じゃあ円香先輩、一人で先に作ってて〜。雛菜と透先輩は小糸ちゃんを愛でてるから〜」

「働かざる者食うべからずだから。三人で遊んでても良いけど一つもあげないから」

「それ自分の皿の上のものはガンとして分けてあげない食いしん坊みたい〜」

「……そんな話してないでしょ。少しは会話の本質を捉えてくれない?」

 

 徐々に険悪になっていく空気。いつもの事でも、割と久しぶりなやり取りに小糸は「ぴゃわわ……」と怯えた声を漏らす。

 その前にいる透は、相変わらずの無表情を浮かべた後、小糸に声を掛けた。

 

「じゃ、そろそろクッキー作りに行こうか」

「ぴゃっ⁉︎ と、止めなくて良いの⁉︎」

「大丈夫でしょ」

 

 それだけ言って、先に手洗いうがいを済ませた。

 

 ×××

 

 なんだかんだ言って、四人でお菓子作りなんて久し振りなので、小糸はとてもワクワクしていた。

 

「クッキーって、どんなクッキーにするの?」

「ん、チョコレート? 的な? これ、バレンタインの代わりだから。小糸ちゃんと雛菜を誘ったのはそういう事だし」

「あ、そ、そうなんだ……! ありがとう」

「ううん」

 

 そんな話をしながら、ググったレシピを二人で見てみる。まずは「バターとチョコレートを湯煎し、よく混ぜ合わせる」らしい。

 

「湯煎って何?」

「え? えっと……この場合はチョコとバターをお湯で溶かす事だと思うけど……」

「なるほど……じゃあ、お湯沸かそう」

「ち、ちゃんと分量測ってね……! お菓子とかは、割と精密にやらないと味変わっちゃうから」

「え、そうなの? じゃあ小糸ちゃん分量測って。私、混ぜるから」

「わ、分かった……!」

 

 なんてやりながら料理を作る中、雛菜が楽しそうな表情で台所にやってくる。

 

「あは〜〜〜♡ 円香先輩、ほんとめんどくさ〜〜〜い」

「あんたが言うな」

「あ……きた。樋口、手伝って」

「分かってる」

 

 そう言って、さらに四人で作り始めた。

 

 ×××

 

 適当にク○クパッドで探したものだが、それならば不味くはならないと思った次第だ。

 ココアパウダーと薄力粉を混ぜ、筒状に丸めて冷蔵庫に寝かせ、しばらくリ○グフィットでズタボロになった後、型取りを始める。

 

「ねぇ、これ型取りとかして良いの? 筒状のまま輪切りって書いてあるけど」

「平気でしょ。色んな形作りたいし」

 

 そう言うならまぁ良いか、と思いながら、四人で型取りを始める。

 円香は、顎に手を当ててどんな形にするか、考えた。四人だけなら別に全部、丸でも良かったが、せっかくのバレンタインだし、少しは凝った形に……いや、でも相手は菅谷だし……普通ので良いか、とすぐに思い直した。

 

「見て、雛菜。ハート型」

「やは〜♡ 透先輩、雛菜にそれちょうだい〜」

「良いよ」

 

 ……やっぱり自分ももう少し凝ろうか。

 手首をドリルにした後、円香は近くにあった星の型抜きを手に取る。……菅谷に星は似合わない気がする。となると、他に何を……。

 と、思っていると、今度は小糸の声が聞こえてきた。

 

「わっ……ひ、雛菜ちゃんすごい、ね……! 星と丸で、ピカチュウ作ってる……!」

「これ、透先輩の〜」

「え、私にくれるの?」

「そう〜」

 

 ……なるほど、と円香は顎に手を当てる。雛菜からヒントを得たのは癪だが、組み合わせ次第で新たなクッキーを生み出せる。

 となると……重要なのは発想力。彼が好きなものを、どれだけ可能な範囲で再現するかが大事だ。

 その為にも、まずは彼な好きな物は何か……と、思った所で脳裏に浮かんだのは、あまりに子供みたいなクッキーだった。簡単に作れるけど、それを作る女子中学生はいない、と断言出来るもの。雛菜や小糸の前では絶対に作りたくないものだ。

 そんな風に思っていると、小糸が何か目に入ったのか、透の方を見て引き気味に呟いた。

 

「と、透ちゃん。それ何作ってるの……?」

「ん? アリ」

「ピャッ⁉︎ な、なんでアリ⁉︎」

「あは〜、可愛い〜」

「か、可愛くないよ⁉︎ 食欲無くなるよ……!」

 

 流石に虫の形の食べ物はない、という小糸のリアクションはもっともだった。

 しかし、そういう純粋なリアクションは透や雛菜みたいな人種に弄られやすいのだ。

 

「え、小糸ちゃん酷い……」

「あは〜小糸ちゃん人でなし〜」

「そ、そんなつもりじゃないけど……」

「小糸、気にしなくて良いから。至極ごもっともだし」

 

 そう言いつつ、円香も手元でアリを作る。菅谷が何故、アリが好きなのか。それは集団で大衆のために働く絆に惚れているらしい。

 つまり、同じアリがいくつあっても問題ない。むしろ個性あるアリが増えて、喜びに狂喜乱舞するかも……いや、流石にそれは大袈裟だが。

 

「って、円香ちゃんもアリ作ってるよ⁉︎」

 

 当然、どんな意図であれ、フォローした人物が同じものを作っていたらツッコミは炸裂するわけで。

 その小糸の隣で、雛菜が笑みを浮かべながら言った。

 

「やは〜、円香先輩のアリはいらない〜」

「ぴぇっ……? じ、じゃあ……ゴクリ……円香ちゃんのは、私が食べるよ……?」

「小糸、無理しなくて良いよ」

 

 そもそも、小糸のために作ったものではない。小糸のために作るクッキーなら動物の形がベストだろう。あの歳になってファンシーなものが大好きだし。

 

「小糸には、パンダとか作ってあげるから」

「ほ、ホントに……⁉︎ じゃあ、円香ちゃんにはネコのクッキー作ってあげるね!」

「ありがと」

「じゃあ、雛菜は透先輩に、ピカチュウとピチュークッキー作る〜」

「じゃ、雛菜にはクッキーの形したクッキー作ってあげるね」

 

 なんか一人おかしい奴がいたが、なんだかんだ楽しそうに料理を終えた。

 

 ×××

 

 再びリ○グフィットで身体をバカみたいに痛めつけた。今日、仮にも受験を終えた後だというのに。

 よくよく考えたら、我ながらかなりのハードスケジュールで動いているが、クッキーが焼きあがれば、それもそこまでだ。

 焼き上がった音がして、円香と透が取りに行く。とても美味しそうな甘栗色に仕上がったそれは、かなり食欲を刺激して来る。

 

「どんな感じ〜?」

「じょ、上手に焼けてる……?」

「うん。良い感じ」

「今、持っていくから」

 

 円香の母親が淹れておいてくれた紅茶も含めて準備をする。

 そんな中、ふと透が円香に声を掛けた。

 

「樋口、どれにする?」

「アリ、私達で作ったの一つずつで良いでしょ。あれで普通のクッキー三枚分だし」

「そっか。そうだね」

 

 とりあえず、ラッピングは後にするとして、別の皿に取り分けて置く。それと、おまけでさらに2枚、普通のを追加しておいた。

 さて、改めて大きな皿に盛りつけたクッキーの山と、紅茶を人数分、持って行った。

 

「はい、お待たせ」

「ありがと〜」

「よ、よく焼けてるね……!」

 

 早速摘み始めた。

 

「ん〜……おいひいよ〜、円香ちゃん!」

「良かった」

「あ、ほんとだ。美味しい」

「やは〜。クッキー簡単〜」

 

 各々が摘み始め、円香も一口齧る。程よい苦味と控えめな甘味が口内に広がり、咀嚼しながら目を閉じて堪能する。これなら、渡しても恥ずかしくないだろう。

 そんな中、小糸が自分の顔を覗き込むように聞いてくる。

 

「円香ちゃん、美味しい?」

「……それと同時にク○クパッドのレシピ、ガチ過ぎでしょ」

「え?」

「円香先輩の褒め言葉、めんどくさ〜い」

「余計なお世話」

 

 ちょっと覗き込んできた小糸が可愛かったから斜に構えた褒め方をした自覚はあった。

 ミルクティーにした紅茶をズズッと啜ると、小糸が「あっ……」とクッキーの山の中から一枚、取り出した。

 

「は……はい。円香ちゃん! 私のネコちゃん!」

「……」

 

 その本当に子供みたいな屈託のない笑顔が、なんだかもはや眩しいを通り越してほっこりしてしまって。

 気が付けば、円香の手はクッキーではなく小糸の頭に伸びていた。

 頭撫でられた事に恥ずかしくなったのか、小糸は顔を真っ赤にしながら握り拳を両手に作り、半ば叫ぶように言った。

 

「っ、も、もー! 円香ちゃん! 私じゃなくて、クッキー食べてよー!」

「ごめんごめん。代わりにパンダ、あげるから」

 

 言いながら、小糸の口元にパンダのクッキーを運ぶ。流されるがまま、小糸はそのパンダを齧った。

 

「美味しい!」

「なんでだろ。小糸の事見てると、ペット飼いたくなる」

「え、なんで?」

「なんでだろうね?」

 

 キョトンとする小糸を置いて、円香はまたミルクティーを口に含んだ。

 その円香の口元に、ずいっと差し出されるネコの耳。

 

「はい、お返しだよ!」

「……ありがと」

 

 本当に心をほっこりさせながら、もみあげを耳にかけつついただいた。

 その様子を眺めながら、雛菜と透は顔を見合わせる。

 

「私達もやる?」

「やる〜」

「はい、あーん。クッキーの形のクッキー」

「じゃあ雛菜からも、ピカチュウ〜」

「おいしい」

「雛菜も〜」

 

 あまりに淡白な食べさせ合いだった。向かいの席と温度差あるにも程がある。まぁ、なんにしても楽しかった。なんだか久々に何も考えずに羽を伸ばせた気がした。

 円香は、なんだか……久しぶりに幼馴染の良さを体感した気がした。普段、幼馴染と幼馴染そっくりのバカにどれだけ気疲れさせられているか分かった気がする。

 

「小糸は、ずっとそのまま……私の近くにいてね」

「ぴゃっ⁉︎ き、急に何⁉︎」

「プロポーズ〜?」

「ひゅー」

 

 馬鹿達の妄言を無視して、円香は小糸の頭を撫で続ける。

 さて、しばらくそのまま談笑を交えつつ、おやつを終えた。もういつの間にか暗くなってしまったので、送って帰ることになった。

 とりあえず後片付け。クッキーが入っていたお皿を、ご機嫌な小糸が片付けてくれた。

 

「はぁ〜、雛菜お腹いっぱい〜」

「どうでも良いけど、帰ってご飯食べられなくなってても知らないから」

「雛菜、今日ご飯いらなーい」

「勝手にすれば」

 

 それを両親に言ってどうなるかは知らないが。

 そんなことを話していると、小糸から声が飛んできた。

 

「円香ちゃん。こっちに残ってるクッキーは何? ご両親の分?」

「ん? ……ああ、それは……」

「菅谷の分だよ。私と樋口から、遅めのバレンタイン」

「……ぴぇ?」

 

 直後、今度は間抜けな声が漏れた。

 

「……もしかして、菅谷って人の為に作るって言ってたの?」

「半分はね」

 

 頷いて答えた。普通に返事をしたつもりだったが、どうにも小糸は少しショックを受けた表情を見せている。

 何にしても、なんだか円香には嫌な予感がしてならなかった。

 

「……二人とも、そんなにその人の事が好きなの?」

「雛菜も菅谷先輩好きだよ〜? パイの実の次にだけど〜」

「それランキング何位?」

「私も菅谷のこと好きだよ。樋口達と同じくらい」

「そ……それ、だいぶ高くない……?」

 

 しかも、面倒な二人が余計なことを言ってくれたお陰で、さらに小糸の機嫌が悪くなる。

 

「ちょっと……小糸? どうしたの……?」

「別に……なんでもないもん」

「なんでもないことないでしょ。菅谷と知り合いなの?」

「なんでもない!」

 

 声が荒立った。声のわりに寂しそうな表情を見せる小糸は、自分を真っ直ぐと見据えている。

 もしかして……なんとなく分かったかもしれない。中学が一人だけ別で、何となく疎外感があって、その上自分だけ知らない友達が円香や透、雛菜にはいて……その感情がもしかしたら、爆発してしまったのかもしれない。

 それは当たりのようで、涙目のまま小糸は背中を向けてしまった。

 

「……ごめん。帰るね」

「待って、小糸……!」

 

 が、聞いてくれずに小糸は家から出て行ってしまう。本当にどうしたのだろうか? そんかに癇癪起こすようなことをしてしまったのか分からない。

 一応、二人の方を見てみた。

 

「どうしたの〜?」

「雛菜、つまみ食いしちゃう?」

 

 もはや自分が後を追うしかない。

 

「つまみ食いしたらビンタするから」

 

 それだけ言い残し、慌てて小糸の後を追った。

 靴を履いて玄関を開けると、そこでは……。

 

「ぴゃうぅ……い、痛い……」

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「っ、ぴぇ……へ、平気です……」

「あそう。とりあえずハンカチ。涙拭いて。で、怪我した?」

 

 尻餅をついている小糸の目尻に、菅谷がハンカチを当てていた。なまじ顔が良いだけに、小糸は圧倒されてしまっている。

 

「はい、立って。これお詫び。ちょうど今の家の人に持って行く予定だった奴。あげるから元気出して」

「ぴぇっ……そ、そんな……」

「父ちゃんが勉強で世話になってくれた奴って買ってくれた奴だから、一緒に食べて」

 

 そう言いながら、なんかやたらとデカいケーキ屋の箱を手渡している。……いや、よく見ると箱が二つ重なっているようだ。

 ……なんだろう、あの……なんだろう。なんかムカつく、絵面がどうしても。円香はイライラを隠そうともせずに額に青筋を浮かべながら、玄関からツカツカと歩いていった。

 

「あっ、マドちゃん。この子、知り合いでしょ? そこでぶつかって、泣かしちゃったんだけど」

「……小糸。おいで」

「あ……ま、円香ちゃん……」

「怪我は?」

「大丈夫」

「あの、マドちゃ……え、聞こえてる? あの……マドちゃ……」

 

 なんか気に食わなくて、無視して家の中にケーキと小糸を連れ込んだ。

 

「ごめん。円香ちゃん……」

「気にしてない。別に、あのバカと仲良くなったって、小糸と遊ばなくなることは無いから」

「……〜〜〜っ」

 

 あまりに子供っぽい内容で腹を立てたことがバレ、一気に真っ赤に染まった。

 

「うう……は、恥ずかしい〜……」

 

 はい眼福、なんて思いながら、リビングに戻り、ケーキを机の上に置いた。

 

「やは〜、おかえり〜」

「何処行ってたの? ……ていうか、それは?」

「リカのお父さんがくれたんだって。受験のお礼」

「ふーん……え? てことは、リカ今、外にいるの?」

「いる」

「じゃあ、渡しちゃおうよ。クッキー」

「……」

 

 まぁ、確かにわざわざ改めて学校で渡すより、よっぽど気が楽かもしれない。……正直、苛立ってる今、渡したいと思えないが、後日に回すより良いだろう。

 仕方なさそうに円香はため息をつくと、台所に向かった。ラッピングは……まぁ適当にジ○プロックで良いだろう。

 一応、二人とも別々の包みに入れて、玄関に出た。門前では、菅谷がいまだに待機している。

 

「あ、マドちゃん。とおるん。さっきの小学生、平気?」

「平気」

 

 小学生の所を丸々、無視して円香は頷いて答える。

 その隣から顔を出した透が、袋を手渡した。

 

「リカー、はい。これ」

「? 何?」

「バレンタイン」

「え?」

 

 言いながら、透が呆けている菅谷の手に、強引に握らせた。円香も後からゆっくり出て来て、反対側の手に握らせる。

 

「そんな暇なかったでしょ。……まぁ、あのケーキと交換みたいな形になっちゃったけど」

 

 全然、割りに合わない……と、思いながらも、とりあえず握らせる。しかし、菅谷から反応はない。なんだからしくない。普通にありがとうとか言われる……と、思ったら、菅谷は頬を赤らめたまま目を逸らしていた。

 

「……あ、ありがとう……う、うん……ごめん、うれしいけど……うん、ちょっとこう……急だったかな……」

「……」

「……」

 

 ……この反応、まさか……。

 

「照れてる?」

「え……たかがバレンタインで?」

「……うるさい……」

 

 ダメだ、ホントこういう反応ズルイ。照れるのは勝手だが、ギャップとレア度を交えてこっちにまでそれを伝染させるのは本当にやめて欲しいものだ。

 

「あ、樋口にも移った」

「! あ、浅倉……!」

「ふふっ、おもしろ。リカ、よかったらあがってく?」

「あんたの家じゃないでしょ!」

「ご、ごめん……俺、今日はちょっとパス……あ、クッキーありがと!」

 

 それだけ言って、菅谷は足早に逃げて行った。

 その背中をぼんやり眺めながら、透は頷きながら呟いた。

 

「……わかるよ。ああいうとこ、ホントずるいよね」

「……うるさい……」

 

 話しながら、家の中に戻った。まぁ、今日できたクッキーを今日渡せたのはよかったのかもしれない。

 二人揃ってリビングに戻った直後「やは〜〜〜〜♡」と、特大の歓声が耳に響く。

 

「すご〜〜〜い! 有名なケーキ屋さんの、ホールケーキが二つも〜! 絶景〜」

「ひ、雛菜ちゃん……! 勝手に開けちゃダメだよ……!」

 

 言われて見てみると、目の前に広がっていたのは、チーズタルトとチョコレートケーキの大きな奴。

 確かに絶景だ。艶のある二つのホールケーキが真横に並んでいる光景は、ケーキ屋さんでしか見たことがない。両家族で食べられるように、ホールにしてくれたのだろうか? なんにしても、改めて菅谷の家がお金持ちであることを実感させられる。

 ……だが、今はクッキーを食べ終えた後である。大した量はなかったが、それでも体重が気になる。

 

「……今からあれ、いける?」

「いけても死んじゃう」

 

 二人揃ってそんな呟きを漏らす。そんな中、二人の視界に入ったのは、テレビの前にあるリ○グフィット。

 

「……」

「……」

 

 またも、二人揃って顔を見合わせた後、雛菜と小糸を巻き込んで運動会を始めた。

 

 

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