ゴールデンウィークという一週間は、休むためにあるのではなく、新たな環境に身を置いた人が、崩れた普段の生活リズムによって生まれてしまった様々な差異を取り戻す為にあるものだ。
その為、円香は初日からどのように時間を費やすか、既に考えてあった。それは、エプロン、三角巾などを持って菅谷のマンションに来ることだった。
……休みの日に、男の人の部屋に来て「家事をしにきた」なんて少し世話を焼きすぎかもしれないが、本当に成績も生活もダメダメで転校するようなことになられたら困るので、仕方ない事だ。
ちなみに、透は誘わなかった。正確に言えば、チェインは送ったがまだ寝ているようで、応答がなかったので置いてきた。
「すぅ……はぁ……」
彼の部屋に一人で入るのは初めてだ。少し、緊張してしまう。だが……まぁ、相手は菅谷だし、そこまで変に緊張することはないのだろう。
そう、自分に言い聞かせる事、5回。ようやく、決心した。
「……よしっ」
ナンバーを押し、呼び出し。しばらく待つと、寝惚けた声が聞こえて来た。
『ふぁい……』
「樋口だけど。起きてる?」
『……起きふぇるほ……』
その割に、眠そうである。もう11時半。午前中と言っても、昼近い時間なのに。
「開けて。様子見に来た」
『ふぁ〜い……』
急に来たのに疑問くらい持てや、と思ったりしたが、まぁ寝惚けているので仕方ない。
そのままマンションの中に入り、エレベーターに乗って15階へ。インターホンを押すと、中から菅谷が出て来た。
「ふぁい……あれ、マドちゃん? 何してんの?」
「様子見に来た。入れて」
「え……い、いや良いけど……」
中に入る。薄らとだが良い香りが漂って来た。
「何これ……ビーフシチュー?」
「ああ、うん。そうだよ。お隣さんがくれた」
「……ふーん。美人の?」
「そう。美人の」
イラリ、と円香は少し頭にきたが、なんとか抑えて荷物を椅子の上に置く。前に来た時よりマシだが、昨日のワイシャツとパジャマが散らかっていたり、新しく買ったのか、虫のおもちゃのゴミが散乱している。
「……」
まぁ、大した量ではないので、今日片付けるつもりだったのかも、と解釈しておいた。
「マドちゃん、ビーフシチュー食べる? ガーディアンズ見ながら」
前言撤回。絶対、掃除する気なんてない。
「……食べる」
まぁ、今はそれより敵情視察だ。美味いのだろうか? ……いや、まぁこれだけ良い香りを漂わせていれば、美味いのはほぼ確実だとは思うが。
「じゃ、今、火にかけるから待ってて」
そう言うと、菅谷は台所に引っ込む。とりあえず、菅谷の世話を自分だけがやるのは気に食わないので、あえて散らかっているのは放置しようかな、と思って机の上を見ると、ゴールデンウィーク中に出された宿題がやりかけのまま放置されていた。
もしかしたら、これを夜中にやっててそのまま寝落ちしたのかもしれない。……彼にしては、殊勝な心がけだ。
だとしたら、まぁやっぱり手伝ってやるのも悪くない。そう思うと、とりあえず洗濯物だけ拾い集めて、洗濯機の中に叩き込み、スイッチだけ押してやった。
そこでビーフシチューの準備がちょうど終わったようだ。
「私、少なめで良いから。朝ご飯、食べて来たし」
「え、もう?」
「真っ当な人間は遅くとも9時には起きてるものだから」
円香は7時に起きたが。ソワソワしてしまって、夜眠れなかったのに朝早く起きてしまったのは内緒だ。
そのまま二人で食事。一口、早速メインの一品を口に含む。
「……!」
美味い。悔しいけど。というか、美味すぎる。店出せるレベル。
「え……これ、お隣の人が作ったの?」
「いや、お隣の人、たまにメイドみたいな人が実家から来てるみたいなんだよね。それでビーフシチュー作り過ぎたからもらった」
「……このマンションって、お金持ちの人御用達なの?」
「まぁ金額的にはそうなんじゃない?」
家賃とか、聞いても良いのだろうか? ……いや、菅谷家のことだ。息子は知らないだろうし、親は高いところを選んだに決まっている。実際、高い所に住んでいる。
「なるほど……でも、美味しい理由がわかった気がする」
「メイドさんって、みんなこんなに料理上手いのかな」
「そうなんじゃない? 本職なら」
「……ということは、メイド喫茶って実はメチャクチャ美味い飯屋なんじゃ……今度行ってみない?」
「そんなわけないでしょ。はぁ……ホント、バカ……」
というより、多分何も考えていない。
「ていうか、今日とおるんは?」
「声掛けたんだけど、既読つかなかったから置いて来た」
「ふーん……」
「それより、食べたらまずゴミの片付けするから。あの辺に落ちてる袋とか」
「あ、うん」
一応、もう一度後でメールを送っておこう。
さて、食事を終えて、とりあえずおもちゃの片付けから。……いつまで経っても慣れないのが、やはりこの虫のオモチャ。なんかやたらと着色とフォルムにリアリティがあって、持ち主がいない間に動き出すんじゃないかと思ってしまう程だ。
その上、ダブっているものも割と多くある。いくらかけたのかはこの際、聞かないことにして、代わりに別のことを聞いた。
「同じの結構あるけど、売ったりしないの?」
「え、なんで?」
「や、同じのとかあんまり意味ないでしょ」
「いやいや、売らないよ。それは『髪の毛たくさん生えてるけど、一本くらい売らないの?』って言ってるようなもんだから」
「全然、意味わからないんだけど」
「あ、でも欲しかったらあげるよ」
「ねぇ、本当にさっきの例えの意味が分からないんだけど」
売るのはダメであげるのは良いの? と、思ったが、まぁ友達だからなのだろう。
「で、いる?」
「いらない。何処に飾るのこんなの」
「……壁? 窓際にこれ貼っつけておくと、たまに母ちゃんが本物と間違えて腰抜かしてたよ」
「最低。一つもらうね」
「お、ほんとに? どれにする?」
「なるべく日本にいる奴」
対象は母親ではなく、隣の家の幼馴染。たまには脅かす側もアリかも、と思いもらった。
「ノコギリクワガタ、ミヤマクワガタ、ヒラタクワガタ、アカアシクワガタならダブりあるよ」
「違い分かんないから」
「え、全然違うじゃん」
「じゃああんたがカッコ良いと思う奴」
「おっけー」
意気揚々と部屋に菅谷が戻っている間に、円香はまず窓を開ける。その後に洗濯物を取りに行き、干し始めた。早くも、パンツに触れて照れることは無くなった。……その反面、パンツの柄をまじまじ見ることは増えてしまったが。
なんとか煩悩を打ち払いながら、洗濯物を干して行った。
この辺、母親にポイントは教わった。色が付いている衣類は裏返して色落ちを避け、ワイシャツなどはなるべく肩などを揃え、とにかく干していった。
「マドちゃん、持って……あれ?」
「ごめん。勝手に洗濯物干してる」
「ありがと。なんかごめんね」
「いい。元々、これをしに来てるわけだし」
「クワガタどうする?」
「机の上、置いといて」
そんな返しをしながら、ついでと言わんばかりに言った。
「あと、布団持って来て。ついでに干しちゃうから」
「は、はいっす!」
別に強く言ったつもりはないが、なんかやたらと畏まっている。まぁ、我ながらかなり世話を焼いているし、当たり前と言えば当たり前なのだが。
洗濯バサミが大量についている靴下とか小さいものを干すためのアレに、靴下とパンツをぶら下げ始める。
「持って来た……っ、ちょっ、マドちゃん!」
「? 何?」
「あの、それ俺のパンツ……」
「今更何言ってんの?」
「は、恥ずかしいんだけど……」
「嫌なら次からやめるから」
「……や、まぁ良いんだけど……」
……いや、この反応は良くない、と円香は思い、一時中断した。
「じゃ、アンタ干して。私は掃除機かけるから」
「うちルンバだよ」
「……ああそう」
まぁ、普段掃除とかしてなさそうなのに、埃の数が少ないのはそういう事だろう。
「じゃ、お皿洗おうか?」
「うん。お願い?」
なんで疑問系? と、思いつつも洗い物をする。これもコツを習った。まずカレーやらビーフシチューやらの時は、皿に水をつけて放置。汚れを浮かす。
その間に、別のお皿を洗う。洗い終えた皿を一時的に置いておく籠にも注目する必要がある。皿は縦にして、少しでも多く入るようにする。お茶碗やコップは口を下にして、水が底に溜まらないように置くなど、様々だ。
後は可能な限り回数をこなし、慣らす。なんだかんだ、そういった日常生活における動作を慣らすには、回数しかない。
「ふぅ、よし……」
終了。濡れた手をフルフルと振って、ぶら下がっているタオルで拭く。この時期、まだ水は少し冷たく感じるが、冬ほどではないのでセーフ。
少し、疲れたのかぼんやりしていると、菅谷が台所の出入り口でこっちを見ているのが見えた。
「っ、終わったの?」
「うん。マドちゃんも?」
「終わった」
「ありがとね」
「……別に良い」
「眠かったら寝てても良いよ?」
「え?」
なんか驚くようなセリフが聞こえた。思わず、円香は瞬きしながら菅谷を見上げる。
「……何言ってんの?」
「や、なんとなく眠そうだなって思ったから」
「……」
悔しくて腹が立ったが、正解だった。遅寝早起きなんてすれば眠くて当然の結果とも言える。
……とはいえ、だ。寝るかどうかは別問題だ。
「なんか世話焼かしちゃったし、寝ててよ」
「……仮にも異性と一つ屋根の下、二人きりなんですけど。デリカシーどこに置いて来たの?」
「え……あ、そ、そっか……いや、別に何もしないけど」
「別の意味で眠れないってば……!」
「ご、ごめん……」
こういうのは理屈ではない。「リカなら確実に何もしない」と分かっていても、やはり少し緊張してしまうものだ。
まぁ、お陰で眠気は吹っ飛ん……いや、吹っ飛んでないけど眠れそうにないので、諦めはつく。
そんな時だった。菅谷が「あっ」と声を漏らした。
「とおるんも呼べば良いのか。呼ぶね」
「……ああ、まぁそうだけど」
確かにもう起きている頃合いかもしれない。予定なんて雛菜に誘われていない限り絶対にないし、連絡を取るのもアリだ。
「じゃ、横になってて。俺呼ぶから」
「はいはい」
有り難くソファーの上で寝転がった。
電話をかけ始める菅谷を最後に、少しずつ視界がぼやけ、そして閉ざされる。ホント、変な所だけ鋭いのも透と一緒だ。
まぁでも、それでこっちにキチンと気を回してくれるのだから、やはり良い子ではあるのだろう。
こうして労ってくれるなら、また世話を焼きに来るのも悪くないかも……なんて思いながら、意識を手放し……。
「もしもし、とおるん? うん。俺。いや詐欺じゃなくて。……ああ、マドちゃん? 今俺の横で寝てるよ?」
一気に覚醒し、目を見開いて数多くある言い回しから最低最悪な最適解を導き出したバカタレに、パキケファロサウルス並みの特攻をぶちかました。
「え? いや……おぐぅっはあああああああああ⁉︎」
吹っ飛ばしたおたんこなすは廊下に叩き出される。手放され、宙を舞ったスマホをキャッチし、円香は耳にあてがった。
『ねぇ、どういう事? どういうつもり? ちょっと、いくら菅谷でも樋口とそういうのは本当に……』
「違うから落ち着いて浅倉」
『……樋口?』
ブチギレている。透にしてはあり得ないくらいに低い声音で発されたその言葉は、怒気以上、殺気未満のそれが込められていた。
「ごめん、ホントごめん」
『何が? ……え、まさかほんとに』
「違うから。バカがバカ言ってごめんって事。私が送ったチェイン見たなら分かると思うけど、掃除しに来ただけ」
『その後にナニかしたってことは?』
「無い。今から寝ようとはしてたけど、二人だけで寝るのはあれだし、浅倉もそろそろ起きたかなって思って声掛けただけ」
『寝ようと(意味深)?』
「違うから。普通に」
嘘をついているかいないか、それは透ならすぐに分かるだろう。
『……ま、樋口がそう言うなら良いけど』
「うん。そう。とにかく……もう眠いから、早く来て」
『分かった』
それだけ話して、電話を切った。今度こそ眠れる……と、思って、スマホを机の上に置いてからソファーの上で寝転がった。
「……あの、俺に何か言う事は?」
「日本語勉強して」
屍からの苦言を冷たくあしらってから。
×××
「お邪魔しまーす」
透が家に来た頃には、円香はもう睡眠中のようで「すぅ、すぅ……」という綺麗な寝息が耳まで届いてくる。
無事に眠っているようだが、あの人の誤解しか招かない言葉選びをした阿呆はどこに居るのだろうか?
そう思って、とりあえず樋口より先に菅谷の寝室に入ってみると、胡座をかいてティッシュを手にカマキリのフィギュアをいじっていた。
「……何してんの?」
「埃取り」
「樋口は?」
「ソファーで寝てる」
「……なんで部屋で籠ってるの?」
「……マドちゃんの寝顔、綺麗で変な気分になったから」
彼なりの理性を抑え込む方法がこれのようだ。とはいえ、そのセリフで何となく菅谷が円香に、本当に何もしていないことは理解した。
……いや、本当は最初から分かっていただろうに。しかし、何故か頭に血が上ってしまった。やはり、心の奥ではまだ菅谷を信用していない、という事だろうか?
そんな自分に、珍しく自己嫌悪していると、菅谷がカマキリを机の上に置いて立ち上がった。
「でも、来てくれて助かったよ。やっと友達が来てるのに内職みたいなことしなくて済む」
「そんなに樋口の寝顔見て興奮したの? すけべ」
「いや、興奮というか……その、何? とにかく、綺麗だなって思って」
「……ふーん」
聞きながら、透は内心、思った以上に不愉快ではなかった。どちらかというと、そのまま樋口トークに花を咲かせたかった。樋口が起きていると、本人が満更でもないくせに止めるから、そういう話は出来ない。
まぁ……でも円香もいつ起きるか分からないし、この辺で……と、思ったのだが。
「……」
「……すぅ、すぅ……」
リビングに戻り、寝息を立てている円香の顔を菅谷はぼんやり眺めている。眠ってある円香の体には毛布が掛けられている。多分、菅谷がかけたのだろうが……その菅谷は円香の寝顔を見て頬を赤らめている。
うん、水と栄養剤をぶち込もう、と思った透は、速攻で咲かせに行った。
「ちなみに、樋口のどんなとこが綺麗?」
「え、見た目も中身も」
「具体的に」
「うーん……中身は、まぁ普通に面倒見良いよね。とおるんと長く付き合ってたからか、俺みたいなのと仲良くしてくれるし。優しい子だよ」
「ふーん……他は?」
「他には、努力家な所。今日なんとか、俺やとおるんに勉強教えるために、多分、自分も相当頑張ってくれてたよね。あと、今日の家事色々手伝ってくれたのも、親に色々教わったんだろうなってくらい、テキパキやってくれてたし」
「へぇ〜……」
ニヤニヤしながらそれを聞く。この男、そんな恥ずかしいことをよくぞ平気で言えるものだ。
「見た目は?」
「え、見た目のどこが可愛いと言われても……全部?」
「だから、具体的に」
「泣きぼくろも、垂れ目も、微妙な癖っ毛も、全部」
「わかるわかる。樋口可愛いよね」
「あ、同性のとおるんから見てもそうなんだ?」
「そりゃそうでしょ」
そうだ。同性の視線でしか見えないことも教えてみたい。
「……ちなみに、同性ゆえの私しか見えないとこだけど、腰回りは胸回りよりすごいよ」
「え……いや、そんな話をされても……」
「いやいや、エッチな話じゃなくて。それに似合う私服とか超あるって事。今日は掃除する為に来たからか、ラフだけど」
「……う、うん……? あ、指、綺麗だよね。マニキュアとか似合いそう」
「あー、それあるかも。……ここだけの話、実は樋口って」
直後、起き上がった円香がソファーの上にあったクッションを投げつけた。見事に透の顔面に直撃、後ろにひっくり返った。
「……あんたら……ホント、大概にしなさいよ……!」
ギロリと顔を真っ赤にして2人を睨みつけていた。菅谷にも一撃食わせるつもりだったのか、円香はもう一つ、足元のクッションに手を伸ばす……が、自身に掛かっている毛布を見て、思わず手が止まる。
……おそらく、菅谷がかけたものだろう。自分に毛布をかけた覚えがないから。
「ごめん、起こした?」
当の菅谷は、何一つ察する事なくキョトンとした顔で円香を見ている。
腹が立つ。なんかその無邪気な表情が、とっても腹立たしい。まるで起きていたの……正確に言えば、二人が話しながらリビングに来た時点で起きたことを気付いていたようにも見えるし、本当に何も気付いていなかったように見える。
だから、なんか癪に障る。とにかく何か言ってやりたくなった円香は、頬を赤らめたまま言った。
「……さっきの言葉、何処まで本気だったの?」
「え?」
聞いてから後悔した。自分は何を聞いているのか、と。まるで褒め言葉が嬉しかったみたいだ。
そして、そんなことを聞いた所で、答えなんて分かっている。
「全部だけど?」
「ーっ……!」
こういう事を、平然と言ってのけるのだ。この男は。
今度こそ、クッションを足元から掴み、照れを隠すように菅谷の顔面にクリーンヒットさせる。
「おぶっ⁉︎」
「最低!」
ひっくり返った菅谷に、それはまるで自分に対して言っているかのようなセリフを吐いたあと、布団をかぶって再び不貞寝し始めた。
×××
本当に円香は眠ってしまい、残ったのは菅谷と透。起こさないように、二人で菅谷の寝室で、パソコンを使って映画を見ていた。
見ている映画は、今日はハリポタ。それも不死鳥の騎士団である。のんびりと2人で眺める中、菅谷はふと立ち上がった。
「ごめん、トイレ。先見てて良いよ」
「待って」
「えっ」
ガッと手首を掴まれる。
「ダメ」
「え、漏れちゃうんだけど……」
「リカ、ホントは別にトイレとか行きたくないでしょ、この前、映画見た時から思ってた」
「え……な、なんで……? 別に……」
「良いから。見てて」
「いやちょっと……」
抵抗しようとしたが、遅かった。画面では、ハリーとチョウの濃厚なキスシーンが始まってしまう。
それにより、思わず菅谷は目を逸らす。
「……やっぱり」
「っ……う、うるさいな……苦手なんだよ……」
「ふふ……ほんと、そういうとこ可愛いよね……」
からかっているかのように微笑む透。そういうとこ、菅谷にとっては憎たらしかった。それでも恨めないのだから、得な性格をしている。
もう見てしまった以上、菅谷にトイレに行く理由はない。仕方なく、透の隣に座り直した。
「ねぇ、リカ」
「……な、何?」
「さっき、樋口の魅力について語ってたけどさ」
「うん」
「私はどうなの?」
「……え?」
「私のことは、どう思ってくれてるの?」
急になんだろう、と菅谷は片眉を上げる。透はいつもの無表情で自分を見ている……が、髪で隠れていて、薄らと出ている耳は、少し赤く染まっているように見えた。
「それは……さっきと同じ感じで?」
「うん」
もしかして……透も褒められたいとか、そういう子供っぽい所があるのだろうか? まぁ、それを言うくらい、菅谷は構わないが。
「とおるんは……中身は、ぼんやりしてるよね。基本、俺と一緒で。最近は、俺は一人暮らしで色々、考えることがあるから、前よりぼけっとする事は減ったけど……でも、とおるんと一緒に何も考えずに、適当な会話するの、とても好きだし、そういう所が良いと思う」
「うん……それで?」
「あと……所々で、実は子供っぽい所が出るの、なんか可愛いなって思う。マドちゃんをいじる時でも、……今みたいに、他の人が褒められてるの見て、自分も褒められたくなっちゃうとことか」
「……えへへ」
そのはにかみ方も、少し可愛かった。この子、やっぱり中身は思った以上に年相応じゃない。
「外見は……そうだな。やっぱり、綺麗だと思う。その薄紫っぽい髪も、ぱっちりした目をしてるのに落ち着いた雰囲気があるとかも、形の良い唇も。……あ、あとファッションの流行とかに、割と敏感な所も。高校に上がってから、少し化粧に興味持ったでしょ」
「……え、わ、分かるの?」
「分かるよ。全然違うし」
それを聞くと、今度は耳だけでなく頬も赤くなった。もしかして、嬉しいのだろうか? と、思った菅谷は、すぐに続けて言った。
「こう見えて俺、目視だけでアリの種類も見分けられるから。とおるんがリップしてるとか、指にナチュラルな色のマニキュアつけてるとか、そういうのはすぐわかるから」
「……私はアリと一緒って事?」
「あ、あれ……」
なんか少し怒ってしまったようだ。やはり、虫の例えは良くないみたいだ。
「と、とにかく、とおるんもマドちゃんも、同じくらい好きだよ」
「……そっか……もう、良いよ。交代する?」
「いや……俺は、なんかそういうの慣れてないから……」
丁重にお断りしつつ、菅谷は逃げるように映画に目を向けた。というか、なんであのタイミングでそんな話を振ってきたのだろうか? ちなみに、ハリーポッターの中で、不死鳥の騎士団が一番、好きだったりする。
「実はさ、リカ」
「? な、何?」
「私、もうすぐ誕生日なんだよね」
「……あ、そうなの?」
「うん」
それは初耳だ。何かあげないと……と、思ったが、急な事でイマイチ、何も思いつかない。
「……でさ」
そんな菅谷を捨て置いて、透は話を続けた。
「当日は多分、雛菜とか小糸ちゃんとか樋口が、何かしてくれると思うんだ。毎年、してくれてるから」
「あ、そうなんだ」
「だから、リカ。前日に、私と出掛けない? 二人で」
「え、マドちゃんは?」
「一緒のが良い気もしたし、実際声かけたんだけど……予定あるから二人で行きなって」
多分、翌日の準備だろう。本当に浅倉透という人間は、周囲の人から愛されている。
何にしても、菅谷としては断る理由もない。
「……わかった。どっかいこっか」
「うん。ありがとう」
「別に」
そんな話をしながら、その日は円香が起きるまで、二人で映画を見た。