浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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透明と無色は別物。

 浅倉透の誕生日は、5月4日。みどりの日である。自然の恵みに感謝し、豊かな心を育む日。

 別にだからと言って、透は自然の恵みに感謝なんてしていない。いや、しているけど「その日だから今日は一層、感謝しよう」ときめて水やりとかするわけではない。

 そして、今日はその前日。透は、今日も誕生日を祝ってもらえる日。待ち合わせ場所に到着していた。いつものようにマイペースに家を出たつもりだったが、到着したのは集合時間の10分も前だ。

 

「……」

 

 でも、特に後悔も何もなく、のんびり待機。今日の服装は、黒いロングスカートにデニムジャケット、そしてその下はグレーのノースリーブ。上に着ているジャケットは肩を出すように袖だけ通している。

 最近、購入した私服だが、我ながら似合っている自覚はある。ただ、大事なのは自覚ではなく、菅谷がどう思うかだ。

 ふと時計を見る。待ち合わせ時間まで、あと8分。

 

「……え、まだ2分しか進んでないの?」

 

 少しショックを受けるような呟きを漏らす。なんか、思ったより長く感じていた。

 早く来ないかなーなんて思った直後、すぐにやって来た。

 

「おーい、とおるん」

「あ、リカ。遅い」

「え、8分前なんだけど」

「私より遅かったら遅いし」

「あ、そう。ごめん?」

 

 謝罪を聞きつつ、両手を腰のあたりで組んで、菅谷の表情を窺う。気の所為か、少し頬を赤らめていた。

 

「どう?」

「っ……し、私服?」

「そう。……似合ってる?」

「あー……う、うん……でも、肩を隠そうな……?」

「え?」

 

 言いながら、菅谷は透のジャケットの、垂れ下がった肩の辺りを掴み、キチンと羽織らせる。

 

「なんで?」

「……俺が恥ずかしいから」

「ふーん? ……照れてるんだ?」

「っ……い、良いでしょ、別に……。それに、風邪引くし……あとは……まぁ……直視、したいけど出来ない、し……」

 

 そう途切れ途切れに告げる菅谷は、ほんのりと頬を赤らめている。小糸とはまた違った、からかい甲斐がある男だ。

 今回は、透の方から菅谷の手を取った。珍しくキョドっている同級生の手を取ると、強引に引いて駅へ向かう。

 

「じゃ、行くよ」

「え……あ、うん」

 

 そのまま二人で、大きめのショッピングモールに電車で向かった。

 

 ×××

 

 ショッピングモールが、菅谷は昔から好きだった。いろいろな個性的なお店が並んでいて、どこを見ても煌びやか、誰も彼もが楽しめる夢のお店……などという理由ではなく、自分の好きなものや欲しいものが売っている可能性が高いからだ。

 夏場などは子供ながらに、よく売られているオオクワガタやノコギリクワガタを買い占め、森に放ちに行ったものだ。外国産のクワガタなどはそうもいかなかったが。

 今では、他にも興味あるものが増えたため、純粋に楽しめるようになったが。

 

「ね、リカ。これどう?」

「ん……んー、少し派手じゃね?」

「あ〜……そうかも」

 

 透の買い物……というより、もはやデートでしっかりと普通にエンジョイしていた。

 今、透が身体にあてがっていたのはスカート。短い赤のやつだ。似合わないってことはないだろうが、やはり透には落ち着いた色が似合う。

 

「そういうの、秋に履いたらかなり合うかも」

「あー確かに?」

「それにする? プレゼント」

「いや、いい」

 

 いいんだ、と思いつつ、二人でそのお店を出た。特に何かあげるとか、そういう話はしていないが、プレゼントをあげる、或いは貰うのが前提となってデートしていた。

 さっきのスカートは、円香なら似合っていたかもしれない……なんて思っていると、透が隣で手を繋いだまま聞いて来た。

 

「リカってさ、女の子と二人で出掛けたことあるの?」

「去年、とおるんと学祭行ったじゃん」

「それ以外」

「え、ないけど……なんで?」

 

 というか、友達も多くなかった自分に、そんな事あるはずがない。そんなの、透にも分かっているはず。

 透はその意図に応えるように続けた。

 

「なーんか、割と普通にしてるし、意外とハッキリ何が似合うか似合わないか言うんだなって」

「? え、だって聞かれたことには答えないとでしょ? ていうか、さっきの普通に似合ってはいたし」

「いや、普通はほら……男の子だったら『良いんじゃない?』とか『可愛いねー』とか『俺そういうの疎いから』とか、そういうの言うでしょ」

「それはつまり、その男はその女の人に対して、それしか思わなかったって事では?」

 

 まぁ、実際菅谷も、透や円香に相談されたら普通に答えるが、他の女の人には適当な返事しかしないかもしれない。その人に興味が持てれば別だが。

 そんな事よりも、さっき気になることを言った。

 

「ていうか……普通って、とおるんは他の男と出掛けたことあるの? 二人で」

「え、無いけど」

「無いなら、良いけど……」

「? 何が良いの?」

「え、何って……」

 

 そういえば、何にだろうか? 反射的にモヤってして、つい言ってしまった事だが、何にモヤモヤしたのか分からない。

 なんとなくで、自分の内心を推測するように唸りながら答えてみた。

 

「……なんか、俺より先にとおるんとデートする人が……ズルかった、とか?」

「何それ?」

「俺も分からん」

「そんなこと言われたら、樋口とか雛菜とか小糸ちゃんと、もう何度もデートしてるよ」

「うわ、羨ましい。……というか、俺マドちゃんとデートした事ないや」

「この前、おうちデートしてたじゃん」

「え、あれデート……?」

「まぁ、リカが言えばなんだかんだ付き合ってくれると思うよ」

「よっしゃ」

 

 徐々に二人特有の勝手な会話に変わっていく。いないはずなのに巻き込まれている円香は、今頃くしゃみでもしているかもしれない。

 

「あ、じゃあさ、マドちゃんの誕生日の時はわざわざ二日に分ける事ないように、市川とその小糸って子ともデートす」

「ダメ」

「え……だめなの?」

「ダメ」

 

 意外にも、きっぱり断られてしまった。ていうか何故、透が断るのか? 

 何となく気になったので質問してみようと思ったが、その前に透が菅谷の手を引いて、通りかかったお店に入った。

 

「あっ、このお店見たい」

「え? あ、うん」

 

 入ったお店はメンズ服のお店だった。誤魔化してるのがよく分かる。問い詰めても良いだろうか? というか、ここまで誤魔化している事に触れてみたい、という好奇心が少しだけ強まっていく中、透は近くの革ジャンを手に取り、菅谷に手渡した。

 

「はい」

「え?」

「着てみて」

「俺が?」

「ここメンズの店だよ?」

「分かってたんだ」

「当たり前じゃん」

 

 どうやら、誤魔化そうとしたわけでもなさそうだ。……もしかしたら透なりに、自分だけ楽しむのではなく、二人で楽しめるようにしてくれているのかもしれない。

 これまででも十分、楽しめていたが、そう言ってくれるのならお言葉に甘えるしかない。

 

「ありがと。じゃあ……」

 

 早速、着てみた。

 

「……うん。やっぱり似合う」

「やっぱり?」

「うん。前々から、樋口と『もう少し背が伸びたら、革ジャン似合いそう』って話してたんだよね」

 

 一年前までは、身長に大きな差はなかった。三人で平均、156センチくらいだったが、透が159センチ、円香が158センチで、菅谷は165センチにまで伸びた。おそらく、まだ伸びるだろう。

 

「でも、これから夏だしなぁ……」

「ま、そっか」

「でも、とおるんが似合うって言ってくれるなら、着てみようかなぁ」

「良いと思うよ……あ、じゃあリカの誕生日、それにしようか?」

「え、何かくれるの? じゃあ昆虫博のチケットが良い」

「分かった。それは絶対にあげない」

「え、なんでそんな意地悪を……」

 

 そんな話をしながら、結局何も買わずにお店を出た。

 

 ×××

 

 午前中から出撃したため、お昼を途中で取ることにした。フロアマップが載っている案内板の前で、菅谷が透に聞いた。

 

「何食べる?」

「ん〜……」

「ご馳走するよ。誕生日だし」

「え、良いの?」

「もちろん」

 

 銀座やら何やらの飯屋に比べたら、ショッピングモールにあるお店など安いものだ。

 

「じゃあ……お寿司が良い」

「寿司……あるかな。少なくともフードコートにはなさそう」

「3階に、フードコート以外のお店あったし、そこで見てみようよ」

「だな」

 

 そう決めると、二人でエスカレーターを上がる。三階は飯屋以外にも、雑貨屋やアクセサリー、ゲームセンターなどがあり、如何にも「その他」という分類をされるようなお店が並んでいる。

 ちなみに、服やバッグ、帽子など……或いはフードコートが置いてあるのは二階、食料品や本屋、スポーツ用品などが一階だ。

 三階の飯屋を見て回っていると、本当にお寿司屋さんが目に入った。……が、まさに今がお昼時。ゴールデンウイークの真っ最中なこともあってが、既にオーダーが掛かっていた。

 

「あーあ、混んでるよ」

「ね、リカ」

「何?」

「ゲーセン、見てみたくない?」

「あ、良いね」

 

 いつの間に興味を持ったのか知らないが、透が言うのならせっかくなので見てみることにした。

 

「リカ、ゲーセンとか行ってた?」

「いやあんまり」

「小学生の時、俺が欲しいって言った赤とんぼのぬいぐるみを、父ちゃんが7千円かけてまで取ってくれて以来、なんか怖くて」

「ぷっ、うける」

 

 自分の金じゃなくてよかった、と心底思っているので、軽いトラウマでさえある。

 

「ウケないから。俺、途中でもういいって言ったのに……」

「良かったじゃん」

「や、何が?」

「色々、リカは学べたでしょ」

「ああ、うん。まぁね」

「7000円もかけずに取る方法を活かす時だよ」

「それは学んでないけど」

 

 というか、何か欲しいものでもあるのだろうか? 

 とりあえず、透の後に続いて中を見て回る。やはり、騒がしい。こういう生き物と一番、縁が無さそうな場所はあまり得意ではない。

 まぁでも、透が楽しめているのなら、とりあえずそれで良いかな、なんて思って、のんびりと見て回った。

 そんな中、透が呟くように声をかけて来た。

 

「すごいね。ゲーセン。何が置いてあるのかさっぱり分からない」

「分かる」

「え、分かるの?」

「え? うん」

 

 昔はメダルゲームとかぬいぐるみをとる筐体とか格闘ゲームとか、そんなんばっかだったから分かりやすかった。カードゲームはちょっと理解が追いつかなかったが。

 最近では、なんか洗濯機みたいな奴とか、なんかやたらと騒がしい奴が多いガンダムのゲームとか、コクピットみたいなのに乗って撃つ奴とか、初心者には敷居が高い物ばかりだ。もっとも、そんなのを気にする二人ではないが。

 プライズゲームでさえ、なんのアニメだかわからないキャラクターのフィギュアやぬいぐるみばかりだ。

 

「じゃあ、あの筐体何?」

 

 そんな中、急に透は遠くの筐体を指差す。何が「じゃあ」なのか分からないが、とりあえず顔を向けると、UFOキャッチャーがあった。最近流行りだけど、菅谷は全く興味がない「鬼滅の刃」のフィギュアだった。

 

「あれは……UFOキャッチャーじゃない? 鬼滅の」

「じゃああれ」

「あれ? あれは……ドラゴンボールのフィギュア」

「じゃあ〜……あれ」

「あれは……なんだっけ。じゅ……呪術廻戦? のフィギュア」

「すごい。めっちゃ詳しいじゃん。もしかして、来慣れてる?」

「全然?」

 

 微妙に噛み合っていない会話のまま、二人はゲーセン内を見て回る。残念ながら、二人とも漫画やアニメに興味は無い。フィギュアコーナーの先に出て、アーケードゲームの所に出た。

 

「ここは分かる?」

「え、分かんない」

「だよね。一応、見てみようよ」

「うん」

 

 まず目に入ったのは、艦これ○C。実在した艦隊が擬人化し、美少女となって深海棲艦と呼ばれる比喩しづらい化け物を倒す……という、シミュレーションゲームのゲーセン版だ。

 右手のレバーで速度を調整しつつ、真ん中の舵で移動する方向を定め、連れて行った艦娘の艦種ごとの攻撃を敵に叩き込むゲームだ。

 画面の上に並んでいる五人の女の子を見て、透が聞いた。

 

「リカ、どの子が好み?」

「え? とおるんかマドちゃん」

「いや……世界中の女の子からの候補じゃなくて、上の五人」

「あ、ああ。ごめん」

 

 そこを指摘されて、改めて顔を見る。

 

「……みんなおんなじ顔に見える」

「うん。私にもそう見えた」

「身長と髪型と武装が違うだけじゃないのこれ?」

 

 プレイヤーから「チッ」「は?」という反応が漏れ出すが、透にも菅谷にも聞こえていない。

 そんな中、ふと菅谷の目に入ったのは、誰も座っていない筐体の映像。そこで流れて来たのは、弥生だった。

 

「あ、この子」

「え、ロリコン?」

「いや、子供の頃のとおるんが不機嫌そうにしてたら、こんな感じかなーって」

「……や、私こんなに目つき悪くないし」

「まぁ普段はね? 寝起きならこんな感じそう」

「寝起き機嫌悪いのは樋口だよ。この前だってクッション投げられたじゃん」

「そっか」

 

 あれは起きてる本人を目の前に誉め殺しを続けた二人の所為であるからであったが、二人ともさっぱり忘れていた。

 

「ていうか、どっちかって言うと樋口に似てない?」

「あー……分かるかも。ヘアピンとか」

 

 そのまま二人で、さらに奥へ進む。目に入ったのはW○CF。サッカーのカードゲームだ。11人の選手と、4人の控え選手を並べ、カードを動かしつつ、左右についているパス、カット、シュートのボタンをケースバイケースで押すゲームだ。

 

「ちょっと面白そう」

「やってみたら?」

「うーん……でも、サッカー選手知らないんだよなぁ。ボビチャとク○イフしか知らない」

「? 誰それ?」

「めっちゃ上手い人達」

「あ、上手いと言えばあの人知ってる」

「誰?」

「なんだっけ。Tikt○kの……」

「めっちゃ気になる。後で教えて」

「うん」

 

 ああいうSNSに限って職人がいたりするものだ。一体、世界中に何人のピタゴラスイッチ製作者がいるのか。

 その奥に行くと、今度はFGOのACが目に入った。ソシャゲ界隈では有名な鬼のガチャゲーだが、ゲーセンでもそれはご健在。カードをチョイスし、キャラを操作しつつ、攻撃とスキルをうまく使って敵を倒す。

 いわゆる必殺技のような「宝具」もあるが、当てるのがかなり難しく、素殴りした方が早い。

 

「めっちゃうける。沖田総司が女の子になってる」

「それな。ていうか、坂田金時って金太郎でしょ? 赤エプロンもしないでめっちゃマッチョじゃん」

「え、金太郎のあれってエプロンなの?」

「知らないけど」

 

 そんな話をしながら、アーケードの場所を抜けた。次に見つけたのは、音ゲーコーナーである。

 

「リズムゲームかー。苦手なんだよなー」

「あー分かる。なんか、タイミングに合わせるの、なんかやだよね」

「でも、カラオケで歌うのとか楽器とかやるのも同じなのに、なんでゲームだとダメなんだろ」

「あー確かに。なんでだろうね」

「ていうか、今度カラオケいかない?」

「良いね」

 

 もはやゲームへのコメントもやめて、二人でそのコーナーを通り過ぎていった。

 なんだかんだ、二人とも100円玉一枚、投入する事なくほぼ一周してしまう。残りはプリクラだけだが……。

 

「撮る?」

「いや、初プリは樋口と一緒が良くない?」

「だよね」

 

 そんなわけでスルー。そのままゲームセンターを出ようとした時だ。ゲームセンターの出入り口は一つしかなく、そしてそこにプライズコーナーが溜まっている。

 その景品の中に、見つけてしまった。弥生のフィギュアを。

 

「ねぇ、リカ! これ、さっきの子じゃない?」

「あ、ホントだ」

「……樋口に、取ってあげない?」

「良いね。面白いかも」

 

 そんなわけで、結局お金を使う事になってしまった。

 橋渡し形式……つまり、確実に取れるけど、取るのにそこそこ金がかかるパターン。しかも、アームの強度によっては一手ミスったら何もかもおじゃんになる可能性さえあり、初心者がやるにはそれなりの高額を覚悟するしかない。

 

「うおっ、右側のアームだけ強くない?」

「メッチャ傾くやん。どうすんの?」

「え、知らない。もっかいセンター狙う?」

「え、分からん。てか、調べようか」

「動画あるかな?」

「それだ。……え、こんな地道にズラしていくわけ?」

「やってみるしかないでしょ」

「私、やるしかない、って言葉めっちゃカッコ良いと思うんだよね。映画で出たらなんかテンション上がるし」

「あ、分かる。なんか分かんないけど良いよね」

「え、分かるの? 分かんないの?」

「分かるでしょ?」

「あれ、分かるって何が?」

「何がって何が?」

 

 なんてボソボソ話しながら、二人でトライを続ける事、27回目。それどうやって自分の体重を支えてるの? と疑問に思う程、角が棒に引っ掛かっていた。もう台を押せば振動で落ちるんじゃないか、というレベル。

 そこへ、慎重にクレーンが降り、菅谷と透はいつになく興奮気味にそれを見守った。

 

「……きた」

「……きたきたきたきたきた……!」

 

 最期の一押しは、アームの先端。そこで、引っ掛かっている角の部分を下に押し込む。そうすれば……ゴトリとようやくお宝がこんにちは。

 

「「とったあああああ!」」

 

 思わず舞い上がってしまった二人は、その場でお互いに身体をギュッと抱き締めあってしまった。

 透の重心が若干、横に逸れたため、落とさないよう遠心力を利用するように、そのままグルンっと横に旋回させる。

 勿論、ゲーセン内の通路は狭い。足をクレーンゲームの筐体に強打し、そのままファールを喰らったサッカー選手のように、足を押さえて転げ回るハメになる透だった。

 

「あ、ごめん」

「ぐふっ……」

「……って、とおるんスカートスカート! 太ももまで出てるよ」

「……何とかして」

「な、なんとかって……」

 

 とりあえず、上着を下半身にかけてあげた。……なんか、ドラマでよくある「唐突な陣痛とその場に偶然、居合わせた医者によってその場で出産することになった人」みたいだ。

 となると、透には夫がいるのだろう。……なんか、嫌だ。その夫が、例えば円香なら良いけど、他の人なら少し困る。

 なんにしても、こんな姿を他人に見せるわけにもいかなくなった。肩を貸して立たせてあげることにした。

 

「起きて。肩貸すから」

「……正直、それ待ってた。『唐突な陣痛とその場に偶然、居合わせた医者によってその場で出産することになった人』みたいなことされた時はどうしようかと思った」

 

 危なかった。どうされる所だったのだろうか? 

 景品だけ回収してから透の腕を掴み、自身の首の後ろに回し、身体を真横に並べて持ち上げる。……少し、柔らかい感触が右半身に触れる。言わぬが花であることは重々、承知しているが。

 とりあえず、立たせてあげて、ゲーセン前の腰掛け用の椅子に運ぼうとした直後だった。

 

「よっ、と」

「うおっ、重っ……くないです」

「よろしい」

 

 ズシッと背中に重心が掛けられる。両肩の上から両腕が垂れ下がり、おんぶさせられそうになっている事に、早々に気づき、慌てて透の両足を抱える。

 

「どしたの、急に?」

「足痛いしお腹すいたし動けなーい。このまま運んでー」

「それは良いけど、足ほんとに平気?」

「大丈夫大丈夫」

 

 そのまま二人でさっきのお寿司屋さんに向かった。

 寿司屋もゲーセンも3階にあるので、そこまで距離はない。それなのに、少し心拍が速くなっているのは何故だろうか? 

 少し心臓を落ち着かせようと、なんか何かを意識しようとしていると、耳元にある透の口が、まるで囁くような声音を発した。

 

「ふふっ……顔近っ」

「……ほ、ほんとに」

「キスとか出来ちゃいそう。横向いてよ」

「いや……向いたらしちゃうでしょ」

「だよね」

 

 ……少し、意図が分からなかったが、言及はしなかった。なんか、したら何かが変わってしまう気がして。自分と透だけでなく、円香との関係もだ。

 透から追撃される前に、早めに話題を逸らそうと思い、口を開きかけた時だ。後ろから回された人差し指が、自分の開きかけた口に当てられる。

 

「……安心して。もうこれ以上は何も言わないから」

「……は、はひ……?」

「……ふふ」

 

 変な返答が漏れた菅谷とは対照的に、透は不敵な笑みを浮かべていた。

 寿司屋に到着し、完全にいつものノリに戻った透は、背中から飛び降りながら呟く。

 

「わっ、回転寿司なのに100円じゃない。ホントに奢りで良いの?」

「え? あ、ああ。良いよ。誕生日イヴだし」

「誕生日イヴ最高」

 

 なので、菅谷もなんとかいつものノリに戻す事にした。

 

「……」

「そういえば、とおるんは寿司とか何好きなの?」

「え? あ、ああ。うん。えんがわ」

「意外と高いのがお好みで……」

 

 とはいえ、菅谷も好きだが。

 

「ていうか、菅谷は回転寿司初めてじゃないの?」

「初めてじゃないよ?」

「マジかー。なんか、お金持ちの人って高いお寿司ばかり食べてるイメージあった」

「父ちゃんとかそうだけど、母ちゃんは元々、お金持ちじゃなかったから、連れてってくれてた」

「へぇ……」

 

 そんな話をしながら、案内された席についた。

 菅谷が聞いた話では、父親の親に猛反対され、母親の元ヤンだった過去を暴かれたりし、それでもメチャクチャ頑張ったらしい。

 それを思うと、世の中に不可能なんてないのかも、なんて菅谷は思ったりしてしまった。特に、好きな人のためならば。

 

「お、早速えんがわ」

 

 流れてきた二貫1セットお皿を透は早速、取った。自分の前に置くと、醤油を垂らして食べる。

 その様子を、菅谷はのんびりと眺めた。なんか透にしては美味しそうに食べてくれていたので、ご馳走のし甲斐があるというものだ。

 

「美味い?」

「美味いよ。はい」

「え?」

 

 一貫、残った状態で差し出して来た。

 

「シェアして食べようよ」

「え、良いの?」

「うん。どうせリカの奢りだし、もう一貫、食べたかったら、また取れば良いでしょ?」

「……じゃ、もらう」

 

 もしかして、これも友達と来た時の食べ方なのだろうか? 割と面白いかもしれない。

 一口で一貫、頬張る。醤油の味が染み渡ったえんがわ特有の歯応えが、口内に響き渡る。やはり、美味い。

 

「美味い」

「お、次とろサーモン」

「食べよう」

 

 そのまま、二人でいくら軍艦、中トロ、ハマチ、カッパ巻き、かずのこ、何を思ったかビーフサラダというよくわからないものも手に取り、意外と美味かったので調子に乗ってウニ納豆ビーフ(二貫550円)を食べて食欲が失せ、少し食休した。

 

「……口の中、なんか気持ち悪い……」

「……わかる……お茶飲む?」

「ありがと……」

 

 そもそもここまでお茶を飲まずに食べてこられたことに驚くべきだが、それはさておき菅谷が二人分のお茶を用意する。

 

「ふぅ……いやー、酷かった」

「うん。泣くかと思った」

 

 涙出るほどの食感はある意味初めてである。癖が大きすぎた。よほどのマニアでもない限り、あれを頼む人はいないだろう。

 

「……うん。決めた」

「何が?」

 

 ぐったりしてる中、透が何か思いついたように声を漏らす。本当に急だ。

 

「プレゼント」

「え?」

「すこし、大人になってみない?」

「いや任せるけど」

「リカも」

「え、俺も?」

「うん」

 

 プレゼントの話ではなかったのだろうか? 別に構わないが。

 

「何にするの?」

「後で言う」

「後?」

「うん。それよりほら、食べようよ。口直しに、イカ食べよう」

「口直しって普通ガリじゃないの?」

「え、あれ口直しのためにあるの?」

 

 なんて話しながら、とりあえずお寿司を食べ続けた。

 

 ×××

 

 会計を終えて、また手を繋いで二人で移動。今度は菅谷から手を繋ぎ、歩いた。

 

「とりあえず、あのお店にしよっか」

「あ、うん」

 

 透が並んで歩きながら指差したお店は、少し小洒落たアクセサリーショップ。どちらかと言うと女性向きっぽいが、まぁ両用っぽいので気にせず入った。

 

「で、何買うの?」

「ん、ピアス」

「へぇ〜……あ、俺も少し興味あったんだよね」

「マジか」

 

 中学の時は、アクセサリーの類は禁止されていた。高校ではどうだか、校則なんて把握していない二人は知らないが、もしかしたらアリかもしれない。

 

「それでさ、せっかくだからお揃いにしたいなーって」

「え、俺と?」

「うん」

「良いけど……良いの? 俺とお揃いにすると、欲しいの買えなくなりそうだけど」

「なるべく、目立たないけど綺麗な奴で、何となく直感的にしっくりくる奴が良い」

「あ、俺も」

「やっぱり。じゃ、大丈夫でしょ。選ぼ?」

 

 なんか見透かされていたような言い方で、強引に選ぶことになってしまった。まぁ、お揃いというのもありだ。何せ、初めてのピアスな訳だし、せっかくなら記念に残る奴にしたい。

 

「……どれが良いかな」

「うーん……まぁ、さっきの条件に当てはまる感じのを探すんでしょ? 見て回ってればありそうじゃない?」

「だね」

 

 そんな話をしながらお店の中を見て回っていると、透が大きな円のアクセサリーを手に取った。

 

「そういえばさ、たまにこれくらい大きな穴、耳たぶにあけてる人いない?」

「あーいる。俺、なんかああいうのダメ。なんかグロく見えて、気持ち悪くなって来ちゃう」

「へぇ、グロいのダメなんだ?」

「ダメダメダメ。ホラー映画とかも、グロいの見れないし」

「実はさ、お父さんが会社の人からゲーム機もらって来るらしいんだけど、ソフトがないから何買おうかなって思っててさー……バイオにしようかなって」

「バイオくらいじゃ平気。全部じゃないけど、狩○英孝の実況見てるし」

「なーんだ、つまんない」

 

 自分でも、拳銃でゾンビが撃たれて爆散するより、耳たぶに大きな穴空いてる人の方がグロいと感じる理由はよくわからないが、そうなのだから仕方ない。

 

「わっ、すごいこれ。重そう。こんなの耳に付けてたら、耳たぶ取れちゃう」

「お願い、想像したくない事言うのやめて」

「耳たぶに火口の断面のような切れ込み」

「……浅倉」

「あ、ごめん」

 

 本当に苦手なのだ。昔、父親にハンターハンターを読まされた時も、割と本気でブチギレてしまったレベル。

 そんな中、今度は菅谷「おっ」と声を漏らす。

 

「これ、良いかも」

「どれ?」

 

 手に取っているのは、黒のピアス。リングのような形をしていて、コンパクトで綺麗なものだ。

 

「……あ、良いじゃん」

「とおるんも気に入った?」

「うん。これにしよう」

 

 案外、簡単に決まった……が、形は同じだが違う色のピアスを見つけてしまえば、話は変わってくる。

 

「……俺かとおるんの、色変えない?」

「お……それも面白いかも。他、何色ある?」

「ブルーとシルバー……かな?」

「じゃ、リカはシルバーね?」

「あ、とおるんの選んでたんじゃないんだ」

「だって、私はリカが最初に選んでくれた奴が良いし」

 

 そういえば、誕生日のプレゼントを選んでいるんだった。それならば、当たり前と言えば当たり前のことかもしれない。

 

「じゃ、買うかー」

「よろしくー」

 

 そんな呑気な話をしながら、二人でレジに向かった。

 

 ×××

 

 帰り道。晩御飯も一緒に食べ終えた後、菅谷が送ってくれると言うので、透は浅倉家まで送ってもらうことになった。

 買った後は、なんかピアスをつけるには色々と準備が必要との事で、色んなものを購入しに行ったついでに、また洋服やら何やらを見て回り、結局まだ二人ともつけていない。

 少し、勿体無かったかも……と、透が思った時だ。

 

「とおるん」

「何?」

「公園、寄らない?」

「え?」

 

 よく円香と昔、遊んだ公園の前まで来ていた。少し間が空いてしまったが、菅谷は透の手を引いて公園の中に入る。

 

「せっかくだからさ、ピアスつけて写真撮ろうよ。最後に」

「……」

 

 同じことを考えていたようだ。

 

「うん。良いよ」

 

 そんなわけで、並んでベンチに座る。

 とりあえず、大きな鏡があるわけでも無いので、お互いでお互いの耳を空けることにした。

 痛いとなんか嫌なので、なるべくお互いに「いくよ?」「うん」なんて声をかけ合いながらこなした。

 ものの数分で、透の左耳、菅谷の右耳に穴が空き、左右対称でなく片耳に二つずつつけた。

 

「どう? リカ」

「綺麗だよ」

「ふふ、さんきゅ」

「こっちは?」

「綺麗だよ」

「男なんだけど……」

「でも綺麗だよ」

「……どうも」

 

 そんな話をしながら、のんびりと夜空を見上げた。三日月が雲一つない空に浮かび、東京にしては、綺麗な星空が見受けられた。

 

「今日は、ありがとね。リカ」

「何が?」

「私のわがまま、聞いてくれて」

「え、いや別に全然平気。友達の為だし」

「……ふふ、ホントそういうとこ最高」

 

 やはり、良い奴だ。気が合う、というだけでは無い。これで今まで友達がいなかったなんて勿体無い。本当はもっと楽しい思い出が作れただろうに。

 それ故に、やはりもっと早く出会っておきたかった、と思う事も多い。……まぁ、過ぎた事を思っても仕方ないのだが。

 

「ね、リカ」

「? 何?」

「写真撮ろ」

「良いよ」

「ジャングルジムで」

「え……マジで?」

「うん」

「危ないでしょ。脚、怪我してるし」

「えっ?」

 

 思わず目を丸くしてしまう。

 

「……なんで?」

「足、ぶつけてからあんま俺の手を引かなくなったから、そうかなーって」

「……」

 

 もしかして、途中から絶対、手を繋いでくれていたのも、家まで送ると言ってくれたのも、気付いていたからだろうか? 

 それを自覚した直後、今までとはまた違う緊張が胸の奥から伝わってくる。ホント、マイペースに見えて他人のこともよく見ている人だ。そういう人の良さが、自分を温かいものによって満たしていくのを感じていた。

 だからこそ、透はもっと甘えたくなってしまう。円香のことを面倒見が良いとは言うが、自分だって人の事言えないのだ。

 ベンチから立ち上がった透は、フラフラと回りながら思い出があるジャングルジムの方へ向かう。

 

「とおるん?」

「これ以上、怪我してほしくなかったら、ちゃんと手を握っててよ。私、登っちゃうからね」

「あ、そう。まぁ、せめて俺の真上で登ってね」

 

 話しながら、菅谷も後からついて来る。ジャングルジムに手をかける透。なるべくぶつけた方の脚を使わないよう、身体を持ち上げる。その真下で、菅谷はちゃんと見守ってくれていた。

 そして、ようやく頂上に登り、鉄の格子の上に腰を下ろした。

 

「ほらね、楽勝」

「さすが」

 

 言いながら、菅谷も登り、隣に座った。二人で月をバックに、並んでさっきより少し高い所から夜空を見上げる。

 

「……写真、撮るよ」

 

 スマホを構える透。その横に、菅谷も身を寄せる。耳についているピアスがキラリと光り、二人の間に三日月が映る。

 

「撮るよ。リカ」

「……んっ」

 

 透が指でシャッターボタンを押す直前、チカッと街灯が消えかけ、透のピアスが映らなくなった。

 

「あ、やばっ……」

 

 それにより、反射的に透はイヤリングを写そうと菅谷の方に向く。

 

「どした?」

 

 菅谷はそれに反応し、透の方に顔を向けようとした。

 それにより、二人の顔によって月は隠れ、代わりに透の唇が何かに軽く触れた。視界に入っているのは、ジャングルジムから見える街の景色でも、月と星による明かりに照らされている夜空でもなく、菅谷の横顔。それが、至近距離に来ていた。

 遅れて、カシャっという音が聞こえて、口を手で覆いながら顔を離す。

 

「っ……」

「え、いま……」

 

 スマホの写真を見ると、透が菅谷の頬にキスしているように見える……というか実際、唇は頬に触れている写真が撮れていた。

 事故、という捉え方も出来る。実際その通りだから。とはいえ、唇が異性に触れたことに間違いはない。

 すこし、心臓がバクバク言っている……とはいえ、過ぎた事だ。それに、嫌な気分ではない。

 

「……ま、いっか」

「え」

「大事にしてね。初めてだから」

「……へ?」

 

 彼が気にすると良くないし、微笑みながらそう言ったつもりだった。しかし、忘れていた。相手は、その手の話にかなりウブな男子高校生であることを。

 

「……きゅう」

「え、そっちが落ちるの?」

 

 顔を真っ赤にしてジャングルジムから落下しそうになった菅谷を慌てて掴み、手に持っていたスマホで円香に救援依頼を出して、何とか無事に帰らせた。

 

 




今回のダメダメな描写ながら分かる通り、私はピアスをつけたことがありません。許して下さい。
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