浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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クリアな誠実さこそ信用に値する。

 樋口円香は、机の前で頬杖をついていた。明日の準備は夕方までに終わり、小糸と雛菜は帰宅。ゴールデンウィークの課題も終わってしまい、菅谷の家に世話を焼きに行くのも本人がいないので出来ないため、割と退屈していた。

 ……少し、ソワソワしてしまう。透と菅谷のデートは、どうなっているのだろうか? 別に、あの二人がどうなろうが知ったことでは無いはずなのに、どうしても気になる。

 付き合ってないよね? なんて思ってみたり。いや、まぁ付き合ってるなら付き合ってるで別に結構だし、当人達の問題で自分が関与する所でもないし、もう勝手にして欲しい。

 そもそもあの二人にはストレスしか感じてないし、あの二人が付き合った事で大人しくなるならそれはそれで良いかも……なんて徐々に苛立ちながら思っていると、その円香のスマホに電話がかかって来た。透からだ。

 

「もしもし?」

『あ、樋口? ごめん、大至急助けて』

「! 何かあった?」

 

 まさか、雰囲気に飲まれた菅谷に襲われた? 今、もう夜だしありえない話でもないかも……と、思いつつ、絶対に阻止するつもりで、上着を着ながら準備をしていると、すぐに透の声が聞こえて来た。

 

『リカがジャングルジムから落ちそう。私の腕も、もう限界……』

「……」

 

 やはり、バカは何処までいってもバカだった。とりあえず、ほっと胸を撫で下ろしつつ、苛立ちを解消するために八つ当たり気味に言ってみた。

 

「手、離しちゃえば?」

『いや、ダメだから。今、リカ気絶しちゃってるし、頭から落ちそうになってるし』

「あそう。どこの公園?」

『前よく遊んでた場所』

「りょ」

 

 とりあえず、頷いてお迎えに行った。人の手助けがないと普通にデートも出来ないのか、と思いながらも、確実に付き合ってなさそうな事は分かった為、大急ぎで迎えに行った。

 

 ×××

 

 公園で菅谷を叩き起こし、家の前まで来てから男子は帰宅。残った二人は、とりあえず円香の部屋に行く。

 ……と、いうのも、だ。

 

「……お土産で美少女フィギュアって、どういうセンス?」

「樋口に似てると思ったから」

「私こんなムスっとしてないし……」

 

 お土産を買って来たと言うから部屋にあげたら、これである。

 そう言いつつも、まぁデートの間も自分のことは忘れてなかったことが嬉しくて、箱から出して机の上に飾って置く。せっかくなので、記念だ。

 

「……で?」

「ん?」

「それが、誕プレ?」

 

 円香の指差す先には、透の耳。ピアスを指していた。

 気付かれた、とでも言うように、透は少しだけ照れた様子で左耳を隠しつつ、小さく頷く。

 

「……うん。どう?」

「似合ってる。……けど、ペアルックとかいつの時代の男女?」

「アクセサリーなんだし別に……え、ペア?」

「リカの耳にも、色違いついてた」

 

 まぁそれどころじゃなかったので言わなかったが。悔しいけど、あの男にもよく似合っていた。死んでも言わないが。

 

「ふふ」

「? 何?」

 

 なんか意味深に微笑まれたので、怪訝そうに聞くと、透は相変わらずの薄い笑みで言った。

 

「いや、よく見てるなって。リカのことも、私のことも」

「っ……普通気付くでしょ。わざわざ家でゆっくりしてた人をバカなことで呼び出した二人の変化くらい」

「そっか」

 

 ……少し辱めを受けたと思ったら、透はあっさりと頷いて引き下がってしまった。この女、ホントそういうとこだ。

 本当なら無視してやりたい所だが、わざわざ自分の家に上がり込んできているし、話したいことが沢山あるのだろう。

 それは結構だが、とりあえず確かめておかないといけない事がある。

 

「で、足はどうしたの?」

「あ、それも分かるんだ」

「いやそれは普通に話してたし」

「そうだっけ?」

 

 そうじゃなくても、歩き方で分かるというのは黙っておいた方が良い奴だろう。

 

「これねー。ほら、樋口にあげたあのフィギュアあるじゃん」

「ああ……ていうか、あれ何のキャラ?」

「艦これ? とかいう、ゲーセンにあったゲームのキャラ」

「ふーん……なにそれ?」

「知らない。ただ樋口に似てたから」

「……あんたらの感性どうなってんの?」

 

 そこを注意しつつ、そもそも今知りたいのはそこでは無いので、流して聞いた。

 

「で、それが?」

「ああ、うん。それが取れた時に、私とリカ、ハグして」

「……は?」

「……ん?」

 

 円香は思わず片眉を上げてしまったが、語っていた本人も「あれ?」みたいな表情を浮かべる。

 

「私……リカと、ハグ……?」

「外国人?」

 

 思わずツッコミを入れている間に、透の頬はほんのりと赤く染まる。この子、今更思い出して照れてるの? と、円香は不覚にもクラっと来た。……まぁ、それ以上に当時は何も思わなかったのか、というツッコミの方が大きかったわけだが。

 

「……何今更照れてるの」

「いや……思い出すと恥ずかしくて……」

「時差あり過ぎでしょ。リカよりウブか」

「え、それはなんか嫌だ」

 

 ×××

 

 一方、その頃。

 

「そういえば俺、ゲーセンでとおるんと……」

 

 爆テレして電車乗り過ごしていた。

 

 ×××

 

「で?」

「あ、ああ。うん」

 

 改めて話の続きを促す。照れるのも結構だが、足の方が心配だ。

 

「それで、ハグした時にちょっと重心を崩しちゃって、リカが遠心力で支えようとしてくれたんだけど、そしたらゲーム機に足ぶつけた」

「何してるの……浅倉もリカも」

「あ、でもその後、おんぶしてくれたから。ずっと、そのあとも私の手、引いてくれてたし」

「……ふーん」

 

 やはり、苛立ちがある。円香の胸の奥で、ズキっと痛むものがあった。でも、透が嬉しそうに今日の思い出を語っている所を見るだけで、まぁ良いかと思える。楽しかったのならOKだ。

 多分、怪我もそこまで酷くは無いのだろう。普通に歩いて来れていたし、見た感じもナスみたいに青く腫れ上がっているわけでもない。

 けど、まぁ念には念を入れておこう。明日はパーティなのだし。

 

「ちょっと待ってて」

「? どこ行くの? 弥生」

「誰が弥生?」

 

 返事はしないで、廊下から救急箱を取りに行った。箱を開けて、湿布とテーピングだけ手に取ると自室に戻る。

 

「はい。足出して」

「お、さんきゅー」

 

 素直にスカートを若干、めくって足を出す透。本当に綺麗な脚をしている。真っ白なその足も、青痣は出来ていないが赤くなってはいる。明日まで放置したら、どうなるか分からないし、そしたら小糸や雛菜に心配をかけさせてしまう。いや、雛菜は割とどうでも良いが、小糸に心配は掛けさせられない。

 ……というか、自分がちょっと目を離した隙に怪我をしてくる辺り、やはりそう簡単に二人きりで遊ばせられないかもしれない。

 

「はい。おっけー」

「ありがと」

「じゃ、今日は早めに寝な。疲れたでしょ」

「うん」

 

 それだけ話すと、透は立ち上がって部屋を出た。その後ろ姿を、円香は少しだけ憂鬱そうに眺める。いや、正確に言えば、後ろ姿ではなく、耳だ。きらりと光る二つのピアス……それが、なんだか少しだけ引っ掛かる。胸がざわざわし、少しだけ変な不愉快さがある。

 ……まさか、羨ましいとでも思っているのだろうか? 

 

「っ……」

 

 それを思った直後、思わずベッドの方に身体を倒してしまった。そんな子供みたいな感情が、自身の中にあった事に、変に自己嫌悪してしまう。

 ……でも、別にピアスがしたいわけじゃない。元々、穴だらけの人間に、さらに穴を増やしてどうするのか分からない。

 では、何が羨ましいのか……いや、気付かないようにする事にした。気付いてしまえば、尚更自分に嫌な感情が芽生えてしまいそうだから。

 

「……はぁ」

 

 とりあえず、明日は透の誕生日会。それが開かれるのは夕方からで、午後から自分と小糸が浅倉家にお邪魔して飾り付け。雛菜が透を連れて、外で時間を潰してもらう役割をしてもらう。

 つまり、午前中は空いているわけで。せっかくだし、ちょっとあのばかたれの様子を、文句も含めて見に行った方が良いかもしれない。

 

 ×××

 

 さて、翌日。円香は早速、家を出て、菅谷のマンションに向かった。一応、特に深い意図は無いけど、エプロンを持って。や、ホントに深い意図なんかカケラもないけど、家の食材を少しだけ拝借して。

 ナンバーを押すと、相変わらず眠そうな声が届く。

 

『ふぁーい……』

「リカ? 私」

『あ、マドちゃん……どしたの、こんな朝早く』

「もう9時過ぎだから。様子見に来た」

『なんかごめんねー、いつも。今、開ける』

「……んっ」

 

 ウィーン、と自動ドアが開き、エレベーターに乗り込む。……急に来たの、迷惑だったかな、なんて今更思ったり。まぁ、そんな感じの声音はなかったが。

 15階まで来て、玄関の前でインターホン……を押そうとしたが、何やらドタバタと騒がしい足音が聞こえる。

 その時点で、今何のつもりか理解してしまった。最後にここに来たのは、ゴールデンウィーク初日。つまり、約一週間前。つまり、だらしない人が部屋を大惨事にするのには十分過ぎる期間だ。

 

「まったく……」

 

 ため息をついた直後、ガチャっと玄関が開かれる。

 

「大丈夫……まだ来てない。階段降りるごとにボタン押してればエレベーターは足止め出来……あっ」

 

 ゴミ袋を両手に持った菅谷が出て来た。円香の顔を見るなり、冷や汗を無言で流し始める菅谷に、円香は苛立ちを隠すこともしないで、問い詰めるように聞いた。

 

「続けたら?」

「……」

「もしくは言いたい事、ある?」

 

 一応、チャンスをあげてみた。謝るのなら、説教は控えてやろう。

 そう決めたら、菅谷は相変わらず真顔のまま続けた。

 

「マドちゃんが来ると思って仕事残しといたよ?」

「分かった。一発お見舞いしてあげるから覚悟して。ミスタークソニート」

「え、な、なんで……?」

 

 誤魔化した時点で、もう終了である。面倒を見るのが嫌なわけではないし、彼はなんだかんだお礼の言葉を忘れたことが無いから良いが、それでも自分でやろうとしない人のために骨を折るのはごめんである。

 

「わっ、やばい。無言の圧力が本当に弥生そっくり……!」

「……」

 

 ……とはいえ、やはり昨日、二人きりのデート中にわざわざお土産を買ってきてくれた事を思い出してしまうと、許してしまう気になってしまう。全然、関係ない事なのに。

 

「はぁ……ゴミ、あんたが捨てて来て。部屋の掃除は私がするから」

「ありがと。やっぱり、持つべきものはマドちゃんだね」

「……調子に乗ってる暇があるなら、さっさと仕事して」

「どわっ、と」

 

 俯きながら菅谷の真横を通り過ぎ、玄関から追い出す。強引だった自覚はあるが仕方ない。あんな軽い言葉に、少し嬉しくて惑わされてる顔なんて、死んでも見られたくないから。

 

 ×××

 

 一人暮らししている友人の家を掃除する事に「いつも通り」という表現をして問題がないのか分からないが、とりあえず掃除を終えた。

 時刻は10時45分を経過。掃除に洗濯、食器洗いを終えて、ようやく円香と菅谷は机を挟んで椅子に座り、お茶を飲んでいる。

 

「まったく……少しは綺麗にしておけないわけ?」

「ごめんって」

「謝罪はいいから」

「ていうか、今思ったけどとおるんの誕生日会じゃないの?」

「それは夕方から」

 

 そう言いつつ、二人でテレビを眺める。今、やっているのはアイアンマン。ベッドシーンになるたびに菅谷はトイレに行っていたが、円香は何も言わずにテレビを眺めた。

 

「でも、昼過ぎには帰るから。小糸と準備あるし」

「分かった。お昼はどうする? 外行く?」

「いい加減、自炊する事を覚えてくれない?」

「たまにしてるよ。でも外食のが美味しいし楽なんだもん」

「……味じゃないんだけど。問題なのは」

 

 まぁ、料理が面倒な気持ちは分かる。円香も、親に教わった事を透に試験的に実践してみた時、手間を感じたことはあった。その度に、母親への感謝も強くなった。

 

「それに、マドちゃんのご飯が一番、美味しいし」

「っ……あ、あんた……ホント、そういうとこ……!」

「?」

「……なんでもない」

 

 本気で分かっていないようなので、もう無視した。

 

「……なら、とりあえずせめて料理手伝って。それなら食べさせてあげる」

「え、た、食べさせてくれるの?」

「一応言っておくけど『あーん』じゃないから。作ってあげるって意味だから」

「あ……なるほど。ビックリした」

「甘やかされたかったら、せめてもう少し頑張って」

 

 直で透と菅谷の噛み合っていない会話を見ていたが故に読み取れた齟齬だった。

 まぁ、そんな事よりも、だ。別の大事な事を聞いておく。

 

「それより、リカ。あんた宿題終わったの?」

「終わったよ」

「え……うそでしょ」

「ほんと。……え、どういう意味?」

 

 反射的に漏れた呟きに、菅谷が怪訝そうに聞いてくる。しかし、怪訝そうにされて当然というものだ。

 

「いや……だって、え? 中学の時、一回でも宿題、私が何も言わずにやった事あった?」

「あったよ」

「ないから。ブッ飛ばすよ」

 

 覚えている。実際、言わなかった時はやらずに来たし、休みが続いた日とかは苦労させられた。

 

「でも、ほんとに終わらせたから」

「何があったの? 風邪?」

「いやいや、そんなことないよ。ただ、父ちゃんに『成績落ちたら一人暮らし終わりだから』って言われてて」

「……なるほど」

 

 それは確かにやらざるを得ない。……というか、冷静に思い出すと、ゴールデンウィーク初日に掃除しに行った時、宿題の残骸があったことを思い出した。

 

「……もしかして、宿題やってて家事が疎かになってたの?」

 

 だとしたら、まぁ高一の夏辺りまでは今のまま、面倒見てあげても良いかもしれな……。

 

「え? あ、ああ、うん。そうだよ。だから毎日ご飯作って」

「……やっぱりブッ飛ばす」

「あ、いやすみませんジョークです」

 

 今度はやめなかった。少しイラっとしたので、菅谷の額に軽くチョップをかます。

 

「いてっ」

「私、別にあんたの世話係じゃないから」

「所で、とおるんは宿題終わってるの?」

「知らない。昨日のデートでだいぶ浮かれてたし、最終日に泣きついてくるんじゃない?」

「手伝うなら、俺も誘って」

「? 終わってるんでしょ?」

「だから終わってない人がヒーヒー言ってるとこ見たい」

 

 自分が早く終わるとそれか、なんて思ったものの、円香にもその気持ちは分かる。割と、巻き込まれさえしなければ気持ち良いものだ。

 まぁ、そっちの話に花を咲かせるよりも、これを機に一つ、菅谷を諭してみる事にした。

 

「で、どう?」

「何が?」

「宿題を先に終わらせて、今の感覚は」

「感覚……スパイダーセンスの話?」

「いや違うから。……毎度思うんだけど、どこからその発想がくるの?」

「じゃあ何?」

「宿題が終わった日から今日までの話。清々しいとか、そういうの無かった?」

「……」

 

 ま、こればっかりは人によると思うが、少なくとも円香にはそういうのはある。とりあえずやるべき事が終われば、心は軽くなるのだ。

 ……とはいえ、まぁ普通の人っぽくない透や菅谷にはわかりそうにないが……なんて思っていると、菅谷が「ああ」と納得したような声を漏らす。

 

「それだったんだ。なんかここ最近、心が大きくなった気がしてたの」

「分かるんだ?」

「うん。や、今までも別に宿題の存在を忘れることが基本だったから、正直窮屈な感じはしてなかったんだけど」

 

 なんなんだよ、と円香が思ったのも僅か、すぐに菅谷は清々しそうに続けた。

 

「なんか、ここ最近はやたらと心に余裕があったまま、アリやら野良猫やらカエルやらの観察が出来たのは、そのお陰だったんだ」

「男子高校生がどんな休日?」

「……なるほどね。これが、みんなが思ってる感覚かぁ……」

 

 悪くないかも、と言わんばかりの表情だった。ホント、こういう素直な所は可愛らしいものだ。イケメン男子高校生でありながら、自分や透の弟と見られる理由がよくわかる気がする。

 だからだろうか? 思わず円香の方もおおらかになってしまい、頬杖をつきながら、手を伸ばしていた。

 その先にあるのは、菅谷の頭。微笑みながら、軽く撫でてあげる。

 

「そ。だから、これはご褒美」

「……ふぇ?」

「良くできました」

「……」

 

 微笑みながらそう言うと、菅谷の頬が少し赤くなる。その反応が、やはり円香は少し面白くて。

 ニヤリとほくそ笑むと、さらにそのまま撫で続けた。

 

「家事も出来るようになったら、もっとしてあげる。ミスター甘えん坊ちゃん」

「い、いや……普通に恥ずかしいんだけど……てか、撫でてなんて言ってないし……」

「そう言うなら、せめて撫でられてる現状を拒んでみたら?」

「……それは、少し勿体無いというか…………」

「ふふっ……ホント、お子様」

 

 そう言いながら、手を引っ込めてお茶を飲んだ。

 

 ×××

 

 さて、菅谷の部屋で食事を終えた後、円香は小糸と一緒に飾り付け。二人だけとはいえ、元々凝った飾りにする予定はなかったので、夕方までには余裕で間に合った。

 で、今からようやくパーティが始まる時間だ。ケーキもジュースも準備出来ている。

 雛菜が透を連れてくればパーティ開始。それに伴い、円香と小糸はクラッカーを用意する。

 

「……え、ここ?」

「そう〜。早く入って〜」

 

 雛菜が誘導する声が聞こえる。サプライズっぽくしている様子だが、透は十中八九気付いている。だから、菅谷とのデートを前日にずらしたのだろう。

 扉が開かれ、透の顔が見えた直後、円香と小糸はお互いに頷き合うと、一気にクラッカーの紐を引いた。

 

「た、誕生日おめでと〜!」

「……誕生日おめでとう」

「……わお」

 

 そのリアクションは、果たしてサプライズに対してなのか、クラッカーに対してなのか。

 どちらにしても、驚いている時点でサプライズには成功と言えるだろう。

 透は何処となく察していたのか、昨日と同様、いつも以上にオシャレをした私服に身を包んでいた。特に、耳できらりと光を反射するイヤリングは、嫌でも円香の目を引いてしまう。

 

「……ありがと。三人とも」

「やは〜、大成功〜♡」

「そ、そうだね……!」

「座って。ケーキ食べるでしょ?」

 

 言いながら、円香はケーキに刺さっている蝋燭に火をつけ始める。ちゃんと16本、灯し終えると、雛菜が電気を消した。

 

「じゃあ、歌おっか」

「透ちゃんがそれ言うの……?」

「じゃ、雛菜指揮者する〜」

「あんたは歌って」

 

 なんて話をしながら、歌い始めた。円香も一応、静かに口を動かすが、目立っていたのは雛菜と小糸の声だった。

 

「おめでと〜!」

「おめでと」

「おめでとう!」

 

 その声の後、透は暗闇の中、点々と揺らめく灯火に向かって息を吐く。

 

「やべっ、ミスった」

「やは〜、じゃあ雛菜も〜」

「あっ、ひ、雛菜ちゃん……! 消しちゃダメだよ!」

「まだ残ってるよ。小糸ちゃんもやる?」

「え……じ、じゃあ……!」

 

 と、何故か三人で火を消し始め、ようやく全部消えた。それが終わるなり、円香は電気をつける。

 

「満足した? ケーキ切るよ」

「円香先輩、そんなにケーキ食べたかったの〜?」

「は? 違うし」

 

 包丁を手に取り、机の上に置いてあるケーキに手を伸ばす。

 こういうケーキの切り方も母親から教わった。別にいいと言ったのに「菅谷くんのお誕生日で使うかもでしょ」との事だ。そもそも誕生日いつだかも知らないのに。

 とはいえ、教わったものを試してみたい、というのはあるから、どちらかと言えば切りたかった、というのが正解だろう。……万が一、本当に使う機会があったときにも安心して出来るかもしれないし。

 割と綺麗に8等分し、包丁とフォークを使って一切れずつ配る。まずは誕生日の透へ。

 

「はい」

「ありがと」

「次、雛菜〜」

「小糸、お皿出して」

「ぴえっ⁉︎」

「あは〜、円香先輩ムカつく〜」

 

 無視。小糸のお皿に乗せ、次に雛菜。最後に自分のを済ませる。

 今回のケーキは、チョコレートケーキ。チョコのスポンジをチョコレートソースで包んである上に、イチゴの代わりにチョコレートのクリームとチョコそのもので飾り付けられた、もう「ザ・チョコ」と言わんばかりのものだ。

 

「ん、おいし」

 

 苦味が強いもののしっかりと甘味も含まれていて、実はまだブラックコーヒーが飲めない円香でも、普通に楽しめる味だった。

 

「ホントだ〜」

「これ、樋口のチョイスでしょ」

「……なんで?」

「や、それっぽいなーって思って」

「新しい〜。雛菜はイチゴのショートケーキが良いって言ったんだけど〜」

「それはあんたが食べたかっただけでしょ」

 

 正直、ケーキならどれを選んでも正解感はあったが、それでもせっかくなので、一番安いのだけは避けておいた。

 雛菜が「あ、そうだ」と声を漏らすと、ガサガサと鞄を漁る。

 

「はい、透先輩〜。雛菜からプレゼント〜」

「あ、雛菜ちゃんずるい……! はい、私からも……!」

「ふふ、ありがとう。二人とも」

 

 受け取った透は、微笑みながら二人の頭を撫でる。それをされて、二人揃って頬を赤らめながら、にこりと微笑んでいた。

 ついでなので、円香もプレゼントを渡すことにした。というか、今渡さないと「溜めた」と思われる。

 

「はい、浅倉。私から」

「ありがと」

「え?」

「あれ〜?」

「「?」」

 

 すると、雛菜と小糸から小首を傾げながら声を漏らされる。

 

「……なに?」

「透先輩のピアス、円香先輩があげた奴じゃないの〜?」

「あ、うん……私も、そう思ってたんだけど……」

「え、違うよ?」

 

 じゃあ誰があげたんだ? 当然、そうなる。

 円香の脳裏で嫌な予感がする中、透は何一つ隠す事なく、真顔のまま答えた。

 

「リカにもらった」

「「リカ?」」

「菅谷」

 

 え、言っちゃうの? と、円香は冷や汗を流す。その隣で、別に何も思っていない雛菜がニコニコしたまま言う。

 

「やは〜。菅谷先輩、意外とセンスある〜」

「でしょ? ちなみに、お揃いにした」

「良いなぁ〜。雛菜もつけた〜い」

「良いんじゃない?」

「じゃあ穴あけ機貸して〜」

「だ、ダメだよ。雛菜ちゃん……中学は、ピアス禁止だと思うよ……?」

 

 小糸が口を挟む。前に少し泣きそうになってる小糸を見ていたから、もう少し何かあると思っていたが、取り越し苦労だったかもしれない。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、透が「あ、そうだ」と声を漏らす。

 

「写真も撮ったんだよね」

「見たい〜」

 

 写真なんて撮ったんだ、と思いつつ、取り敢えず円香はケーキを口に運んだ。

 透がスマホを取り出し、いじり始めるのを何気なく見ていると、その手が画面を見るなりピタッと止まったのを、円香は見逃さなかった。

 

「……?」

「ごめん、消しちゃったっぽい」

「え〜?」

「ごめんごめん」

 

 と思ったら、何か誤魔化し始めた。前にデ○ズニーでわけわからないコンセプトで撮っていた写真は普通に見せていたのに。

 何かある、と本能的に睨んだ円香は、とりあえず今は流しておいた。

 

 ×××

 

 パーティもお開き。円香に比べれば家が遠い小糸と雛菜を先に帰し、円香は透と一緒に片付けをする。

 

「いやー、ありがとね。今日は」

「毎年のことでしょ」

「まぁそうだけどさ。やっぱり、嬉しいから」

 

 確かに、嬉しそうに見える。ベタなパーティになってしまった気がしないでもないが、なんだかんだ透はシンプルなのが好きなので問題ない。

 さて、それよりも、だ。円香は、ひとまず気になってる事を聞きたい。あたりを見回し、透の両親がいない事を確認してから、しれっと聞いた。

 

「で、写真は?」

「あのさ、樋口」

「「……え?」」

 

 まさかのハモった。もしかして、透からも何か話があるのだろうか? 

 

「先どうぞ」

「ありがと」

 

 とりあえず譲った。なんとなくだけど、円香が聞こうとしている事は、知れば必ず気まずくなる内容な気がしているから。

 それなら、先に話させてやった方が良いだろう。

 先を譲られた透は、下を向いてついついとスマホをいじる。

 

「そういえば、昨日あのあと……ドタバタしてて、言い忘れてたんだけど……」

「昨日? ……ああ、公園の後?」

「そう。その時、リカにキスした」

「ふーん。……は?」

 

 あまりにさりげなく言われた為、思わず流してしまいそうになったが、何かかなり衝撃的な事を告げられた気がする。というか、告げられた。まるで腐ったみかんが周りに増殖していくように、円香の中で動揺が広がっていく。

 

「……どういう事?」

「厳密には、キスじゃないんだけど……私の唇が、菅谷の頬に当っちゃった」

「それキスでしょ」

「まぁ、そうかな」

「……」

 

 少し苛立って決めつけるような言い方をしてしまったが、透は基本的に言い訳をしない。例え言い訳するべき場面でも、説明が面倒になった途端に返事しかしなくなり、損するように怒られる事が多い。

 なんとか円香は気を落ち着かせ、正面から透を睨んだ。

 

「ちゃんと説明して。どういう事?」

「……嘘みたいな話だよ?」

「嘘ついてるかどうかは、私が決めるから」

「……」

 

 そう言うと、透は少しだけ頬を赤くしながら、呟くように説明を始めた。

 

「二人でさ、ジャングルジムに登って、写真撮ったんだけど……公園内の街灯が切れて、私のピアスだけ映らなくなったから、横に顔を向けたら、リカの頬に口が当っちゃったの」

「……」

 

 確かに、漫画みたいな話だ。少女漫画でも、そこまでベタな展開はやらないであろうと思える程、現実離れしている。

 しかし、あり得ない話ではない。透と菅谷なら、尚更のことだ。

 

「……あっそ」

「さっき、写真見た時に思い出したから、言えなかったけど……」

 

 菅谷からもそんな話は聞いていない……いや、そうなれば自分が呼び出された経緯も何となく察する。

 あのアホほどウブな少年は、それで気絶してジャングルジムから落ちかけたのだろう。目を覚ました時には、何もかも忘れていた、という所か。

 まぁそれは良いとして、だ。それなら疑問が浮かんでくる。

 

「……なんで、それを私に言おうとしたわけ?」

 

 黙っておけば……いや、さっきの雛菜とのやりとりがあった以上、自分が問い詰めてはいたが、それでも誤魔化す方法はあったはずだ。何せ、もう一人の証人である菅谷には、おそらく記憶がないわけだから。

 惚けようと思えば惚けられただろうに。

 

「なんでって……樋口には、言ったほうが良いと思ったから?」

「……なんで?」

「分からん」

 

 何となくなのだから仕方ない、と言わんばかりだ。……まぁ、確かに隠されるよりは気分が良い。知らなければ幸せ、なんていうのは騙していることと変わらないから。

 

「……ありがと」

 

 なんとなく、お礼を言ってしまった。

 やっぱり、なんだかんだ長い付き合いな事もあって、透とはかなりの信頼関係で結ばれている。こういう関係は自分も大事にしておきたい、と胸の奥底で思ったりした。

 

「で、樋口の話は?」

「今ので終わった」

「あっそ。じゃ、もう一つ」

「宿題やるなら、リカのマンション集合ね」

「やった。やっぱ、持つべきものは樋口だね」

「はいはい」

 

 しれっと辛辣な提案をしながら、二人で片付けを続けた。

 この時、円香は気付いていたのに目を逸らした。そもそも、何故キスしてしまった透からの告白に、お礼を言ってしまったのか、考える事を無意識に放棄して。

 

 

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