浅倉が増えて、樋口のストレスは加速した。   作:バナハロ

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不条理が生んだ疎外感を埋めるのは周りの友達。

 季節はいよいよ梅雨に突入……と、天気予報では出ていた。それ故に、円香は折り畳みの傘を鞄に入れて登校。

 何せ、今日の降水率は午後から100%。クレーマーが多い世の中では中々、言い切らない100%である。

 なんなら、天気予報なんて見なくても「あ、これ雨降るわ」と分かるレベルの雨空も広がっているし、余程の馬鹿でもない限り傘を忘れることはないだろう。

 そんな日の放課後。円香は透と菅谷の元へ歩み寄ると、バカ二人は真顔で振り返って言った。

 

「「傘ないわ」」

 

 身近にいた、余程のバカが。それもセットで。

 全力で深いため息をつきながら、円香は鞄から取り出した傘を握る。

 

「……折り畳み一本しかないけど」

「詰めれば三人いけるんじゃない?」

「え、いやいいよ。俺、走って帰るから……」

「……」

「……」

 

 その反応を見て、円香と透は顔を見合わせる。そういえば、この子はいまだに照れ性。そろそろ、これだけ長く女の子二人と一緒にいるのだから慣れても良い頃だろうに。

 ……いや、傘一本の中に三人で入れば、確かに身体は密着するが。それでも精々、肩と肩が当たる程度の話なのだし、そんなに照れる事はない。

 まぁ、それは人それぞれとしても、だ。これはチャンスである。毎度毎度、振り回されている自分達が逆襲する。

 帰ろうとする菅谷の手首を、後ろから円香が掴んだ。

 

「風邪引く。そしたら私が看病しないといけないでしょ」

「うん。だから一緒に傘入ろう」

「え……いや、ていうか力強……」

「はい、行くよ」

 

 そのまま三人で教室を出た。

 昇降口で靴に履き替えながら、雨空を見上げる。当たり前だが、止みそうな気配がまるでない。

 

「リカ、傘持って」

「え、あ……う、うん?」

 

 背が一番高いから、菅谷が持つことになるのは当然なのかもしれない。それを察してか、菅谷は傘を受け取る。

 外に出た菅谷が傘をさした直後、透と円香は両サイドを挟み込む。

 

「え、な、なんで?」

「や、持つ人が真ん中じゃないと濡れるし」

「すごいじゃん、リカ。超モテモテみたい」

「い、いや……モテモテというか……」

 

 超タジタジしている。いつも好き勝手動いている男が。透はともかく、円香にとってこれほど痛快な事、滅多にない。

 

「ちょっと詰めるよ。濡れる」

「ぴゃっ……!」

 

 透は単純に菅谷をからかうのが楽しいようで、むぎゅっと詰め寄った。

 それによって聞こえて来た菅谷の悲鳴を聞いて、円香は思わず笑いを堪える。なにその小糸みたいな悲鳴。

 

「こっちも濡れそう。寄って」

「やはっ……」

 

 今度は可愛くない方の後輩の笑いかよ、と笑いを堪えるようにフルフルと体を震わせる。

 ぎゅーっと二人揃って菅谷を挟み込みながら、帰り道を歩く。正直、折り畳みの傘なんかでは全然カバーしきれていない。

 

「そういえばさ、そろそろ体育で水泳始まるよね」

「え? あ、う、うん……?」

 

 そんな中、普通に透が会話を始めた。意図してやっているのか、それとも無意識なのかは知らないが、完璧な話題を選んだ。

 

「ね。正直、高校になっても水泳の授業あると思ってなかった」

「わかるわー。あーあ、そろそろリ○グフィットやらないと」

「別に浅倉、太ってないでしょ」

「そうじゃなくて。リカに見られるなら少しでもスタイルを……あっ、いや別に意識してるわけじゃないけど」

 

 ……うん、やはり話題の選び方はナチュラルだったようだ。自滅してる様子を見て確信した。

 

「そう。私も、少し運動とかしようかな。見られる相手がいるなら」

「樋口も一緒にやる? リ○グフィット」

「うちにあるからいい」

「いや、お互いに監視してやらないと手を抜きたくなるでしょ」

「別にならない」

「私はなるから一緒にやろうよ」

「……アカウントどうすんの?」

「Sw○tch持って来て」

「手間かかる……」

 

 まぁ、その辺は隣の家だから出来る事だ。二人でやることは別に円香も嫌ではなかった。

 そんな中、ふとずっと黙っているアホがいるのに気付き、顔を上げてみる。

 

「……」

 

 菅谷は、頬を赤らめたままずっと目を泳がせていた。本当にピュアなんだなぁ、と可愛げと嗜虐心が湧いて来てしまう。

 ……今、声をかけたらどうなるんだろう、と思った円香は、横から普通にやってみた。

 

「リカ」

「っ、な、何……?」

「さっきからずっと黙ってるけど」

「どうしたの?」

 

 透が途中から引き継ぐように聞く。二人で問いただせば、効果は二倍である。

 

「い、いや……ちょっと状況が恥ずかしくて……」

「? なんで?」

「別に相合い傘くらいで照れる事ないでしょ。実際、傘忘れただけなんだし」

「相合傘というより……二人の距離が……」

「濡れろって言うの?」

「それ私の傘なんだけど」

「う〜……」

 

 すごく困っている。照れながら困っている。照れ困っている。少し気分が良くなって来た円香は、さらに距離を詰めて見ることにした。

 

「ねぇ、濡れそうだからもう少し……」

 

 その直後、自身の薄い胸部がふにっと凹む感触。何か当たったかな? と、普段なら胸に何か当たるくらい気にしない所だったが、状況が状況だけに嫌な予感しかしない。

 見下ろすと、菅谷の肘が思いっきり当たっていた。

 

「ーっ」

「ちょっ、マドちゃ……!」

 

 二人が反射的に離れようとする前に、その反対側にいた透がケタケタ笑いながら茶々を入れた。

 

「わお、樋口超大胆」

 

 それが限界だった。照れが爆速でオーバーヒートした菅谷は、傘を透に差し出す。

 

「? 何?」

「ごめん。限界」

 

 そして、雨の中をそのままダッシュで帰宅して行ってしまった。

 

「……樋口」

「……分かってる」

 

 少し、やり過ぎた。明日になったら謝らないと、と思いつつ、肘が当たってしまった自身の胸を少し撫でた。なんだか、やたらとその箇所だけ熱を帯びている気がした。

 

 ×××

 

 翌日。風邪を引いた。円香が。

 

「ズズッ……納得いかないんだけど」

「まぁまぁ。今日はゆっくり休んだら?」

 

 鼻を啜る円香の横で、制服姿の透が茶化すように声をかける。昨日、雨の中を爆走したのは菅谷なのに、なんで自分が……と、真っ赤なままの顔でボヤく。

 

「じゃ、私もう行くから。放課後、リカとお見舞い行くからね」

「……別に、来なくて良いから」

「いや、行くから。じゃ」

 

 昨日の件が気まずいから、正直勘弁して欲しかったが、透は無視して部屋を出て行ってしまう。あの様子だと、行くと言った以上は来るつもりだろう。

 

「はぁ……」

 

 らしくない事をした……菅谷が相手だとからかってやりたくなる気持ちが出て来るのは何故なのだろうか。そんな自己嫌悪にも似た後悔と謎が、円香の中に残り続けた。

 一方、透は。樋口家を出ると、すぐに電車に乗って菅谷との待ち合わせ場所へ。今日も雨だが、朝から降っていれば傘は忘れない。

 自分が家を出るのが遅れたからか、既に待ち合わせ場所には菅谷がいた。雨の中を走った癖にピンピンしている。

 

「お待たせー」

「おはよ。マドちゃんは?」

「風邪」

「……なんで?」

「さぁ?」

 

 菅谷にとっても不思議だったようで、小首を傾げている。

 

「ま、でもそれなら放課後、お見舞い行こうか」

「うん」

 

 軽いノリでそう決めて、二人はそのまま登校した。

 

「いやー、にしても雨だね」

「うん。超雨」

「雨、リカ嫌なんじゃない? 虫とかいないし」

「いやいや、雨の日でもたくさん生き物いるから。カタツムリとかカエルとか」

「へー。でも見つけても手に乗せたりしないでね」

「なんで?」

「乗せたら怒るから」

 

 なんて話しながら歩いていると、公園の横に差し掛かる。その壇場に生えている草木の先端に、カタツムリがいた。

 

「ほら、いた」

「ほんとだ。かわいい。絶対、触らないけど」

「カタツムリって四つ、触覚あるけど、その中の目って上の大きい二本にあるんだよ」

「へー、じゃあ急に巨人が出て来て、目ん玉飛び出させながら驚くギャグ漫画を常に実践してるんだ」

「すごい感性。ちなみに俺らのこと見えてないらしいよ。光を感じるか感じないか、程度の目だから」

「なるほど。……あ、そだ。樋口に送ってあげようよ」

「良いね。撮ろうか」

 

 そう言うと、二人でカタツムリがいる葉っぱを挟むようにしゃがみ、透がスマホを構える。透と菅谷は各々のピースを重ね、カタツムリのツノを四本作ってカタツムリがいる葉っぱの下に構えた。

 

「よし、撮れた」

「送ってあげよう。案外、寂しそうにしてるかも」

「それあるわ」

 

 なんて話しながら、二人で並んで登校した。

 

 ×××

 

 一方、その頃。

 円香は頭に冷えピタを貼ったまま目を閉じていた。頭がボーッとするが、なんだか眠れない。

 菅谷は、今日は透と二人でずっといる事だろう。別に良いけど……少し、疎外感はある。小糸の気持ちが、今更になって分かった。

 まぁ、とはいえ腹を立てるほど子供ではないつもりだ。今、眠れないのは全く別の要因のはず。

 

「……はぁ」

 

 それにしても、昨日のことは少し後悔していた。我ながら、キャラじゃない事をした自覚があった。あれでは、雛菜とやったことは同じだった。

 しかも、ウィークポイントを攻めて逃げさせてしまった辺りが、大きな反省点かもしれない。

 そして、それを思う度に今日の夕方が憂鬱だった。彼に、一体どんな顔して会えば良いのかわからなくなって来ている。

 ……気にしすぎだろうか? いや、でも自分の行動を振り返ってみても、やはり気恥ずかしい。少なくとも、小糸と雛菜には知られたくない一幕だった。

 

「……はぁ」

 

 そんな風に思っていると、ヴーッとスマホが震える。確認すると、透から写真とメッセージが届いていた。

 

 とおるん『今日の樋口の代わり』

 

 そのメッセージと共に付いていた写真は、バカ二人が手でカタツムリを作りながらカタツムリと写っている写真だった。

 なんかもう普通に二人とも笑顔で映っている。なんか、少し後悔していたのがバカバカしくなるほど。

 でもまぁ、自分がいないからこうしている、と思うと、やはりなんか胸の奥がキュッとなる。忘れっぽい男ではあるが、顔を合わせたら昨日のことは思い出してしまうだろう。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつきながら、とりあえず布団の中に包まり、後頭部だけ出して寝てる自分の写真を撮った。カタツムリ、と言われれば自分の今の状態も同じだから。

 一応、菅谷には見せないで、と言いつつ、今度こそ目を閉じてみた。何故か、ぐっすり眠れた。

 

 ×××

 

「いやー、このマドちゃんホント面白いね」

「元々、ノリは良い子だからね」

 

 学校の休み時間中、菅谷と透は普通にカタツムリ円香の写真を見ていた。現在、体育の授業中。男女共に室内でバスケである。

 元々はプールの予定だったのだから、双方とも室内でやらざるを得なくなり、コートを分けて遊んでいる。

 二人とも出番ではないため、スマホをいじっていた。堂々といじりすぎて、逆に先生にバレていないあたり、スパイの才能がある。

 

「……あ、俺次試合だ」

「じゃ、スマホ預かるね」

「さんきゅ」

 

 スマホを手渡された透は、しばらくここで待機。そういえば、中学の時の球技大会では、当日が晴れてしまって男子はサッカー、女子はバスケになり、活躍を見ることはできなかった。

 一体、どんな感じなのかな、と思い、眺めてみることにした。

 早速、試合開始。元々、プールの予定であったのがバスケに変更になった為、ほとんど遊びみたいなものだ。

 

「っしゃ、やるぞお前ら」

「相手バスケ部いるから。マジで行くぞ」

「植物園行きたい」

「なんで急にそんな話したの?」

 

 それでもガチになるあたり、やはり男子はまだまだ子供だ。子供以前の話の奴もいたが。

 試合開始され、まずは菅谷がいるチームのボールとなった。ボールを回している過程で菅谷の元へ。フリーだった為、ドリブルしようとした。踏み出した足の上にボールが乗り、イレギュラーにバウンドして菅谷の顔面を襲った。

 ひっくり返った菅谷の脚に、ボールが再び当たり、天井まで蹴り上げた。

 再びバウンドし、戻って来て菅谷の顔面を再度、襲った。

 

「「「「曲芸か!」」」」

 

 体育館中からツッコミが炸裂し、その一部始終を透はスマホに収め、円香に提出した。

 

 ×××

 

「ふぅ……」

 

 目が覚めるなりトイレに行きたくなった円香は、用を済ませてから部屋に戻った。

 ベッドの脇にある机に置いてあるスマホを見ると、また透からチェインが来ている。見てみると、菅谷の動画だった。1回のドリブルで、顔面に2ヒットもらう情けないイケメンの動画だった。

 

「ブッ、フフッ……!」

 

 またも不意打ちである。こんな合成映像みたいな下り、中々ないだろう。

 見事にツボに入り、ベッドの上でお腹を押さえて悶えている様は、かなりの重病人のように見えるだろう。

 まぁ、何はともあれ、熱は普通に上がった。

 

 ×××

 

 昼休み。そろそろ学食に飽きて来た菅谷だったが、そのために考えた作戦は、購買部であった。

 従って、透とおにぎりやらパンやらチキンやらを購入し、食べる場所を探す。

 

「教室じゃつまらないよね」

「それ。屋上行ければ良かったんだけど……」

 

 封鎖されている。前に学校抜け出してラーメンを食べに行って以来、割と普通に担任から目をつけられている二人は、校則に反するような場所では食事は出来なかった。

 

「中庭は?」

「雨降ってるし」

「あ、そっか」

「体育館の横通路とか」

「あ、良いかも」

 

 すぐ決まった。迷いがないにも限度がある。

 そのまま二人で目的地へ向かって歩く。

 

「そういえば、とおるん。今更だけど、この前は平気だったの?」

「何が?」

「や、ほら。なんか体調悪そうとかなんとか。うちでシャワー浴びる前」

「ああ、あれ。うん。全然平気」

「なら良かったけど」

 

 実を言うと、体調不良も嘘である。改めて、この前のノーブラは変に意識してしまった。あの時の態度は正直、普通に申し訳なかった。

 

「でも、普通に死にたくなった。あの拒絶は」

「あ、あー……うん。ごめん」

「や、別に良いんだけど。でも、そんなに体調悪かった?」

「うーん……今だからぶっちゃけて言っちゃうと、ノーブラだった」

「……ぬえ?」

 

 今なんて? と言わんばかりに片眉をあげる菅谷に、透は少し耳だけ赤くしながらも続けて言った。菅谷が傷ついたままでいるのなら、早いとこ誤解を解いた方が良い。

 

「ブラ無かったから、なんかリカの隣にいるの恥ずかしくて、それでちょっと拒否しちゃった」

「……な、なるほど」

 

 正直、今でも少し恥ずかしいが。

 

「だから、ホントにリカは悪くないからね」

「あ、うん……なんか、ごめん」

「や、だから悪くないから」

 

 なんてしれっと誤解を解きつつ、目的地に到着し、食事を始めた。早速、二人揃ってメインのチキンから食べ始めた。……のだが、揃って表情が曇る。

 

「……なんか、思ったより普通かも」

「ね。パサパサしてるし。表面はカリッとしてるけど……」

「冷凍のを揚げた感じ」

 

 お気に召さなかったようだ。多分、もう二度と食わないとすぐに把握し、とりあえず円香にも教えてやる事にした。

 

「マドちゃんにも教えてあげよ」

「だね。これならうどん食べた方が良いや」

「ホントに料理覚えようかなホントに」

「それが良いでしょ」

 

 なんて話しながら、ごく自然な流れで二人並び、チキンが入るように自撮りを撮って、それを円香に送った。

 

 ×××

 

 一方、その頃。円香はまた目を覚ました。なんかチェインが来た気がしたからである。

 

「……ほんとに来てるってどういう事なの……」

 

 自分で自分の感覚にツッコミを入れつつ、また送られて来た写真を見ると、二人がチキンを片手にツーショットを撮っていた。

 

 とおるん『このチキン、あんま美味しくないから気をつけて』

 

「……美味しそうな顔で言われてもね……」

 

 要するに、多少不味くても誰かと一緒なら別に良い、という感覚なのだろう。……というか、なんでこの人達は一々、写真を送って来るのか。

 ……いや、理由は考えるまでもない。風邪を引いている自分に気を遣っているのだろう。おかげで、疎外感はほとんどなかった。まぁ、これで授業ノート取っていなかったら少し困るが……菅谷は本当に一人暮らしを続けるために授業を真面目に受けているし、平気だろう。

 

「……ホント、バカ二人……」

 

 そんな呟きを、無自覚に嬉しそうな表情を浮かべながら漏らし、再び目を閉じた。

 

 ×××

 

 さて、放課後。菅谷と透は揃って帰宅……の予定だったが、寄り道することにした。お見舞いの品を買うためだ。

 駅中に入り、何が良いかを考える。

 

「マドちゃん、何食べたいかな?」

「なんだろ。やっぱ甘いもの?」

「ケーキとか?」

「うーん、でもケーキとか買って来られても困らない?」

「じゃあ、みんなで食べられる奴にしようか」

「ケーキじゃん」

「それだ」

 

 そんなわけで、ケーキ屋に向かった。ラインナップは様々。……なのだが、せっかくだし美味しいものを買っていきたい。

 

「どんなのが良いかな?」

「マドちゃんに聞いてみよっか。別にサプライズでもないし」

「だね」

 

 そう言って、透が円香に電話をかけた。1コール、2コール……のあと、すぐに出た。

 

『もしもし?』

「あ、樋口? お見舞いにケーキ買っていこうと思うんだけど、何が良い?」

『ケーキ以外』

「え」

『じゃ』

 

 ブツッと切られてしまった。

 

「なんだって?」

「ケーキ以外」

「えー……ケーキ嫌だったのかな」

「ね、不思議」

 

 そんなわけで、別のものを探す。別のお店で甘いもの……と、思っていると、今度はシュークリームのお店が目に入った。

 

「見て、恐竜の卵シューだって。うける」

「何それ? ……あ、外殻が固いのか」

「中トロトロのカスタードクリームとか、ほんとに生まれる前の恐竜みたいじゃない?」

「グロ」

「……あ、でも別のシュークリームはアリかもね」

「なるほど……マドちゃん何が良いかな。なんかめっちゃ種類あるじゃん」

「ね。もっかい聞く?」

「よろ」

 

 もう一度、透が電話を掛ける。1コール、2コール、3コール、4コール……と、少し時間が掛かったが、また応答があった。

 

『……何』

「シュークリームなら何が良い? 今、期間限定で……」

『シュークリーム以外』

「へ?」

『ていうか、クリーム系以外』

 

 また切られた。

 

「なんだって?」

「クリーム系が嫌だって」

「えー……クリーム以外? それ甘いものなくない?」

「確かに。クレープもクレームブリュレも基本、クリームだしね」

「あ、チョコは?」

「なるほど。……あ、あとアップルパイとか」

 

 なんて話していると、今度は向こうから電話がかかってきた。透が応答すると、不機嫌そうな声が聞こえた。

 

『チョコとパイとたい焼き系とパフェも無理だから。あと、もう寝たいから電話して来ないで』

 

 また切られた。かなり一方的である。

 

「……チョコもパイもヤダって」

「え〜……まぁ、見て回ってみよっか」

「うん。良いの見つかるまで歩こう」

 

 なんて話しながら、二人で見て回った。

 

 ×××

 

「お母さん、胃薬用意しといて」

「急にどしたの」

「何食べさせられるか分からないから」

 

 と、風邪を引いた体を引きずりながら母親に所望し、水を一杯、飲んで部屋に戻った。

 

「ふぅ……」

 

 布団の中に入り、息を吐く。まぁ……相変わらずメチャクチャな提案ばかりされるが、お見舞いの品をわざわざ買って来てくれる、という点は素直に嬉しかった。自分は何処まで単純なのか、と少しまた自身のチョロさを嫌悪する。

 ……いや、まぁ単純さで言えば透や菅谷の方が余程、酷いものだが。

 

「……」

 

 ……なんか、眠れる気がしない。叩き起こされたのだから当たり前と言えば当たり前だが。

 でも、寝ないと治らないのに。……いや、二人が来るなら起きてた方が良いか? それはない。治るのが遠のいては本末転倒だ。

 というか、菅谷も来るっぽいが、来た時どう対応しようか? どんな顔をすれば良いのか? 謝罪はした方が良いだろうか? いや、それはした方が良いに決まってる。しかし、なんかもう向こうはさっぱり忘れている気もするし、蒸し返して辱めるのもどうなのか……あれ、でもそれ恥ずかしくなるのも自分じゃない? 

 などと、頭の中がグルグルと回る。回り回って、眠れなくなって来た。

 

「ーっ、はぁ、もう……!」

 

 身体を起こし、小さくため息をつく。こんなんで眠れるわけがない。

 ふと、窓の外を見る。酷い顔をしている。頬が赤く、髪はボサボサ。目ヤニも付いてる上に、汗もひどい。……とても、菅谷に見せられる顔ではない。

 

「……っ、もうっ、ホント迷惑な奴……!」

 

 思ってもいない事を毒付きつつ、円香はとりあえず今のダメダメな顔を見られないために、顔を洗う事にする。……が、風邪引いている今、顔を洗って平気だろうか? 

 仕方ないので、顔よりも髪をなんとかすることに……いや、そもそも二人が来るまでに寝るつもりだし、髪を今、なんとかした所で意味がない。

 なら、せめて身体を拭こう。そう思い、タオルに手を伸ばしたら、そのタオルは既に濡れていた。さっき寝る前に体を拭いた奴だ。こんなので身体を拭けば、間違いなく悪化する。

 

「ああもうっ……」

 

 どうしたら良いか右往左往している時だ。ピンポーンとインターホンが鳴り響く。

 

「っ、う、うそ……!」

 

 もう来たようだ。おかげで慌てて円香は布団の中に籠る。こうなったら、カタツムリでいくしかない。それも、ツノも槍も目玉も出さないフォルム。

 しばらく蹲るように布団の中に潜り込み、ジッと静止する。その僅か数秒後に扉が開かれた。

 

「うぃーっす、マドちゃ……あれ?」

「わっ、カタツムリ」

「写真と一緒じゃん。爆笑」

「それ」

 

 あのバカ、結局写真見せたの? と、少し円香は眉間に皺を寄せる。もちろん、表に出せないわけだが。

 そんな円香の気も知らず、のうのうとバカ二人の話は進む。

 

「ていうか、これ息苦しくないのかな?」

「苦しいでしょ」

「出れば良いのに」

「いや、これ多分……」

「!」

 

 この女、察してる、と円香は脳裏をヒヤリと冷やした。すぐにスマホに文字を入力し、止めに入る。よかった、持ったまま布団の中に入っておいて。

 

「本当は起きてて、寝癖だらけの顔を……ん?」

 

 気付き、見下ろす透。

 

 樋口円香『余計な』

 樋口円香『事を』

 樋口円香『言ったら』

 樋口円香『殺す』

 

「……」

「どしたん?」

「いや……何でもない」

「えー、気になるんだけど。……あっ、もしかして、昨日の件、怒ってるのかな……」

「……!」

 

 布団の中で、円香は少し驚いたように目を見開く。ちゃんと覚えていたようだ。どうせもう覚えていないと思っていたのに。

 

「まだちゃんと謝ってないし」

「ていうか、気にしてたの?」

「そりゃしてるよ……。さっき、洗面所で手洗いうがいをしたときに落ちてたマドちゃんの下着見つけたときに、フッと降りて来て……」

「ブラ見て思い出しただけじゃん」

「とおるんがわざわざ指さすから!」

 

 こ、こいつ……! と、円香は心の中で透に殺意を芽生えさせる。なんでこう余計なことばかりするのか、この女は。

 

「あ……やばっ、私トイレ」

 

 しかも荒らすだけ荒らして出て行った。こいつら本当に腹立たしい幼馴染だ。

 その背中を眺めながら、菅谷は小さくため息をついていた。布団の中で何を考えているのか知らないが、足音は自分の方へ近付いてくる。

 布団を剥がすつもり? と思ったのも束の間、自分の枕元にどしゃっと袋が置かれる音がする。

 

「ふぅ、渡すもの渡したし、帰ろっかな。なんか熱あがっちゃ困るし」

「っ……」

 

 そのまま帰ってしまうのだろうか? それはそれで助かるはずなのに、何故か胸の奥で焦りを感じていた。

 このまま、帰ってほしくない……そんな風に思った時、思わずツノを伸ばしてしまった。

 

「あ?」

 

 きゅっとズボンを掴まれた菅谷は、怪訝そうに片眉を上げる。

 

「……え、起きてる?」

「……悪い?」

「いや、悪くないけど……どしたの?」

「…………いで」

「え?」

「…………まだ、帰らないで……」

「……」

 

 普段は絶対に言わない事を口走ったのは、風邪の所為だ、と頭の中で言い聞かせながらも、円香の顔は真っ赤に染まっていたが、それも熱の所為。心臓の鼓動が早いのも、死ぬほど身体が熱いのも、身体の節々が痛いのも、全部風邪を引いた所為だ。……いや最後は本当に風邪の所為だが。

 

「……じゃあ、顔見たい」

「……は?」

「顔。今日、マドちゃんの顔、見てない」

「……」

 

 こういうセリフ、円香は聞くたびに苛立っていた。何故って、こういうセリフを簡単に吐く菅谷と、そのセリフでこんなにも舞い上がってしまう自分に、とても嫌気がさすからだ。

 そして何より、なんだかんだ言ってもやっぱり嬉しいから、単調な文句しか出ない。

 

「……むかつく」

「え?」

「……むかつく、リカの癖に……ホント、腹立つ……」

「……そう」

 

 少し、シュンとした声を出されてしまった。その割に、菅谷は自分のベッドの前に腰を下ろす。円香の手は、ズボンからワイシャツに移行する。

 

「で、結局、見せてくれないの?」

「……見せられない」

「なんで?」

「……察して。そういうとこ、最低」

「でも、俺も顔見に来たんだけどなぁ。俺の顔は散々見た癖に」

「……そっちが勝手に送って来たんでしょ」

「送ったのとおるんだもん」

「というか、送られただけで見たとは限らないでしょ」

「見てないとも限らないでしょ」

「……でも、見せられる顔じゃない」

「顔面で2回ドリブルした俺は見たのに?」

「ぷふっ……」

「今、笑った?」

「思い出させたのそっちでしょ」

「やっぱ見たんじゃん」

「……」

 

 菅谷のくせに、カマまでかけて来た。こんなにしつこい菅谷は初めてかもしれない。なんにしても、引っかかった自分が悔しい。

 ……。

 ………。

 …………。

 ……そんなに、自分の顔が見たいのだろうか? 

 

「……別に、どんな顔してても、マドちゃんはマドちゃんでしょ」

「ーっ……」

 

 もう、だめだ。この男、計算でやっているわけではないのだからタチが悪い。全部、本音で言ってくれているのが丸分かりだからだ。

 だから、言う事を聞いても良いという気になってしまう。

 少しずつ、慎重に、恐る恐る布団を開いていく。徐々に暗闇の中にこもっていた自分に、光が差し込んでくる。

 その中から、菅谷の顔が出て来た。

 寝癖だらけの顔の円香は、やはり少し恥ずかしくて顔が赤いやら目尻に涙が浮かんでいるやらで、なんかもう訳がわからなかった。

 その円香に、菅谷は微笑みながら言った。

 

「……うん。やっぱり、マドちゃんはマドちゃんだ」

「っ……ば、バカ……ホント、バカ……」

 

 また、布団の中に篭りたかったが、篭らなかった。やっぱり、嬉しかったから。

 その菅谷は、微笑んだまま枕元に手を伸ばした。

 

「そうだ、これ。お見舞いの」

「……どうも。何買って来たの?」

 

 そこはあんま良い予感しないが。何せ、候補がケーキ、シュークリーム、チョコ、アップルパイだった連中が選んだものだ。そもそもなんで甘いものばっかり選ぶのか、と呆れてしまいそうなレベルだった。

 そう思っていた円香に手渡されたのは、ゼリーだった。

 

「……ふえ?」

 

 その隣に、プリンがおかれる。

 

「ふたつ?」

 

 しかし、完璧なラインナップだ。食べやすいし、その上で甘い物を見事に選び抜いて来た。やれば出来るじゃん、なんて思わず上から目線で感動してしまった時だった。

 その隣に、カップ麺が置かれた。

 

「……え」

 

 さらにその隣にポテチが置かれた。

 

「や、あの……」

 

 さらにその隣にコーラが置かれた。

 

「炭酸?」

 

 さらにその隣にかっぱえびせんが置かれた。

 

「……」

 

 その直後、透が部屋に戻ってきた。

 

「もう終わった? ……お、始める? お菓子パーティー」

「うん。おっ始める」

「よし、やろうか」

「マドちゃんも元気になったしね」

 

 どうやら、お菓子パーティーをおっ始めるつもりで買って来たらしい。その気持ちは嬉しい。多分、今日一緒にいなかったから、今だけでも盛り上げてくれるつもりなのだろう。

 実際、寂しいという気持ちが無かったわけではない。まぁチェインを送ってくれたから、それもそんなに大きいわけでもなかったが。

 ここまで大事にしてくれる友人二人は、どんな事があっても手放したくない。それこそ、恋愛のような関係に発展したとしても、だ。

 まぁ、何にしても、だ。

 

「気持ちとゼリーとプリンだけもらうから、今日は帰って」

 

 普通に風邪を移しちゃうし、こちらの風邪も悪化する。

 

 




誤字報告してくださる方、いつもありがとうございます。自分でも見直していますが、見落としのプロなので本当に助かっています。
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